第36話 父、無駄にはしない
「《暴双竜 》」
烈風のオーラを両腕に纏ったラディオが正拳突きを打ち放つ。
すると、放たれたオーラは竜巻となり、ドラゴン目掛けて宙を翔ける。
それは、まるで暴風域。
荒れ狂う風の牢獄に捕縛されたドラゴンは、全く身動きが出来なくなる。
更に、竜巻の中に現れた2頭の竜が暴れ回り、何千何万という風の刃で襲い掛かかるのだ。
(しがない新米……ですか。これはこれは)
眼前の光景を見ながら、オウヨウの中に驚愕と……僅かな疑問が浮かんだ。
舞い降りた『竜』は、その印象に恥じぬ力を見せている。
戦闘経験がある者なら、どんな初心者であろうとその力量に舌を巻いてしまう程に。
更に、身に纏うは【竜装】の力。
700年以上生きたオウヨウでさえ、見たのは500年振りである。
それに、ラディオからはもっと強大で……異質な何かを感じていた。
それだけに、新米という文言が余計に引っ掛かる。
意図的にランクアップをしていないのは明らか。
これ程の力を持ちながら何故なのか……そこまで考えた時、オウヨウは静かに首を振った。
(……止めましょう。私がギルドの掟を破ってどうしますか。それに……)
冒険者の内情に不介入、これはギルドの鉄の掟だ。
まして、この非常事態に探る様な事ではない。
オウヨウは構えを取ると、全身に魔力を張り巡らせた。
「御助力感謝致します。ですが、これは我々がやらなければならない事。どうか、少しでも遠くに避難なさって下さい」
振り返ると、整列した金時計達が強く頷いていた。
正体に気付いているであろう、ドレイオスさえも。
見れば、口の動きだけで『任せて』と言っている。
頭が下がる想いのラディオは、静かな声で語り掛けた。
「……私に、任せて頂けませんか?」
穏やかに微笑んだオウヨウ。
しかし、首を横に振った。
「例えこの場で尽き果てようとも、住民を護れるならば本望……それこそ、我々の存在理由で御座います」
護るべき背中に隠れる等、誇り高き【金時計】として有ってはならない。
これはオウヨウだけでなく、12人全員が持つ信念である。
この時、ラディオは決心した。
迷いもあるが、心の内を伝えよう。
取り繕う事無く、本音の言葉で。
「……私達親子がこの街に越して来てから、数ヶ月が経ちました。日々の生活の中で、娘は……本当に、幸せに満ちた笑顔を見せてくれます」
タワーを見やるラディオ。
そして、大広場からランサリオンの街並みをぐるっと見渡す。
此処に来てからまだ半年、しかしもう半年。
何も特別な事は無い、何気ない日常を過ごして来た。
いや、過ごす事が出来たのだ。
『普通』の生活を、親子2人で。
それはひとえに、ランサリオンが受け入れてくれたお陰。
それ所か、懐かしい仲間に再会し、新たな仲間にも出逢えた。
満開の笑顔を咲かせる娘を想い、ラディオは心から感謝する。
『本当に、この街に来て良かった』と。
「オウヨウ殿を筆頭に、皆さんが命を賭して戦ってくれているからこそ、私達は生きています……これからも、生きていけます」
親子に『普通』をくれたランサリオン。
それを全力で護った金時計。
ラディオは、溢れる敬意と感謝をどうしても伝えたかった。
「タワーで子供達を、娘を護ってくれているからこそ、大切な者の為に今……私は拳を振るう事が出来るのです」
最初は目立たぬ事だけを考えて、この街にやって来た。
だが、様々な人との触れ合いを経て、娘は日々幸せに、安心して成長する事が出来ている。
感謝してもしきれない。
いつしか、親子にとって『ランサリオン』は隠れ蓑ではなく、とても大切な場所になっていたのだ。
「娘は、この街でお気に入りの場所が沢山出来ました。大好きな友人も、同じ様に沢山出来ました」
ドレイオスを見やり、軽く頷くラディオ。
不意打ちを喰らい、漢女はバッサバサの睫毛をしぱしぱさせる。
大好きな友人の中に自分が入っている事が、本当に嬉しかったのだろう。
