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第58話 竜の子、真っ直ぐに見据えて

「ラディオ〜♡ 母が帰ったぞ〜……む? ラディオ〜?」


『儀式』から帰還したサニア。

 ヴラドから持たされた大量のお土産を手に、キョロキョロと息子の姿を探すが見当たらない。


「これは……ふふっ、全く」


 しかし、直ぐに『洗礼の間』から漂ってくる魔力に気付き、笑顔を零した。

 其処で過ごしているであろう、2人を思い浮かべて。


 6歳の誕生日から半年程経ったが、以降元素の竜達は毎日の様に顔を出しに来る。

 ラディオと、やっと笑顔を取り戻したサニアを見る為に。

 特にマメに来ているのは、豪炎竜だった。

 出逢いこそ失敗したものの、元々が武人然とした性格である為、どうにかして非礼の埋め合わせをしようと考えたのだ。


 その甲斐あってラディオも直ぐに懐き、お互いを『ラディオ』、『兄さま』と呼び良好な関係を築いている。

 ちょこちょことファフニールの後をついて回り、鍛錬に励む兄の背中に憧れの眼差しを向けて。

 末っ子だった自分に出来た新たな『弟』は、護るべき存在。

 豪炎竜が自己を高めようとする姿勢は、弟に溢れる愛を伝えるのに十分過ぎたのだ。


(すっかりラディオを取られてしまったな……良い事じゃ)


 つい先日まで自分にベッタリだった息子の変化。

 サニアは少しの寂しさを覚えるが、優しく微笑みを見せている。

 息子が笑顔であれば、それだけで……サニアは幸せで居られるからだ。


(ヴラドも父親、リカルドももう6歳か……ラディオの友になってくれそうじゃな)


 近隣の小国と良好な関係にあるアルラン村は、特産品と決めた『竜結晶』を納品する代わりに、村では容易に作れない鉄工製品の恩恵に預かっている。

 加えて、山の守り神であるサニアに忠誠を誓う事で、小国にも庇護を与えていた。

 代わりに、小国からは騎士団が派遣され、村の安全を約束してくれる。


 もう何百年も前から、代々の国王と行ってきた仕来り。

 生まれた王子の無病息災を願い、祈りを捧げる。

 成人扱いとなる15歳まで、毎年の恒例行事だ。


(人の成長は本当に瞬きの様に早い……だからこそ、必死に生きるのであろう――なっ!?)


 持たされたお土産を広げていたその時、強大な魔力を感知した。


「これは……!」


 同時に、サニアはやっと異変に気が付いた。

 余りにも静か過ぎる。

 そう、普段なら出迎えてくれる筈のバログアの姿さえ無かったのだ。


「……ラディオ!!」


 魔力反応はファフニールのものだったが、普段の鍛錬で見せるそれではない。

 明らかな敵意を持ったものだ。

 息子に身に何かあったのかも知れない。

 共に居るのが豪炎竜であれば、万が一など有り得ない……そう信じているが、やはり不安は拭えなかった。

 サニアは、一目散に『洗礼の間』へ駆けて行く。



 ▽▼▽



 竜王宮殿・『洗礼の間』――



 ここは、『来客用』に誂えた広大な円形の部屋。

 山の麓から険しい道のりを経て、やっと辿り着く『闘いの場』だ。

 此処に来る者は腕に覚えのある強者達だが、例外無く『竜王の洗礼』を受ける場でもある。


 村の特産品である『竜結晶』を狙う者、サニアを倒し『竜殺し』の名声を得ようとする者、有名な山の守り神と戦ってみたい者など、目的は様々だ。

 善人もいれば悪人もいる。

 だが、サニアはそれらを無碍にしない。

 村人達にも、『そういう輩が来たならば、何もせずに道案内をしてやれ』と言い付けている。


 村に危害を加えるのであれば話は別だが、騎士団もこういった手合いには何もしない。

 それは、サニアが長い間喪失感を抱えていたが故。

 理由はどうあれ、闘志を燃やしてぶつかって来る者を相手にしている時は、全てを忘れる事が出来たのだ。


「これ、は――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 部屋に到着した瞬間、サニアが天が割れる程の咆哮を上げた。

