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第67話 父、飲み込むように

「余の、負け……!?」


 拳を握り締めながら、歯を食いしばるオルフェ。

 魔力を込め、竜のオーラの拘束を強めながら、ラディオはしっかりと頷いた。


「完璧な敗北でっせ〜。僕らの作戦にバッチリ嵌ってくれましたわ」


 すると、イトが右手を胸の前に掲げ、左手を大きく広げて、茶化すように仰々しくお辞儀をする。

 それを聞いたオルフェは、ハッとした表情を見せた。


「そうか……『組手』の時点で、こうなる事を予期していたのか……!」


 『してやられた』……オルフェがそう考えていると、人差し指を立てて左右に振ったイト。


「分かってないんやな〜。僕らの作戦は、そっからじゃないねん」


「……何?」


「最初からぜーんぶ組み上げて来たんやで?」


「最初、だと……?」


「あんさんが先代英雄の一行だって事も、『先祖返り』だって事も、勿論僕は知っとる。ま……正確に言えば、ラディオはんに教えてもろたんやけど」


 オルフェは思わず首を傾げてしまった。

 どういう事なのか。

 細目の男がその情報を知り得たのは、此処に来てからの筈。

 そうで無いならば、何故わざわざその話をしたのか。

 この時、オルフェの顔が悔しそうに歪んだ。


「くっ……最初から……そういう事か……!」


「おっ、察したみたいやね。そう、最初から……ラディオはんが僕に分身体を送った時から、仕込んであった事。娼館街に足を踏み入れた後の行動や、言動もぜーんぶ。途中、甘々な人のせいで予想外の事もあったんやけど」