「娘が幸せである事が、私の全てです。そして、娘の幸せに今やランサリオンの存在は不可欠。この返しきれない恩に、少しでも報いる事が親の努め。それに……」
一度言葉を切り、ラディオは魔力を込めた。
すると、肌を突き刺す様な力の波動が、瞬く間に空間を埋め尽くしていく。
娘の笑顔が見たい、会って抱き締めたい、こう想うだけで力が漲ってくるのだ。
「私は……娘の幸せを、娘の笑顔を護れぬ父親にはなりたくないのです」
心の内を曝け出したラディオは、ドラゴンに向き直った。
この時、オウヨウの首筋を、一滴の冷や汗が伝っていく。
(ほほっ……威圧感を感じる等、何時以来でしょうか。まさか、これ程とは)
この時、驚愕と同時に、ある種安堵していたオウヨウ。
もし敵であったなら、即座に全力で相手をしなければならなかった。
勿論、仕留められるかは別の話だが……オウヨウの頬がふっと緩む。
「……これ以上は、野暮で御座いますね」
「感謝致します」
ラディオは一度頷いてから、空中で竜巻に捕まっているドラゴンの元へ歩いていく。
すると、オウヨウがくるりと振り返り、右手を胸に当てドレイオス達に問い掛けた。
「皆様、我々は金時計です。一度や二度、通じなかったからといって、街を護る事を諦めるでしょうか?」
「んん〜! 有り得ないわよねぇ〜ん♡」
「無理かも。死んだ方がマシかもぉ」
「カッコつけるんだったら、それ相応の事をしないとねぇ〜!」
オウヨウの問い掛けに、ドレイオス達は即座に答えた。
このままやられっ放しでなるものか。
『金時計』の誇りは、こんなものではない。
その時――
「ゴホッ……! このままでは、我が師に顔向けが出来ん!」
後方から聞こえた声。
一斉に振り返ると、回復を果たしたスーリオスが歩いて来る。
ギラギラと瞳に怒りを燃やして、ドラゴンを睨み付けながら。
「スーちゃん、大丈夫なのね?」
「当たり前だ。この借りは必ず返す!」
ドラゴンの力量は分かった。
となれば、如何様にもやり方はある。
正面突破だけが能ではない。
「では、手筈通りに。参りましょう!」
「「「応ッッ!!」」」
各々の仕事をこなす為、金時計達は散開した。
▽▼▽
「待たせたな」
【七夜の災害】の前に立ち、その巨体を見上げたラディオ。
竜巻に切り刻まれ、絶えず咆哮を上げているが、ダメージは見受けられない。
何故なら、風の刃が傷を付けても、一瞬で再生してしまっていたのだ。
(ふむ……私が知り得るものと微妙に違う)
師匠達の修行の中で、戦闘に関する事柄は全てこなしてきたラディオ。
力の使い方や技の精度は勿論の事、あらゆる敵を想定した膨大な知識も財産の1つ。
ラディオは、一目で正体を看破していたのだ。
7つの首持つ魔王の遺産、【七夜の災害】。
当時の英雄に封印されるまで、七日七晩暴れまわった事から、その名が付けられた。
その最たる特徴は、『神器』持ちに対する攻撃技の威力増強と、被攻撃に対する威力弱体である。
当時の英雄達が全員『神器』持ちであった事から、二代目魔王が対策として造り上げた個体。
故に、金時計達は必要以上に損害を被ってしまった、という訳である。
しかし、学んだ知識の中に、この様な超速再生能力は含まれていない。
加えて、あのブレスも未見のもの。
この時、ふと気付いたラディオ。
(成る程……『死魂の宝珠』とゼノの魔力によって、特殊改造個体として蘇った可能性がある、か)
それならば、色々と説明がつく。
やはり、ゼノはあの場で始末するべきだった。
今後、厄介な事になるのは間違いない。
(私もまだまだ……更に精進しなければ)
考えがまとまった所で、竜巻を消滅させたラディオ。
解放されたドラゴンは、巨大な翼を広げて夜空へ羽ばたいていく。
激情に瞳を濁し、憤怒の雄叫びを上げながら。
ギャオォォォォォォォォ!!
すると、両端の首が2つずつ大きく口を開けた。
2つで1つの漆黒の球体を作り出し、夥しい魔力を込めていく。
鬱陶しい竜巻を放ってきた男を殲滅する為、狙いを定める――
斬ッッッッ――!!
