表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/130

第68話 父、感性が鈍いから

 翌朝、ラディオは玄関前で、迎えに来てくれたレミアナ達と挨拶を交わしていた。


「ではでは、レナンちゃんお預かりしますね。ラディオ様♡」


「あぁ、宜しく頼む。レナン、レミアナ達の言う事を良く聞いて、良い子にしているんだよ」


「あいっ! いいこにするのだ♡」


 腕の中で満開に笑顔を咲かせる娘を見て、頬が緩々になるラディオ。

 ギュッと強く抱き締めてから、レミアナに託す。

 そして、腰布から取り外した巾着を渡そうとするが――



「ラディオ様、多過ぎるって言いましたよね?」


「そうか……すまない、これでは駄目だな」



 ラディオは申し訳無さそうに眉尻を下げながら、巾着から数枚の白金貨を取り出した。

 溜息を漏らしながら微笑むレミアナへ、頬をポリポリ掻きながら金を渡すラディオ。


「これでも多いですけ……え?」


 だが、手に落ちた感触は『チャリン』では無かった。

『ズシッ』っと白金貨がパンパンに詰まった袋の重み。

 抜き取った数枚が、ラディオのポケットの中へ吸い込まれていく。


「今日は、私も少し必要だった。では、それでお願いするよ」


「ラディオ様〜! この前も言いまし――!? はふぅ……はふぅぅぅぅん……♡」


 抗議をしようとした大神官長(ヘンタイ)が、突然鼻息を荒くし始めた。

 何故なら、ふいにラディオの首筋が、眼前に登場したからである。

 抱かれている娘に頰ずりを始めた事で、必然的にレミアナの顔にも接近してしまったのだ。


「きゃははっ♡ ちち〜♡」


(……すーーっ! はーーっ!)


「気に入った物が見つかると良いね」


(……すーーっ! やっべぇ♡……はーーっ! ラディオ様の匂い♡……すーーっ! やっべぇぇぇ♡……はーーっ!!)


 大神官長(ヘンタイ)にとって、この上ないご褒美でしかない。

 透明感溢れるクリアブルーの瞳は今や劣情で濁り、口をわなわなと震わせている。

 ラディオの首筋に噛み付きたくて仕方がない、とでも言う様に。


「すまないが、昼食もレナンと食べてやってくれないか? 私も、夕方までには帰って来ようと思って……レミアナ?」


 娘とのスキンシップを終え、レミアナに語り掛けたラディオ。

 しかし、当の本人はギラギラした瞳で、此方を睨み付けて―ラディオにはそう見えた―いるだけ。


「じゅる……え、あ、ふぁい!?」


 心配そうに見つめるラディオに気付き、やっと我に返った大神官長(ヘンタイ)

 あわあわしながら、表情を作り直している。

 程なくして、いつもの慈愛に満ちた笑顔が出来上がった。


「な、何でしょうか、ラディオ様?」


「いや、レナンと昼食を共にして欲しかったんだが……迷惑だったかな?」


「とんでもないですっ! 私レナンちゃん大好きですからっ!」


「……そうか」


 その言葉を聞いたラディオは、本当に嬉しそうに微笑みを見せる。


「はいっ! なのでぇぇ――うへ、うへへへ♡」


 感謝を込めながら、レミアナの柔らかな頬に手を置くラディオ。

 そのせいで、せっかく作った笑顔は脆くも崩れ去り、再び劣情に駆られる事になるのだが。


「昼食代はここから出して欲しい。それと、君達の水着の分もね」


「はいっ!……え? そんなそんな! ちゃんと自分で払い、まぁぁすかりゃぁぁ……♡」


 ラディオが提案とした同時に、頬を撫でられたレミアナ。

 遠慮しようとしたが、触れられている幸せには勝てなかった。

 顔をふにゃりとトロけさせ、アホ毛がハートを形作っている。


「これはせめてもの気持ちだから……受け取って欲しい」


「ふぁ〜い……分かりまひひゃ〜♡」


「良かった。勿論、2人もね」


 満足そうに頷いたラディオは、レミアナの背後に語り掛けた。

 そこには、羨望の眼差しを送る元お姫様と猫耳が1人ずつ。


(レミアナ……しあ、わせ。いい、な……)


(う、羨ましい〜〜!!)


