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第40話 父、首を傾げる

 12年前、1つの国が滅ぼされた。

 その名は『ジグリオ公国』、豊かな緑と国の1/3を占める大きな湖が名物だった。

 国土は小さいながらも良き大公の元、人々は幸せに暮らしていた。


 ある日、大公は法国からの使者を招き入れる。

 法国領地に隣接していたジグリオ公国では、至って普通の事。

 大公と法王は旧知の間柄で、幼馴染として共に切磋琢磨しながら育っていたのだ。


 『また何か愉快な報告か』、とばかり思っていた大公。

 しかし、持ち込まれた物はドス黒い珠。

 それが眩い閃光を放った瞬間、大公の命は潰えてしまう。

 この使者の正体は、深淵教団枢機卿であるサブナックだった。

 『死魂の宝珠』を発動された公国の民は、アンデッドの軍勢に造り変えられてしまう。


 数日後、教団の操り人形と化した大公は、法国に戦争を仕掛けた。

 報せを受けても、どうしても信じられない法王。

 だが、血塗れの伝令兵は『国境付近の村が襲われています!』と繰り返す……やむおえなかった。


 断腸の思いで、『公国の殲滅』を命じた法王。

 その任に就いたのは、【法国の英雄】とその一行だ。

 直ぐ様出立した英雄は、瞬く間に国境付近を制圧。

 続いて、公国に攻め入る準備を始めた。


 この時、英雄から少し遅れて、法国を出た馬車があった。

 豪勢な荷台の中で、悲痛な面持ちの幼い少女。

 王都で観劇をしている最中に父の反乱を聞かされた、フランカ・トリシエル・ジグリオである。

 アメジストパープルの髪と瞳を持つ、ジグリオ公国第一公女だ。


 国境付近の村に着いた時、フランカは愕然とした。

 中は廃墟と化し、生存者が1人も居なかったのだ。

 余りの衝撃に膝から崩れ落ちるが、執事達に抱えられ、公族専用の避難経路を使い、何とか城付近までやって来た。


 しかし、其処に嘗ての面影は一切無かった。

 数日前まで美しかった街は、人も動物も全てが屍となって蠢くだけの、死と絶望が蔓延る地獄に変わり果てていたのだ。

 溢れる涙を拭う事も出来ず、只々呆然と立ち尽くすフランカ。


 その時、頬を貫く痛みを感じた。

 見上げると、フランカを叩いた執事の瞳に、涙が累々と溜まっていく。


『どうか、生きて下さい……!』


 執事と護衛は何とかフランカだけでも逃がそうと、生命反応に集まるアンデッドを払い除ける。

 しかし、両親や姉妹の事を想い、フランカは動けない。

 すると、再び頬を貫く痛みを感じた。

 同時に、護衛の悲鳴も聞こえてくる。


『どうか、どうか! 振り返らず、全力で……走って下さい!』


 アンデッドの軍勢は、もう目の前。

 執事にギュッと抱き付いたフランカは、意を決した様に避難経路へ駆けて行く。

 幼い後ろ姿が見えなくなるまで、執事は倒れなかった。

 その体を、軍勢に食い散らかされ様とも。


 避難経路を抜け、生い茂る森の中をひた走るフランカ。

 言われた通り、振り返らずに、全力で。

 だが、木の根に躓き、地面を転がってしまう。

 顔も体も泥だらけになり、立ち上がる事が出来ない。


 7歳の少女には辛すぎる現実。

 汚れた頬を大粒の涙が伝うと、やがて大きな声で泣きじゃくる。

 その時、前方に黒い影が現れた。

 月明かりの中でも真っ黒なその影は、ゆっくりと確実にフランカの元へ歩いて来る。


(これで……お父様とお母様、妹達に会えるんだ……)


 1人で生き延びて何になるのか。

 それならば、大好きな故郷で死にたい。

 両親や姉妹達と同じ場所で。

 フランカは、そっと瞼を閉じる。


(……何で……何で何で何でぇ……!!)


 しかし、気付けば再び走り出していた。

 自分でも理由は分からない。

 死を覚悟した筈なのに、どうして逃げているのか。


 すると、黒い影も走り出す。

 フランカが振り返ると、何処からともなく雷鳴迸る刀を出現させていた。

 一気に跳躍してフランカへ刀を振り上げる――



(んん!!…………あ、れ?)



