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第28話 故に、我ら『金時計』

「ちちー! じゅんびできたのだ〜!」


「あぁ、行こうか」


 玄関で待っていると、犬・夏仕様の着ぐるみ姿で、グレナダが駆けて来た。


「最初にギルドに行くからね。その後は、お姉さん達の言う事を良く聞いて。父は、少しお仕事があるんだ」


 ニコニコしながら、うんうんと頷くグレナダ。

 頭を撫でられ、とても嬉しそうにしている。


「レミアナとカリシャはー?」


「レミアナ達も、先ずは教会でお仕事があるそうだよ。全部終わったら、合流しようね」


「あいっ♡」


 ラディオがしゃがむと、首元に抱きついて、満開の笑顔を咲かせるグレナダ。


「にゃ〜!」


 すると、少し不機嫌そうに喉を鳴らし、ニャルコフが寝室から駆けて来た。


「すまない、今日はニャルコフも一緒だったね」


「ニャルコフっ! おまつりにいくのだぁ♡」


「にゃ〜♪」


 現在の時刻は夕暮れ、開会式は日没直後に予定されている。

 ラディオは娘達を抱き上げると、少し足早に家を出た。


 開会式後は、一時入場制限がなされる迷宮とギルド。

 既に入っている者が帰還するのは勿論自由だが、新たに入る事が出来なくなる。

 職員総出で、滞りなく運営する為だ。


 生誕祭の期間は3日、1日毎に様々な出し物が予定されている。

 ドレイオス率いる治安部隊のショーは、最終日の大トリだ。

 グレナダは、そのショーを非常に楽しみにしている。


(レミアナ達は……大丈夫だろう)


 『ちちといっぱいあそぶのだっ♡』と、一生懸命話すグレナダと、時折頷いている様に見えるニャルコフ。

 そんな娘達を眺めつつ、ラディオはランサリオンへ歩いていく。

 その胸に、様々な想いを秘めながら。


 ▽▼▽



 下段中央・『大広場』――



 夕焼けが地平線に沈みかけた頃、既に大広場には山の様な人だかりが出来ていた。

 皆一様に、お祭り用の仮面とローブを身に纏い、夏に負けない熱気を放っている。

 更に、大広場にとても入りきらない人の山が、下段と中段を埋め尽くしていた。


「おいっ! あれを見ろ!」


 その時、群衆の中から声が上がる。

 大勢の視線が一斉に其方を向くと、タワーと大広場を繋ぐ跳ね橋が、ゆっくりと上がっていくではないか。


 そして、ランサリオンが黄昏に包まれた瞬間、七色の光の筋がタワーから溢れ出る。

 物凄い速度で大広場の上空に到達すると、パンッ! と破裂して無数の光の玉となったのだ。


「ウフフッ!」


「アハハッ!」


 その正体は、何万という『妖精』達。

 色取り取りの光の尾を残し、自由に飛び回る様は、さながら小さな小さな流れ星。

 群衆の視界を染める七色の輝きは、鮮やかで、幻想的で、とても美しかった。


「今度は上だ!」


 その時、群衆から再び声が上がる。

 指差された方向には、7つの人影がいつの間にか現れていた。

 皆祭典用の礼装に身を包み、凛とした佇まいで笑顔を浮かべる男女。

 そう、『金時計』である。

 すると、灰色の燕尾服を着た老紳士が、一際高く上昇した。


「お集まりの皆々様! 今日という日を迎えられた事に、真の感謝を申し上げます! 我らランサリオンの一員として、歴史ある金時計として、これ以上無い幸せに御座います!」


「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」


 会場のあちこちに置かれた拡声魔石から、オウヨウの声が響き渡れば、それを掻き消さんばかりにランサリオンが喉を枯らす。

 会場の熱気は最高潮。

 大地を揺らし、大気を鳴動させながら、万雷の拍手と共に大歓声が巻き起こる。

 すると、オウヨウは気品に満ち満ちた優雅な所作でお辞儀を返した。


「どうか! 心ゆくまでお楽しみください! ここに、『ギルド生誕祭』の開幕を宣言致し――」



 怒轟ッッッッッッ――!!



