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第37話 父、悩まされる

 生誕祭から3日後、タワー50階・『執務室』――



「御呼びたてしてしまい、申し訳ありません」


「大丈夫よぉん。それでぇん、アタシに直々にお話したい事って何かしらぁん♡」


 オウヨウとドレイオスは四角いテーブルを挟み、対面でソファーに腰掛け紅茶を啜る。


「先ずは、先日の『ギルド生誕祭』、誠にお疲れ様で御座いました。ドレイオス様のショー、大変楽しく拝見させて頂きました」


「あらぁ〜ん! 嬉しいわぁ〜ん♡ 夜通し練習した甲斐があったってものねぇ〜ん」


 頬に両手を当て、極上の笑顔を見せる漢女。

 1日だけではあったが、生誕祭のフィナーレを飾った治安部隊。

 ドレイオス達の渾身のショーは、その日一番の盛り上がりを見せたのだ。


「ほっほっほ。さて、本題で御座いますが……用件は2つ程」


 瞬間、穏やかな空気が一変した。

 ピリピリとした緊張感が部屋を満たし、モノクルの奥の瞳に憂いが滲む。

 微笑みを浮かべているが、ドレイオスの眼差しも真剣なものへ変わった。

 ゆっくりと言葉を選びながら、オウヨウが口を開く。


「……1つは報告で御座います。6日前の教団襲撃の目的を探る為、昨日(さくじつ)アニエーラ様と共に、【双塔監獄】に赴いて参りました」


 双塔監獄とは、タワーを囲む水堀の中に在る()()()()()()()()

 深さ200m程の水底に、その入り口は隠されている。

 その名の通り、ランサリオンで悪事を犯した者を収監する刑務施設だ。


 タワーと監獄はトンネルで結ばれ、その入り口までは特別な転移陣を使用しなければ行く事は出来ない。

 更に、その転移陣がある部屋を開ける事が出来るのは、金時計と一部の職員のみである。


 トンネル内には様々な罠が仕掛けられ、訓練場以上の強度と魔法耐性を有している。

 加えて、地中へ伸びている監獄は、侵入・脱獄共にほぼ不可能と言える造りになっていた。


 監獄を管理しているのは、統括と同等の力と権限を持つ【監獄長】。

 そして、7人の【看守】と【獄卒】である。

 独自の体制と強大な戦力、そして隔絶された区域である事から、『裏ギルド』と呼ばれていた。


「そうなのね。あのお馬鹿さん達……【極彩】と【黄昏】は、元気にやってたかしら?」


「……お2人共、変わり無く」


 『そう……』と頷きながら、どこか目を細めたドレイオス。

 すると、吐き出した小さな溜息に、例えようの無い寂しさを滲ませたのだ。


 最大厳戒態勢で収監されている【極彩】と【黄昏】。

 嘗ての『深淵教団大司教』であり、ドレイオス達と死闘を繰り広げた強者。

 そして、共に笑い合った仲間……『元・金時計』だった。


 円卓会議で上がった呪印の報告は、この2人の事である。

 3年前、巡回中に呪印発現を確認した監獄長が、オウヨウに換起したのだ。


「しかし、我々の読みは外れてしまいました。なので、お2人に揺さぶりを掛けて参りました」


 教団の目的の1つを、『2人の奪還』だと読んでいたギルドマスターとオウヨウ。

 現にアギ=ラーはタワーを襲い、内部に侵入しようとしていた。

 だが、本当にそれが目的ならば……余りに拙い。


 事実、ジオトロは敗北を喫している。

 だが、それでも後3人の金時計が控えていた。

 更に、最終防衛態勢を取ったタワーは正しく要塞と成り果てる。

 それと同時に、監獄への侵入も熾烈を極める事になり、最後には監獄長率いる『裏ギルド』が待ち構えているのだ。


 精霊族の力は金時計も良く理解しているが、囚人解放を目的としたならば、戦力不足は否めない。

 本来であれば、全軍を持って攻め落とすべきもの。

 結果として、【翡翠の魔剣士】によって、双方誤算が生じた訳だが。


「すると、意図的にでしょうが、お2人は『魔王』について教えて下さいまして……()()()()()()()()、と」


「……復活、とは言わなかったの?」


「私も初めは其処が気になりました。しかし、その言葉と呪印発現の時期、諸々の情報を照らし合わせた結果……私の疑念が確信へと変わってしまったのです」


「どう言う事?」

 