 しかし、フランカを待っていたのは、ふわりと持ち上げられる感覚だった。

 混乱の最中でも、黒い影に抱かれている事は理解出来た。

 そして、アンデッドでは無い事も。

 黒い影は、竜を模した漆黒の全身鎧だったのだ。


『すまない……! 私がもっと早く来ていれば……!』


 兜から聞こえて来た男の声は、心底悔しさを滲ませている様だった。

 この時、フランカは不思議な感覚に襲われる。

 鎧は冷たかったが、抱かれる腕や胸はとても大きく、温かかったのだ。


 フランカを地面に下ろすと、鎧の男は前方を見やる。

 其処に居たのは、冷笑を携える美青年……【法国の英雄】である。

 殲滅という勅命を受けた英雄は、その血を引く者全てを根絶やしにするつもりだったのだ。


 そこへ駆けつけたのが、竜の鎧を纏う男。

 対峙した2人は、瞬間凄まじい速度で激突した。

 雷鳴と氷雪が弾け飛ぶ剣戟が、大気を震わせ地鳴りを起こす。

 しかし、暫くすると英雄が矛を収めたのだ。


『面倒だなぁ……任せて良いですか』


 そう言うと、呆気なくその場を後にした英雄。

 完全に気配が消えた事を確認した男は、魔力を鎮めると、フランカを強く抱き締めたのだ。


『本当にすまない……君の安全は私が――』


 しかし、異常な疲れと不思議な安心感によって、急激な眠気に襲われたフランカ。

 その後の言葉を聞く事無く、ぷつりと意識が途絶えてしまう。

 目覚めた時、鎧の男は居なかった。

 それ所か、見知らぬ部屋で柔らかなベッドの上に寝かされている。

 起き上がろう出した時、純白のローブに身を包んだ男が入って来た。


『やぁ、目覚めた様だね……もう、何も心配は要らない。必要な物があれば、遠慮せず言ってくれ。今日から、此処が君の家だからね』


 低い声で温かな言葉を掛ける男の名は、スエロ・レグリーニ。

 女神信仰を是とする教会の最高責任者、教皇である。

 小机に湯気の立つ料理と水差しを置き、スエロはそれ以上何も言わずに出て行った


 対して、ぼんやりと窓を見つめるフランカ。

 考えていたのは、竜の鎧を纏った恩人の事……そして、家族の事。


『竜騎士様……このご恩は、いつか……必ず……! うぅ、ぐすっ……うえ〜ん……うぇぇぇぇぇぇん!』


 こうして、ジグリオ公国唯一の生き残りとなったフランカ。

 3年後、神器に見出されランサリオンへ訪れた少女は、【博愛の漢女】を師として、メキメキと頭角を現していく。

 新たな人生を歩む為、トリーチェ・ギーメルと名を変えて。



 ▽▼▽



「申し訳ありません……少し、待って頂けますか」


 話終わると、トリーチェの瞳には涙が光っていた。

 ラディオは静かに頷いたが、その手は無意識に強く握られている。

 エルディンに肩を掴まれ、漸く気付く程に。


「ふぅ……お見苦しい所をお見せしてしまいまして」


「そんな事はありません。私が至らないばかりに……本当に申し訳ありませんでした」


「そんな! おやめ下さい!」


 深々と頭を下げたラディオに、トリーチェは慌ててしまう。


「あの時……自分は死を覚悟した筈でした。でも、出来てなかったんです。死ぬのが、怖かった……そんな自分を救ってくれたのは、主殿でした。本当に、本当に有難うございました!」


「私は、何も……」


「教皇様が仰っていました。久し振りに顔を見せたと思ったら、主殿は自分を抱いていたのだと。そして、どうにか心の傷を癒して欲しい、と懇願してきたのだと」


 胸の前で手を組んだトリーチェは、ゆっくりと瞼を閉じた。

 穏やかな微笑みを浮かべ、教会で過ごした日々を思い出す様に。


「その事を聞いたのは、ランサリオンに行く直前でした。自分は、本当に嬉しかったのです。命を救って頂いたばかりか、その後の事まで考えて教会に預けて下さった事が。大神官長様、貴女にも心からの敬意と感謝を捧げさせて下さい」


「トリーチェさん……!」


 レミアナに向き直り、深々と頭を下げたトリーチェ。

 孤児となった幼き日の自分を、護り慈しみ育ててくれた教会。

 だからこそ、レミアナが就任して来た日、トリーチェは怒りを見せたのだ。

 恩人に無礼な態度は許さない、と。


「やっと御礼が言えました。それと、もう1つ……厚かましいですが、お願いがあるのです」


「私に出来る事なら何なりと、フランカ姫」


「フランカはもう居ません。今は、トリーチェ・ギーメルです。どうか、普通に接してください」


「しかし……」


「どうか、お願いです。大神官長様もお願いします。自分は……一冒険者ですから!」


「……君がそう言うのなら」


「分かりました。その代わり! トリーチェも大神官長様は無しよ。レミアナって呼んで? じゃないとぉ……大神官長の権限に基づいて破門です♡」


「えぇ!? そそそんなむ、む、無理ですよぉ!!」


 実は、トリーチェが敬虔な信者である事を、胸にぶら下がる女神のネックレスから気付いていたレミアナ。

 しかし、まぁまぁな職権乱用のせいで、凛とした空気が一変に無くなってしまった。

 レミアナは悪戯な笑みを浮かべると、トリーチェを羽交い締めにする。


「ほれほれ〜、レミアナって言わないと離さないわよ〜?」


「そそそんなぁ〜!? えと、その……レ、レ、レミ、アナ……ど、ど、殿」


「殿は要りませ〜ん♡」


 満面の笑みを咲かせるレミアナと、照れからかおかしなニヤけ顏をしているトリーチェ。

 すると、2人の前にやって来たカリシャ。

 耳をピクピクさせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あの、えと……せい、さんた、とき……教会、まも……る、して……あり、がと……です!」