 瞬間、耳を劈く轟音が鳴り響いた。

 上段の右端から左端まで、等間隔に5箇所から大爆発が起こったのだ。

 猛烈な勢いの炎は、黄昏から茜色に空を焦がしていく。


 すると、オウヨウがゆっくりと視線を上に向けた。

 其処に居たのは、漆黒のローブに身を包む5つの人影。

 その中央に居た者が、懐から淀んだ球体を取り出し、空高く放り投げる。

 上空でピタリと止まった球体は、鈍い光を放ちながら、トクッ……トクッ……と息づき始めた。


「聞けッッ! ランサリオンッ! 我ら、崇高なる『深淵教団』! 今この瞬間を持って、貴様等は我らの管理下に入った! 偉大なる教皇様の大願の為、『終焉』の礎となるが良い!」


 やがて光は閃光となり、息づきが胎動となると、けたたましい轟音が大気を鳴動させる。

 そして、球体から漆黒のベールが放出され、ランサリオン全域に覆い被さったのだ。

 まるで、牢獄の様に。


「……動くな! 《四天結晶》!」


 その時、球体に向かって1人の金時計が飛び出した。

 しかし、人影はそれを見逃さない。

 掌を向けると、金時計は菱形の結界に閉じ込められてしまった。


「……ふんっ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 向けた掌を握り締めると、結界が一気に収縮し、中の金時計を押し潰してしまった。

 鮮血に染まり、悲鳴の途絶えた結界が闇に溶け込む様に霧散する。


「蝿如きが調子に乗るな……次は貴様らだ! 《六天結晶》!」


 大広場に向かって両手を突き出すと、ベールの更に一段外側に、金時計達の上空に漆黒の六芒星が現れた。

 その頂点から光の柱が落とされ、金時計と群衆は完璧に閉じ込められてしまう。


「仕上げだ! 死魂の宝珠よ 我が力に呼応し 破滅の(あぎと)を召喚せしめん――《アトロスダンクル》!」


 そう、あの球体こそ、【無限の軌跡】が創り上げた死魂の宝珠だったのだ。

 人影が夥しい魔力を珠に撃ち放つと、激しい閃光が迸り――



 キシャァァァァァァァァ!!



 金属を擦り合わせた様な不快な咆哮と共に、珠より生まれ出たのは超巨大な原始魚型のモンスター。

 左右8つずつ付いた鮮血の瞳、四角く分厚い皮膚に覆われた頭部は、さながら甲冑の様。

 全てを丸々噛み砕く凶悪な顎を携え、珠の周囲をゆっくりと旋回し始める。


「お前達、教団の力を――いや……待て」


 この時、違和感に襲われた人影。

 これだけの窮地に立たされているというのに、仲間が1人やられたというのに……何故、こんなにも静かなのか。

 金時計はおろか、周りにいる群衆からも、一切の悲鳴が上がっていない。


「ほっほっほっほっほっ!」


 その時、静寂を破ったのは穏やかな笑い声だった。


「貴様ぁ……! 何が可笑しいッッ!!」


「これはこれは、申し訳ありませんでした。ここまで見事に嵌って頂けるとは思っていなかったもので……お願い致します」


 そう言うと、左胸に右手を添え、優雅に頭を下げたオウヨウ。

 人影には見向きもせず、教会に向かって――



「《天穿(てんは)・断罪》!!」



 斬ッッッッッッ――!!



 瞬間、教会の屋根から放たれた金色(こんじき)に輝く斬撃が、アトロスダンクルを真っ二つに切り裂いたのだ。

 断末魔すら許されず、二枚に下された巨大魚は、ランサリオンへ落下していく。

 すると、今度は下段の左端から膨大な魔力が迸り――



「《サンダーボルトランス》」



 煌めく二筋の雷槍が結界を突き破り、巨大魚の残骸を捉えた。

 バチバチと雷鳴を轟かせ、みるみる灰となっていく。


「我々の使命は、この都市を、其処に住まう人々を、邪悪から守り抜く事で御座います」


 オウヨウはふっと微笑み、指を鳴らす。

 すると、六芒星に亀裂がはいり、まるでガラス細工の様に、いとも簡単に砕け散ったのだ。


「何……だと……!?」


「歴代から当代へ、脈々と受け継がれて来た『金の意志』。幾度の日の出を経ようとも、幾度の日没を経ようとも、決して変わる事の無い覚悟をその心に刻みし者達。故に、我ら『金時計』……舐めて貰っては困ります」


