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第46話 父、紹介する

 31階層――



(……かなりの熱を帯びている)


 赤黒い岩肌に手を当てながら、周囲を見渡すラディオ。

 子供達を帰還陣で帰した後、『縦穴』を駆使して余計な戦闘を避け、すんなり此処まで降りて来ていた。


(ここからBランク推奨。モンスターだけでなく環境も、という訳か)


 洞窟から密林、そして樹海の様に変化して来た迷宮は、この階層から再び姿を変える。

 所々から高温の蒸気を噴き出す、鍾乳洞の様な広大な空間。

 立っているだけで大量の汗が滴り落ちる、灼熱のフロアである。


「こ、こ、ここからは『大釜地帯』とよよ呼ばれていまして、40階層に近付く程過酷な環境になっていきますッ!」


「……成る程」


 下に行く程熱量が上がっていく事から、『大釜地帯』と呼ばれる31〜40階層。

 モンスターも火属性が大多数を占めている為、冒険者は『熱傷』にも気を付けなければならない。


 説明を聞きながら、興味深そうに歩くラディオ。

 その顔には、心なしか微笑みが浮かんでいる。

 考えてみれば、20階層を越えてからずっとこんな感じだ。

 気になっていたトリーチェは、思い切って聞いてみる事にした。


「あ、主殿ッ! つつつかぬ事をお聞きしてもッ!?」


「どうした?」


「そそそのッ! 少年達を助けて以降、あ、あ、あのぉ……嬉しそうに、見えるのですが」


「……良く見ているね。そうだな……嬉しいと言うよりも、感心したと言う方が正しい」


「感心、ですか?」


「あぁ……名前を聞くのを忘れてしまったな。彼は、幼い頃の私に似ていたんだ。無謀で、浅はかで、何よりも力を求めていた私に」


 ラディオは周囲を警戒しながらも、穏やかな顔で話を続ける。


「だが、決定的に異なる点があった。私が力を求めていた理由は自分の為。その時の私は、『死ぬ事を許さない』と考えていた……サニア様に拾われてからは、『死ぬ事も厭わない』と思える様になったけどね」


