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第29話 【勇将の先導】と【六宮の王権】

(くそっ……くそっ……くそぉぉ!!)


 上空で繰り広げられる、人知を超えた戦いから離れた人影。

 いや……逃げたと言われても、何も言えない。

 その歯痒さから、後方を苦々しく見つめるが、何時迄も引き摺ってはいられない。


(……タワーへはアギ、上級魔法を撃ち放った奴にはレネンティム、ならば俺は……教会だ!)


 オウヨウの次に懸念される金時計には、既に他の大司教が向かった。

 となれば、異常な魔力反応を見せる教会を潰すのが、自身の役目。

 少しでも汚名を削ぎ、有用性を誇示する為に。


「死魂の宝珠よ 我が力に呼応し 群がる屍を召喚せしめん――《深淵歩兵》!」


 再度魔力を撃ち放つと、宝珠から真っ黒な粘液が滴り始めた。

 ランサリオン全域に散布されたそれは、徐々にその形を成していく。


「アァ……アァ……」


 現れたのは、夥しい数の人型モンスター。

 焦点の合わない濁りきった瞳、青白くひび割れた肌。

 近くの生命に反応し攻撃するだけの、自我無き捨て駒だ。


「歩兵共、1人残らず喰らい尽くせッ!」


 すると、下段・中段に平伏したままの群衆に、即座に襲い掛かる歩兵。

 見た目とは裏腹な敏捷性と耐久力に、たちまち大混乱となっていく。


「まだ終わりではないぞ! 死魂の宝珠よ 我が力に呼応し 無情の石翼を召喚せしめん――《ガーゴイル》!」


 三度の魔力を受け、空に撒き散らされた粘液は、歪な翼持つモンスターへ変化した。

 大きな耳に、醜悪な顔、鋭い牙と筋肉の盛り上がった四肢、強靭な体躯。

 そして、目を引くのは歪な両翼。

 空中尖兵であるガーゴイルの群れが、ランサリオンの空を覆い尽くしていく。


 しかし、これで金時計をどうこうしようとは、さらさら思っていない。

 自分達の目的が達成される迄の、時間稼ぎが出来ればそれで良い。


「……精々足掻け、ランサリオン」


 フードを取り去った人影は、教会へ飛び去っていく。

 その瞳に、滾る怒りを燻らせながら。



 ▽▼▽



 中段中央・『見晴台』――



「う〜ん、数が多いねぇ。どうしよっかなぁ〜」


 とは言いつつ、召喚されたモンスターと群衆の戦いを、アレクサンディアスは見ているだけ。

 未だに中段の柵から動かず、2人の女を横に侍らせたままで。


 この時点で、歩兵とガーゴイルの数は、優に1万を超えている。

 対して、此方は金時計と治安部隊、Aランククランの合わせて数十人。

 数の差は、火を見るよりも明らかだった。


「……ふ〜ん」


 すると、アレクサンディアスは中折れ帽を指で弾き、全体の戦況をつぶさに観察し始めた。

 タワー前、娼館街、宿場街、教会、そして上空……各所で派手な動きが出て来ている。


「となるとぉ〜、やっぱり僕ちゃんの相手はコイツらって事〜? つまんないなぁ〜。そうは思わないかい?」


 肩を竦め、やれやれと首を振りながら、両隣に侍る女2人に問い掛けた。

 しかし、女達は『何に悩んでいるのか分からない』、といった様子で首を傾げる。

 だが、良く見れば、アレクサンディアスの瞳は鋭く光っていた。


「娼館街、宿場街は問題無い……だが、タワーと教会は不味いかもな……それに、大広場もそろそろか」


 ボソボソと呟きながら、全体に視線を走らせる。

 それと同時に腕を振る姿は、さながらオーケストラの指揮者の様だ。

 その時――



「ギィシャァァ――ガッ……!」



 1体のガーゴイルが猛烈な勢いで突進して来た……いや、しようとしていた。

 しかし、何かに脳天を貫かれ絶命すると、地面へ落下していく。

 アレクサンディアスは見向きもしなかったのだが。


「さてさて、どうするかねぇ〜……ん?」


 顎を指で叩きながら、戦況を眺めるアレクサンディアス。

 悠長に構えているが、既に数百という数の歩兵に囲まれていた。