 部屋の中央では、険しい表情を見せたファフニール。

 その体から、夥しい量のオーラを溢れさせて。


 そして、対面には何とラディオの姿。

 ゴミ屑の様に丸まり、地面に倒れ伏している。

 大量の血を流し、今にも息を引き取らんばかりに。


「息子に何をしたぁぁぁぁ!!」


 サニアが全身からドス黒いオーラを溢れ出し、その瞳を漆黒に染め上げた。

 一切の光を無くし、ただ見据えるのは憎き豪炎竜のみ。

 ファフニールはラディオをじっと見つめ、瞬きをした。

 その時、怒り狂った竜王が眼前に姿を現した。

 正に一瞬で、離れた位置から飛びかかって来たのだ。

 サニアの歪に変化した鉤爪が、ファフニールの眉間に迫る。



 怒轟ッッッッッッッ!!



「貴様らぁぁぁぁ!! 離せぇぇぇぇ!!」



 爆音が轟き、壁面が崩壊した。

 尋常ではない力で暴れる怒り狂ったサニアを、他の元素の竜とバログアが5人がかりで押さえ込んでいる。

 だが、それが余計にサニアの激情を煽るのだ。


「お嬢様! どうか老いぼれの――」

「離せぇぇぇぇ!!」


「僕達の話を聞いて下さい!」


「落ち着かせたぁい! このままじゃやばぁい!」


「強過ぎる……! もう持たないぞ!」


「ラビのお話を聞いてよ〜! サーちゃ〜ん!!」


「離せぇぇぇぇ!! 貴様らも殺すぞぉぉぉぉ!!」


 5人は必死に説得を試みるが、サニアは聞く耳を持たない。

 その間にも、息子の命の灯火はどんどん弱くなっていく。

 その時、ラディオが動いた。

 立ち上がろうと、懸命に床に手をついて。


「ラディオ……ラディオぉぉぉぉ!!」


 サニアは膨大なオーラを放ち、息子の元へ向かおうとする。

 だが、本気を出した5人によって尚も足止めされてしまう。

 とうに臨界点を超えたサニアの怒りが、更に激しくなっていく。


「離せぇぇぇぇ! 離せぇぇぇぇ!!」


「成りません!! これは……ラディオ様の御意志なのですから……!」


 バログアが悲痛な面持ちで告げた言葉が、サニアの怒りに波紋を広げた。

 見れば、元素の竜達も皆やりきれない顔をしている。

 サニアは、もう訳が分からなかった。


「どう、言う事じゃ……ラディオがあれを……『死ぬ』事を望んだと言うのかぁぁ!?」


 サニアの瞳から涙が零れ落ちる。

 息子にはありったけの愛を注いで来た。

 辛い過去を消し去れる様に、未来が笑顔で溢れる様に。

 だが、バログアは息子があの状態を望んだと言った。

 今にも死の大鎌がその首に振り落とされんばかりに、弱り切ったあの姿を望んだと。


「ラディ、オ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 息子は辛い過去を振り切れなかったのかも知れない。

 それなのに、無理をして自分に合わせていただけなのかも知れない。

 独りよがりの愛という鎖を押し付けていたかと思うと、サニアはもう堪えられなかった。

 どうしようもない寂しさと罪悪感に襲われ、涙がボロボロと頬を伝っていく。

 だが、バログアは優しく微笑むと、首を横に振った。


「それは断じて違います。ラディオ様は、貴女の為に……『強さ』を求めたのですよ」


「ぐすっ……うぅ……どういう意味じゃあ……」


 世話係の笑顔の意味も、言葉の真意も何も分からない。

 すると、カンナカムイが語り掛けた。


「僕達も最初は驚きました。でも、ラディオ君の意志は固かった……フーアの覚悟もです。どうか、最後まで見届けてあげて下さい。その後の処罰は、僕達全員で何なりと受けますから」