 瞬間、凄まじい覇気がオウヨウから溢れ出す。

 変わらず微笑みを携えているというのに、人影は手に流れる汗を無視出来なかった。

 冷たく光るモノクルの奥の瞳が、言い知れぬ恐怖を与えるのだ。


「皆様、お待たせ致しました」


 再びオウヨウが指を鳴らすと、浮かんでいた金時計達が消えていくではないか。

 そう、全ては目眩しの幻影。

 勿論、先程四天結界に捕まった者も含めて。

 すると、それを合図に、各所に配置されていた『本物』が一斉にローブを脱ぎ捨てた。


「今度こそ……今度こそ根絶やしにしてやるッ!」


 教会を守るのは、トリーチェ・ギーメル。

 漆黒の鎧に身を包み、金色に光る大剣を構えたその瞳に、滾る激情を落とし込んで。


「おいっ! 調子に乗って街を壊すなよ!」


 下段左側・宿場街で待ち受けるのは、スーリオス・グノーコン。

 いつもとはまるで違う、皺1つ無い純白のジャケットを身に纏う様は、正しく端麗。

 月光を吸い込む様に輝く白金の髪が霞む程に、淡緑の瞳をギラギラと光らせている。


「あなた達ぃ〜ん! 治安部隊の腕の見せ所よぉ〜ん♡」


「「「はぁーい! お姉たま〜♡」」」


 下段中央・大広場には、ドレイオス・マキュリ率いる治安部隊。

 不敵に笑い、棘付きグローブを嵌めた漢女の存在感は圧巻の一言。

 そして、ドレイオス達に続いて、一斉にローブを脱ぎ捨てた群衆。

 現れたのはAランクの冒険者達、指名依頼をしていたクランの面々である。


「がっはっはっは! 祭りじゃ祭りじゃぁぁぁぁ!!」


 下段中央・タワー前には、ジオトロ・タッカンが立ちはだかる。

 純白の外套をたなびかせ、年季の入った鎧を纏うドワーフの頼もしさたるや。

 その威風堂々とした佇まいは、思わず息を飲んでしまう程。


「ふむ、期待している」


 ジオトロの上空には、イル=ターが鎮座する。

 タワー全体に防護障壁を展開しつつ、各所にも目を光らせるのだ。

 ローブを纏わぬ精霊族そのものの姿は、闇夜に輝く青玉の様。


「こっちはもう準備してるかも。ふわぁ〜……早くして欲しいかもぉ」


 中段左側・娼館街で待ち受けるのは、アニエーラ・スメギスト。

 毛先をクルクルと弄りながら、眠たそうに欠伸をしているが、只ならぬ魔力を常に放出している。


「はぁーい! 僕ちゃんの出番がやって来たねぇ〜! 行くよぉ〜、レディ達〜!」


 高らかな声に呼応し、下段と中段にいた群衆が一斉に跪いた。

 まるで立っている1人の男を、王と崇めるかの様に。

 中段中央を守護するのは、アレクサンディアス・シルトニア。

 見晴台の柵に座り、中折れ帽を直す仕草から見て取れるのは、絶対的な余裕。

 そして、その横には緑色の肌をしたとても美しい2人の女。

 アレクサンディアスの肩に寄り添いながら、楽しそうにお喋りをしている。


「全ては手の内という事か……!」


「左様で御座います。では、始めましょうか……『ギルド生誕祭』の余興を」


 言うが先か、凄まじい速度で人影に突っ込んだオウヨウ。


「ぐっ! くそぉぉ! 散れぇぇ!!」


 鋭い手刀を何とか躱した人影は、残りの者を各所に散らばせる。

 狙いは金時計の首では無いが、このままでは不味い。


「如何されました? 我々を管理下に置いたのでは無かったのですか? この程度の力で、そんな勘違いをしていたのなら……些か心外で御座います」


「ぐっ!? くそがぁぁぁぁ!!」


 しかし、人影は成す術が無かった。

 武器も使わず、右手を腰の後ろに添えたまま、左手のみで戦うオウヨウに。


「……終わりに致しましょう」


 すると、左手が莫大なオーラに包まれた。

 余りの魔力量に、周囲が歪んで見えてしまう。