 その時、1体の歩兵が此方目掛けて飛び出して来た。


「アァァァァ!――グギャッ!」


 しかし、到達する前に、女の回し蹴りによって首を落とされる。

 すると、其方を見る事無く、アレクサンディアスは中折れ帽を深く被り直した。


「……ちょっとやる気出ちゃったかもなぁ〜」


 落とされた首は、石の様にひび割れた肌で、瞳も濁りきっている。

 だが、煌々と燃える様な赤い髪だけは、嫌でも目に付いた。

 倒れ伏した残骸が黒い砂と化す中、アレクサンディアスが女の肩に手を乗せる。


「タマラ、テクラ、準備は良いかい?」


 すると、女は陶酔しきった瞳でしっかりと頷いた。


「オーケー、じゃあ《行進(マーチ) 》から行くよ!」


 そう言うと、アレクサンディアスは地面に手を付き逆立ちの状態になった。

 そして、腕に捻りを加え、女の比にならない速度で回転蹴りを放つ。

 その衝撃は凄まじく、捉えた首を撥ねる所か、数十という歩兵を薙ぎ倒したのだ。


「先ずは《ウォール》をお願いね〜」


 すると、2人が人語ではない言葉で詠唱を始めたのだ。

 瞳は眩い光を放ち、全身から莫大なオーラが溢れ出す。

 その時、不穏な空気を察知したガーゴイルが、2人目掛けて急降下を開始した。

 ギラリと光る鉤爪を振りかざして――



「グォォォォォォ!」



 瞬間、ガーゴイル達を襲ったのは、強烈な圧迫感と破裂音だった。

 同時に、迫っていた歩兵も、全て押し潰されている。


「流石だねぇ〜」


 満足気に見上げたアレクサンディアスの目に映るのは、5mはあろかという長身のモンスター。

 分厚く頑強な皮膚を持つ体躯、壁の様に平たく変形した巨大な手、下顎から上に向かって突き出た牙が鋭く光る。

 一見するとトロールにも見えるこのモンスターの名は、《ゴブリンウォール》。

 歩兵達も一瞬にして屠ったウォール6体は、円を描いてアレクサンディアス達を囲むと、両手を繋ぎ合わせて防護壁を作り出す。


「次は《メイジ》と行こうか〜。《ウォーキー》達は戦闘陣形に移行!」


 タマラ達から、再びオーラが迸る。

 すると、各所に杖を携えた鉤鼻のゴブリンが出現したのだ。

 更に、やられていた群衆達が起き上がり、一斉にローブを脱ぎ捨てる。

 姿を現したのは、やはりゴブリンだった。


 腰に下げた長剣を構え、美しい隊列を生成していくウォーキーの軍団。

 先程までとはまるで違う統率の取れた動きと、的確な剣捌き。

 鍛えられた剣士の様なウォーキー達は、あっという間に形成を逆転してしまった。


「良いよ〜! 仕上げに《アサルト》で、中央から端へと押し進めるんだ。僕ちゃんは、大広場で指揮を取るからね〜」


 ウォールを飛び越え、下段へ舞い降りながら、アレクサンディアスはタマラ達にウインクを投げる。

 すると、嬉しそうにハニカム2人から、更に圧倒的な魔力が溢れ出すのだ。

 瞬間、ウォーキーの倍の体格を持ち、腕が異常に大きく太く発達した《ゴブリンアサルト》の軍団が現れる。


 此方も綺麗に隊列を組むと、ウォールを中心として、左右に向かって歩兵を殲滅しながら進軍を始める。

 その後ろには、杖を持ったメイジが続き、空中のガーゴイルに邪魔をさせない。


 中段の掃討はこれで片がつく。

 アレクサンディアスはそう確信し、落下している方を向いた。

 中折れ帽を押さえながら、下段の戦況を確認するその顔に、もうニヒルな笑みは浮かんでいない。


「僕ちゃんのやる気に火を付けた事を後悔しろよ、深淵教団……さぁ、《行進》の始まりだ!」


 タマラとテクラが生み出すゴブリンは、今や5千を超えている。

 これだけの能力を持つ彼女達は、一体何者なのか――



 ゴブリンは、雄しか生まれない。

 その為、人里から女を攫い子を産ませる。

 人々はそう教えられ、現実としてゴブリン達もこの行為に及んでいた。


 しかし、実は数百年置きに数千万分の一の確率で、雌が産まれる事がある。

 美しい容姿を持ち、人語を理解する知性とズバ抜けた身体能力を有するのだ。

