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第57話 竜の子、他に何も要らない

(はは……)


 大気を焦がす豪炎の波動が空間を埋め尽くす時、死を覚悟したラディオはゆっくりと瞼を閉じた。

最後の1秒まで、最愛の母の顔を想い浮かべる為に。



怒轟ッッッッ!!



 耳を劈く爆発音が轟き、巻き起こる熱風が体を撫でる。

だが、何やらおかしい。

痛みも熱も何も感じない……『死』とはこういう物なのだろうか。

 不思議に思ったラディオが、恐る恐る目を開けると――



「御無事で何よりで御座いました。少々行き違いが生じてしまった様で、本当に申し訳ありません」



 其処に居たのは、純白の燕尾服を着た大きな背中。

 ラディオと火炎球の間に立ちはだかり、見事に護りきってくれた頼れる世話係。


「……じぃや!」


 そう、他国に行っていた筈のバログアだ。

 驚くべきはその力量。

 全てを燃やし尽くさんと唸りを上げていた火炎球を、片手で受け止めきっている。

汗1つかく事無く、ラディオの方を向いたままで。


「これは大変な事に成りました。()()()()()()()()()どうか……やはり、皆様の到着を待つしかないかも知れません」


 極限状態から一転、いつもの和やかな空気が部屋全体に満ちていく。

 いつの間にか安心感を抱いていたラディオに対し、それもう見事なまでに焦り始めた紅き竜。

 滝の様に冷や汗を噴出させ、体を強張らせている。

 その視線はバログアでは無く、背後で煌々と輝く転移陣に向けられていた。


「ラディオ様、これより先は少しばかり残酷な展開が予想されます故……失礼致します」


 手を払い火炎球を消失させ、一瞬でラディオの背後に移動したバログア。

 そして、キョトンするつぶらな瞳を、両手でそっと覆い隠す。

 その瞬間――



弩轟ッッッッッッ――!!



「へぶぅっっっっ!?」


 転移陣から超速で現れた物体-自身の牙よりも遥かに小さい-によって、殴り飛ばされた紅き竜。

 弾丸の様な速度で壁に激突し、思わず苦痛の呻きを上げる。

 だが、体勢を立て直す素振りは見られない。

 何故なら、眼前に舞い降りた物体を見つめ、恐怖に縮み上がっているからだ。


「妾の息子に何をしたぁ……!! 死ぬ覚悟は出来ておろうな……貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 物体の正体は勿論、サニアである。

