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第32話 【魔幻の三日月】

 下段左側『宿場』――



「ギャギャギャ!」


 街中を飛び回り、意味も無く建造物を壊していくガーゴイルの大群。

 下卑た笑い声を上げながら、溢れる破壊衝動をぶち撒けている。

 しかし――



「《ウィンドスラッシュ》」



 突如として現れた鎌鼬(かまいたち)によって、ぶつ切りにされてしまった。


「……ゴミが」


 大通りの真ん中に立つ、1人の男。

 こめかみに青筋を立たせ、眉間に皺をこれでもかと寄せながら、地面に落下する肉片を睨み付けている。


 だが、尚も数を増やすガーゴイルの軍勢に加え、歩兵も前後から大通りに雪崩れ込んで来た。

 しかも、手当たり次第に街を破壊しながら。


「貴様らぁ……!」


 わなわなと震える男。

 その瞳に宿るのは恐怖では無く、滾る怒り……もう、堪忍袋の緒が切れた。


「絶対に……!」


 憤怒(ふんぬ)の炎を燃え上がらせた男は、体を横に向け両手を水平に上げた。

 かざした掌に莫大な魔力を込めていく。

 すると、眩い閃光と共に紅いオーラが迸る。


「ぶち殺すッッ! 《ヒートレイ》!」


 紅色の半透明な熱光線が、歩兵目掛けて照射された。

 真っ直ぐに伸びる光線に触れた瞬間、大群は消し炭となり崩れ落ちていく。

 すると、男は熱光線を放ったまま、半円を描く様に頭上に掌を移動させる。

 ジュッ! という幾つもの音が聞こえた後には、残骸の雨が降り注ぐのだ。


「貴様らが与えた損害を! 誰が補填すると思っている! 死ねッ! この阿保共がッ! 死ねッッ!!」


 それでも怒りが収まらない様で、美しい白金色の髪を掻き上げながら、罵詈雑言を並べるのは、スーリオスだ。

 最高財務責任者として、破壊行為は看過出来ないらしい。

 その時――



「カ〜カッカッカッ! 随分荒れとる様だや!」



 背後から(しわが)れた声が聞こえた。

 下から斜めに顔を上げながら、振り向くスーリオス。

 眉間には皺、こめかみには青筋、怒りの表情変わらぬままに……完全にメンチ切りである。


 其処には、フードを目深に被った小柄な黒い影。

 折れ曲がった長い鉤鼻が、フードから飛び出ているのが見える。


「嘗ての無法者が、今や銭勘定の抜け作――ほっ!」


 最後まで言葉を待たず、《ウィンドスラッシュ》を連打したスーリオス。

 しかし、影は空中を跳ね回り、曲芸師の様に華麗に避けて見せた。

 声から察するに、決して若くはない筈なのだが。


「カッカッカッ! やはり変わっとらんだや。のぉ……【狼頭(ろうとう)】?」


「……何だ貴様」


「儂は、深淵教団大司教が1人、【不死】のレネンティム」


 鉤鼻の男は、空中に浮かびながら(うやうや)しく頭を下げた。

 この完全に馬鹿にした動作に、スーリオスのこめかみに、新たな青筋が入る。


「ちょいと遊びに付き合ってもらうだや。ほいっ!」


 再び空中を跳ね回ったその刹那、周囲の家屋に雷撃が突き刺さり、巨大な穴を開ける。

 宙を漂いながら、胡座をかいたレネンティムは、顔の前で指を振った。

 すると、エルフのこめかみに3本目の青筋が入る。


「カッカッカ! この家屋の補填は誰がするだや? お主か、【狼頭】?」


「……無論だ。私の個人資産できっちり払う。そして……気安くその名で呼ぶなッ!」


 怒りの咆哮を上げたスーリオスだが、内心は冷静に分析を始めていた。

 この男は、それなりの力を持っている。

 油断すれば、足元を掬われるのは此方だと。


 そう判断した理由は2つ。

 1つは、今の攻撃は完全な無詠唱且つ、追尾性能を誇る中級魔法 《トラックサンダー》。

 しかし、相手が即座に反応を見せた事。


 もう1つは、その避け方だ。

 男が雷を避けたのではなく、雷が男を避けた様に見えた。

 事実、攻撃は男を追尾する事無く、周囲の家に散らばってしまっている。


(……さて、どうするか)