 生まれた瞬間から他のゴブリンとは隔絶した、種の頂点に君臨する存在である。


 故に、雌個体は【ゴブリンクイーン】と呼ばれている。

 そんな超希少なクイーンの中で、タマラとテクラは更に希少な双子として生を受けた。


 クイーンをクイーンたらしめる最たる能力は、『同族の召喚』。

 何と、雌は全てのゴブリンを自在に使役出来るのだ。

 そして、最下級のウォーキーであれば、タマラ達は万単位で召喚出来てしまう。

 1人につき、万単位である。


 しかも、召喚したゴブリン達は、一様にスキル《団結》を有している。

 これは、同じスキルを持つ者が多ければ多い程、自身の能力を向上させるというもの。

 万単位の頭数が、相乗効果のあるスキルを持つ……これは、単純に考えても途方も無い戦力である。


 10数年前のタマラ達との邂逅。

 その奇跡が、ズバ抜けた指揮能力を有していた男に、圧倒的な軍事力を授けた。

 こうして、【勇将の先導】アレクサンディアス・シルトニアが生まれたのである。



 ▽▼▽



  中段左側・『娼館街』――



 いつもは煌びやかなネオン街。

 しかし今、店の戸は閉じられ、夜風に揺れる提灯が、淡い光を落とし込む街道。

 数多の歩兵が蠢くその光景は、さながらあの世とこの世を隔てる境界線に見えた。

 其処へ――



「何だ何だぁ〜! 人っ子一人居ねぇじゃねぇか〜!」



 降り立ったのは黒いフードの男、散らばった教団の1人である。

 ガランとした街道を見やり、つまらなそうに愚痴を零す。


「確か此処は『娼館街』だよなぁ? 女を剥きに来たってのによぉ! おいっ、雑兵共! まさかテメェらが喰っちまったんじゃねぇだろうなぁ!」


 下劣な目的を声高に叫びながら、手近の歩兵を蹴り上げる。

 だがその時、街道の奥から此方に向かって来る、朧げな白い影が目に入った。


「ん〜?……おぉ、おぉぉぉぉ! かなりの上玉だぜ〜!」


 影を視認した男が、歓喜の雄叫びを上げる。

 歩いて来たのは、白蠟の肌を持つ、紫陽花色の髪をした1人の女。

 肩紐が緩み切ったワンピースを身に纏い、体の至る所に包帯を巻き付けた出で立ち。

 そう、アニエーラだ。


「お前は剥いて犯してやるからよ〜! ヒャヒャ〜!」


「…………」


 男は下卑た笑みを浮かべながら、指で卑猥な動きを表す。

 だが、無言無反応のまま歩いて来るアニエーラの態度に、男は苛立ちを募らせた。


「ちっ! 俺は泣き叫ぶ顔が見てぇんだよぉぉ! 何とか言えよ女ぁぁぁぁ!」


「…………」


「くっ……この野郎ぉ! 絶対に犯してやるからなぁ! 泣き喚く顔をぐちゃぐちゃに潰して、犯し続けてやるからなぁぁぁ! 《ライトニング》!」


 捻じ曲がった思考とは裏腹に、俊敏な動作で一本の雷を撃ち放った男。

 すると、その攻撃はアニエーラをまともに捉えたのだ。

 白蠟の胸に黄金色の雷が突き刺さり、全身に焼け付く様な電流が走る。


「ヒャヒャヒャ〜! どうだ、俺様の力は! 雑兵共、あの女をいたぶって来い! だが! 間違っても殺すんじゃねぇぞぉぉ!」


 周囲の歩兵とガーゴイルに命じ、攻勢を掛けた男。

 その間も、アニエーラは両膝を付き、四つん這いになって呻いている。


「良い眺めだなぁ〜。テメェの身体を嬲り尽くしてやるからなぁ〜!」


 歩兵がアニエーラの眼前に到着すると、男はフードを脱ぎ去った。

 女の柔肌が蹂躙される光景を、目に焼き付ける為に。


「ヒャヒャ〜! 雑兵共、女を剥いてこっちに……どうした?」


 異変に眉をひそめた男。

 歩兵達が腕を振り上げた瞬間、ピクリとも動かなくなったのだ。

 空を舞うガーゴイルも同様に。


「おいっ! 言われた通りにし――何だ!?」


 男の叫びも虚しく、歩兵達は動かない。

 いや……良く見ると、小刻みに震えているではないか。

 見た事も無い動きに戸惑っていると、震えは段々激しくなっていく。

