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第63話 父、しっかりとした足取りで

「ちちーっ!」


 ドレイオス達と別れ、焼き菓子店に戻って来たラディオ。

 すると、グレナダが一目散にこちらに駆けてきた。

 満面の笑みでラディオを見つめ、両手を大きく広げながら抱っこをねだる。


「ただいま。遅くなってしまったね」


 足に絡み付いている娘を、片手でひょいと抱き上げる。

 逞しい腕に体重を預けるグレナダ。

 尻尾をブンブン振り回し、もうご機嫌そのものだ。


「おかえりなのだぁ♡ にゃるこふも!」


「にゃ〜♪」


 自分と共にちちに抱かれているニャルコフを見て、グレナダは更に笑顔を咲かせる。

 すると、ケーキを揺らさないように右手だけ固定しながら、レミアナも駆けて来た。


「ラディオ様〜!」


「君がレイ殿達に伝えてくれたお陰で助かった、有難う。レナン、ニャルコフを抱いていてくれるかな?」


「あいっ! にゃるこふおいで〜」


「いえいえ! ラディオ様もニャルコフも無事で良かったです。それにしても、あの男の人達は何だったん……でしゅかぁ〜♡」


 喋っていた矢先、レミアナの顔が恍惚に歪む。

 何故なら、ラディオが感謝を込めて頭を撫でているからだ。

 爽やかな笑顔から一転、劣情を催した顔を晒し始める。


「あはぁ〜♡ 幸せでしゅ〜♡」


「彼等はファ……いや」


 瞬間、ポロっと言いかけてしまった自分を諌めるラディオ。

 レミアナは切ない顔をしながらも、少し首を傾げた。


「……ファ?」


「……何でもない。どうやら何かの手違いがあった様でね。だが、こうしてニャルコフは無事だ」


「はい……あぁ! くひひ♡」


 ラディオはそれ以上何も言わず、頭撫で撫でを再開した。

 大神官長(ヘンタイ)はもう嬉しくて堪らない。

 ケーキを庇って右手だけ突き出しているレミアナを見つめながら、ラディオは優しく微笑んだ。


(すまない、嫌な事を思い出さてしまう所だった。もっとしっかりしなければ……スエロ様に叱られてしまうな)


 レミアナを預かった日を思い出しながら、ラディオは茜色に染まった空を見上げる。

 すると、ラディオがまたも微笑みを見せた。

 どうやら、彼方はもう家に着いている様だ。


「そろそろ帰ろうか」


「え? でも、お義母様は……あぁ〜」


 問い掛けに対して、ラディオは空を指差した。

 見上げたレミアナも、一目で納得する。

 其処には、半透明な虹色の小さな竜が浮かんでいたのだ。

 サニアも《竜体使役》で探していたらしい。

 ラディオは娘の頬を撫でながら、お願いをする。


「レナン、家までにゃるこふをお願いしてもいいかな?」


「あいっ♡ レナンがだっこしてるのだ!」


「にゃ〜♪」


 ラディオの温もりを感じ、グレナダは幸せ一杯だ。

 ニャルコフをギュッと抱き締め、ちちの様に頬ずりをしている。

 満足そうに頷いたラディオは、レミアナの方を向いた。


「帰って夕食にしよう。それは私が持つから」


「え、はい……あの、そのぉ……手……」


 ケーキを受け取ろうと、ラディオが手を差し出す。

 だが、レミアナはモジモジし始めてしまった。

 頬を赤らめ、ラディオをチラチラと見上げて。


「どうした?」


「あの、手……腕をお借りしても良いですか!? ケーキは……私が持ちますから」


 レミアナはいつになく真剣な面持ちである。

 唐突に、『ラディオと手を繋ぎたい』という想いが溢れてしまったのだ。

 だが、やはり伝える事が出来ずに『腕』という単語に逃げてしまう。


「……少し待ってくれるか?」


 そう言うと、ラディオは《竜体使役》を発動し、小さな竜を作り出した。

 家とは反対方向にそれを飛ばすと、レミアナに向き直る。

 そして、穏やかに微笑みながら頷いた。


「私ので良ければ、いつでも」


「……ラディオ様♡」


 逞しい腕に飛び付いたレミアナ。

 ぷるんぷるんの谷間に押し込み、自らの腕も絡ませる。

 ラディオに顔を見られない様に、腕に頭を持たれかけさせながら、決意を新たにした。


(いつか……いつか必ず、ラディオ様から手を握ってもらえる女になるんだから……♡)


 他愛も無い会話をしながら、家路へとつく3人と1匹。

 だが、ランサリオンの門をくぐる頃、レミアナは勝負に出る。

 平然を装い、ラディオの小指だけ握り締めたのだ。


(に、にぎ、握っちゃったぁ……!!)