 髪を掻き上げながら、次の手を思案するスーリオス。

 しかし、実は懸念材料がもう1つあった。

 それは、【狼頭】の名を知っていた事だった。



 ▽▼▽



 金時計となる前、そこそこ名のしれた悪童だったスーリオス。

 村に拠点を作り、野盗として生活を送っていたのである。

 ならず者達を束ね、その頭領として【狼頭】と呼ばれて。


 欲しい物は力尽くで奪う。

 嘗て、自分が奪われた様に。

 人の命だけは取らなかったが、やっている事はクズそのものだった。


 そんなある日、1人のハイエルフがスーリオスの元へやって来る。

 その首を取る様依頼を受けた冒険者だ。

 スーリオスは『またか』と鼻で笑い、いつもの様に相手をした。

 これで、暇が潰せると。


 しかし、結果はスーリオスの惨敗。

 今迄一度も敗北を知らなかった悪童が、手も足も出せず一方的にやられてしまったのだ。


 『ここが年貢の納めどきか……』


 そう悟ったスーリオスは、首を取れと言い放つ。

 しかし、ハイエルフは手を差し伸べると、優しく言葉を掛けたのだ。


『死する事は償う事では無い。生きて何かを成してこそ、人はそれを贖罪と呼ぶのだ』


 その日から、ハイエルフは悪童を引き取り、冒険者として登録させた。

 そして、迷宮内外で心身共に鍛え上げていく。

 選ばれし名である、【三日月】を託す為に。


 実は、不治の病に冒されていたハイエルフ。

 消え行く灯火の中、彼には最後の願いがあった。

 それは、神器では無く自分の目で、後継者を見つける事。

 その時出逢ったのが、スーリオスである。


 ハイエルフの正体は、【万能者たる三日月】。

 『目録』を創り出し、『魔導』の発展に尽力した、歴代でも名だたる金時計の1人だったのだ。


 それからというもの、【万能者】の意志を継ぐ為、スーリオスは身を粉にする。

 それは、闇の中でもがいていた自分を救ってくれた、恩返しの為。

 そして、今際の際に託された【三日月】の名に恥じぬ為。

 あれから500年が経った今でも、変わらずに。



 ▽▼▽



(何故この名を知っているのか、見定めねばならんな)


 先ずは、あの避け方から解明だ。

 距離を取ったスーリオスは、五指を広げ魔力を込める。

 すると、指先に眩い稲光りが発現した。


「《トラックサンダー》」


 5本の雷がレネンティムを襲うが――



「カッカッ! 何度やっても同じだや。ほいほいっと」



 言葉通りだった。

 雷はレネンティムを避けるように曲がり、また家屋を破壊しただけ。

 そして、退屈そうに空中を跳ね回り、此方を挑発するレネンティム。


(……次だな)


 しかし、スーリオスは今の攻防で満足していた。

 攻撃を当てる事が目的だった訳では無い。

 雷がどういう軌跡を描いて避けるのか、これが知りたかっただけだ。


「《グラビティルーム》」


 今度は、紫色の球体でレネンティムを捕縛した。

 スーリオスが拳を握り締めると、球体内の圧力が増していく。

 だが、何かに阻まれる―まるで、見えないボールを握っている―様な感覚を覚えた。

 そして、やはりレネンティムに変化は起こらない。


(……成る程。後はコイツの目的だな)


 しかし、納得した様に頷くスーリオス。

 次は、レネンティムの正体だ。


(あの歪んだ鉤鼻で、『霊王』の眷属は有り得ない。だが、【不死】等と大層な事を言った。となれば……)


「もう終わりだや? では、ボチボチ儂も……《ベノムバレット》!」


 突き出された両手から、高速で撃ち出された何かを、瞬時に上に飛んで回避したスーリオス。

 それは、着弾した地面が見る見る腐蝕していく程の、猛毒液の弾だった。


「飛んだのは愚策だや! 《ベノムウェブ》!」


 空中の的に狙いを定め、レネンティムは大きな毒液の弾を飛ばす。

 蜘蛛の巣状に広がり、逃げ場を封鎖しながら迫って来た。

 スーリオスは即座に両手をかざし、紅い閃光を充填させる。


「《ヒートレイ》!」


 放たれた熱光線は、毒の網を蒸発させながら、レネンティムを狙い撃つ。

 だが、これも当たらない。

 レネンティムの眼前で直角に折れ曲り、空へ流れていってしまう。


(……決まりだな)


 しかし、スーリオスはニヤリと笑い、地面へ降り立つ。

 すると、着ていたジャケットのボタンを外し、鍛えられた体を露わにしたのだ。


「カッカッカ! (へき)の披露はお控え願うだや」


 レネンティムはゲラゲラと笑いながら、スーリオスを挑発する。


「ほざいてろ」



 轟ッッッッ!!