「先日の会議で、私が魔王に対して言及した事を覚えていらっしゃいますか?」


「魔王が生きている可能性、の事かしら?」


「申し訳無いのですが、その文言は撤回させて頂きます。魔王は……いえ、()()()()は王国で見た通り、確かに死亡しています」


「……それって!?」


「はい……しかし、()()()()()が既に誕生しているのでしょう。それならば、一連の出来事全てに説明がつきます」


「何て事なの……! 新たな魔王が、この世に……!」


「此処からは憶測の域を出ませんが、魔王は現在休眠状態であり、何らかの特殊な封印の中に居るのではないかと」


「これは物凄く大事な情報よ! 直ぐにでも円卓会議を開かないと!」


「……その必要は御座いません。既に、皆様には通達してあります」


「何よそれ……アタシには何の連絡も来て――そういう事ね」


 ドレイオスは、此処でピンと来た。

 2つの用件の内、もう1つは『聞きたい事がある』と言っていた。

 しかも、良い事では無いのだろう。

 だから、ドレイオスだけ呼び付けたのだ。


「お聞きしたい事は、ランサリオンを救って頂いた『ラディオ』様に関する事で御座います。ギルドの掟は重々承知しておりますが、事が事なだけに……ご了承下さいますか?」


「……良いわ。何でも聞いて頂戴な」


「彼の、あの力は素晴らしいの一言で御座いました。しかし……裏を返せば恐ろしいとも言えます。冷や汗をかくなど、数百年振りの事。単刀直入にお伺いします。彼は……『味方』で――」

「勿論よ。アタシの大切なお友達ですもの」


 言葉を遮り、即答したドレイオス。

 しかし、オウヨウから微笑みが消えた。

 同時に、空間を埋め尽くす様にオーラが溢れ出して来る。


「確実に、ランサリオンの……世界の味方であると言えますか? 我々は、同じ過ちを繰り返す訳には参りません……お2人の様な過ちを」


「……本気で言ってる? それ」


 瞬間、ドレイオスからも凄まじいオーラが溢れ出す。

 バチバチと火花が飛ぶ様は、まるで戦場の真っ只中。


「アタシのお友達を悪く言うのは、例え爺でも許さないわよ」


「私如きで世界を護れるならば、幾らでも」


 オーラは更に激しさを増していく。

 ティーカップが粉々に砕け散り、家具は倒れ、部屋が激しい揺れに見舞われる中、じっと睨み合う2人。

 だが――



「……見事な御覚悟、頂戴致しました。試す様な真似を致しまして、本当に申し訳有りませんでした。この件は、ドレイオス様に一任したいと思います」



 ふっとオーラを消したオウヨウが、いつもの優雅な微笑みを浮かべ、頭を下げたのだ。

 すると、此方もオーラを消し、やれやれと首を振るドレイオス。


「……いいえ、アタシの方こそごめんなさいね。アタシだって爺と同じよ。ランサリオンを、世界を破滅に追い込む事なんてしたくないわ」


 そう、2人共心に据えるものは同じ。

 だが、立場の違いからオウヨウは確認しなければならなかった。

 嘗ての過ちを繰り返さない為に、ドレイオスの覚悟を。


「ラディオちゃんは大丈夫、保証するわ。けど、万が一の時は……アタシが全責任を待つわ」


 粉々になったティーカップの欠片を集め、ゴミ箱まで捨てに行くドレイオス。

 そのまま、扉の取っ手に手を掛けた。


「どんな事をしても、命に代えても……今度こそね」


 そう言い残し、部屋を後にする。

 残ったオウヨウは窓際に立ち、小さな溜息を漏らした。

 穏やかな昼下がりの街並みを見下ろすその顔には、様々な感情が入り混じっている。


(今度こそ……ですか。やはり、不躾な問いでした)