 穏やかな口調で必死に懇願するカンナカムイ。

 他の竜達も頷いている。

 すると、サニアの体からとうとうオーラが消え去った。

 ラディオの意志とファフニールの覚悟とは何なのか。

 竜王の抵抗が無くなった所で、バログアが語り始める。



 ▽▼▽



 サニアが帰還する数時間前――



「ラディオ様、何方へ?」


 ソワソワしながら何処かへ走っていく跡継ぎを見とめたバログアが、ニコニコといつもの笑顔で問い掛ける。


「『せんれいのま』です! もうすぐ、兄さま来るです!」


「おやおや、もうそんな時間でしたか。かしこまりました。お気を付けていってらっしゃいまし。戻って来られたら、昼食に致しましょう」


「はいっ!」


 天井の結晶の光り具合を見ると、確かにそろそろやって来る時間だ。

 しかし、何と嬉しそうな顔をするのだろう。

 ブンブン手を振りながら走り去っていくラディオを、バログアも心からの笑顔で見送った。


 『洗礼の間』に到着すると、まだファフニールは来ていなかった。

 キョロキョロしながら、兄の到着を待つラディオ。

 その時、麓へと通じる道から何やら話し声が聞こえ来た。

 直ぐに突き出た結晶の影に身を潜めるラディオ。


「ひゅ〜! 噂に名高い『竜結晶』、見事なもんだぜ!」


「あぁ。これだけありゃ、もうケチで危ねぇ盗賊稼業ともオサラバ出来るな」


 現れたのは、盗賊然とした格好の2人組の男。

 部屋を見渡し、意地の悪い笑み浮かべている。

 目的は竜結晶、金だ。


「しかし、あの村の騎士共は何だよ。確かに村に興味は無ぇが、軽い身体検査をしただけで通れちまった」


「アッシロ王国の騎士と言やぁ、『彩明(さいめい)騎士団』として有名なんだがな。やたら、ニヤニヤしていたのは気に掛かるが……ふん、俺達の力量にビビったんだろうよ!」