 一筋の雷が迸る。

 だが、やはりレネンティムには届かない。

 弾かれた雷は、上空で霧散していく。


「何度やっても同じだや。お前では儂に触れる事すら――何だや?」


 すると、レネンティムが空中で静止した。

 その目に映るのは、膨大な魔力の波動。

 全身からオーラが迸り、顔の左側に紋章が浮き出たスーリオスだ。


「望み通り見せてやる……【狼頭】の力をな! 狩りの時間だ――《群狼の誓い(ウルブズパック) 》!」



 ウオーーーーン……!!



 スーリオスの胸に狼を模した紋章が現れると、何処からともなく遠吠えが響き渡る。

 すると、漆黒の体毛を持つ大柄な狼が2頭、スーリオスの足元に出現したのだ。

 紅い瞳を持つ1頭と、蒼い瞳を持つ1頭。

 体には瞳と同色のオーラを纏い、敵を真っ直ぐに見据えて。


「カッカッカッ! たった2匹の犬っころを召喚した程度では、何も変わらんだや!」


 どんな事をして来るかと思えば、只の召喚術。

 下らないと、高笑いをするレネンティム。

 しかし、スーリオスは何も答えず、狼達の頭を撫でると、敵を指差した。


「……行け」


 瞬間、凄まじい速度で疾走する狼達。

 すると、大きく口を開き、魔力を込め始めた。

 そして、1頭から火炎弾が、1頭から水氷弾が撃ち放たれ、レネンティムを襲う。



 怒轟ッッッッ!!



 例によって弾かれた2色の弾が、家屋を破壊し、粉塵を巻き起こす。


「浅はかだや! ほいっ!」


「キャイン……!」


「クゥ〜ン……!」


 粉塵が晴れた先には、串刺しにされた狼の姿。

 レネンティムの腕が変形し、毒々しい紫色の棘となっていたのだ。


「煙に乗じて襲う腹なのは見え見えだや。つまらん……終わりにするだや」


 すると、狼達が痙攣を始めた。

 棘から猛毒を注入されてしまったのだ。

 狼の瞳から光が消えると、レネンティムは両手を払い、漆黒の体毛を地面に投げ捨てる。


「あぁ……」


 レネンティムに攻撃は届かず、頼みの狼もやられた。

 スーリオスは片手で顔を覆うと、ボソリとそう呟く。


「期待外れも良いとこだや。暇潰しにもならな――何だや!?」


 驚愕に襲われたレネンティムの視線が、自身の左肩に注がれる。

 其処には、鋭利な牙を食い込ませる、黄色の瞳を輝かせた漆黒の狼が居るのだ。

 いつの間に……いや、一体何処から現れたと言うのか。


「終わりだ……貴様がな!」


 覆っていた手で髪を掻き上げたエルフ。

 その顔に荒々しい笑みを携え、瞳をギラギラと光らせている。


「《雷狼》! やれッッ!」


 ウォォォォォォン――!!


「ぎゃぁぁぁぁ! 止め、ろ……だやぁぁぁぁ!」


 零距離で雷を流し込まれ、レネンティムが堪らず悲鳴を上げる。

 雷鳴が轟く中、どうにか背中に被さる狼に棘を突き刺すと、ありったけの毒液を注入した。


「これ、で……ぎゃぁぁぁぁ!!」


 だが、更に雷撃が激しくなっていく。

 狼は毒液など意に介しておらず、気付けば漆黒の体毛は消え去り、『雷そのもの』となっているではないか。

 すると、レネンティムの四肢の関節から黒煙が昇り始める。


「やはりな……お前達、借りを返してやれ!」


 何と、地面に伏せていた2頭の狼が、何事も無かったかの様に、むくりと起き上がる。

 雄叫びを上げながら疾走し、一直線に牙を突き立てた。


「ギギ……何、ダや……ドウなっテ……グワァァァァ!!」


 それぞれ炎と氷の力で、レネンティムを蹂躙し始めた狼達。

 3頭目と同様に、炎と氷そのものの体となって。

 レネンティムの悲鳴が木霊する中、スーリオスは両手に魔力を込め始めた。

 その余りの量に、大気が振動を始めている。


「貴様は大きな勘違いをした。【群狼の誓い】は、召喚魔法ではない……『ユニークスキル』だ」


 発現した者に特異な能力を与える『ユニークスキル』。

 何と、スーリオスは『魔力に意思を持たせる』という、極めて稀な力を持っていた。


 生命体ではない魔力に、毒など意味を成さない。

 言うなれば、狼は『思考能力を持った魔法』である。

 最初にやられたのも、狼達の演技だったという訳だ。


「貴様の攻撃の避け方、あれは、『魔重力場』を発生させ、魔法の軌道を曲げていただけの話。しかも、貴様からは逐一魔力反応を感じなかった。ならば、体の何処かに発生源を仕込んでいる事は明白」


