表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/130

第31話 【不沈の剛角】

 少し時間は遡り、下段中央奥・『タワー玄関前』――



「お〜! 派手にやってるな、爺!」


 ランサリオン全域に黒いベールが掛けられた後、上空の戦いを眺めていたジオトロ。

 タワーの前に仁王立ちで陣取り、此方は準備万端。

 しかし、滾る熱量とは裏腹に、周囲は静かなものだった。


(待てど暮らせどなーんも来やせんなぁ。まぁ、それならそれで……ん?)


 その時、真っ黒な液体が宝珠から飛び散る様子を捉えた。

 その後を追いかける様に、生まれ出たのは空を埋め尽くすガーゴイルの大群。

 ニヤリと笑ったジオトロは、嬉々として地面を踏み付けた。


「がっはっはっはっはっ! ようやっとか! 《ロックステアー》」


 すると、ジオトロを中心として大地が盛り上がり、高さのある足場を作り出す。背負っていた武器―自身の身長程もある、半円の刃が両端に付いた巨大な大斧―に手を掛け、向かって来る敵影に狙いを定めた。


「楽しませてくれよ!」


 大斧の柄を外に向け、刃を体の後ろに入れて構えるジオトロ。

 大群がどんどん近付いて来る中、柄を握る手に徐々に力を込めていく。


 まだだ……限界まで引き付けろ。

 ふと下を見ると、飛び散った液体も『深淵歩兵』となって、此方に向かって来ている。


(……丁度良い)


 再びニヤリと笑うと、足場を一度踏みつける。


「《アースウェイブ》!」


 下に向かって迸ったオーラが地面に到達すると、うねった大地が波となり、歩兵に襲い掛かったのだ。

 硬い岩肌の荒波に飲まれた軍勢は、一斉に地面に倒れ込む。

 これで準備は整った。


「吹き飛べ! 《轟斧乱破(ごうせんらんぱ) 》!!」


 有らん限りの力を込めて振り抜いた大斧から、特大の旋風刃が巻き起こる。

 瞬間、歩兵達の上空に到達していたガーゴイルの大群が、放たれた乱気流に飲まれま。


 容易く切り刻まれた残骸が、肉の礫となって地面へ降り注ぎ、歩兵達を押し潰していく。

 更に、間髪入れずに三度足場を踏み付けたジオトロ。


「《ロックウォール》!」


 地面から飛び出した岩石が、巨大な壁を生成していく。

 自分の目線まで壁を作り上げると、ジオトロは地面へ降り立ち、壁をちょんと指で押した。



 怒轟ッッッッ!!



 地面と石壁に挟まれた大群の末路は、言うまでも無いだろう。

 少しの揺れと粉塵の中、ジオトロはやれやれと首を振った。


「つまらんなぁ……」


 一仕事を終えたと言うのに、まるで達成感が無い。

 幾ら何でも、これでは弱過ぎた。


「……酒でも持ってくるかぁ」


 ジオトロは大斧を地面に突き刺すと、頭をボリボリ掻きながら、タワーの方へ歩き出す。

 だが、数歩も行かぬ内にピタリと足が止まった。

 物凄い勢いで振り向くと、地面に両手を付いたではないか。


「《アースウォール・トリプル》! 《コーティングスティール》!!」


 自身の胴体程も厚さのある、3枚の岩壁を前方に出現させ、同時に硬化させる。

 黄土色の壁が鋼色に染まりきった瞬間、途轍も無い熱が周囲に立ち込めたのだ。

 そして、鋼鉄の壁が見る見る熔解していく。

 最後の1枚となった時、壁の中央が煌々と紅みを帯び始めたのだ。

 まるで、熔鉱炉に入れられた鉄の様に――



「ぐぅぅ……くそぉぉぉぉ!!」



 怒轟ッッッッッッッ――!!