筈だった。
しかし、地面に落下した4つの頭。
力の行き場を失った球体は暴発、首共々巨体を吹き飛ばす。
攻撃の刹那、《飛翔》を発動したラディオも両翼を羽ばたかせ、ドラゴンの首を切断していたのだ。
だが、ラディオは警戒を緩める事は無い。
黒煙に包まれた切断面から、既に新たな首が生えてきている。
(成る程。これ程の巨体を一撃で葬るとなると……時間が必要だな)
巨体の周囲を飛び回りながら思案を巡らすが、鞭の様にしならせたドラゴンの首が、下から追い上げて来る。
ラディオは速度を上げるが、左右からも迫って来た。
溜めの要らない小規模ブレスを織り交ぜながら、着実にラディオの経路を潰して。
捻りを加えながら上空へ飛翔したラディオ。
瞬間、急降下に転じて3つの首を思い切り殴り飛ばす。
山の様な巨体が揺らぎ、空中で態勢を崩した。
だが、ラディオがドラゴンから離れる事は無かった。
付かず離れず、巨体スレスレを這う様に飛んでいる。
ラディオが距離を取ってしまえば、ドラゴンの興味は他に移るだろう。
大広場や教会、下手をすればタワーの方に。
それだけは絶対に有ってはならない。
(しかし、このままでは埒があかない……どうするか)
一撃必殺には溜めが必要。
だが、超速再生能力がそれを許さない。
普通の攻撃では、魔力と時間を無駄に消費するだけ。
何か手立てはないか……思案に耽るラディオに、瞬き程の隙が出来た。
ドラゴンは、その隙を見逃さない。
轟ッッッッ!!
無動作で至近距離からのブレスを連発するドラゴン。
一瞬反応が遅れたラディオだが、難なく身を翻して躱す。
だが、ブレスはそれだけでは無かった。
大きなものの陰に潜ませ、小さなものを無数に放っていたのだ。
(不味い……!)
この時、視界の端に映り込んだ1つの首。
口を大きく広げ、タワーを狙っている。
無意識の内に其方方面を庇っていた事を、ドラゴンに気付かれてしまったのだ。
「《天翔竜》!」
ラディオの右拳から、昇竜のオーラが凄まじい速度で飛んでいく。
見事に首に命中し、タワーは守られた。
だが、もうどうこうする猶予は無い。
上下左右隙間の無い、何万というブレスの牢獄に囚われてしまったのだから――
「損害の補填をしろ! 《サンダーボルトランス・ハイスト》!!」
瞬間、ラディオの体を貫こうとしていたブレスは、黄金色の雷によって霧散した。
その間隙を縫って、ラディオは上空へ回避する。
地上には、絶え間なく雷槍を飛ばすスーリオスの姿。
ダメージこそ無いものの、的確に邪魔をしてくる攻撃に、ドラゴンは意識を其方に向けた。
「お待たせ致しました」
「……助かりました」
声に振り向くと、いつの間にかオウヨウが佇んでいた。
一切の気配無く現れるとは……流石ギルド統括である。
ラディオが感謝を述べると、オウヨウは和かに手を振った。
「任せてくれと言っておきながら、非常に心苦しいのですが……1つお願いを聞いて頂けませんか?」
「何なりと」
提案を聞くと、オウヨウは左胸に手を置いて、美しく優雅なお辞儀を見せた。
「その大役、必ずや」
互いに頷き、遥か上空へ飛び立っていくラディオと、ドラゴンの近く迄下降したオウヨウ。
先程のラディオの様に、今度は統括が注目を引きながら飛び回り始めた。
「皆様! ここが踏ん張りどころで御座います!」
迫り来る首を巧みに躱しながら、金時計達に喝を入れる。
すると、破城槌と見紛う巨大な鉤爪が、オウヨウを刺し貫こうと向かって来た。
しかし――
「させないかもぉ。《フロストブロック》」
巨大な氷塊が現れ、鉤爪が突き刺さる。
軌道がズレた隙に、オウヨウはさっと急降下して、ドラゴンの下から背後へ回った。
「まだまだかも。足りないかもぉ」
絶妙なアシストをしたのは、アニエーラだ。
屋根の上に立ち、スーリオスと共に適所で魔法を繰り出し続ける。
どうにか振り切ろうと、3つの首が魔力充塡を始めた矢先、鋼の筋肉が飛び出した。
「おほほほほ〜! 《愛の鉄槌 》!!」
怒轟ッッッッッッ!!
ドラゴンの顎に強烈なアッパーカットが決まり、山の様な巨体がグラついた。
しかし、直ぐに体勢を立て直し、全ての首でドレイオスに襲い掛かる。
「此方にも居ますよ」
穏やかに微笑むオウヨウが、巨大な背骨に手を当てた。
其処から強烈な発勁を繰り出すと、痙攣と共にドラゴンの動きが止まる。
その隙に、ドレイオスは離脱を果たした。
グォォォォォォォォ!!
再び周囲を飛び回り、全ての首の注目を集めたオウヨウ。
鬱陶しい蝿を叩き潰す為、7つの首が襲い掛かるが、捕まえられない。
すると、突如巨大な両翼を羽ばたかせ、乱気流を巻き起こした。
体勢を崩したオウヨウ、遂にドラゴンに捕まってしまう。
「これはこれは……とんだ下手を打ちましたね」
締め付ける力は異常の一言。
少しでも気を抜けば、一瞬にして肉塊となっしてまうだろう。
すると、中央の首が巨大な顎を開き、オウヨウに迫った。
邪魔をされた怨みを全て込めて、直々に噛み殺す為に――
「《天穿・極大十字星》!!」
斬ッッッッッッ!!
