第72話 父、とても満ち足りて
パラソルの下に戻ると、色取り取り、形様々なフロートを見て瞳を輝かせるグレナダ。
中でも、亀を模した物を気に入り笑顔を見せる。
「ちちっ! レナンこれがいいのだ♡」
「そうか。では、それで遊ぼうね」
大きなフロートを持ち上げようとするが、自身の何倍もあるので上手くいかない。
だが、一生懸命なその姿は、ちちの頬を絶え間なく緩ませていく。
ラディオはヒョイとフロートを掴み、娘に手を差し出した。
「行こうか」
「あいっ♡」
仲良く手を繋ぎ、海に行こうとした親子。
そこで、大神官長が行動を開始した。
「ラ〜ディ〜オ〜さ〜ま〜♡」
極限まで甘く上ずった声を発し、ラディオを呼び止める。
振り向くと、豊満なメロンメロンを腕で寄せたレミアナの姿があった。
その手に持つのは、半透明な小瓶である。
「ラディオ様、今日は日差しが強いですよね?」
「あぁ、快晴で本当に良かった」
「私もそう思います。でもでも、やっぱり女の子は肌のケアをしないといけませんよね?」
「……そういうものなのか?」
「勿論ですっ! でないと、全力で海を楽しめませんよ? だからぁ……はぁ♡ はぁ♡ これを……塗っては頂けませんかぁぁぁぁ♡」
「確かに……そこまで気が回らなかった。有難う、レミアナ。早速塗らせて貰うよ」
「あはぁ〜♡ お願いします〜♡」
(マジで!? 成功した! ヤバい!!)
小瓶をラディオに渡したレミアナは、一瞬の内にビキニのホックを外し、シートにうつ伏せに寝転んだ。
すると、蓋が開けられ、液体を混ぜる音が聞こえて来る。
大神官長は、これ以上無いほど劣情に顔を歪ませ、吐息を漏らし始めた。
(あぁ……ヤバい……出来ちゃう!)
その時、腰の上に重量が掛かった。
『あんっ♡』という吐息を漏らし、レミアナの体温が上昇していく。
日焼け止めを混ぜる音は、もうすぐそこだ。
(あはぁ……♡ 出来ちゃう……出来ちゃう……キュンキュンし過ぎて赤ちゃん出来ちゃうぅぅぅぅ♡♡)
大神官長の思考は、常人の理解が及ばない。
ラディオのラディオが肌に触れていると考えるだけで、大神官長のローライズショーツは湿り気を帯び始める始末なのだから。
下腹部にギュッと力が入り、今か今かとその時を待ち詫びる。
そして、ヒンヤリとしたトロミのある液体が背中に当てられると――
「あはぁぁぁぁ♡ ラディオさ……ん?」
喘ぎ声が途中で止まった。
ふと横を見たレミアナの目に、瞼を閉じながら座るグレナダが飛び込んで来たのだ。
その前には、丁寧に日焼け止めを塗るラディオの姿も。
「レナン、痛く無いかな?」
「あいっ♡ つめたくてきもちいいのだ〜♡」
ラディオに頬を撫でられ、満足気に笑みを零すグレナダ。
肩から腕、背中から足と全身隈無く塗っていく。
呆然と眺めていたレミアナは、一旦思考が停止してしまった。
「あれ…………え、どういう事?」
ラディオが横に居るという事は、今背中の上を動いている手は誰なのか。
すると、耳元に気配を感じた。
「抜け駆けは許しませんわ……レミアナ」
「えぇ!? ニコ!」
何と、大神官長の上に乗っかったのは、ニャルコフだったのだ。
歪んだ欲望をいち早く察知していたダークエルフは、ラディオが小瓶を受け取った後、即座に阻止に回っていた。
これこそ、ラディオに忠誠を誓った証――
「ご主人様のご主人様は、心身ともに捧げたメイドである私の物ですわ。他の誰にも、渡すつもりはありませんの♡」
では無かった。
どうやら、新たな御手伝が仲間入りしたらしい。
悔しそうに歯を噛み締めるレミアナ。
すると、そんなレミアナの眼前に座りこんだ影が1つ。
「自分達も居るというのに……そんな邪な考えを! 何て羨ま……じゃなかった、破廉恥な!」
「だってぇ〜!!」
次なる英傑だった。
ラディオの元へ行こうとするが、2人に揉みくちゃにされるレミアナ。
「ちょっと……あっ! ドコ触って、んんっっ♡ やだっ、らめぇぇぇぇ♡」
ヌルヌルの液体を全身に塗りこまれ、メロンメロンの先端を激しく擦られる。
脳を貫く様な刺激に、堪らず艶やかな嬌声が響き渡る。
「さぁ、終わったよ。後でレミアナに御礼を言おうね」
「あいっ!」
しかし、ラディオは娘しか目に入らない。
わちゃわちゃしている横で、日焼け対策をしっかりと終えていた。