 焼け爛れた中心部が、眩い閃光を放ち大爆発を起こしたのだ。

 鋼の壁は粉々に砕け散り、轟音を上げなら黒煙が舞い上がる。


「ぐはぁ……! 貴様……厄介、だな……!」


 血溜まりを吐きながら、煙の奥を睨み付けるジオトロ。

 咄嗟に《コーティングスティール》を自らに掛け、超至近距離からの爆発を凌いだ。

 だが、想像を超える威力によって、交差して防御した両腕は酷い炎症を負ってしまっている。


「愉快。凌グトハ予期シテイナカッタ」


 すると、揺らめく影が夜空へ躍り出た。

 漆黒のローブから漏れ出る紅蓮の光が、ジオトロに危機感を抱かせる。


「譲歩。コノ場を去リ、命ヲ拾エ」


 幾重にも聞こえる独特な声を響かせ、ローブを脱ぎ去ったのは、燃え盛る焔の体を持つ『精霊族』だった。


「はぁ……はぁ……戯けた事を、抜かしやがるっ……!」


 歯を噛み締めたジオトロは、手を翳した。

 すると、地面がうねり、此方に大斧を跳ね飛ばす。

 それをしっかりと掴み取り、ドンッ! と胸を叩いて気合を入れると、高らかに声を上げた。


「ワシの名はジオトロ! 金時計が1人、【不沈の剛角】ジオトロ・タッカンだ! 炎の体持つ精霊族よ! 貴様の名は!」


 大地を踏み締め、オーラを爆発させたジオトロ。

 だが、既に気付いていた……この『精霊族』には勝てないと。

 それでも、背を向ける事は無い。

 命を賭して、護らなければならないものがあるのだから。


「疑問。名乗ル必要性ヲ感ジナイ」


 しかし、精霊族は首を傾げ、ケラケラと笑うだけ。

 互いの明らかな戦力差を、相手も承知しているのだ。

 そして、逃げ出せと馬鹿にしている。

 ジオトロの瞳に、怒りが宿った。


「そうかよ……ならば、此処で貴様は殺す……! タワーには入れんぞ! 深淵教団!!」


「理解。自ラ入ル、問題ナイ」


 ジオトロは大斧を体の後ろで構え、先程の様に水平に振り抜いた。

 凄まじい乱気流が巻き起こり、風の刃が生まれ出る。

 すると、精霊族は片手を上げ、体の周りに幾つもの炎を出した。


「愚策。爆ゼロ、《サラマンダー》」


 向かって来た1つの炎が眩い閃光を放つと、風の刃を巻き込んで再び大爆発を引き起こした。

 その爆風と熱波たるや、まるで火山の噴火の様。

 ジオトロは大斧を地面に突き刺し何とか堪えるが、精霊族はまるで気にする様子が無い。


「ぐぅぅ!……霊法とは、本当に厄介だ……!」


 そう、これは『魔法』ではない。

『霊法』と呼ばれる、元素の精霊達を自在に操る途方も無い力であり、精霊族固有の能力である。

 その威力は、最上級魔法を優に超え、超級・超越級と同等かそれ以上。

 実際の所、霊法に負けない為に生み出されたのが、魔導なのだ。


「性急。時間ガナイ。ヤルベキ事ガアル」


 今度は、2つの炎を繰り出した精霊族。

 まるで、生物の様に飛び回るこの炎こそ、下位精霊『サラマンダー』である。


「終焉。翔ケロ、《サラマンダー》」


 サラマンダー達は炎から蜥蜴に姿を変え、大気中の魔力を吸い込みながら迫り来る。

 対して、突き刺した柄を両手で固く握り締め、自分の足を大地に埋め込んだジオトロ。

 避ければタワーに被害が出る……ならば、体を盾にするしかない。



 怒轟ッッッッッッッッ!!