「い、いえ! 自分は、ととと当然の事をしたまでですからッッ!」


「え……教会の護衛に当たってくれてたのって、トリーチェだったの!?」


 レミアナの問いに、カリシャはニッコリと頷く。

 生誕祭の日、金時計が護衛に付く事は知らされていたが、術式の準備でそれ所ではなかった。

 だが、カリシャは匂いで気付いていたのだ。


「その通り。それに、陣の修復をしてくれたのも彼女だよ」


 更に驚愕するレミアナ。

 すると、羽交い締めから抱き締める形に移り、心からの感謝を伝えた。


「トリーチェが居てくれたから、私は本分を全うする事が出来たよ。大切な人の手助けが出来たよ……本当にありがとう♡」


「あり、がと♡」


「えぇ!? ちちちょっと、お、お2人共ぉ〜〜!?」


 レミアナに続いてカリシャにまで抱きつかれ、恥ずかしいやら誇らしいやらで、顔を真っ赤に染めるトリーチェ。

 しかし、そんな微笑ましい光景を、ラディオは暫く見守っていた。



 ▽▼▽



「さて、もう1つのお願いと言うのは何かな?」


 2人に揉みくちゃにされていたトリーチェがやっと解放されたので、ラディオが話の続きに入った。

 一方、2人はなにやら満足した様子でソファーに座り、この後の予定を話し合っている。


「ええと、ああのっ! じ、じ、自分の……ああ主になっては下さいませんかッッ!!」


「……ん?」


 言葉の意味が分からないラディオ。

 すると、トリーチェの背後から、凶々しい歪なオーラが発生した。


「ト〜リ〜ィ〜チェ〜!」


 勿論、レミアナである。

 トリーチェに後ろから覆い被さると、完全に逝っている瞳で威圧し始めた。


「ラディオ様にぃ! 主になれってぇ! どーゆー意味ですかぁぁ!」


「い、いや! 不純なものではありません! 自分は、自分はずっと……【漆黒の竜騎士】様に憧れていたのです! いつか、あの様に強く気高くなりたいとッッ!!」


「……そもそも、私は騎士では無いのだが」


「あっ」


 的確過ぎる指摘に、固まってしまったトリーチェ。

 だが、そう言いながらも、黒紫の髪と蒲公英色の瞳に注目していたラディオ。

 フランカ姫だと気付けなかった要因の最たるものが、アメジストパープルだった髪と瞳の色の変化なのだ。


(恐らく……神器によるもの、だろうな)


 ラディオの視線に気付いたトリーチェが、頷きながら説明を始める。


「主殿のご想像通りです。この髪と瞳は、()()()()()の代償です。自分は、初めての神器発動の際、憎しみに囚われてしまいました。それは、情け無い事に……未だ克服出来ていません。でも、だからこそ! 主殿に従事して、力を使いこなせる様になりたいのですっ!」


「……そうか」


 レミアナのメロンメロンに埋もれながらも、真っ直ぐな瞳を向ける少女。

 この時、ふとナーデリアの事を思い出す。

 修行の中で1度だけ、神器が暴走しかけた事があったのだ。

 もしあのまま暴走していれば……愛弟子を殺さなければならなかったかも知れない。


(これも何かの縁……かも知れないな)


 嘗て助け出した命が今、巡り巡ってランサリオンで再び出逢った。

 トリーチェの頭に手を置いたラディオは、真剣な表情を見せる。


「君には、既に素晴らしい師が居る。技術面に関して、私から言う事は特に無いだろう」


「あ、あの! それでも……!」


「それに、【神器】についてもレイ殿の方が適任だ」


「はい……」


「だが、暴走についてなら良く分かる。私のかぞ……知り合いの経験や、私自身の経験からね。それが何かのキッカケになるのなら、喜んで」


「うわぁ……! はははいっ!なな何でもしますッッ!」


「それと、主殿は止めてくれ。ラディオで良い」


「え……え、あのあの、えぇぇぇ!? ラ、ラ、ラディ……ゴニョゴニョ」


 口籠もり、身体中から蒸気を噴き出すトリーチェ。


(無理無理無理ぃぃぃ!! 竜騎士様をお名前で呼ぶなんて……無理ぃぃぃぃ♡♡♡)


「ト〜〜リ〜〜ィ〜〜チェ〜〜!!」

 

「あぁ! レミアナ、殿ぉ! あっ、あっ……あぁぁぁぁ!」


 大神官長(ヘンタイ)の監視網は穴が無い。

 完全に女の気配を感じ取ったレミアナは、再びトリーチェを揉みくちゃにし始めた。

 それを見ていたハイエルフが、ラディオの肩を叩く。


「お前も大変だな、ラディオ」


「あぁ、どの様に伝えれば良いか……サニア様に聞いてみるのも良いかも知れん」


「……そういう事を言っているんじゃない」


 首を傾げるラディオを見ていると、ハイエルフは大きな溜息しか出て来なかった。

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