 2人はレミアナを凝視している為、ラディオの話が入って来ない。


「カリシャ、トリーチェ、レナンを宜しく頼む」


「え……あ、はははいッ! お、お、お任せ下さいませッッ!!」


「だい、じょぶ……です!」


 此方も漸く我に返った2人。

 ぎこちない動きで歩いていく3人を見つめていると、ラディオは少し心配になってしまう。

 だが、遠くから聞こえる娘の楽しげな笑い声が、その思いを消してくれた。

 街道から姿が見えなくなるまで、ラディオは笑顔で見送っていた。



 ▽▼▽



(……分からん。ファイザル家とは一体……)


 昼過ぎ、雲の上を凄まじい速度で飛びながら、ラディオは頭を悩ませていた。

 娘達を見送って直ぐ、法国領地にあるファイザル家自治領へ赴いたのだが、目にしたものは予想と少しばかり違っていたのだ。


 オルフェの言う通り、こじんまりとした領内は『普通』だった。

 日々の仕事に精を出す領民、近くの街から来る馬車に乗った商人、領地の中を走り回る子供。

 どれを取っても『普通』の日常。


 だが、衰退の影は見られず、隆盛と言うには心(もと)ない。

 目立たぬ様に馬車に乗って訪れたラディオは、何よりも違和感を拭えなかった。

 この『普通』すぎる光景……ともすれば、どこか惰性的な雰囲気に。


 勿論、領主であるファイザル家の館にも足を運んだ。

 と言っても、気取られぬ様に隠密に動いてはいたが。

 決して大きくはない館の中庭で発見した1人の少女。

 恐らくは、迎えられた遠縁の子女。


 ここでも、ラディオは違和感を覚える。

 特筆すべき点が見当たらないのだ。

 ランサリオンで邂逅した男の拠点が、本当に此処なのかと疑う程に。

 家紋は同じであり、情報とも大筋は相違ない。

 だが、男から感じたエネルギーが見えてこなかったのだ。


(……引き続き調査が必要、か)


 大きく溜息を吐くラディオ。

 これは、オルフェに一杯喰わされたかも知れない。

 確かに得た情報は『嘘』では無かったが、『本質』は違っている様に見えた。

 この結果になる事を見越したからこそ、簡単に口を割ったのかも知れない。


(彼女の言う通り……まだまだ甘い)


 ラディオは、自分の不甲斐なさを悔やんだ。

 すると、地平線の彼方から、青々とした光景が広がって来たではないか。


(一先ずは置いておこう……レナンの誕生日が何よりも最優先、失敗等有り得ない)


 頬をパンパンと叩いて気合を入れる。

 気持ちを切り替えなければ。

 徐々に高度を落とし、海に一番近い町付近に降り立つ。

 すると、ラディオの顔が少し綻びを見せた。


(此処まで潮の香りが来ているな。これなら……喜んでくれるだろうか)


 ラディオは娘達の顔を思い浮かべながら、街へ入って行く。



 ▽▼▽



「この水着があれば、ラディオ様も……くひひっ♡」


 ランサリオンの空が茜色に染まり出した頃、レミアナ達はラディオの家へ戻っていた。

 新品の水着を広げながら、瞳をギラギラと輝かせる大神官長(ヘンタイ)

 その姿を背後から覗いているのは、トリーチェだ。


(……本当にアレを買ったのか)


 店に入り、レミアナが一番最初に手に取った水着。

 しかし、トリーチェから『破廉恥だ』と待ったが入る。

 数十分の押し問答の末、レミアナが棚に戻したのを見届けた……筈だったのに。


(あれは水着ではない……只の黒紐だ)


