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第30話 【神憑の金毛】と【麗姫たる大海】

 タワー地下5階・『訓練場』――



「今行くから! ちょっと待って〜〜!」


 広大なスペースを持つ『訓練場』は、天井から壁、床に至るまで全て加工アダマンタイトで作られており、強度・魔法耐性共に申し分無い。

 ランクの高い冒険者同士が模擬戦を行なっても、傷すら付かない造りとなっている。

 加えて、地下数十mに位置する事で、外部からの干渉も非常に受けにくい。

 これらを理由に、緊急時の避難場所に指定されていた。


「あっ! そんな事しちゃダメだって〜!」


 此処に入るには、タワーから階段を下って来るしか無いが、各階にはAランク以上の冒険者とギルド職員が陣取っている。

 4階フロアと階段を守っているのは、リナインとSランククラン【不沈戦団】だ。


「あぁ!? 危ないよ〜!」


 更に、タワー全体をイル=ターが、入り口をジオトロが、それぞれ守護している。

 そして、中には金時計2人が待ち受けているという、鉄壁の布陣。

 これが、子供達を護るのに最善の策なのは間違いない。

 間違い無いのだが……大人達の想いとは裏腹に、今現在訓練場は大きな問題に直面していた。


「ほーらー! 走らなーい!」


「へっへーん! つかまえてみろ〜」


 走り回る獣人族の男の子と、それを必死に追い回す待機所職員。


「ねぇ〜、おなかすいたー」


「さっきご飯食べたでしょ!?」


 酒場の看板娘の服を引っ張りながら、おねだりをする人族の男の子。


「なによっ!」


「なんだよっ!」


「喧嘩しないで仲良くして〜!!」


 ドワーフ族とエルフ族の女の子達が、些細な事で言い合いを始めてしまった。

 受付嬢が仲裁に入るが、火花は一向に収まらない。


 避難した子供達の数は数千人。

 対して、それを預かる大人の数は受付嬢、酒場職員、待機所職員と乳児を持つ親達と100人に満たない。

 この人数では、興奮した子供達を御しきれる訳が無かった。


 10歳を超えた子供達も協力しながら、小さい子達の面倒を見るが、とても追いつかない。

 3〜5歳までの幼児達のそのエネルギーたるや、さながら小さな怪獣だ。

 更に、そこに拍車を掛けている者が1人――



「あははっ! もっと吠えるんだゾ! ワオーーーン!!」



「「「わおーーーーん!!」」」



 これが見本だと言わんばかりに、大きな遠吠えをしているのは、白銀の狼の毛皮を被った子供。

 それにつられて、真似をする小さな子供達の一団。


「ちょっとロゥパさん! 寝てる子が起きちゃ――」

「うわぁぁぁぁぁん!!」


 受付嬢は大きな大きな溜息を吐くと、泣いた子供の元へ駆けて行く。

 すると、ロゥパの顔に悪戯な笑みが浮かんだ。


「うるさい奴は消えたゾ! よし、もう一度! ワ――」

「やめろって言ってんだろ!」



 怒轟ッッ!!



