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第39話 父、耳を傾ける

 一通りの挨拶も終わり、母の来訪目的も分かった所で、ラディオ達は夕食の準備に取り掛かった。

 キッチンに立つ者、食器類を並べる者、グレナダの遊び相手をしてくれる者、と役割分担をして。


「ラディオ様、これだと少し量が多くないですか?」


 調理組はラディオとレミアナ。

 しかし、明らかに1〜2人分多い下拵えを見て、レミアナが疑問を呈するが、ラディオは微笑んだまま調理を続ける。


「もしかしたら、必要になるかも知れないからね。カリシャ、すまないがもう一人分、食器を用意しておいてくれないか?」


「は、い!」


 食器類はカリシャの仕事。

 ニコッと笑い、慣れた手付きで用意していく。

 色々覚える事があって楽しいし、色々教えてくれる人が側に居て、本当に嬉しいのだろう。


「レミアナ」


「はーい、何でし――ひゃいっ!?」


 呼ばれて振り向けば、其処には間近に迫るラディオの顔。


「君のお陰だ、有難う」


「ラディオ、様……お顔が、お顔が……♡」

(あぁぁぁぁ! このままかぶりつきたーーーーい♡♡)


 小声で感謝を伝えられ、レミアナは顔を真っ赤に染め上げていく。

 しかし、心の中で冷静に欲情している事については、最早流石としか言い様が無い。


(うへへへへ♡……あれ、ちょっと待って)


 腰をくねくね振りながら野菜を切っていると、急に真顔になったレミアナ。

 もう1人増えるかも知れない事は分かったが、『誰』が来るのかを聞いていない。

 いや、寧ろ誰かなんてどうでも良い……『どっち』が来るのかが問題なのだ。


(……まさかね〜♡ 最近のラディオ様はずっと私達と一緒だったし、そんな上手い事来る訳――)

「良かった。来てくれたようだ」


 丁度ノックが聞こえ、ラディオが玄関へ向かう。

 気になって仕方が無いレミアナが、しれっとその後ろを付いて行くと――



「ようこそ。さぁ、中へ」


「…………ぐふぁっ」

(上手い事来たよぉぉぉぉ!!)



 笑顔で客人を迎えたラディオの後ろで、致命傷ギリギリの致命傷を負った大神官長(ヘンタイ)


「お、お、お邪魔させていいい頂きますッッ! 」


 やって来たのはトリーチェだ。

 普段下ろしている髪を大振りなツインテールに纏め、肩が少し出ているポンチョタイプのカットソーと短パンに、黒いニーハイという可愛らしい格好である。


 ラディオが後ろに下がり道を開けると、ペコペコと何度も頭を下げながら家へ入る。

 すると、ハッと思い出した様に、綺麗な四角い箱を手渡して来た。


「 あああのぉ! こ、こ、これよよろしければッッ!!」


 蓋には『ドルチェ・デ・テンティオネ』と書かれている。

 手ブラで行く訳にはいかないと、お気に入りの店でケーキの詰め合わせを買って来たのだ。


「わざわざ有難う。娘は、この店のケーキが大好きなんだ。後で、皆で頂こう」


「は、はいぃぃ!……良かったぁ……」


 ラディオはニコッと微笑むと、早速冷蔵箱に入れる為キッチンに戻る。

 一時の安堵を得たのも束の間、尋常では無い視線に晒されている事に気が付いたトリーチェ。

 其処には、限界まで目を見開いた大神官長(ヘンタイ)が佇んでいたのだ。


(大神官長様!? 何で此処に……いや、ものっ凄い見てくる……! やはり、格好を間違えてしまったのか……!?)