 エルディンの範囲には遠く及ばないが、スーリオスもスキル《魔力感知》を持っている。

 半径50m程だが、戦闘であれば十分過ぎる範囲だ。


 レネンティムが攻撃を回避した時も、毒液を飛ばした時も、魔力を込めた反応は無かった。

 そんな時、体の一部分から、常時微弱な魔力が流れている事に気付いた。


 更に、無詠唱の魔法に反応した動体視力も、スーリオスの予想を固める要因となっている。

 感知系の魔法は発動していない。

 となれば、スキルか……『そういう目』を持っているかの何方かであると。


 だからこそ、雷に変形させた狼を待機させた。

 もしスキルであれば、魔力そのものである狼の存在に気付く筈。

 だが、レネンティムは反応を見せなかった。

 これで、スーリオスは確信を得たのだ。


「ランサリオンに喧嘩を売ったんだ……覚悟は出来てるんだろうなぁ! 『人形』野郎!」


 狼の瞳が輝きを増し、攻撃が一段と激しくなった時、レネンティムのローブが塵となった。

 すると、隠されていた肢体が露わとなる。


「ギ……ググ……貴、様イつから……キヅいて……!」


「予想は最初から、確信は先程だ」


「ナ、に……グギャァァァァァァ!!」


 継ぎ接ぎだらけの顔。

 様々な種族や素材で造られた、此方もも継ぎ接ぎだらけの歪んだ体。

 四肢の関節、胸の中央には紅く光る魔石。

 レネンティムの正体は、『絡繰(からくり)人形』だったのだ。


 スーリオスが看破した理由は幾つかある。

 1つは攻撃の避け方と、それに対する魔力反応がない事で、仕込んでいる魔石の存在に気付いた事。


 1つは、二つ名が【不死】であった事。

 アンデッド系かとも思ったが、魔力反応がない事が、それは否定した。

 まして、『霊王』の眷属でない事は明らか。

 ならば、体の部位を取っ替え引っ替えしながら、生き永らえて来たのだと推測した。


 最後の1つは、【狼頭】の名を知っていた事。

 2つ目の理由から、それなりに長い時間を生きていると考えたスーリオス。

 だが、【群狼の誓い】を知らなかった事が、決定的な理由となった。

 何故なら、【万能者】に拾われてからは、1度もこの力を使わなかったからだ。


「頼みの『回避行動』ももう取れまい」


 スーリオスの溜めに溜めた魔力が、両手から炸裂する。

 周囲を影で覆い尽くす程の眩い閃光が迸り、地鳴りの様な轟音が響き渡るのだ。


「貴様がお喋り馬鹿で助かったぞ……《サンダーボルトランス・ハイスト》!!」


 露わになった胸の魔石目掛けて、2本の白く煌めく雷槍を撃ち放つ――



「ギィャァァァァァァァァァ!!!!」



 爆音と閃光が入り混じり、まるで星が生まれる時の様な凄まじい波動が、レネンティムの体を駆け巡る。

 程なくして、四肢の関節、そして胸に嵌っていた魔石は完全に砕け散り、継ぎ目から為す術も無く崩壊していく歪な体。


「そう言えば……貴様の言う通り、今の私は抜け作かも知れない。完璧にぶち殺すつもりだったが、力の()()()()()()()しまった」


 バラバラに分解され、地面を転がる大司教の残骸。

 辛うじて形を成しているのは、首から上の部分のみ。

 後の部位は黒焦げ、原型を留めぬ程に収縮している。


「ア……アァ……ア……ア」


 眼球はゆらゆらと焦点が定まらず、口が不規則に動いているが、まだ息はある。

 情報を得る為、脳部分へのダメージを意図的に抑えていたのだ。


「だが、攻撃を止めろとも言っていたから、丁度良いだろう? 喜べ、私の仲間に拷問を生業とする奴が居る。彼奴なら……()()()()()()()くれるさ」


 ニヤリと頬を吊り上げたスーリオスは、

 継ぎ接ぎだらけの頭を掴み上げ、宿場街を後にした。

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