 たしなめるように横を見やるイト。

 その視線に気付いたラディオは、ゆっくりと反対を向いて、頬をポリポリと掻き始めた。


「あんさんが《千里眼》のスキルを持っている事、その効果範囲が『娼館街全域』で留まっている事を、僕らは知っとった訳で」


 ラディオは、オルフェが対象者の行動を常に監視したがる癖を知っている。

 その時に活用しているのが、遠くを見通す事の出来るスキル『千里眼』である事も。

 すると、イトは耳に小指を突っ込み、何かを取り出した。

 それを見たオルフェは、観念した様な笑みを浮かべる。


「この子……というか、ラディオはんやけど。その指示通りに喋り倒して、あんさんの機嫌を煽ってたちゅー訳や」


 広げられたイトの掌には、1cm程の半透明の竜が居た。

 これは、ラディオが夕方に送った分身体を小さくしたものである。

 それを耳に仕込み、この作戦を実行したのだ。

 1度だけ居心地が悪く、イトは耳をほじってしまったが。


「あんさんへの疑問も、丸薬のくだりも、此処に入って僕が口を挟んだのも、全てラディオはんの指示通り。いや〜、よう性格を知られてまんなぁ」


「……私は不本意だがな」


 オルフェの性格を熟知しているからこそ、この作戦は立案出来たもの。

 だが、隠す事も無く嫌悪感を露わにするラディオ。


「まぁまぁ。で、肝心の『組手』なんやけど、ラディオはんは絶対に僕を選ぶと分かっとった訳ですわ。それに、僕のユニークスキルがあれば、完璧に騙せるという事もね」


「イト、その部分については言う必要は無いぞ?」


「いえいえ、言った所でどうこう出来るもんや無いですし。あんさんも聞きたいでっしゃろ?」


「ユニークスキル……それが余の『魅了』を阻んだという訳か」


「その通り。ま、見た方が早いんで――」


 そう言うと、イトは体に魔力を込める。

 すると、イトの影がうねり始め、『もう一人のイト』が姿を現したではないか。

 誤差など微塵も見られない全く同じ人物が、一瞬にして出来上がったのだ。


「それは……そうか、分身を使ったか」


「んん〜、ちゃうね〜ん。これは限りなく僕に近い僕、違う点と言えば……僕は殺されたら死んでまうけど、こっちの僕は殺されても影に戻るだけなんや」


 イトの答えに、オルフェは更に顔を困惑させていく。

 それを面白そうに眺めながら、2人のイトはがっちりと肩を組んだ。


「これは」「分身では無く」「『分裂』と言った方が」「正しいですわ」


 交互に喋り出すイト達。


「こいつは僕で」 「僕はこいつなんですわ」「誰がこいつやねん!」 「こっちの台詞や!」 「何や!」 「何やねん!」 「あーもう! 消えろぉ!」


 だが、次第に喧嘩が勃発した為、直ぐに影の方を消して1人となる。


「つ、つまり! 『もう1人の僕』を作り出すもんやねん!」


 イトが持つユニークスキルの名は、《愛すべき隣人(ドッペルゲンガー) 》。

 これは、影を媒体として、見た目はおろか思考・能力その他諸々を、完璧にトレースした『自分』を作り出すというもの。

 五感のリンクは勿論の事、蓄積された経験すらも共有してしまう。

 だが、この能力の本当の凄まじさは、『自分を作る』という部分にある。


 分身や幻影では、感知スキル等に引っ掛かる恐れがあった。

 だが、『愛すべき隣人』によって作られたイトは、まごう事無きイトそのもの。

 魔力の質から、纏う雰囲気や匂いまで全て同じ。

 長年の友であるラディオさえ、パッと見では判別がつかない程なのだから。


 だからこそ、イトはこれを『分裂体』と呼ぶ。

 言うなれば、スライムが己の体を分裂させるのと同義。

 加えて、本体と分裂体はお互いの位置を瞬時に入れ替える能力も有している。


 不夜城に入ったイトは分裂体だった。

 オルフェが前もってイトの事を調べていれば、もう少し警戒を出来たかも知れない。

 だが、この力を知っている者は限られた極少数の者である事と、オルフェ自身がイトの事を歯牙にもかけていなかった事が、ラディオ達の作戦の肝となったのだ。


「それで、分裂体がラディオはんの首に手を掛けた時、入れ替わったっちゅー訳ですわ。どうや? 全く分からんかったとちゃうん?」


「ふふふ……よもや、そこまで算段をつけるとは。本当に成長したな、ラディオ」


 渦巻く愛と欲望に染まった瞳をラディオに向けるオルフェ。

 それを見たイトは、思わず一歩後ずさってしまった。

 ラディオに殺す気が無いとはいえ、身体の自由を奪われているこの状況。

 そして、絶対的優位と思わせておいてからの、逆転劇をかまされた。

 商人としてのプライドも、見事に折られたであろうに。


 しかし、オルフェは笑っている。

 頬を吊り上げ、荒い吐息を漏らし、恍惚に瞳を輝かせ、中年を見つめているのだ。

 余りの強烈さに、イトは思う……『えらい人に好かれたもんやなぁ』と。


「この説明を聞いても尚、負けを認めませんか?」


 ラディオの問いに、オルフェはゆっくりと首を横に振る。


「いや、余の負けだ……今回は、完膚無きまでにな。約束通り、情報は渡す」


 ラディオは頷くと、オーラを消し去り拘束を解いた。

 イトは少し訝しんだが、オルフェも腐っても商人。

 自らの言葉に責任を持ち、成立した取引に応じるのがプライドだ。

 オルフェを信頼などしていないが、そのプライドに信用は置ける。


「では、ファイザル家の事を詳しく教えて頂きたい。どんな微細な事でも、包み隠さず全て」


「奴等は弱小貴族だ……いや、だったと言う方が正しいか。跡継ぎが病死してからは、衰退の一途を辿っていた。だが、近年になり遠縁の子女を迎えてからは、嘗ての隆盛を取り戻しつつある」


「……遠縁の子女」


「そうだ。名前は……知らん。興味が無いのでな。法国領に、大きくはないが自治領を持っている。気になるなら、行ってみるが良い」


「法国……分かりました」


 頷きながらも、深く考え込むラディオ。

 何故、法国の貴族が自分の名を知っていたのか。

 そして、ニャルコフを追っていた本当の理由は何なのか。

 ラディオの瞳が険しい色を見せる。


「……確かに頂きました。私達はこれで」


 ラディオが軽く頭を下げ、イトと部屋を出ようとした。

 だが、ふと立ち止まり、後ろを振り返る。

 更に着物をはだけさせ、艶やかに台座に寝そべるオルフェに、釘をさす為に。


「1つ言い忘れました。貴女の『枷者』は、必ず借金を返します。私は、それを見届けると誓った。もし、その邪魔をするならば……今度は拘束だけでは済みませんので」


「ふふっ……はぁ……はぁ……♡」


 すると、オルフェは何故か興奮し始めた。

 やれやれと首を振ったラディオは、それ以上何も言わず歩き出す。

 だが――



「……何をしている」


「はぁ……♡ お前が悪い。成長を見せつけられ、プライドを引き裂かれた挙句、余の持ち物を奪うと言うのだ。なのにお前は帰ろうとしている……こんなにも余を焦らしておきながらな♡」