ムラが無いか再度確認しながら、改めて海に繰り出そうとした時――
「ラ〜ディ〜オ〜♡」
これまた上ずった声に呼び止められた。
見ると、仰向けのサニアが物欲しそうな顔をしている。
ぶるんとビキニをズラし、実りに実ったばいんばいんの先端を指で隠しながら、頬を赤らめて。
「妾も日焼け止めが必要なのじゃないかな〜?」
孫を見ていたら、自分も塗って欲しくなってしまった竜王。
すると、ラディオは直ぐに答えた。
「それは……不要だと思います」
「……え?」
「太陽光如きで、サニア様の御身体が害される事など有り得ません。私が全霊を持って保証致します」
そう言い切る息子の笑顔は、太陽にも負けない輝きを放っていた。
それを見たサニアの顔が、先程とは別の意味で赤く染まっていく事に、気付く訳も無い。
「うぅ……そういう事を言っておるのではなぁ〜いッッ!!」
「……サニア様、角が」
「えぇ〜い! 黙れ黙れ! 妾はこうしてないと、海が楽しめないのじゃぁぁぁぁ!」
「……かしこまりました」
母の角が頬をガシガシつき刺す中、ラディオは考えを巡らせる。
こういう楽しみ方は教わった事が無いと。
すると、背中をヒンヤリとした感触が襲った。
柔らかな手が、背面一帯に這っていくのを感じる。
振り向いたラディオは、和かに御礼を述べた。
「おや……すまないね。わざわざ有難う」
背後の影は嬉しそうに頷くと、一層の愛を込めて手を動かす。
分厚い背中を撫でる度、ビクンと体を震わせながら。
気持ち良さそうに瞼を閉じるラディオを見ていると、あらぬ妄想が膨らんでしまう。
(ラディオ、様……厚、い♡ こんな、腕に……掴む、たら……僕、僕……♡)
ラディオの肩から腕に掛けて塗り塗りしていると、荒い吐息が漏れ出てくる。
もし、この体に包まれたら……そう考えるだけで、下腹部がジンワリと熱を帯びるのだ。
もう我慢など出来ない。
ラディオの背中に至上の柔らかさを持つメロンメロンを押し当てると、盛り上がる首筋に無意識に唇を近付ける。
だが――
「「「あぁーーーーッッ!! カリシャーーー!!!!」」」
わちゃわちゃしていた3人から怒号とも悲鳴ともつかない叫び声が上がった。
その声でハッと我に返り、ラディオから離れるカリシャ。
そう、3人が押し問答をしている間にしれっと行動を開始していたのだ。
「とても気持ち良かったよ、カリシャ」
「僕、も……気持ち、良かた……です……♡」
「……僕も?」
思わず本音を口走ってしまった猫娘。
誤魔化す様に首をブンブン振りながら、慌ててラディオから距離を取る。
だが、その直後に鬼の様な形相の3人に捕まってしまった。
「カ〜リ〜シャ〜! いつの間にそんな事覚えたの! 私はそんな風に育てた覚えはありませーーん!!」
「な、な、何て羨ま……じゃなかった……とてつもなく羨ましいッッ!!」
「油断していましたわ……! 正しく猫を被っていた、そういう事ですわね!!」
「あの、えと……僕……僕……!」
カリシャは必死に弁明しようとするが、3人が聞く耳を持つ訳がない。
今度は4人でわちゃわちゃし始めてしまった。
因みに、カリシャに悪気は無い。
獣人族は他の種族より格段に、三大欲求に対して奔放なだけである。
そして、カリシャは奴隷出身。
生娘であるレミアナやトリーチェと比べ、ずっとずっと大人なのだ。
(……皆も楽しそうにしてくれている。本当に良かった)
その時、ニャルコフも交えた女性陣の仲の良さ―ラディオにはそう見えた―に心を温めていた中年。
壊滅的な鈍感さは、いつ迄も健在である。
すると、グレナダが手を握って来た。
日焼け対策も終わったので、早く遊びに行きたくてとてもソワソワしている。
「ごめんよ、待たせてしまったね。行こうか」
「あいっ♡」
「妾も行くのじゃ♡」
グレナダの手を左右からギュッと握り返し、3人は海へと歩き出す。
その後暫くの間、変態達はシートの上で騒いでいた。
▽▼▽
午前中の騒動も終わり、お昼を買いに来た一向。
ズラっと立ち並んだ屋台が扱うのは、各地の特産グルメ。
この食の豊富さも、アイトゥビーチが選ばれる理由の1つとなっている。
そんな中、ラディオ達は周囲の視線を一身に浴びながら店選びをしていた。
「おい、あれ見ろよ。スッゲー体だなぁ」