「いっっっったぁ〜! 母ちゃん痛いゾ〜!」


 チャンスとばかりに遠吠えを上げようとした時、特大の拳骨が飛来した。

 被っている狼の顔がぐにゃりと曲がり、必死に頭を摩るロゥパ。


「アンタがアホな事しかしないからだよ! 遊んでないでしっかり仕事しなっ!」


 〜タバサ・マッケンジー

 全施設包括総料理長、人族〜


 大きな一つのお団子に纏め上げている髪は、少し白髪の混じった茶色。

 海の様な深い青色の瞳は、厳しくも温かな光を帯びている。

 目の前の幼い狼を叱りつつも、小さく笑みを零す皺の入った頬。

 年季の入ったエプロンが似合う、恰幅の良い大柄な体格。

 その容姿と、豪快で面倒見の良い性格から、『ギルドの母』と呼ばれ親しまれていた。


「う〜……だってつまんない! ロゥパも外で戦いたかったゾ!」


 〜【神憑(かみつき)の金毛】ロゥパ・イニビト

 SSランク冒険者、獣人族。

 司るは、予感〜


 白銀に輝く艶やかな狼の毛皮を頭から被り、派手な飾りの付いた民族衣装に身を包む褐色の肌。

 蒼と碧のオッドアイは、数多ある宝石さえ霞む程に美しい。

『狼』を祖とする、珍しい一族の出身である。


 加えて、若干10歳にして『金時計』に選ばれ、ギルド内現役唯一のS()S()()()()という、飛び抜けた才能の持ち主だ。

 天才と言われるトリーチェやレミアナをも凌ぐ、正しく才能に愛された才能の塊。

 しかし、精神年齢が非常に幼く、自由奔放な性格の為、周りの大人―実際、人は限られるが―によく叱られている。


「ここを護るのが仕事だろう? しっかりやんな。それにアンタも……ほらほら! 向こう行ってな」


「う〜! 分かったゾぉ……あ〜ぁ、ロゥパも外に行きたいゾ〜」


 タバサに諭されたロゥパは、頭の後ろで腕を組みながら、てくてくと歩いて行く。

 しかしその顔には、何処か嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。


『それにアンタも、まだまだ子供なんだから』


 此処まで出掛かった言葉を飲み込んだタバサ。

 ロゥパは強い……呆れる程に、圧倒的に、誰もが認める程に。

 だが、まだまだ子供だ。

 しかし、本来護るべき存在であるロゥパに頼らなければならない事が、タバサは歯痒かったのだ。


(ちち……)


 そんな2人のやりとりを、静かに見つめる紅い瞳。

 不細工な顔のフードを被り、大人しく床に座る小さな小さな女の子。

 グレナダである。


(あいたいのだ……)


 2人の互いを想う愛を感じて、ちちの笑顔が頭を過る。

 知らない場所に1人で居るのはとても不安だが、預ける時のラディオは真剣そのもの。

 それを理解しているからこそ、我儘を言わずに此処に居るグレナダ。

 でも、やはり寂しい気持ちは抑えられない……膝の上で丸くなっている家族を、堪らずギュッと抱き締める。


「……にゃ〜」


 すると、小さな肩に前足を置き、震える頬を一生懸命舐め始めたニャルコフ。

 その優しさが、グレナダの眉根をクシャリと寄せさせた瞬間――



「「「うわぁ……!!」」」



 突如、激しい揺れに襲われた訓練場。

 騒いでいた子供達の動きがピタリと止まり、図らずも静寂が訪れる――



「……うぅ……うぇぇぇぇん!」


「……うわぁ〜〜ん……!」


「「「うわぁぁぁぁぁぁん!!」」」



 が、それも束の間。

 揺れによって、無意識に隠そうとしていた不安が一気に溢れ出して来る。

 1人が泣き始めたら、後はもう数珠繋ぎ。

 大人達も必死に落ち着かせようとするが、訓練場は一気に大混乱に見舞われてしまった。


(ちち…………ちちぃ……!)


 それは此方も同じ。

 瞳に涙を一杯に浮かべたグレナダ。

 すると、ニャルコフを抱え、階段の方へ駆け出してしまう。


(ちち……! ちち……!)