 目にも止まらぬ速さで、ラディオの背にしがみついて来たオルフェ。

 流石は『九尾の狐』であり『先代英雄の一行』という所か。

 害意が無いとは言え、反応が遅れた事をラディオは悔やむ。


「今直ぐ離れて下さい。でなければ――」

「でなれけばどうする? 余を殴るか? あぁ……それも堪らない♡」


「……下賤な」


 自身の胸に回されているオルフェの手を掴むが、異常な程に固く結ばれている。

 お互いに、不用意な怪我は避けたい所だが。


「はぁ……♡ 『枷者』などくれてやる。余はお前が居ればそれで良い。ふふふっ……必ず、必ず手に入れて見せるぞ」


 そう言うと、オルフェはラディオの耳を甘噛みした。

 そして、直ぐ様距離を取る。

 あとほんの一瞬後退が遅れていたら、ラディオの手刀が顔面を貫いていただろう。


「……イト、帰ろう」


「え、えぇ。了解ですわ」


 ラディオは咄嗟に手を出してしまった事を、後悔した。

 あれしきの事で心を乱されるとは。

 まだまだ鍛錬が足りない。


 オルフェがどんなに歪んだ思想を持っていようとも、理由もなく殺してしまっては、娘に合わす顔などある筈も無い。

 ラディオ達は振り返る事無く、部屋を後にした。



 ▽▼▽



「いや〜、お疲れ様でしたぁ! 上手くいきましたね」


「あぁ、君のお陰だ。本当に有難う」


 娼館街を抜けて来たラディオ達は、イトの店の中で成果を喜んでいた。


「しっかし、『ママ』は聞いてた以上でしたね。それにあの執着……何があったんですか?」


 イトはテーブルに足を置き、椅子のリクライニングに体を預けながら、ラディオに問い掛ける。

 対面に座るラディオは、少しの沈黙の後、口を開いた。


「私は……彼女の『魅了』に犯されていた時期がある。もう……25年も前の話だがな」


「マジですか……。詳しく聞かない方がええです?」


「いや……恥ずべき過去だが、それは私の落ち度によるもの。戒めとして、決して忘れてはならないからな」


 サニアの元を巣立ち、エルディンやギギと共に世界を回っていた頃、とある貴族の依頼をこなした事があった。

 それは自治領に現れたモンスターの討伐という、極ありふれたもの。

 ラディオ達は、修行の一環として見事に依頼をこなし、貴族に報告をしに行ったのだ。


 その時、領主の妻として『遊んでいた』のが、オルフェだった。

 彼女は変身術も得意としており、気に入った男が居ると、姿を変えて近付いては『魅了』を駆使し、瞬時に手篭めにしてしまうのだ。


「その時はまだ、彼女の正体も能力も知らなかった。そして……何故か私を気に入ってね。魅入られてしまったんだ」


 ラディオは溜息吐きながら、淡々と説明を続ける。


「それからすぐ、貴族は変死を遂げる事になる。確証は無いが……十中八九彼女の仕業だろう。そして、私は玩具にされていたよ」


 ラディオを見初めたオルフェによって、貴族は殺された。

 そして、洗脳されたラディオは隠れ家に連れ去られ、エルディン達が助けに来るまで、数ヶ月を要してしまったのだ。


「魅了が解かれた後は、激しい戦闘があった。まだ若かった私は、エルディン達の力を借りて、何とか彼女を退けられたんだ。その後も何度か接触する機会はあったんだが、それ以降彼女が私に『魅了』を使って来る事は無かった」


「ラディオはんに『本気』になった……ちゅー事ですか?」


「……さぁな。だが、魅了されていた時期の朧げな記憶ではあるが……私は誰かに似ているらしい。彼女が心から愛した人物にな」


「へぇ〜。想い出をラディオはんに落とし込んでるんですね。大変やなぁ〜。僕には無理ですわ」


「そう言えば、彼女の部屋にあった白いぼんぼりや提灯を覚えているか?」


「え? まぁ、覚えてますけど」


「それと、彼女が『骨の髄まで』と言っていただろう?」


「それが何ですの?」


「あの言葉は、そのままの意味だ。彼女が篭絡して来た者達の末路、とでも言えばいいか」


「……うげぇ! まさか……!?」


「そうだ。彼女の『被害者』達は、今も彼処に居る。『物言わぬ物』に変えられてな」


 ラディオの眉間に皺が寄る。

 イトは舌を出し、嗚咽の真似をしながら嫌悪感を露わにした。

 そこには、疑う余地も無く『枷者』も含まれている筈だ。


「……ラディオはんの腕の見せ所ですね」


「あぁ……レンカイは、私が必ず護り抜く」


 すると、イトが棚からグラスと酒瓶を取り出して来た。

 琥珀色の蒸留酒を並々と注ぎ、1つをラディオに手渡す。

 2人は静かにグラスを合わせ、グイッと一気に喉へ流し込んだ。


「ぷはぁ〜! ささっ、もう一杯いきましょ」


 静かに微笑んみながら、頷くラディオ。

 だが、1つの懸念を抱えている事をイトは知らない。

 それは、オルフェが何故『ファイザル』の事を知っていたのか、という事だ。


 《千里眼》の効果範囲は娼館街一帯。

 だが、騒動があったのは『下段右側』の路地裏である。

 ラディオはグラスを覗き込みながら、思案に耽る。


(私の索敵に掛からない程の伏兵……一体どれ程の力を持つのか)


 ラディオは膨らむ疑問を飲み込む様に、酒を流し込んだ。

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