 こめかみに何本もの青筋を浮き立たせ、ドス黒く歪んだオーラをマグマの如く溢れさせた竜王。

 その瞳は虹色の光彩を失い、縦に割れた瞳孔がギラギラと憤怒に燃えていた。


「お、お赦し--がはっ! 我はてっきり……ぐぁぁぁぁ!!」


「聞く耳持たん! 絶対に許さぬぞ! この ピーッ の ピーッ が! 貴様など ピーッ で ピーッ の ピーッ ピーッ ピーッ してくれるわぁぁぁぁ!!」


 小さな丘ほどの巨躯を誇る紅き竜を、まるで意に介さず叩きのめすサニア。

 頬を腫らした紅き竜は必死に懇願をするが、竜王の怒りは収まらない。

 ありったけの罵詈雑言を並べ、豪雨の様に浴びせ掛けている。


 とても幼い息子に聞かせられる言葉では無いが、そこは任せて安心バログア。

 機転を利かせた世話係が、ラディオの向きを変え、目では無く耳を覆い隠していたからだ。

 これにより、大事な跡継ぎには一切何も聞こえず、視界にも穏やかな笑みを浮かべるバログアしか入らないという寸法である。


「お嬢様、それ以上は……いえ、止めておきましょう。お嬢様のお気持ちは痛く理解出来ますから。本来なら私も交じって……おや、間に合った様です」


 全てを悟った瞳でサニアの怒りを眺めていたバログアが、四方に視線を散らし始めた。

 やれやれと首を振り、『もう少しの辛抱で御座います』とラディオに口の動きで告げる。


 すると突然、宮殿の2番目の円が盛り上がり黄土色の岩石群が出来上がっていくではないか。

 そして、バキバキとけたたましい音を立てながら、現れた岩石の塔を突き破り1人の幼女が飛び出して来た。


「ぷぷぷ〜! サーちゃん楽しそう〜! ラビもまっぜて〜!」


 黄金(こがね)と茶色の織り混ざった髪を位置の高いツインテールにしている女の子。

 髪と同色の瞳を持ち、とても可憐な顔立ち。

 背丈は小さく100cm程、タンクトップにバルーンパンツという格好も相まって、幼女感が半端ではない。

 だが、その頭には茶色と灰色のゴツゴツした角を生やし、腰からは同じくゴツゴツとした尾が顔を出している。


 彼女の名は『乾坤(けんこん)竜・アウシュラビス』。

 地を司る、『元素の竜』の一体。

 楽しい事をこよなく愛する元気一杯な女の子、御年850歳。


「物好きだな。バカの相手は疲れるだけだぞ?」


 爽やかな風が吹くと同時に聞こえて来た、これまた女の子の声。

 玉座の横に集約されていく雄風は、やがて凛とした少女を形作る。


 鮮やかな碧色のショートカットで、顔の右半分を前髪で覆い隠した少女。

 美しい碧色の瞳の片方は髪で隠れ、鋭いジト目がより際立っている。

 そして、やはり目に入るのは、鋭利に尖った大きな黄緑色の角と尻尾だ。

 擦り切れたマントを適当に巻き付けているだけの、シンプルな格好がまた世捨て人感を増長させている。


 彼女の名は『烈風竜・ティアマト』。

 風を司る、元素の竜の一体。

 酒以外に余り興味が無い面倒くさがりな性格、御年980歳。


 今度は火口付近で雷鳴が轟き始めた。

 一本、また一本と太く大きくなっていく(いかずち)の塊。

 爆音の中、閃光を放ち一人の男が舞い降りた。


「でも、今回はフーアが悪いよ。僕達を待たないから」


 穏やかな口調で話すのは、薄紫と青のグラデーションの長髪を携えた青年。

 深みのある蒼色の瞳と幻想的な白い肌が、眉目秀麗なその顔に儚げな雰囲気を与えている。

 更に、椅子に腰掛けながら見せる仕草、着ている美しい着物も相まって、妖艶な色気まで振りまいていた。


 他に比べると短めだが、完璧に調和の取れた湾曲を披露している、白く艶やかな両角。

 細くしなやかで、氷柱の様な透明感を見せる尻尾。


 彼の名は『雷霆竜・カンナカムイ』。

 雷を司る、『元素の竜』の一体。

 冷静沈着且つ物腰柔らかな好青年であり、皆の良きまとめ役は御年1050歳。


「んふ〜♡ やだぁ〜、この子食べちゃいたぁい♡」