 一刻も早くラディオに会いたかった。

 いつもの笑顔を見て、頭を撫でてもらって、ギュッと抱き締めて欲しかった。

 だが、子供達の間を縫う様に走っていると、1人の女が眼前に舞い降りる。


「どこ、行くの? 出ちゃ、ダメ」


 道を塞ぐ様にしゃがみ込むと、膝に置いた腕の上に顎を乗せながら、じっと見つめて来る桃色の瞳。

 ラディオにも『言う事を良く聞いて、待っててね』と言われていたグレナダは、ニャルコフを抱き締めながら俯いてしまう。


「……ひぐっ……」


「大丈夫、ここに居て。心配、無いから」


 〜【麗姫たる大海】エノヴィア・セーリオン

 ギルドマスター側仕え、ダークエルフ族。

 司るは、愛〜


 大振りなサイドテールで纏めた、舞い散る雪の様な純白の髪。

 ダークエルフ特有の褐色の肌、淡い色彩の桃色の瞳。

 エルフ族の例に漏れず、彫刻の様に整った美しい顔……しかし、無表情。

 合わせて無感情な口調の為、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのだが――



「ちち……ぐすっ……ちち……」



 俯いた幼女から零れる涙を見た途端、それは一変する。

 優しく頭を撫でてくれたエノヴィアは、無表情の筈なのに、柔らかな微笑みを携えている様に見えたのだ。

 加えて、溢れ出る温かな安心感がグレナダへ伝わっていく。


「大丈夫、大――何か、あった?」


 その時、エノヴィアの視線が天井に移った。

 見ると、青白い光が巨大な渦となっているではないか。

 気付いた子供達からも、悲鳴が上がる。

 渦は段々と形を成していくと、やがて巨大な顔を浮かび上がらせた。


「やめて、イル。子供達、怖がるから」


「ふむ……これはすまない。だが、事態は急を要する」


 現れたのはイル=ターだった。

 無表情な筈のエノヴィアの瞳に、少し怒りが灯る。

 全体を見渡した青白い顔も同じく無表情だが、此方も少し気不味そうにしているのが見て取れた。

 それを気にしたのか、イル=ターが徐に語り掛ける。


「……子供達よ、怖がる必要は無い。我は金時計が一人、名をイ――」

「お、お、おばけぇぇぇぇ!!」


「おばけだぁぁぁぁ!!」


「おばけどっかいけぇぇぇ!!」


 しかし、言葉は遮られ、子供達の大合唱が始まってしまった。


「……的を射ている」


「あはははっ! イル面白いっ! 面白いっ!」


 更に気不味い空気を出したイル=ターを指差しながら、床で転げ回って笑うロゥパ。


「用件、何? タワー、守って」


「ふむ、その心配は無用だ。だが、何方かに外に向かって貰いたい。我の本体は、監獄の防衛で動けない」


「理由、教えて?」


「ジオトロの灯火が消え掛かっている。厄介な敵が現れたのだ」


 エノヴィアの瞳が鋭さを増した。

 金時計きっての壁役が、死にかかっているなんて……一体どれ程の敵なのか。


「分かった、行くよ。ロゥパ、エノンがい――」

「ロゥパが行く! う〜! やっと戦えるんだゾ!」


 真っ白な尻尾をブンブン振りながら、四つん這いになって喜ぶロゥパ。

 無邪気に笑っているが、その瞳にはギラギラした闘志が燃え上がっている。

 確かに、ロゥパが行けば負ける事は無いだろう。

 単体の戦闘能力で言えば、金時計の中で最強なのだから。

 少し考えてから、エノヴィアもゆっくりと頷く。


「ふむ、ではロゥパに……いや、待て。これは…………事態が動いた。2人はこのまま、守護に努めてくれ」


「えぇーー!? ロゥパ外に行きたいゾ!!」


「その必要は無くなった」


「行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行き――」

「駄目だ」


 騒ぐ狼を一蹴し、さっさと消え去っていったイル=ター。

 もう最高潮に不機嫌となったロゥパは、毛皮に包まり床にふて寝してしまう始末。

 加えて、エノヴィアの瞳にも、先程より濃い怒りが浮かんでいる。

 只子供達を怖がらせただけではないか。


「イル、後でお説教……大丈夫、怖くない。待ってて、良いものあるから。《スターダスト・カーテン》」


 天井に釘付けになりながら、足にしがみついていたグレナダに向かって、優しく声を掛けるエノヴィア。

 そして、全身から柔らかなオーラを迸らせ、優雅に両手を泳がせ始める。

 すると、手の動きに合わせ、部屋全体が漆黒に包まれていくのだ。

 子供達の動きが再び止まるが――



「うわぁ……!」


「きれい〜♡」