「はっ! 違ぇねぇ!」


 男達はケラケラと騎士達を罵った。

 だが、麓から『洗礼の間』までの道程は決して楽なものでは無い。

 辿り着いたという事は、それなりに実力があるという事だ。

 短絡的な思考ではあるが、言うだけの修羅場は潜り抜けて来たのだろう。


「おい、これなら『守り神』とやらも大した事ねぇんじゃねぇか?」


「かもな。噂ってのは尾ひれが付いて回るもんだ。いっその事、その守り神をぶっ殺して山ごと奪っちまうか!」


「決まりだな〜! ヒャヒャヒャ! ん〜? お前どっから湧いてきた、チビ助」


 気分に乗った男の前に、飛び出したラディオ。

 愛する母に危害は加えさえない。

 その一心で男達の前に立ちはたがり、両手を水平に上げて道を塞ぐ。

 母から貰ったネックレスを外した姿で。


「通さないです……僕が相手です!」


「ぷっ……ヒャヒャヒャ! 聞いたかよ〜! まさかこのチビ助が守り神じゃねぇだろうな!」


「流石に無いだろ。だが、見たとこ普通のガキだな。何でこんなとこに居るの知らねぇが……おらっ!」


「がはっ!!」


 男の1人がラディオに詰め寄ると、思い切り腹を蹴り上げた。

 小さな体はくの字に曲がり、そのまま後方に吹き飛ばされてしまう。

 やはり、男達はそれなりの力を持っていた。


「あそこが出口みてぇだな。行こうぜ」


「あぁ……ちっ、何だテメェ」


 男達が歩を進めようとした時、1人が苛立ちを露わにする。

 見ると、ラディオが口から血を吐きながら、必死に足首にしがみついていたのだ。


「通さない、です……! うぁ! 僕が……ぐぅ!!」


 男達は面倒くさそうに溜息を吐くと、足元の小さな体を蹴りつけ始めた。

 一撃毎に呻き声を漏らすが、中々手が離れない。


「おらっ! おらぁっ!! 離せクソガキ!」


「おらおらおらっ! 死にてぇのか!!」


 次第に怒りが増していく男達。

 もう何十発蹴りを入れただろうか。

 ラディオは全身に青痣を作り、至る所が腫れ上がっているが、決して手を離さない。

 男達の我慢も限界を迎えた。


「そうかよ、分かった。そんなに死にたきゃ……今すぐやってやらぁぁぁぁ!!」


 腰のベルトから反り身の剣を取り出し、天高く掲げた男。

 一撃で物言わぬ体にしてやろうと、柄を握る手に力を込めて。

 そして、ラディオの無防備なうなじに向けて、全力で振り下ろす――



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」



 瞬間、凄まじい悲鳴を上げた男。

 振り下ろした筈の剣の切っ先を掴まれ、柄を握る両手が熱した鉄の様にドロドロに溶け出していたのだ。


「我が弟に手を出した狼藉、死して償え」


 全身から溢れ出る熱とは裏腹に、冷たい声を轟かせたのはファフニールだった。


「ぐわぁぁぁぁぁ! やめ、て――ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 豪炎竜が魔力を込めると、男は一気に燃え尽きた。

 ラディオに足を掴まれていた方は、既に消し炭となっている。

 ファフニールは弟をそっと抱きかかえ、治癒魔法を掛けた。


「もう大丈夫だぞ、ラディオ」


「はぁ……はぁ……あぅ……にい、さま」


 意識をハッキリとさせたラディオは、ファフニールにしがみついた。


「ありがと、ございま――うわぁぁぁぁん!」


「よしよし。我が遅れてしまったのが原因だ。済まなかったな」


 ファフニールは弟の頭を優しく撫でる。

 すると、豪炎竜の敵意を察知し、部屋に飛び込んで来たバログア。

 説明を聞いて、深々とラディオに頭を下げる。


「これは私の落ち度で御座います。ラディオ様、本当に申し訳ありませんでした」


「違うです。じぃやは悪く無いです。僕が……僕が弱いから……」


 ラディオは悔しそうに顔を歪めた。

 すると、ファフニールが首を振る。


「お前はそれで良いのだ。今後この様な事は二度と起こさん。我が常にお前を護って見せよう」


「それは良い考えですな。ラディオ様、僭越ながらこのじぃやもお力添え致します故」


 バログアは優しく微笑むと、ラディオの首元に気が付いた。


(そういう事ですか。お嬢様に心配を掛けまいと……何とお優しい)


 辺りを見回し、結晶の陰に置いてあったネックレスを見つける。

 それを拾い上げ、ラディオに差し出した。


「母君もラディオ様の事を褒めて下さるでしょう。さぁさぁ、これをお掛けになって……ラディオ様?」


 しかし、ラディオは受け取ろうとしなかった。

 竜達が心配して問い掛けても、思い悩んだ顔のまま反応しない。

 すると、ゆっくとラディオが口を開いた。


「僕は……僕は……強くなりたいです」


「その必要は無いと言ったろう? お前は只笑っていれば良い。それが、サニア様の願いな――」

「嫌ですっ!!」


 瞬間、ラディオが悲痛な叫びを上げた。

 それに驚いたファフニールは押し黙ってしまう。


「僕は、僕は……強くなりたい……!」


 ラディオの脳裏に『魔族の女』の姿が浮かぶ。

 あの時、力があれば護る事が出来た……自分にもっと力があれば。


 だが、いつだってそうだ。

 女に護られ、母に護られ、バログアに護られ、そしてファフニールに護られ。

 その間、自分は只々泣き喚くだけ。


(嫌だ……もう、もう……誰も失いたくない……!)


 すると、覚悟を宿した力強い瞳で、真っ直ぐに兄を見据えたラディオ。

 そして――



「兄さま、僕を……僕を殺してください!」

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。

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