 何処からともなく甘ったるい声が聞こえて来たかと思えば、ブクブクと激流が湧き上がり、バログアの背後へ弾け飛ぶ。

 飛び散った水滴が長身の女性を形作ると、ラディオをひょこっと覗き見た。


 内側に巻かれたロングヘアーは、まるで大海に映る空の様な淡い水色。

 ラディオを見つめながらハートマークを浮かべる瞳は、優しさ溢れる藍色に染まっている。


 シースルーのロングドレスを纏うその肢体は、サニアに負けず劣らずの素晴らしさ。

 頭に輝く丸みを帯びた角は、銀の粉雪が降りかかった様な斑点模様の薄群青色。

 腰から生える尾は短く、ヒレがピクピクと動いている。


 彼女の名は『水明竜・イルルヤンカシュ』。

 水を司る、『元素の竜』の一体。

 海と同じくらい広い守備範囲を持つ、愛の化身……いや、愛欲の権化。

 最近は男の子が大好きな、御年990歳。


「ふぉふぉふぉ。お集まり頂けまして、誠に感謝致します。これで、ラディオ様の宴の準備が整いましたが……そろそろ止めに入って頂けますか?」


 バログアは現れた元素の竜達に頭を下げる。

 加えて、サニアの怒りの真っ只中に晒されている紅き竜の救援を申し出た。

 すると、紅き竜がアウシュラビスのいる円へ吹き飛ばされる。

 そこで先程見せた火炎球となった後、筋骨隆々の男の姿へと変化した。


「サニア様! 本当に申し訳ありませんでしたぁ!!」


 中央が立ち上がった紅蓮の髪を持つ巨漢は、地面に両手をつき、額を擦り付けながら謝っている。

 頭を下げる度に、極太な金色の角が地面を抉っていく。

 その燃えるような紅い瞳に、未だ恐怖を浮かべたまま。


 上半身は裸で、下はダボダボのズボンのみ。

 腰から生える尻尾もかなり太く、棘が幾つも乱雑に生えている。


 彼の名は『豪炎竜・ファフニール』。

 火を司る、『元素の竜』の一体。

 猪突猛進で直情型の分かりやすい性格。

 いつも兄姉に弄られている、御年700歳の末っ子だ。


「成らんッッ!! 息子が感じた恐怖はこんなものではないのじゃッ! 妾が護符を授けていなかったら……ぐっ……コロォォォォォォォスッッ!!」


 足を踏み鳴らし、ファフニールに迫るサニア。

 その時、テーブル付近にいる息子をちらと確認してしまったのが悪かった。

 ラディオが感じた恐怖を思い返し、怒りが更に増長されていく。


 出発する直前に授けたサニアの牙で作りし『護符』は、ラディオの感情の波を感知する。

 ファフニールによって与えられた死の恐怖は、そのままサニアに伝播されてしまったのだ。

 これにより、予定を切り上げ瞬時に帰還したのである。


「ど、どうかお赦しを! かの子供が、サニア様が仰った『息子』だとは夢にも思わず……何卒! 何卒お赦しを!!」


「成らん成らん成らん!! 絶対に赦さ――誰じゃッッ!!……ラ、ラディオ!?」


「ははぁぁ!」


 怒りのままに鉄拳を振り下ろそうとしていたサニアは、引っ張られる感触に苛立ちを覚える。

 邪魔をする奴は誰なのかと振り向くと、そこには涙を堪えながらも、必死に笑顔を作る息子がいたのだ。

 恐怖から解放され、愛する母を見ると、様々な感情が押し寄せて来る。

 サニアは息子を抱き上げると、力の限り抱き締めた。


「ラディオぉ……ラディオラディオラディオ〜!! 済まなかったのじゃ〜。怖い思いをさせてしまった妾を許してくれぇ!」


 余りの怒りに身を焦がしていたサニアが、ようやく冷静さを取り戻した。

 咄嗟の判断でラディオを連れて来たのは、バログアだ。

 ファフニールのサイズも人型となり、サニアの猛攻も止んだ所での英断は、素晴らしいの一言。

 すると、他の竜達がファフニールの前に立ち、サニアに頭を下げ始めた。


「サニア様、フーアも反省しています。僕からも良く言い聞かせますので、今回はどうか」


「バカはウチがシメとく。だから、見逃してほしい」


「んふふ〜♡ サニア様の代わりに、ワタシがお仕置きしたぁい♡」


「そうだよ〜! ラビがこらっ! って言っとくから大丈夫〜」