 しかし、今はこれが精一杯。

 すると、ラディオの手が微かに動いた。

 レミアナはビクッと体を震わせる。

 やり過ぎてしまったかも知れない。

 拒否されてしまったら……そう思うと、今にも心臓が飛び出そうだ。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。


(あぁ……ラディオ様♡)


 ラディオは何も言わず、少しだけ……本当に少しだけ、レミアナの手を包みこんだのだ。

 娘と猫の会話を、楽しげに眺めながら。


 ラディオの真意は分からない。

 だがそれでも、レミアナの心は幸せで満たされていった。

 ラディオに照れている顔がバレない様に、下を向きながら微笑みを浮かべる。

 家に着くまでの間、街道には楽しげな笑い声が響いていた。



 ▽▼▽



「おか、える――ふにゃ……♡」

「おおおかえりなさいま――はぅあッ♡」


 ラディオ達が家に着くと、カリシャとトリーチェが出迎えてくれた。

 どうやらサニアが招待した様だ。

 しかし、ラディオの姿を一目見ると、玄関前で呆然と立ち尽くしてしまう。


「やぁ、2人共来てたのか。いらっしゃい……いや、ただいまと言うべきかな」


「ただいまなのだっ!」


 微笑みながら、2人の横をすっと通り過ぎていくラディオ。

 サニアの手伝いをしなければ。

 すると、後ろから入って来たレミアナがカリシャ達の肩に手を置いた。


「……ヤバくない?」


「良い……です♡」


「こ、こ、これはマズいよぉ〜♡」


 ニヤリと微笑んだ大神官長(ヘンタイ)