「死ぬ事を、厭わない……」


「そうだ。それは、愛を教えて下さったサニア様達への恩返しの為。少しでも、大切な人の役に立ちたかったんだ。だが、今は……」


 此処で一度顔を伏せたラディオ。

 頭の中に次々と浮かんで来る笑顔を想うと、少し照れくさかったのだ。

 サニア達竜族、ナーデリア、エルディンにレミアナ、カリシャにトリーチェ、そして最愛の娘グレナダ。

 こんなにも大切な人達が増えた。

 命を懸けて護りたいと想える『家族』に出逢う事が出来た。


「あの少年は違った。誰かの為に力を求め、そしてその者を護る為に『生きる事を諦めない』と言ったんだ。心が揺さぶられたよ。私も……見習わなければならないな、とね」


 ここまで言うと、ラディオは口を閉じた。

 相変わらず顔は微笑んでいるが、その瞳には別の感情が見て取れる。


「主殿……」


 ラディオが何かを抱えている事は間違いない。

 だが、言わないという事は詮索されたくないのだろう。

 トリーチェは静かに微笑み返し、深く頷いた。


「……有難う。さぁ、ここを越えなければならない様だよ」


 くねくねとした道の終着点は、断崖絶壁。

 その先には広い空洞と、幾重にも分かれた道がある。

 崖の高さ自体は2人にとって何て事は無いが、トリーチェは眉をひそめた。


「これは……面倒ですね」


 視線の先には蠢くモンスターの群れ。

 地面や壁面、天井に至るまでびっしりと隙間を埋め尽くす、『巣窟』に出くわしたのだ。

 しかも、1つでは無い。

 ラディオは先ず天井に目をやり、ページの更新を行った。



 名前・ファイアフラワー

 種族・スターフィッシュ

 属性・火

 スキル・炸裂、分裂

 討伐ランク・B

 〜大釜地帯に生息する巨大ヒトデ。外皮は硬いが、その軟体性を活かして俊敏に動き回る。危険を感じると自ら足を食い千切り、仲間を増やす〜



 目の痛くなる様な鮮烈な赤と黄色の体色と、鋭利な棘が無数に生えた5本の足を持つ、ヒトデ型のモンスター。

 次に、地面を見やるラディオ。



 名前・ヒートリザード

 種族・リザード

 属性・火

 スキル・光線、発火

 討伐ランク・B+

 〜獲物を焼いて食べる習性を持つトカゲ型モンスター。鱗が開き、体が膨張し始めたら要注意。直線上に入ったが最後、黒焦げになってしまう〜



 互いに覆い被さる様に、地面を埋め尽くすトカゲ型モンスター。

 黒々とした甲冑の様な鱗を持ち、赤く光る線を身体中に走らせている。

 そして、驚くのはその大きさ。

 1体1体が馬車の様に巨大な体躯を誇っているのだ。


「この状況、君ならどう見る?」


「少々厄介です。どちらも外皮は硬く、遠距離攻撃方法を有しています。ですが、得意なのは近距離戦闘です。それにこの数……時間が掛かりそうですね」


「……素晴らしい」


 ラディオの問い掛けに、落ち着いて答えたトリーチェ。

 普段の姿からは想像出来ない程、冷静に分析が出来ている。


(今のトリーチェなら……何か掴んでくれるかも知れんな)


「あぁ! おおお待ちくださいッッ!」


 その時、ラディオがいきなり崖から飛び降りてしまった。

 直ぐに追いかけようとしたトリーチェだったが、耳元で聞こえた声に踏み止まる。

 見ると、自分の肩に小竜のオーラが乗っていたのだ。


『今から足場を作る。その後で、君の力を貸してくれ』


「はははいッ! あぁ……美しいぃぃ♡」


『微細な違いはあれど、神器も竜装も本質は同じもの。強大な存在の力を借り受けている、という事だ。分かるね?』


「は、はいッッ!!」


『竜装とは認めし力、神器とは選ばれし力。トリーチェ、君は選ばれたんだ。神器の力を、己の強さを……恐れるな』


「神器の力、己の強さ……熱っ!?」


 瞬間、崖下から煌々と光る熱線が何本も昇って来たのだ。

 淵に立つトリーチェでさえ、ヒリヒリと肌を焦がす感覚を覚える熱量。


「ああ主殿ッ! お怪我、は……有る訳ないな」


 慌てて崖下を覗いたトリーチェから、思わず笑みが零れる。

 元より、心配する必要すらなかったのだ。


『五色竜身・(そう)』を発動したラディオには、どんな攻撃も届かない。

 蒼色のオーラで生成された防御膜が、全てを弾いてしまうからだ。

 しかし、ヒートリザード達は怯む事無く、次の攻撃に備えて力を溜め始める。


(流石はB+と言った所か。数も数だ……先ずは、あらかた削るのが得策だな)


 ふっと微笑んだラディオから、夥しい魔力が溢れ出して来た。

 空洞を覆い尽くしていく力の波動に、其処に居る全ての生命体が息を飲む。

 勿論、崖の上に居るトリーチェも例外では無い。


(何て凄ま――冷たっ! え……?)


 大気を鳴動させる蒼と銀のオーラに魅入っている時、トリーチェは驚愕に襲われる。

 灼熱の『大釜地帯』では有り得ない、()()を感じたのだ。


『君の神器はまだ発展途上。恐れずに、内なる声に耳を傾ければ良い。見ていてくれ』


「は、はいッッ!」


 小竜に言われ、うつ伏せになって崖下を覗き込むトリーチェ。

 すると、膨れ上がるオーラが段々と形を成していくのが見えた。


「良い環境だが、今は会いたい人がいる。残念だ……万物を去なす蒼竜の穂先 今此処に 顕現せよ――《水明竜槍・イルルヤンカシュ》」


 空間を染め上げていく膨大な魔力がラディオの両手に集約されていく。

 蒼と銀の厳かな色をした、長剣の様な鋭い穂。

 口金(くちがね)を覆う竜の顎の装飾は見事の一言。

 それが両端に付けられた、『双頭槍』が姿を現した。

 ラディオは左手で構えた穂先をモンスターに向け、体の後ろに入れた槍の下段を握る右手に力を込める――



「《凍てつく世界(ニヴルヘイム) 》」



 穂先を入れ替える様に力の限り振り抜いたラディオ。

 すると、銀のオーラが竜となり、翼を広げ空洞内を一直線に飛んでいく。



 弩轟ッッッッッ――!!