 そう、レミアナが買ったのは只の黒紐。

 そう言って差し支えない程に、肢体を隠す布面積―店員曰く、ハイレグ型水着らしい―が無いのだ。

 たわわに実った2つのメロンと突起部分、腹、下腹部、背中、臀部に至るまで丸見えだ。


「あ、カリシャ〜! どう、これ? すっごく可愛くない?」


 グレナダを抱きながら、此方にやって来たカリシャ。

 レミアナに感想を求められてしまい、何とも言えない微妙な表情になってしまう。


「えと、僕……分かん、ない……から」


「えぇ〜? こんなに可愛いのに〜」


 カリシャの言葉に、大神官長(ヘンタイ)は頬を膨らませる。

 だが、この一言は最大限にオブラートに包んだ結果である。

 すると、今度はカリシャの膝の上に座るグレナダに照準を定めた。


「レナンちゃ〜〜ん、これ可愛いよね〜〜?」


 上ずった声を出しながら、グレナダに感想を求める。

 すると、ニカッと眩しいまでの笑顔を咲かせながら、元気良くグレナダは答えた。


「へんなのだっ!」


「…………」


 最早言葉を発する事が出来ない。

 無邪気であるが故の、クリーンヒット。

 流石のレミアナでも、傷心する――



(……レナンちゃんには、まだ早いか)