 左右に居る女性2人も、ブンブンと首を縦に振っている。

 視線の先にあるのは、散髪したラディオの姿だ。


「今日は……女子会ね」


「たの、しむ♡」


「ぜ、是非ッ!」


 何やら結束が高まった3人。

 互いに頷き合い、鼻の穴を膨らませながら、家へと入っていく。



 ▽▼▽



「其方達のお陰で、今宵も楽しかったのじゃ〜♡ 礼を言うぞ」


 玄関先でレミアナ達を見送りながら、サニアが満開の笑顔を見せる。

 ラディオの体調も戻った事で、全快祝いにとカリシャ達を呼んでいたのだ。


「来るべき日は4日後じゃが、準備は万全か?」


「はーい♡ 皆色々考えてますよ〜!」


「だい、じょぶ……です!」


「ああ主ど……い、いえ、かか完璧にこなしてみせますッ!」


「そうかそうか。楽しみにしているのじゃ♡」


 顔を輝かせながら、誕生日についての算段を話し合う女性陣。

 そこへ、ほぼ瞼を閉じた状態のグレナダを抱きながら、ラディオがやって来た。


「集まって貰って嬉しかったよ。気を付けて」


 レミアナ達は、楽しげに笑い合いながら頷いた。

 すると、ラディオがハッと思い出した様にサニアに問い掛ける。


「サニア様、明日の一日、私に時間を頂けないでしょうか?」


「どうしたのじゃ?」


「はい、幾つか旅行先の候補を回ってこようと思います。それと……先程お話した件についても」


「……そうか。うむ、レナンの事は任せて良いぞ。きっちり視察して来るのじゃ」


 海とは別の視察、ニャルコフの一件だ。

 そして、今日この後にも向かうべき所がある。

 瞬間的に真剣な眼差しを見せたラディオだったが、直ぐに微笑みを浮かべ、もう1つのお願いを始めた。


「そこでなのですが、明日はレナンと水着を買いに行って頂けませんか? 私が共に行くより、同じ女性としての感性で選んであげて欲しいのです」


「何故じゃ?」


 息子のお願いに、サニアは即答で疑問を呈した。

 ラディオは思わず面食らってしまう。


「……何故?」


「うむ、何故じゃ?」


「……どの部分についてでしょうか?」


「水着など必要無いじゃろう。生まれたままの姿で十分ではないか」


「……不十分だと思います」


「これっ! 選り好みをしてはいけないのじゃ!」


「……好みではなく、規範性の問題です」


「ラディオ、つまらぬ常識に囚われてはいけないぞ?」


「……これに関しましては、囚われたいと思います」


 親子のやり取りは終わらない。

 そこに、笑いを堪えていたレミアナから折衷案が出された。


「ふふっ……ラディオ様、それでしたら私達がお付き合いしますよ? まだ水着も買っていませんし、レナンちゃんの好みも知りたいですし♡」


「そうか、助かるよ。何かお礼を……そうだな、明日を楽しみにしててくれ」


「本当ですか!? やった〜♡」


「何じゃ何じゃ〜! 妾が悪者みたいではないか〜!」


 サニアはプリプリと頬を膨らませ、息子に角を突き立て始めた。

 だが、ラディオは何も言わず、レミアナに代金―多過ぎる白金貨―を渡している。

 だが、即座にレミアナから返却されてしまった。


「ラディオ様〜、多過ぎますよ」


「いや、しかし……何種類か欲しいと言ったら困るだろう?」


「それでも多過ぎます!」


「……そうなのか?」


「はい、規範性に反してます」


「……そうなのか」


 ラディオは最もな指摘を受け、遠くを見つめ始めた。

 隣ではサニアの笑い声が聞こえている。

『やはり妾の息子じゃ〜』と、悪い目をしながら。


「……明日は宜しく頼む。もう夜も遅いから、気を付けて」


「くっくっく……大事ない様にな!」


「は〜い♡」


「さよ、なら……です」


「おおおお疲れ様で御座いましたッッ!!」


 賑やかな別れの挨拶も終わり、レミアナ達は街道を下っていく。

 その後ろ姿が完全に見えなくなると、ラディオは真剣な眼差しとなった。


「ではサニア様、私も行って参ります。レナンを宜しくお願い致します」


「うむ……其方も気を付けるのじゃぞ」


 サニアに娘を預け、ラディオは背中に両翼のオーラを出現させる。

 一飛びで夜空に浮かび上がると、流星の様に消えていった。



 ▽▼▽



「すまない、待たせてしまったか?」


「いやいや、僕も丁度今出てきたとこですわ」


 ラディオが向かった先は中段左側、『娼館街』だ。

 その入り口付近で、イトと合流した。


「頼んでいた事は、何か分かったか?」


「いや〜それが何とも。竜ちゃんが来て直ぐ、色々漁ったんですけどね。あんまり『貴族』にツテが無いもんで。突っ込んで調べるには、時間が足りませんねぇ」


「そうか……いや、私の我儘に付き合わせてしまった。急な依頼への対応、感謝しているよ」


 レミアナと帰る前に発動した《竜体使役》はこの為だった。

 しかし、ラディオとしてもイトが貴族関連に強く無いという事は知っている。

 だからこそ、あの場で分身体を使い、確認を取ったのだ。


「ホンマに行くんですよね?」


「あぁ……余り気乗りはしないが」


 周囲に注意を配りつつ、娼館街を奥へと進む2人。

 イトの店から娼館街の中央部分までは、実はほぼ住宅地帯となっている。

 煌びやかなネオンで彩られ、軒を連ねる商店では、如何わしい物も多く売られてはいるが。


「しかし意外でしたわ〜。ラディオはんが『ママ』とお友達何てね」


「友達……か。随分一方的なものだがな。まだ私が若い頃、つまらぬ(いさか)いがあったんだよ」


 ラディオは苦い微笑みを浮かべながら、頭を掻いた。

 イトはそれをニヤニヤして見つめながらも、『ママ』との邂逅に気分を高まらせている。


「そう思て、お2人の関係をちょいと調べさせてもろたんですけどね……お手上げでしたわ。僕の情報網を持ってしても、核心を突かせない隠蔽の技量は凄いですね。しかも、此処を取り仕切り、且つ絶世の美女だなんて……良いですわぁ」


「気を付けろ。もし『ママ』に気に入らてしまったら……文字通り骨も残らないぞ」


「それはどういう……おっと、着きましたね」


 妖しい空気漂う街道を歩いていたラディオ達の前に、大きな大きな門が見えてきた。

 門の中心に扉があり、その上に被さる様に大きさを変えて扉が配置されている。

 左右には黒服の門番が立ち、高い塀で囲まれているせいで向こう側が一切見えない。

 だが、神経をふやかす様な甘い香りと、思考を短絡にしてしまう心地良い音楽が、うっすらと流れてくる。


「準備は良いか?」


「えぇ、何時でも。恥ずかしながら僕、こん中にお気にの()いてますんで」


「そうか……では、行こう」


 ラディオ達は黒服の前に立ち、数枚の金貨を渡す。

 無表情な顔のまま金貨を数えた黒服は、上に向かって指を回して合図を送った。

 すると、2つ目に小さな扉が開いていく。

 これは、主に『人族の成人』の身長に合わせて作られたものだ。


「私も会うのは本当に久し振りだ。それだけに、彼女が何をして来るか分からない。警戒を怠らないでくれ」


「了解しました。まぁ、いざとなれば僕は何でもしますよ。()()()命散らす訳にはいかないんで」


 ラディオは軽く微笑みを見せると、扉をくぐる。

 目的の人物は、この『娼館街・規制区域』の最奥に店を構えている。

 奴隷を禁止しているギルドから営業許可を取り、一切の問題を起こす事無く『娼館街全体』を取り仕切るボス、通称『ママ』。

 ラディオは過去を思い出しながらも、しっかりとした足取りで奥へと進んでいく。

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