「うわ〜、あの子可愛い!」
「全員レベル高過ぎだろ……」
「あたしもあんなスタイル良くなりた〜い!」
それもその筈、レミアナ達はやはり目立つ。
全員が溜息が漏れる程の美しい顔を持ち、男女問わず釘付けになってしまう肢体を披露しているのだから。
更に、側に居るのはゴリゴリの中年。
このコントラストが、余計に女性陣を引き立たせている事は間違いない。
「レナン、何か食べたい物はあるかな?」
「う〜ん……あっ! ちちっ! あれはなんなのだ?」
グレナダが指差したのは一軒の屋台。
各店舗行列を作っているが、確かに一際混雑している。
ラディオがどんな屋台か確認すると、そこには香り高いスープと、黄金色の細麺が並べられていた。
「ふむ、『拉麺』か。うん、それにしようか」
「らーめん?」
「あれは、『鬼人の国』の伝統料理だよ。パスタとはまた違うんだが……レナンの好きなちゅるちゅるだね」
「ちゅるちゅる! レナンだいすきなのだぁ♡」
「皆も、拉麺で良いかな?」
ちゅるちゅると聞いて、顔を輝かせるグレナダ。
ラディオが女性陣に確認を取ると、皆興味津々で屋台を覗き始める。
「良いですね、拉麺! 私も食べるの久し振りだなぁ♡」
「じじ自分は初挑戦ですッ!」
(フォーク……じゃ、無い。棒、で……食べる?)
「私も初めてですわ……とても興味深い食べ物ですね♡」
「其方も、幼い頃からじぃやの拉麺が好きじゃったなぁ。レナンも良く似ておる♡」
「良かった。では、お昼は拉麺という事で」
早速行列に並んだラディオ達。
屋台の店主の見事な捌きによって、列はどんどん前に進んでいく。
しかし、やはり少しの待ち時間は発生してしまう。
その時、ハッと思い出した様にレミアナが問い掛けた。
「そう言えば……エルディンさん達が居ないですね?」
そう、ラディオがシートやテント張りをしている時から姿が無い。
気付くのが遅過ぎる気がしないでもないが、ラディオの上半身裸と言うスペシャルプレゼントを貰っては、それも致し方無いのかも知れない。
すると、頬をポリポリと掻きながら、ラディオは困った様子を見せた。
「2人は……未だ海の中に居る」
「はい?」
「着いて直ぐに、いつもの勝負を始めてね。最初は遠泳だったんだが……直ぐに素潜りに変わってしまったんだ」
「はぁ……変わらないんですね、あの2人は」
「あぁ、変わらないな」
レミアナの大きな溜息と、ラディオのやれやれという笑みが交差した。
エルディンとギギは、昔から何かあると直ぐに勝負を始めてしまう。
だが、勝敗のつき方はあって無いようなもの。
何故なら、何方かが負けそうになると、勝手にルール変更をするからだ。
そして、今は海に潜りっぱなしとなっている。
一体何処まで行ったのか、ラディオにも皆目見当が付かない。
しかし、いつもの事なので、最早何も言わないのだ。
適当な所で帰って来るだろう。
ラディオとレミアナが互いに顔を見合わせていると、グレナダが声を上げた。
「ちち〜、ジュースのみたいのだぁ〜」
「……持って来るのを忘れてしまった。直ぐに買いに行くから、レミアナ達と待っててくれるかい?」
「いやなのだぁ〜!」
「……困ったな」
グレナダは空腹と喉の渇きによって、少しご機嫌ななめになってしまった。
更に、こういう時はラディオからテコでも離れない。
すると、四方から助け舟が出される。
「ラディオ様、私が買いに行って来ますよ♡ レナンちゃんは何ジュースが良いのかな〜?」
「新しい物はレミアナに任せて、間に合わせとして、私が取って参りますわ」
「で、で、では! じじ自分は何か別の食べ物を買って参りますッッ!!」
「おぉ、それは良い考えじゃな! 折角来たのじゃから、色々食さねば。ラディオ、妾も出るとするのじゃ」
「僕、も……美味しい、物……買う、ます!」
「有難――行ってしまった」
ラディオが御礼を言う間も無く、女性陣は散って行く。
だが、娘を見つめる瞳は、とても満ち足りていた。
「レナン……『家族』を大事にするんだよ」
「あい?」
ラディオは、首を傾げた娘をギュッと抱き締める。
今は分からなくとも、注がれたものの尊さを、いつか理解する日が来るだろう。
その時まで、溢れる愛で護って行かなければ……ラディオは、改めて想いを強くしたのであった。