 訳無かった。

 大神官長(ヘンタイ)に、羞恥心等存在しない。

 関心があるのは、これを着た姿を見て、ラディオのラディオが反応するかどうかのみ。

 他者に感想を求めたのが間違いだったと言わんばかりに、レミアナは無駄に納得した顔を浮かべている。


「かわいいのだぁ♡」


 レミアナがブツブツと独り言を言っている他所で、袋から水着を引っ張り出したグレナダ。

 褒めていたのは、カリシャが選んだもの。

 すると、三角耳が嬉しそうにピクピクし始めた。


「これもかわいいのだぁ♡」


「お、おぉ! それは有難いお言葉です! レナン殿!」


 もう一着引っ張り出した物は、トリーチェが拘って選び抜いたもの。

 未だブツブツ言っているレミアナを差し置き、3人は互いの水着を褒め合い始める。


「あっ! ばぁば〜! はいっ、あげるのだぁ♡」


「何じゃ何じゃ〜、妾の分もあるのか。礼を言うぞ、レナン♡」


「あいっ♡ きゃははっ♡」


 次に取り出したのは、サニア用の水着。

 それを持ってキッチンへ駆けていくグレナダ。

 サニアは孫を抱き上げると、満面の笑顔で激しい頰ずりをお返しする。


 嬉しそうに笑い声を上げるグレナダ。

 しかし、突然その動きが止まった。

 玄関の方を凝視し、尻尾もソワソワと動き始める。


「ばぁば! ばぁば! おりるのだっ!」


「よしよし、そんなに()くでない。ほれ、転ばぬ様に気を付けるのじゃぞ」


 優しく微笑み、孫を床に降ろしたサニア。

 グレナダは袋をガサガサと漁り、小さな水着を出して来た。

 それをギュッと抱き締め、一目散に玄関へ駆けて行く。

 レミアナ達も、()()()()反応に笑顔を浮かべる。

 そして――



「ただい――おっと」

「ちちぃ〜〜♡ おかえりなのだぁ!」



 玄関の戸が開けられた瞬間、ラディオに飛び付いたグレナダ。

 荷物を玄関脇に置き、飛び込んで来た娘を片手で抱き上げる。

 すると、グレナダは尻尾をブンブン振り回し、ラディオの胸に顔を埋めて甘え始めた。


「ただいま、レナン。今日は良い子にしてたかな?」


「あいっ! レナンいいこにしてたのだ! えらい?」


「そうか、偉かったね」


 ラディオに頭を撫でられると、グレナダは嬉しくて堪らない。

 瞳をトロンとさせると、抱えていた水着を広げて見せて来た。


「ちちっ! レミアナたちがえらんでくれたのだ! レナンのみずぎなのだっ♡」


「とても可愛いじゃないか。良かったね、レナン」


「あいっ♡」


 ちちの胸に頭を預け、一生懸命お喋りするグレナダ。

 ラディオは頬を緩々にしながら、うんうんと頷いている。

 娘と共にリビングに入ると、方々から声が聞こえて来た。


「おかえりなさいませっ、ラディオ様♡」


「おか、える……な、さい♡」


「おおおお疲れ様で御座いましたですぅぅぅ♡」


「良く帰ったのじゃ、ラディオ♡」


「サニア様、有難う御座います。それとレミアナ、カリシャ、トリーチェ、今日は本当に有難う」


「「「はいっ♡」」」


 ラディオが頭を下げると、レミアナ達は笑顔を見せた。



 ▽▼▽



 夕食を囲みながら、互いにどんな1日を過ごしていたのかと報告をし合うラディオ達。

 水着選びに苦戦しつつも楽しんだ事、宿泊先の予約が出来た事、昼食に食べた物等々。

 勿論、ファイザル家の事は伏せながら。


「レミアナ達のお陰で、レナンは本当に嬉しそうにしているよ」


「いえいえ〜♡ 私達もすっごく楽しかったですよ♡」


「それなら良かった……そうだ、ちょっと待っててくれ」


「はい?」


 すると、徐に立ち上がり、玄関へ向かったラディオ。

 戻って来たその手には、先程の荷物が握られている。


「海沿いの店で見つけてね。気に入ってくれるかどうか……私は感性が鈍いから。先ずは、レミアナ」


 眉尻を下げながら、ラディオは買って来た物を手渡した。

 それは、貝殻を材料に作られた星型のイヤリング。

 レミアナの瞳の様に、何処までも透き通ったクリアブルーがとても美しい。


「受け取ってくれるかな?」


「ラディオ様……♡ はいっ! とってもとっても嬉しいですっ!」


 受け取ったイヤリングを握り締め、幸せ一杯に笑顔を咲かせるレミアナ、

 ラディオも安堵した様に微笑みを浮かべ、次の人物の前に移動する。


「カリシャ、君にはこれを」


 渡したのは、大きなリボン。

 光沢のある金色が艶やかに輝きを放ち、アクセントで付けられた貝殻の星が、可憐な雰囲気を醸し出す。


「君の髪色に似合うと思ったんだが……」


 突然の事にポカンとしていたカリシャだったが、ハッとすると、首をブンブン振り始めた。


「僕、嬉しい……です……嬉しい、です♡」


 早速リボンを耳に付けている姿を見て、微笑むラディオ。

 次に待っているのは、トリーチェだ。


「トリーチェ、好みが合えば良いが」


 渡したのは、淡い色彩のブレスレット。

 貝殻を使った眩い紫色の星が、濃淡のバランスを見事に取っている。

 トリーチェは、涙目になりながら満面の笑顔を見せた。


「自分の……一生の宝物です♡」


 ラディオは『ふぅ』と安堵の溜息を漏らし、次はサニアの前にやって来た。

 渡したのは、漆黒の薄手のガウン。

 純白の星柄が随所にあしらわれた、夜空の様に幻想的な一品である。

 サニアは早速ガウンを羽織ると、息子の顔をたわわなばいんばいんに押し込んだ。


「ラディオ〜♡ 嬉しいのじゃ、嬉しいのじゃ〜♡」


「良かっ……ゴホッ……良かった、です」


 暫し窒息の憂き目に遭ったが、ラディオは尚も笑顔のままだ。

 そして、満を持してグレナダの元へ。


「レナン、父からはこれを。海に行ったら、沢山遊ぼうね」


 渡したのは、つば広の麦わら帽子。

 巻かれたリボンは瞳と同じ紅、横に取り付けられた貝殻製の星は桃色だ。

 直ぐ様帽子を被ったグレナダは、キラキラと笑顔を咲かせた。


「ちちっ! ありがとうなのだっ♡」


「どういたしまして。とても似合っているよ」


 その時、ラディオの足元に擦り寄って来た影が1つ。

 ニャルコフだ。


「にゃ〜」


「勿論、ニャルコフにもあるよ。いつもレナンと共に居てくれる君を、忘れる訳が無いだろう?」


 袋から最後の品を取り出すラディオ。

 それは、鮮やかな碧色に染まったリボン。

 貝殻で星を模った中には、鈴が仕込まれている。

 ニャルコフの首に巻きながら、ラディオは優しく語り掛けた。


「これで、もうおかしな輩に何も言わせはしない。君も、大切な『家族』の一員なんだからね」


「にゃ〜♡」


 艶やかな毛並みの頭を撫でてやると、ニャルコフは嬉しそうに一鳴きする。

 すると、女性陣の『可愛い』や『嬉しい』と言った声が、食卓を彩り始めた。

 椅子に座り直したラディオは、家族の顔を眺めながら、心に広がる充足感に微笑みを零す。


(……良かった)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