 此処は31階層『大釜地帯』、立っているだけで汗が噴き出る程の熱を放つ、灼熱の階層……の筈だった。

 それなのに何故、寒さに体が震えているのか。

 それなのに何故、あれだけモンスターが蠢いていた空洞が、極寒の銀世界に覆われているのか。

 トリーチェが自分の目を疑っていると、三度(みたび)の声が竜から聞こえてくる。


『すまない、足場を作るつもりだったんだが……滑りやすいから、気を付けて降りて来てくれ』


「……はは、は……」


 地面も、壁も、天井も、何千という『巣窟』さえも、たった一振りで瞬時に凍らせてしまった。

 これが『竜装』の……信じる力だというのか。

 規格外の光景に、トリーチェは力無く笑う事しか出来なかった。



 ▽▼▽



 32階層――



「これはまた……随分と趣きが違うな」


 とうとうやって来た32階層。

 先程までとはまるで違う景色に興味津々なラディオと、別の意味で未だ驚きが収まらないトリーチェ。

 しかし、肌を撫でる爽やかな風を受けて、何とか呼吸を整えた。


「すーっはーっ! こ、この階層はモンスターの類が出ませんッ! 『内町』へは少しああ歩きますが、安全ですッ!」


 説明を聞いて、グルリと四方を見渡すラディオ。

 先の見えない天井は、まるで夕方の空の様な淡く切ない茜色。

 無風環境である筈の迷宮に置いて、絶えず吹いている心地良い風。

 癒しの階層というのも頷ける。


「……その様だ。行こうか」


 トリーチェは―何度も来ている為―周囲に気を配る事はしないが、ラディオは違った。

 2人が居るのは()()の上、迷宮内で舗装された道を歩いている。

 入り口は壁際に開けられた大穴だったが、そこにも立て看板が刺さっていた。


「此処には、初めからこういう道があったのかな?」


「い、いえッ! 親方がいらっしゃるまでは有りませんでしたッ! 『内町』とへへ並行して、様々な場所を整備していったと聞いていますッ!」


「成る程……やはりそうか」


「やはり……?」


 トリーチェにとっては、以前と何ら変わらない道である。

 だが、キョロキョロと目線を走らせたかと思えば、しゃがみ込んで地面に手を当てるラディオ。

 そして、クスクスと嬉しそうに笑うのだ。


(こんな所まで拘るとは……健在だな)


 『あ、主殿……?』と呼び掛けると同時にすっと立ち上がったラディオは、先程よりもキョロキョロしながら歩き出す。

 ラディオは楽しそうで何より……だが、少女は何か話題が欲しかった。

 そんな事を考えていると、あちらから声を掛けられる。


「トリーチェ、君はこの階層をどう見る?」


「えぇ!? えとえと……危険な迷宮に存在するか、か、数少ない安全地帯だと思いますッ! 『内町』が出来て以降は、そそそれが顕著になっているとも思いますッ!」


「ふむ、その側面も勿論あるだろう。だが、別の側面もあるとは思わないか? 今まさに君が言った様に」


「え……あの、その……申し訳ありません、分かり兼ねますぅはぅあぁぁ♡♡」


 上手く答えられなかった事で、俯いてしまったトリーチェ。

 だが、ラディオは気にする事無く、黒紫の頭を優しく撫でながら教え始めた。


「この階層は、確かに安全かもしれない。だが、それ故に抜け出せない者も出てくるだろう。『奈落回廊』や『縦穴』によって間違って来てしまった者、自分の力を超えて辿り着いてしまった者等がね」


「あ、ああ主どにょ〜♡♡」


「私は、これも一種の『迷宮の罠』だと思う。敢えてこういった階層を設け、冒険者を誘い込んでいるんじゃないかな。それに、自分より下の冒険者を狙った追剝ぎ等もやりやすいだろうね」


「いいいけましぇん♡ ひっひっふーー!」


 ラディオは説明に熱が入る余り、トリーチェの言葉が耳に入っていない。

 しかし、喋ってる間ずっと撫でられていては、英傑(ヘンタイ)は正気ではいられない。

 全く噛み合わない会話をしていると、『内町』が見えてきた。

 その時、ラディオが誇らしげに頷いた。


(だからこそ……()()()()()()()のだろう?)