 試すまでもなく、本人が一番分かっている事なのに。

 あの時、【極彩】を殺す事が出来ず、沢山の犠牲者を出してしまった事を。

 それを誰よりも悔やんでいるのは、他ならぬドレイオスなのだから。


(ですが、ラディオ様に感じた()()。そう、御息女は確か……『3歳』程だったでしょうか)


 頭の中を目まぐるしく渦巻く思考の波。

 だが、ふと空を見上げ、オウヨウは首を横に振った。


(……一任すると言ったのです。信じましょう)


 部屋の中を綺麗に掃除し、完璧な状態に戻すオウヨウ。

 そして、指をパチンと鳴らすと、その体が煙の様に消えていった。



 ▽▼▽



 迷宮・12階層――



(これが『結晶林檎』。しかも、3つも付いているとは……運が良い)


 その頃、白木の前に佇み、美しい輝きを放つ半透明な蒼色の果実を眺めていたラディオ。

 生誕祭の次の日から探し続け、やっと見つけたのだ。


(ラディオ、様……嬉し、そ……笑う……てる♡)


 背後には、カリシャの姿もあった。

 いつに無く顔を緩ませるラディオを見て、此方も嬉しそうに微笑んでいる。


「これで良し。カリシャ、この後夕食をどうかな? レミアナとエルも誘って」


 娘へのお土産をバックパックにしまいながら、ラディオが問い掛ける。

 カリシャはピクッと体を震わせ、顔を輝かせて首をブンブン縦に振った。

 すると、ラディオは微笑みながら、少女の頭を優しく撫でる。

 

「えぇ! あ、あの……その、あの……ふにゃぁ……♡」


「君が手伝ってくれたお陰で、見つける事が出来た。有難う」


 この3日間、ラディオに同行していたカリシャ。

 元々案内人であった事と、獣人族の鼻を駆使した探索は、素晴らしいの一言。

 あっという間に白木を見つけ出してくれたのである。


「さぁ、帰ろう」


「ふにゃ……あっ! は、い!」


 惚けた顔をしていたカリシャは、プルプルと頭を振り、先頭に立って歩き出した。

 ラディオもその後に続くが、ふと後方に目をやる。

 すると、さっと大木の陰に何か隠れた。

 溜息を吐きながら、ここ最近を思い返すラディオ。


(ふむ……どうしたものか)


 実は、3日前からストーカーに悩まされている中年。

 家を出てから帰るまで、ずっと視線が付き纏って来るのだ。

 只、敵意は一切感じないし、そもそも見知った顔だ。

 それ故に放っておいたのだが、何時までもこのままにしておくのも問題かも知れない。


(……直接聞いた方が早いか。ギルドに相談してみよう)


 そう決めたラディオは、取り敢えずカリシャの後を追って行く。

 一方、大木の裏側では、人影が目を泳がせまくっていた。

 体を小刻みに揺らし、茹でたかの様に真っ赤に顔を染め上げて。


(まままため、め、め目が合ってしまったぁぁぁぁ♡)


 ストーカーの正体は、()()()()()()英傑(ヘンタイ)、トリーチェ・ギーメルだった。


(いいいくぞっ! き、今日こそ声をかかか掛けるぞっ!!)