 迷宮から帰還した時、トリーチェは喜びと有り得ない緊張に襲われる。

 受付嬢から、ラディオのお呼ばれを聞かされたのだ。

 何を着て行こうか迷いに迷った挙句、いつもの鎧を着て行こうとした所、丁度ドレイオスが通りがかる。

 しかし、話を聞いて一言――



『……正気?』



 漢女の本気で引いた顔を見て、色々と察したトリーチェ。

 半泣きでトータルコーディネートをお願いして、今に至るという訳だ。


(ま、不味い……! これは、ヤラかしてしまったんじゃないのか!?)


 ゴクリと生唾を飲み込み、再びレミアナを確認するが、一切顔は変わっていない。

 すると、更にトリーチェを焦らせる声が聞こえて来た。

 

「ラディオ! 小さき王が空腹を訴えているぞ!」


「……えっ!? 【翡翠の魔剣士】エルディン様ですか!?」


 キッチンの方へすーっと通り過ぎていく翠色の髪。

 お呼ばれした日に、まさか『元英雄の一行』が集まっているなんて。

 だが、今日はこれで終わりでは無い……トドメはこの人だ。


「何じゃ、誰か来たのか?」


「え……えぇぇぇぇぇ!? その角……その瞳……ナサーニンア・ファラティオン・レイグイネス・ラガディアンヌ様でいらっしゃいますかぁぁぁぁ!?」


 リビングから顔を出した竜王のせいで、トリーチェはもう息が詰まる思いだった。

 だが、ご機嫌な顔を見せたサニアが、あろう事か近付いて来てしまう。


「あ、あああの!」


「妾の名を違わず言えるとは、素晴らしいのじゃ〜!」


「あ、あ、あっあっ! あぁ、あぁぁぁぁ!?」


「あっはっはっはっ! 其方、面白いではないか〜」


 サニアに頭を撫で回され、トリーチェはまともに喋れなくなったしまった。

 暫し玩具にされていたが、ハッと気付くと、跪いて顔を伏せた。


「ももも申し遅れました! じぶ……ゴホンッ! (わたくし)、若輩ながら金時計を務めさせて頂いております、トリーチェ・ギーメルと申します。偉大なる竜王、ナサーニンア・ファラティ――」

「サニアで良いぞ。妾は取り繕われるのが好かんのじゃ」


 そういうと、ニコッと笑ったサニア。

 すると、リビングからグレナダが駆けて来た。


「ばぁば! ごはんできたのだっ♡」


「そうか〜♡ では、共に参るのじゃ」


 掛けて来たグレナダを抱き上げるサニアを見て、トリーチェの思考が再び止まる。

 竜王をばぁばと呼ぶなんて。


「り、り、り、竜王様! そそそちらの、女の子は……?」


「ん? この子は妾の愛しい孫、グレナダなのじゃ!」


「レナンなのだっ!」


「……はは、は」


 驚きの余り、最早笑う事しか出来ない。

【漆黒の竜騎士】に助けられて以降、トリーチェは竜族に関して沢山勉強して来た。

 その姿と技から、何某かの関係性を疑ったからである。

 結果として、竜騎士については何も分からなかったが、竜族については詳しくなった。


 勿論、【竜王】についても知識―真名を正確に言えたのも、そのお陰―も得ている。

 だが、どの文献を思い出しても、竜王に孫が居るという記述は無い。

 しかし、グレナダがラディオの愛娘である事は知っている。

 という事は、必然的に――



「ちゃんとしたご挨拶は初めてですよね私大神官長を務めさせて頂いていますレミアナ・アルドゥイノですラディオ様のお側に常にっ! 控えラディオ様のお母様であるお義母様に認められたっ!! レミアナ・アルドゥイノです宜しく」


「……はい……良く、存じ上げております」



 強調したい部分だけ語気を強め、後は一息に言葉を乱射して来たレミアナ。

 もう驚く事にも疲れたトリーチェは、只々頬をひきつらせる事しか出来なかった。



 ▽▼▽



(これは、一体……どういう状況なんだよ〜!?)