「ギャォォォォォォォォ……!!」
瞬間、超巨大な十字の斬撃がドラゴンの口内を斬り裂いた。
これには、流石の特性も影をひそめる。
十字の斬り傷から夥しい血を流し、呻き出すドラゴン。
手の圧力が緩んだ隙を逃さず、オウヨウはするりと脱出した。
「だから申し上げましたのに……とんだ下手を打ったと」
オウヨウはやれやれと首を振ると、中段右側に向かって優雅に頭を下げた。
其処には、教会の屋根に立ち、高々と大剣を掲げるトリーチェの姿。
突出した個の力を完璧に重ね合わせる連携。
互いが互いを深く理解し、信頼しているからこそ為せるチームワーク。
(そろそろですね。お役目を果たせて、光栄で御座いましたら)
遥か上空を見上げ、しっかりと頷いたオウヨウ。
その時、ドラゴンから強烈な波動が溢れ出して来た。
傷を負った事に激昂し、7つの首で1つの球体を作りだしたのだ。
自身の周囲にドス黒い結界を展開し、金時計達の攻撃を寄せ付けないようにして。
どんどん膨れ上がっていく球体。
これを放たれたら、ランサリオンは吹き飛んでしまうだろう。
だが、金時計達に焦りはなかった。
何故なら――
「《天翔竜》」
容易に結界を突き破り、球体ごとドラゴンを貫いた竜のオーラ。
7つの首が一斉に見上げた先には、遥か上空に佇む男。
『此方に来い』と、手で挑発している。
激情の咆哮を上げたドラゴンは、凄まじい速度で上昇していく。
「もうこんな時間か……レナンを迎えに行かなければ」
地平線から顔を出し始めた太陽の光に、目を細めラディオ。
すやすやと寝ているであろう娘の顔を想い浮かべ、最後の戦いに臨む。
ギャオォォォォォォォォ!!
飛来したドラゴンは、ありったけの魔力を込めて球体を生成していく。
先程とは比にならない程大きく、凶々しく。
此方も、これが決戦だという事を理解しているのだ。
「貴様の全力を見せろ。でなければ、私達に勝つ事は出来ないぞ」
迸る魔力が轟音を響かせ、ラディオから五色のオーラが溢れ出す。
「そもそも……特性さえ無ければ、私の出る幕は無かったがな」
完璧な連携を披露した金時計に、ラディオは心の中で手放しの称賛を送る。
金時計たる覚悟、その力、互いを想い合う信頼。
そんな彼等が作り出してくれたこの時間、決して無駄にはしない。
「それが全力か。申し分無い……だが――」
禍々しく滾る凶悪なオーラを纏った、限界まで高密度化された球体が出来上がると、6つの首が力無くうな垂れた。
そして、最後に残った中央の首が、出来上がった《漆黒の太陽》を撃ち放つ。
「誇り高き金時計と共に、貴様の全てを消し去ろう――《竜星群》ッッ!!」
両手を大きく広げ、全てのオーラを収束させたラディオ。
煌々と輝く全身から、五色の竜を解き放つ。
漆黒の太陽目掛けて空を翔ける竜達は、やがて1体の竜へと重なった。
ランサリオンの想いと、深淵教団の力が空中で激突する――
怒煌ッッッッッッッ!!
炸裂した閃光、一瞬の静寂、そして捲き起こる大爆発。
「……終わりだ」
そう呟いたラディオは、更に魔力を込めていく。
断末魔の悲鳴を上げる【七夜の災害】を見つめて。
《五色竜》に捕らわれたドラゴンは、次第に体を消滅させていく。
すると、体の中央に埋まっていた『死魂の宝珠』が顔を出した。
瞬間、込めた魔力を撃ち放ったラディオ。
全てを受け取った《五色竜》は、その体色を白金へと変化させる。
そして、最後の仕上げに全ての魔力を解放し、再びの大爆発を捲き起こす――
怒煌ッッッッッッッッ――!!
『死魂の宝珠』諸共、【七夜の災害】は完全に消滅した。
金時計の覚悟が、想いが、ランサリオンに勝利を齎らしたのである。
戦いを終えた街に降り注ぐ、五色のオーラの流星。
それは正に、勝利の祝砲だった。
「レナン……今迎えに行くからね」
微笑みを浮かべ、ゆっくり下降していくラディオ。
溢れる喜びに喉を枯らし、腕を突き上げ勝鬨を上げる金時計達の元へ。
次回は幕間、3章最終話です!