 三度(みたび)の大爆発が巻き起こる。

 しかし、今度は体に纏わり付き、執拗に焼き焦がすのだ。


「うぅ……ぐぅ……!!」


 だが、ジオトロは悲鳴すら上げずに耐え続ける。

 その瞳を、真っ直ぐに精霊族に向けて。

 すると、それを見た精霊族が手を水平に払い、灼熱の炎を消し去ったのだ。


「……疑問。何故倒レナイ? 何故苦シイ道ヲ選ブ?」


 精霊族は興味が湧いた。

 全身に酷い火傷を負い、命を削りながらも、決して膝すら付かぬこの男に。


「はぁ……うっ……ぐはぁ……!」


 朦朧とする意識の中、身体中から響く痛みの悲鳴を抑え込み、熔解した大斧の欠片を捨てるジオトロ。

 半身以上を黒く染め、止めどなく血を流しながらも、その瞳だけは光を失っていないのだ。


「簡単な事、よ……ワシが……がはっ! 倒れたら……『未来』、は……どうなる……!」


「……未来?」


 そう言いながら、ジオトロはゆらりと足を一歩前に出した。

 もう、真っ直ぐ立って居られない。

 それでも、倒れる訳にはいかないのだ。


「ぐっ……ワシ、は【不沈の剛角】……! 見せてやるぞ……! 輝くは橙の光 この手に握るは未来への約束 降臨せよ――《イオ》!」


 溢れ出した膨大な魔力が、天に向かって伸びていく。

 一筋の光の柱となってジオトロに降り注ぎ、金色(こんじき)のオーラがその両手に収束されていく。

 現れしは、中央に猛き角持つ一対の巨大な盾。

 金色に煌めき、見る者を圧倒する美しさを放って。


「ワシの、『神器』は護りの力……貴様らに、……貴様らなんぞに……『未来』は渡さんぞぉぉ!」


 倒す事が出来なくとも、倒れる訳にはいかない。

 子供達(未来)を護る為ならば、例え死すとも本望だ。


「……いくぞ! 《聖域(サンクチュアリ) 》!」


 ドーム状に展開された白銀のオーラ。

 すると、精霊族はゆっくりと全体に視線を送る。

 最早笑い声は聞こえない。


「喰らえ! 《金牛双破(アルデバラン) 》!」


 盾に全霊の魔力を込め、地面に振り下ろす。

 すると、猛る角持つ2頭の金牛が現れ、精霊族に突進を仕掛けた。


「……護レ、《サラマンダー》」


 展開された4つの炎が、再び蜥蜴の姿となる。

 そして、咆哮を上げる金牛と、大気を焦がす火蜥蜴が、聖域の中央で衝突した。



 怒轟ッッッッ!!