 やがて、途轍も無い痙攣を起こしながら、次々に地面に倒れていく歩兵達。

 見上げる間もなく、ガーゴイルも全て落下して来た。


「ぷはっ……足りないかもぉ」


 すると、アニエーラがゆっくりと立ち上がった。

 口から垂れる涎を拭いもせず、ゆらゆらと此方へ歩いてくる。


「何だお前……何しやがったぁ!?」


 男が焦るのも無理はない。

『深淵歩兵』は、死者の魂を媒介に作られた、ゾンビに近い存在である。

 故に、麻痺や毒などの状態異常になる事が無い。

 だが、地面に倒れ伏している歩兵達は、明らかに『異常』な動きをしているのだ。


「雑兵共! 盾になって時間を――うわぁぁ!?」


 近くに居た歩兵の首根っこを掴んだ男が、情け無い悲鳴を上げた。

 いつの間にか同じ痙攣を起こしていた歩兵の後頭部から、頭蓋を突き破って蛆虫が飛び出して来たのだ。

 人差し指程もある、棘塗れの体を持つ蛆虫が。


 歩兵達は状態異常になったのでは無い。

 アニエーラが吐き出した蛆虫が脳内に入り込み、食い散らかしてしまったのだ。


「やべぇ……テメェはやべぇぇぇぇ!」


 半狂乱に陥った男は、両手をアニエーラに向かって突き出した。


「死ねぇぇぇぇ! 《ライトニングボルト》!!」


 最大の魔力を込めて、雷球を撃ち放つ。

 先程とは比べ物にならない閃光を発しながら、大気を震わせる衝撃がアニエーラを襲った――



「……ふふっ♡」


「何でだぁぁぁぁぁぁ!?」



 しかし、期待した結果にはならなかった。

 倒れもせず、普通に歩いて来るアニエーラ。

 それ所か、裂けたかと思う程頬を吊り上げ、涎を垂らしながら、瞳を恍惚に染め上げている。


「あ、あり得ないぃぃぃぃ! くくく来るなぁぁぁ! ライトニングボルトライトニングボルトライトニングボルトライトニングボルトライトニングボルトォォォォ!!」


 恐怖で我を失った男は、魔法を連発しようとしたが、何も起こらない。

 先程の一撃で、ほぼ全ての魔力を使ってしまったのだ。


「足りないかも……もっと痛いのが良いかもぉ♡」


 アニエーラは歩を止め、嬉しそうに微笑むと、両手を広げて攻撃を待った。


「…………つまんないかも」


 しかし、一向に快楽(いたみ)は襲ってこない。

 金色の瞳孔が光る漆黒の瞳に、怒りが浮かぶ。


「……もう要らないかもぉ」


「はぁ……はぁ……テメェ何なんだ……テメェ何なんだよぉぉぉぉ!?」


 すると、肩紐を外し、ワンピースを脱ぎ始めたアニエーラ。

 それを見た男は、体の震えが止まらなくなってしまった。

 その視線は、露わになったたわわな胸……の下、鋭利な牙が閉じている様な、縦向きの口が付いた腹に向けられている。


「ふふっ……おいで、【アビディピード】」


 すると、アニエーラの下腹部がボコボコと蠢き始め、牙が全開となる。

 そして、底の見えない禍々しい穴から、無数の脚を持つ影が、物凄い勢いで這い出して来たのだ。


「あぁ……元気な子かもぉ♡」


 それは、全長30mはあろうかという巨大な百足。

 黒々と光る体、毒々しい紫色の長い触角、何百という数の夥しい脚。

 まるで斧の様な鋏をガチガチと鳴らし、アニエーラの足元を尾で丸く包み込む。


「痛いのくれないから、食べちゃって良いかもぉ」


「あぁ……あぁぁぁぁぁ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ――!!」


 それからは一瞬だった。

 男の眼前に頭を伸ばした百足は、強靭な顎で男の上半身を食い千切ったのだ。

 残された半身が、バランスを失い崩れ落ちる寸前、其方も綺麗に平らげて。

 食事が終わると、百足は頭を下げて、母をその上に座らせた。


「街を舐めてるかも。負ける訳無いかもぉ。ねっ、ピード」


 アニエーラは我が子の頭を撫でながら、不満気にそう呟くと、カサカサと次の場所に向かった。

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