 正体に気付いてからというもの、ずっと話し掛けるタイミングを狙っていたトリーチェ。

 幼い自分を救ってくれたお礼と、溢れる想いを伝える為に。

 しかし、ラディオに一定距離近付くと体が固まってしまうので、図らずもストーキング状態になってしまっていたのだ。


 しかし、ずっとこのままでは駄目だ。

 眺めているだけで幸せだが、お礼は絶対に伝えたい。

 意を決し、大木の陰から飛び出すが――



「あああのっ!……あれ、居ない……またやってしまったぁぁぁぁ!!」



 悶えている間に、ラディオ達はとっくに帰路に付いている。

 迷宮内に木霊する悲しみの叫びと共に、頭を抱えて地面を転がる英傑(ヘンタイ)なのであった。



 ▽▼▽



「カリシャ〜! ごほんよんでほしいのだぁ」


「うん、でも、僕……じょう、ず……くない、よ?」


「カリシャがいいのだっ♡」


 そう言うと、寝室から絵本を持って来たグレナダ。

 カリシャの膝の上に座り、嬉しそうにページを開く。

 少し照れ臭そうに耳を動かすと、カリシャはゆっくりと一生懸命読み上げ始めた。

 グレナダはニコニコしながら、うんうんと頷いている。


「これでお風呂は完了っと。次はご飯の用意をしなきゃ」


 いつものカットソーを着たレミアナが、浴室から出て来た。

 例によって、下着もズボンも履いていない。

 決してブレない大神官長(ヘンタイ)は、湯船を溜めている間に、夕食の準備に取り掛かる。


(うひっ♡ いけませんラディオ様ぁ♡ 今は包丁を使ってるから……あぁ、もう……大胆ッッ♡ うへへへへ♡)


 野菜を切りながら、『新妻が料理をしているが、我慢出来なくなった夫に バキューーン!! して ズキューーン!! される風景』を妄想する大神官長(ヘンタイ)

 包丁を握り締め、だらし無く頬を緩ませ、涎を垂らして。

 もう……常軌を逸していると言わざるを得ない。


 因みに、当の中年はまだ家に帰って来ていなかった。

 迷宮から帰還した後、受付で依頼を済ませる。

 娘を迎えに行き、エルディンの宿屋に行こうとした所、冒険者達の会話を小耳に挟んだのだ。


『あれは絶対に英雄の一行だった』と。

 やれやれと笑みを浮かべたラディオは、カリシャに娘を託して、友を迎えに再び迷宮に潜ったのだ。

 見かけた場所が6階層らしいので、そんなに遅くなる事は無いだろう、と。


(くひひひ♡……あ、もうこんなに暗くなってる。そろそろラディオ様……だ、旦那様、帰って来ない……きゃ〜〜♡)


 晩の用意をしつつ、夫の帰りを待つ健気な妻……の、妄想を始めたレミアナ。

 やっている事は確かに素晴らしいが、幼い子供にはとても見せられない顔をしている。

 その時――



「あっ、はーい! 今出まーす♡」



 噂をすれば、ノックの音が聞こえた。

 纏めていた髪を下ろし、前髪を整えながら玄関に向かうレミアナ。

 扉の前では、既にグレナダがソワソワしながら待っている。


「おかりなさぁ……い……? あの、どちら様……?」


 だが、立っていたのはラディオでは無かった。

 天の川の様に煌めく純白の長髪は、艶やかな漆黒の毛の束が何本も入る幻想的な色合い。

 眉毛辺りで切り揃えられた可憐な前髪の下には、全てを吸い込んでしまいそうな銀色の瞳と、非常に珍しい虹色の光彩が輝いている。

 レミアナより少し背の高い、褐色の肌を持つ美しい女だ。


「えっと……えっ!?」


 突然、グレナダを抱き上げ、距離を取ったレミアナ。

 その視線は女の頭に釘付けとなり、冷や汗が頬を伝う。

 だが……有り得ない。


「なん、で……その角……魔王……!?」


 こめかみから生える、漆黒と純白の見事な角。

 根元は湾曲し、斜め上に向かって伸びる両角は、見る者の視線を嫌でも集めてしまう。

 すると、ニヤリと笑った女が、艶やかな声でこう言い放った。


「ふむ……あながち間違いでは無いのじゃ」

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