「……グゥ……!」


 爆音の後、膝を付いたのは精霊族だった。

 猛る角に貫かれ、腹に大きな穴を空けている。

 だが、直ぐに炎で埋めると、ジオトロを見据えた。

 目鼻は無いが、その顔には笑みが浮かんでいる様に見える。


「称賛……侮ッテイタ。『聖域』、面白イ。『金牛双破』、面白イ。金時計……面白イ!」


 宙に浮かび上がり、天高く手を突き出した精霊族。

 先程とはまるで違う質のオーラが迸り、強大な力の渦が聖域の中を埋め尽くしていく。

 世界の何よりも紅く滾る魔力は、やがて人型を成したのだ。


「敬意。我ガ名ハ、アギ=ラー。深淵教団大司教ニシテ、【爆炎】ヲ冠スル者ナリ」


 この時、ジオトロはふっと微笑みを零す。

 それは、とうとうアギ=ラーが名乗った事に対するものなのか……それとも、凶々しい力の波動を放つ『上位精霊』の姿をみたからなのか。


「感嘆。ソノ素晴ラシイ(チカラ)ト、想イニ答エヨウ。暴虐ノ限リヲ尽クセ、《イフリート》」


 生み出した魔人を、ジオトロ目掛けて解き放つ。


「後を、頼んだぞ……イル、ロゥパ、エノン。さぁ来い……何人も此処は通さんぞぉぉ!!」


 迫り来る凶炎に臆する事無く、ジオトロは全ての魔力を盾に込めた。

 命を賭して、子供達を護る為に――



「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」



 煉獄の炎を纏いし魔人が体に覆い被さると、凄まじい悲鳴を上げるジオトロ。

 しかし、アギ=ラーは容赦しない。

 同時にサラマンダーを投げ付けたのだ。

 更に爆発に見舞われ、ジオトロを火柱の渦に閉じ込める。


 圧倒的な炎で充満した聖域内。

 すると、ドームの天井にピシリと亀裂が入り、徐々に砕け散っていったのだ。


「……見事」


 解放された黒煙が噴き出す中、アギ=ラーは心からの賛辞を述べた。

 その目に映るは、全身が熔岩の様に焼け爛れた1人の男。

 天を仰ぎ、意識を失いながらも、決して倒れなかった男の姿。

 正に【不沈】、語られるべき戦士の最期だ。


「敬愛。ジオトロ・タッカン……永久(トワ)ニソノ名ヲ記憶シヨウ」


 アギ=ラーは、両手を天高く掲げた。

 最大の敬意と称賛を持って、意志を貫き通した【不沈の剛角】を葬る為に。


「輪廻ニ還レ、《フェニックス》」


 最大に込められた魔力は、巨大な火の鳥の姿となり、燃え盛る翼をはためかせ、夜空へ飛翔する。

 そして、最後の灯火を刈り取る為、(いななき)を上げながら急降下を開始した――



「世界を回れ 海流の果て 万物の始祖――《オケアノス》」



 瞬間、円形の巨大な水晶がタワーの前に現れる。

 そして、一本の激流が飛び出し、フェニックスを引き摺り込んでしまったのだ。

 水晶の中の凄まじい濁流に呑まれた火の鳥は、あっという間にその姿を消した。


 加えて、水晶が破裂すると、大洪水となって燃え盛る大地を消火していく。

 ふわりと宙に浮いて大洪水を回避したアギ=ラーは、突如として放たれた『超越級魔法』の使い手を見据えた。


「疑問。誰ダ?」


 その者は、黒焦げになったジオトロを寝かせ、治癒魔法を掛けている。


「……暫く迷宮に籠もればこれだ。精霊族、知っている事を全て吐け」


 月に照らされ、美しく光る翠色の髪と瞳。

 着ているローブは少し汚れ、顔にも疲労が見て取れるが、溢れ出すオーラは圧巻の一言だ。


「……疑――」

「聞こえなかったのか? 五体満足の内に全て吐け。そうすれば、後は楽に葬ってやる。このドワーフの代わりにな」


「不明。オ前ハ、ジオトロヲ知ッテイル?」


「知らん。だが、仲……知り合いの同族の仇は討って当然だろう?」


 翠色の瞳を怪しく光らせ、男は不敵に笑った。

 この時、アギ=ラーは歓喜する。

 この男は強い……それも、相当な手練れだ。

 纏う魔力、迸るオーラ、そして醸し出す雰囲気全てが、そう告げている。


「敬意。我ガ名ハ、アギ=ラー。オ前の名ハ?」


「……エルディン・パララスィカ」


 そう、窮地のジオトロを救ったのは、エルフ族きっての大魔導士、【翡翠の魔剣士】である。

 迷宮から何日振りに帰ってきた所、巨大な魔力反応を幾つも感知し、即座に外へ出て来たという訳だ。

 ランサリオン全域の戦い、そして目の前の状況から、瞬時に顛末を把握している。


「もう一度だけ言うぞ……知っている事を全て吐け」


「愚問。(チカラ)デ示――」

「そうしよう」


 言うが先か、エルディンの手から一瞬にして濁流が躍り出る。

 しかし、アギ=ラーも更に上空に飛んで、回避して見せた。


「歓喜。爆ゼロ、《ハイサラマンダー》」


「下らんな……《ハイドロカノン》」


 ぶつかり合う紅と蒼の魔力の波動。

 元英雄の一向と深淵教団大司教、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