 テーブルを囲む錚々たる顔ぶれを見て、萎縮してしまうトリーチェ。

 右隣には、元英雄の一行である【翡翠の魔剣士】と【幼き聖女】にして大神官長が、対面には【漆黒の竜騎士】と、まさかの【竜王】が座っているのだから。

 今から何処かの国に戦争に行く、と言われても頷いてしまう面子である。


「色々話はあるが、先ずは食事にしよう。冷めない内に」


 料理を取り分け、全員に行き渡ったのを確認し、ラディオは手を合わせる。


「では、頂きます」


「いただきますっ♡」


「頂きまーす♡」


「いた、だく……ます♡」


「頂くのじゃ〜♡」


「頂くとしよう」


「あっ!? いいい頂きますっっ!!」


 賑やかな話し声と、食器の擦れ合う音で満たされた食卓。

 皆料理を頬張り、幸せな顔を見せる。


「ちーちー、ふーっふーってしてほしいのだ♡」


「これかい? 少し待っててね」


 ジャガイモのスープを冷ますラディオ。

 そして、大きく開けて待つ娘の口にスプーンをそっと差し込んだ。


「あむっ! おいしいのだぁ♡」


「良かった。沢山食べなさい」


「あいっ♡ ゴクゴク……」


「ゴホッゴホッ!」


 スプーンを受け取ったグレナダは、一切冷ます事無く飲み始めた。

 同じくスープを飲みながらそれを見ていたトリーチェは、突飛な行動にむせてしまう。


(え、普通に飲んでる!? 今のふーっふーっは何だったの!?)


 グレナダは料理程度の熱で火傷を負う事は無い。

 只々、ラディオに甘えたいだけである。


「何か……嫌いな物を入れてしまったかな?」


「え……あ、いいえ! とととっても美味しいです! はい!」


「良かった」


 『美味しい』と言って貰えて、安堵の表情を見せるラディオ。

 すると、サニアが肩をちょんちょんとつついて来た。


「ラディオ〜♡ 妾のスープも、熱いかも知れんのじゃないかな〜?」


「かしこまりました」


 素敵な笑顔を見せて、息子にお願いをするサニア。

 頷いたラディオは、直ぐ様スープを掬う。

 そして、ソワソワしながら待つサニアの口へ――



「あ〜ん♡――え」


「うん……御安心を」



 ではなく、自分の口へ運んだのだ。


「サニア様が、この程度の熱で火傷する事は有り得ません。私が保証致します」


 すると、更に素敵な笑顔を見せながら、スプーンを返して来た息子。


「う、うむ……そういう事ではないのじゃ……もぉ〜!!」


 良く分からない羞恥心に襲われてしまったサニアは、どうしようもないので角を突き立てた。


「……サニア様、角が当たっているのですが」


「ええい、うるさいのじゃ! 妾はこの体勢でないと食べられないのじゃ〜!」


「……かしこまりました」


 涙目になりながら、スープをかきこむサニア。

 火傷しない事等、自分で分かっている。

 会えなかった寂しさから、甘えたかっただけなのに。

 しかし、息子の壊滅的な鈍感さは何も変わっていなかった。


「そうだ……ギーメル殿がお土産を買って来てくれました。後で、皆で頂きましょう」


「うぅ……頂くのじゃ〜! こらっ、笑うな! エル!!」


「くっくっく……これは申し訳ありません」


 久々にこんなやり取りを見て、笑いが堪えきれなかったハイエルフ。

 買ってきた上物の酒を注ぎ、サニアを宥める。


(あ〜〜〜〜〜ん、うん…………やめよ)


 因みに、ラディオにスープを差し出しながら、ず〜〜っと口を開けて待っていた大神官長(ヘンタイ)