「ういてる! ぼくおそらにういてるよ!」



 聞こえて来たのは無邪気な声だった。

 漆黒に包まれて直ぐ、宙から降り注いだ星屑の煌めき。

 気付けば其処はもう、満天の星空。

 まるで星の海に潜った様な感覚に、子供達は瞳を輝かせて喜んでいる。


「……おほしさま、きれいなのだ♡」


 星を掴む様に手を伸ばし、ニコッと笑顔を咲かせたグレナダ。

 それを見たエノヴィアは、再び手を振り上げる。

 すると、数千人の体がふわりと浮かび上がり、何やら床からゴソゴソと音が響いて来た。


「これで、終わり。皆で、眠ろう?」


「あい?……うわぁ……! あったかいのだ」


 降ろされた数千人が、先程とは違う感触に微笑みを零す。

 《テレキネシス》で浮かばせている間に、隅に積まれていた布団を床に敷き詰めたのだ。

 星空のシーツに寝転んだ子供達は、皆落ち着いた表情を見せる。


「〜〜〜〜♪」


 すると、ゆっくりと瞼を閉じたエノヴィアが、それはそれは美しい声で音色を奏で始めた。

 穏やかで優しい、川のせせらぎの様に落ち着いたメロディ。

 満天の星空と相まった歌声は、大きな安心感で部屋を包んで行く。


「ちち……ち、ち……スー……スー」


 グレナダに、先程までの不安はもう無い。

 ニャルコフと共に、今は大好きなちちの腕の中に居る……そんな温かさに包まれて、程無く眠りに落ちていく。


(……ふふっ)


 その姿を見て、ハッキリと微笑んだエノヴィア。

 訓練場が子供達の寝息で満たされていく中、大人達も踏ん張り所だと駆け回る。


「〜〜〜〜♪」


「むにゃむにゃ……もう、食べらんないゾ……」


 外で戦う仲間の為にも、子供達は必ず護り切る。

 幼い命が抱える不安も恐怖も、全て跳ね除けて見せる。

 変わらぬ覚悟を胸に据え、この命を賭して。

 その為に優しい歌声を響かせ続けるエノヴィアは、正しく『愛』を司る金時計。

 その想いに呼応する様に、子供達は安らかな寝顔を浮かべていた。



 ▽▼▽



 下段中央・『大広場』――



「おらぁぁ! う〜ん、ちょーっと数が多いわねぇ〜ん……うらぁぁ!」


 歩兵達を相手に、奮戦していたドレイオス達。

 力は彼等の方が上だが、頭数の違いから多少の疲労が蓄積されている。


「あぁ〜ん! これじゃあ埒が明かないじゃなぁ〜いん! どりゃぁぁ!!」


 この時、ドレイオスは部下に気を配りながらも、各所の仲間の事を案じていた。

 特に心配なのは、爆音が轟いたタワー方向と、因縁を持つ教会方向だ。

 それに、()()()()()()()()()気に掛かる。


「どぅりゃぁぁぁぁ! あらん? あららぁん!」


 その時、中段から緑色のオーラが迸るのが見えた。

 すると、ドレイオスから大きな溜息が漏れ出る。


「んもぉ〜ん! 仕事に掛かるのが遅いのよぉ〜ん!」


 腰に手を当て、プリプリしながら中段の様子を伺う。

 ウォールが出現し、純白の何かが飛び降りると、倒れていた群衆も起き上がり、一斉にローブを脱ぎ捨て、隊列を組み始める。


 ドレイオスはやれやれと首を振ると、一歩後退し体の軸をズラす。

 そのまま、鋼の筋肉で迫っていた歩兵を羽交い締めにした。


「ホントにレクちゃんたらぁ〜ん!」


 何ら動じる事無く小言を言いながら、締め上げている歩兵の顔に強烈な拳を叩き込むと、大きな破裂音と共に粉々に吹き飛んだ。


「キキキキキキッ!」


 その時、青い体の小さなゴブリンが、ドレイオスの足元に疾風の如く駆けて来たでは無いか。

 アレクサンディアスの伝令役、『ゴブリンランナー』である。


『やぁ、レイちゃ〜ん! ちょっとやる気になったから、僕ちゃん其方に向かうよ〜』


 渡された魔石を通して、飄々とした声が響いて来る。


「ちょっとちょっとちょっとぉん! もっと早くしなさいなぁ〜ん!」


『ごめんねぇ〜。そうそう、治安部隊とクラン借りても良いかなぁ?』


 ウォーキーが本来の力を発揮し始めてから、大広場の戦況は一気に変わった。

 溢れていた歩兵達は大広場から追いやられ、治安部隊とチームの面々が、一息つけるまでになっていたのだ。


「アタシも、行きたい所があったのよぉん。この子達の事、宜しくねぇん」


『りょーかいっ……気を付けろよ』


 ドレイオスはふっと微笑むと、魔石をランナーに渡す。

 そして、部下達に【勇将】が来る事を口早く伝えると、別の場所へ駆けて行った。

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