 サニアは未だに眉間に皺を寄せているが、少しの間を置いて大きく深呼吸をした。

 ラディオをギュッと抱き締め直し、頭を撫でながら問い掛ける。


「ラディオ、其方は良いか? 妾は其方の意見を尊重したい」


 ラディオはゴシゴシと涙を腕で拭うと、ニコッと微笑み大きな声で言葉を紡いだ。


「はは、おかえりなさい! 僕、待ってたです!」


「ラディオぉ……ラディオ〜♡ 心から愛しておるぞ、妾の息子よ……!」


「はいっ!」


 ラディオはファフニールについて何も言わなかった。

 死を覚悟させる程、怯えさせられた。

 理由も分からず、敵意を剥き出しにされて。

 だが、もうそんな事はどうでも良かった。

 愛する母が帰って来てくれた幸せがあれば、他に何もいらなかったのだ。


「其方の想いはしかと伝わったぞ♡ フーア!!」


「は、はいぃぃ!」


「今回だけ……今回だけッッ!! ラディオに免じて不問にしてやるのじゃ。じゃが、ゆめゆめ忘れるな……二度目は無いぞ」


「本当に申し訳有りませんでした!」


 ファフニールは、今一度深々と頭を下げる。

 それを見たサニアは、ようやく笑みを零した。

 母は仕方がないという顔ではあったが、ラディオは本当に嬉しそうに笑い声を上げる。

 すると、サニアも満開の笑顔を咲かせて、息子に頬ずりを始めた。


「ふぉふぉふぉ! これにて一件落着という事で、宜しいですね? では、ラディオ様の誕生の宴を始めましょう」


 パンッと手を合わせたバログアの号令と共に、数十という竜人のオーラが現れた。

 すぐさま宮殿内を飛び回り、サニアが暴れた部分の修復から、誕生会用の飾り付けまでテキパキとこなしていく。

 すると、元素の竜達がゾロゾロとラディオに近づいて来た。


「ラディオ君、僕はカムイと言うんだ。弟が本当に申し訳ない事をしてしまったね。許してもらえるかい?」


「はいっ!」


「ラディオ、ウチはティア。酒は……まだ飲めないのか。大きくなったら勝負だな」


「はい……?」


「ラディちゃ〜ん! ラビだよ〜! ねぇねぇ、何して遊ぶ? 何して遊ぶ〜?」


「う〜ん……?」


「食べたぁい♡ あ、ワタシはルルって呼んでもらいたぁい♡ ()()はまだまだ子供かな……いたぁい!」


「阿保な事を息子に吹き込むでない!」


 ラディオの下腹部を触ろうとしたイルルヤンカシュに、即座に母の鉄槌が下る。

 そして、最後はとてもバツが悪そうにファフニールが近付いて来た。


「その……ラディオ様、本当に申し訳有りませんでした!」


 ピシッと深くお辞儀をしたファフニール。

 すると、ラディオはキラキラとした笑顔でファフニールの肩を触った。


「一緒にご飯食べるですか?」


「ぐぅ……! 本当に……本当に……!」


 ファフニールは血が出るほど歯を噛み締めた。

 勘違いとは言え、やってしまった事への後悔の念が自身を押し潰してしまうのだ。

 伏せた顔からは、床に向かって雫が止めどなく落ちていく。

 すると、頭の上に温かな手が置かれた。


「息子が良いと言ったのじゃ。妾はもう何も言わぬ……今回だけじゃがな。さぁ、今宵はラディオの誕生日じゃ。盛大に祝ってやってくれんか? その為に其方達を呼んだのじゃからな!」


「はい……!」


 サニアは紅き竜の頭をくしゃくしゃっと撫でると、虹色のオーラを放った。

 すると、ファフニールの腫れていた部分が、綺麗に治っていく。

 ここが頃合いと踏んだバログア、両手を広げて全員を呼び寄せる。

 既にテーブルの上には、豪勢な料理が山と置かれている。


「準備が整いました。始めましょう」


「うむ! ラディオ、誕生日おめでとうなのじゃ♡」


「はいっ!」


 幸せに満ちた笑顔を咲かせながら、テーブルについた母子。

 そんな2人を囲むように席に着く元素の竜達。

 バログアの完璧な仕切りの元、その日は遅くまで笑い声が響いていた。

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