 ▽▼▽



 32階層・『内町』――



「お! 旦那ぁ、『火消し』はいらねぇかい?」


「ここでしか食べられない『溶岩スープ』はいかがです?」


「さぁさぁお立ち会い! 『闘豚』が始まるよぉ〜!」


 沢山の冒険者や、商売に精を出す住人の活気に満ちた声が溢れる町中。

 門から伸びる石畳の大通り、その横にズラッと並ぶ石造りの家々。

 迷宮の中だとはとても信じられない程に、人々は愉快に暮らしていた。


(……成る程)


 大通りを歩いていると、周囲に点在する手練れを見つけたラディオ。

 酒場で飲んだくれている中に1人、金を握り締め闘豚に声を荒げる中に1人、雑貨屋の中に1人、周囲に目を光らせている男達が居るのだ。


(『監視(スポッター)』だな。治安も担っているのか)


 プレートは見当たらないが、視線の配り方や立ち居振る舞いから、ある程度の実力者であると容易に感じ取れる。

 他の冒険者も気付く者は気付いている様で、余計な揉め事を起こさない様に過ごしている様だ。


(良く鍛えられている……流石だな)


 頬が緩むのと同時に、嘗ての想い出が蘇ってくる。

 ラディオがこんな気持ちになるのは、ランサリオンに来てから2()()()だった。


「ああ主殿ッ! こ、ここがの【無頼の鍛治工】の工房ですッ!」


「……見事だ」


 建物を見上げ、感嘆の声を漏らすラディオ。

 堂々と鎮座する、切妻屋根の2階建ての鍛冶屋。

 横には大きな水車が回り、中心に据えられた高炉を囲んで、大勢の職人達が作業を行っていた。

 鉄をハンマーで叩く音、焼き入れの水に浸ける音が小気味良いテンポで響き渡る。

 すると、1人の職人が此方に歩いて来た。


「何か用か?」


「お邪魔して申し訳ありません。『親方』に会いに来たのですが、いらっしゃいますか?」


「今は手が離せねぇ……用件は伝えとく」


 鍛え上げられた筋肉を汗で濡らした巨漢。

 ぶっきらぼうな物言いだが、誠実な瞳をしている。

 ラディオはフードを取り、和かに微笑みながら言葉を続けた。


「有難う御座います。でしたら、『左頬に傷のある男が来た』と、お伝え願えますか?」


「?……分かった」


 巨漢は少し首を傾げながらも、2階へ上がっていった。


「あ、主殿? 直接でなくて宜しいんですか?」


「大丈夫。直ぐに降りて来る筈だよ」


 思わず首を傾げたトリーチェ。

 気難しい事で通っている『親方』が、手が離せない状況で見ず知らずの男の為に時間を割くだろうか。

 だが、その心配は轟いた声に掻き消される事となる――



「夢、じゃねぇか……! 兄貴ぃぃぃぃ!!」



 凄まじい勢いで此方に駆けて来るのは、1人のドワーフ。

 そして、ラディオを見るや否や、その胸に飛び込んだのだ。


「本当に久し振りだ。まさか、冒険者になっているとはね」


「俺の方が驚いたぜ! 兄貴が、こんな所に……死んじゃいねぇって、信じてたけどよぉ……!」


 暑苦しい抱擁を交わした後、ガッチリと握手をする2人。

 涙を浮かべて鼻をすするドワーフの肩を、ラディオが優しく叩いている。


「あの……主殿、其方の方――あっ」


 状況が掴めていないトリーチェに、唐突に電流が走った。

 そう、『英雄の一行』には()()1()()()()()()()……ドワーフ族の豪傑と呼ばれた男が。


(ま、ま、まままさかぁ……!?)


「実は、君に頼みがあるんだ」


「兄貴の為なら何だってやるぜぇ! おいっ! お前達! 極上のツマミを持って来てくれ! 今日は仕事は終わりだ!」


 ドワーフの一声で、働いていた職人達はゾロゾロと引き上げていく。

 その時、大きく口を開けて固まっているトリーチェに気が付いたラディオ。


「すまない、紹介が遅れてしまった。こちら、ここまで案内をしくれたトリーチェ。そしてこちらが、ギギ・ターオンシードだ」


「おう、金時計か。宜しくな!」


「えぇぇぇぇ!? やっぱりぃぃぃぃぃぃ!!」


『親方』ことジギヴロ。

 その正体は、嘗ての『英雄の一行』だったのだ。

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