 しかし、一向にラディオが気付かないので、すっと口をつぐんだ。



 ▽▼▽



 食後、洗い物を拭いていると、グレナダがリビングから駆けて来た。

 満開に笑顔を咲かせて、ラディオの足に絡みつく。


「ちーちっ♡」


「もう少しで終わるからね」


「いや〜♡ きゃははっ♡」


 ラディオが足を横に上げ下げすると、ふわりと浮かぶ小さな体。

 それが本当に楽しいグレナダは、幸せな笑い声を上げる。


「レナン、おいで」


「あいっ♡」


 最後の食器を拭き終わり、娘を呼び寄せたラディオ。

 するすると体をよじ登り、胸に抱きついて満開の笑顔を咲かせるグレナダ。

 ラディオはギュッと抱き締めながら、問い掛けた。


「レナン、今日はばぁばとお風呂に入ってくれるかい?」


「あいっ♡ ばぁばとはいるのだ!」


「では早速入るのじゃ! 行くぞ、レナン!」


 此方に来たサニアは、直ぐにローブを脱ぎ捨てる。

 それを見たレミアナは、驚愕に包まれた。


(な、何てグラマラスッッ!!)


 レミアナやカリシャも相当なたゆんたゆんを持っているが、それを超えるサニアのばいんばいん。

 滑らかで潤いに溢れた褐色の肌、くびれたウエスト、これぞ女性と言わんばかりのムチッとした臀部、スラリとした長い足。

 露わになった肢体は、見事という他無かった。


 だが、いつもの様に微笑みを浮かべるだけの中年。

 この時、ラディオの照れない性格と、女体に反応を示さない理由を痛感したレミアナ。


(()()()お義母様のせいだったぁぁぁぁ!!)


 そう、ラディオは裸体に慣れている。

 幼少の頃からこんな体を見せられ続けていては、耐性が付くのも当然だろう。


(くっそぉぉ! この体は手強すぎるよぉぉ!!)


 その時、レミアナとは別の意味で絶望する者が1人。


(竜王様は……御身体も、『王』なのですね……)


 自分の胸を掴みながら、がっくりとうな垂れるトリーチェ。

 余りに……違い過ぎた。


「では、お願い致します」


「うむ! レナン、湯船に突撃じゃ〜!」


「とつげき〜♡」


 走って行く母と娘を見送りながら、脱ぎ捨てられたローブを拾い上げるラディオ。

 綺麗に畳んで椅子の上に置くと、何やらブツブツ言っているトリーチェに声を掛けた。


「ギーメル殿、話をしようか」


「え、ははいぃ! 自分もお、お、お話がありますのでっ!!」


 ラディオはレミアナ達に目線を送るが、それに気付いたトリーチェは首を横に振った。

 そして、纏う空気が変わる。

 オドオドしていた少女は消え去り、凛とした表情を見せたのだ。


「すーっ、はーっ……自分は構いません。何も恥ずべき点はありませんので」


 息を整えたトリーチェは、この日初めて落ち着いて言葉を発した。

 それを見たラディオは静かに頷くと、ダイニングへ座る様促した。


「先ず……自分の話から始めても宜しいでしょうか?」


「勿論。その為に今日、呼ばせて貰ったのだから」


 トリーチェは一瞬辛そうな顔を見せたが、ぽつりぽつりと喋り始めた。


「えっと……最初にお聞きしたい事があります。主殿、自分を憶えてはいませんか?」


「……すまない」


「いえ、大丈夫です。名前も見た目も違いますし、月日も経っていますから。それでも自分は、ずっと願っていました。貴方に……命を救って頂いたお礼を言える、この日が来る事を」


 トリーチェが浮かべた微笑みには、どこか寂しさが滲んでいる。

 その時、エルディンが突然口を開いた。


「何処かで見た気がしていのだ。ラディオ、憶えているだろう……『ジグリオ公国』の事を」


 ハッとしたラディオがトリーチェを見ると、しっかりと頷いている。


「嘗ての自分の名は、フランカ・トリシエル・ジグリオ。英雄の一行様と……主殿に救われた命です」


「まさか、君が……いや、貴女が()()()()()だったとは」

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