 瞬間、人影の背後に回り込んだオウヨウが、心臓目掛けて突きを繰り出す――



「……ほう、これは中々」



 思わず感嘆の声を漏らしたギルド統括。

 その隙に、人影は距離を取った。

 そう、手刀は心臓を貫いていない。

 背中に刺さる直前で、手首を掴まれてしまったのだ。

 全く気配を感じさせずに現れた、フードを目深に被った黒い影によって。


「此処からは、僕がお相手しますね」


「ほほぅ……相当の手練れとお見受け致しました」


 掴まれていた手首を捻り、影の手を弾いたオウヨウ。

 お互いに距離を取り、相手の動作に逐一視線を動かしながら、柔らかく微笑みを浮かべる。


(わたくし)、ギルド統括兼執事を務めさせて頂いております、オウヨウと申します」


「これはご丁寧に。僕は、サブナックと言います。以後お見知りおきを……あっ、『三大枢機卿』の1人です」


「何と……貴方が。こんなにも早くお会い出来るとは、思っても見ませんでした」


 爽やかな声で、穏やかに語った男。

 この時、オウヨウは心の震えを抑えなければならなかった。

 完璧に作られた、そして感情の一切込められていない喋り方を、此処まで見事に出来る者が居るとは。

 久し振りに……戦闘と呼べるものが出来るかもしれない。

 そんな事を考えていると、人影がサブナックの横に並んだ。


「申し訳ありませんでした。ですが、二度と不覚は――」

「いやいや、オウヨウ殿は僕が受け持ちますから。君は別の場所に向かって下さい」


「なっ!? サブナック様! アイツは俺をコケに――くっ……!」


「……()()()?」


 瞬間、サブナックから禍々しいオーラが溢れ出す。

 空間を食い破る様に広がるドス黒い魔力は、人影の言葉を詰まらせ、顔を伏せさせる程に。


「名乗り上げた強者に敬意を払えないから、君は相手にもされないんですよ? ほら、さっさと移動して下さい。死にたく無いでしょ?」


「……申し訳、ありませんでした……!」


 サブナックに頭を下げ、人影はその場を離れる。

 怒りと悔しさに、全身を震わせながら。

 すると、感心した様に頷くオウヨウが、朗らかに声を掛ける。


「その教え、敵ながら見事で御座います」


「あっ! お褒めに預かり光栄です。いや〜、彼は一応『大司教』なんですけどねぇ。まぁ、まだまだ若いんで、許してやって下さい」


「左様で御座いますか。しかし、あの方が勝てる金時計は居ないと思いますが?」


「確かに、貴方やイル=ター殿には勝てないでしょうね。そうそう、【神憑】に会わない事も祈りますよ。只、まぁ……御心配無く」


「……左様で御座いますか」


 人影の向かった方をチラリと見やり、飄々としているサブナック。

 何気無い言葉の裏に隠された、絶大な力を持つ者としての自負。

 オウヨウの瞳が、鋭さを増していく。


(……彼を捕縛出来れば、期待以上の成果と成りますね)


 今回、金時計が打ち立てた作戦は『待ち伏せ』。

 襲撃を掛けるならば、一塊の所を叩くのは定石である。

 だからこそ、幻影を使い、偽の開会式を執り行って、教団を誘い込んだのだ。

 相手の出方を伺いつつ、奇襲を掛ける為に。


 ランサリオンの住人達とCランク以下の冒険者は、予めタワー内部に避難している。

 大人達は35階の『試験場』へ、子供達は地下5階の『訓練場』へ。


 昨日、『依頼掲示板を必ず確認する様に』と、ギルドから全冒険者に通達が出された。

 詳しい内容は明記されずに、大まかな内容で。

 それは、内部に入り込んでいるネズミを炙り出す為でもあった。


 子供と大人を別々に分けたのも、その為である。

 それに伴い、金時計は各自信頼を置いている冒険者に対し、個別に指名依頼を行った。

 ある者は避難した大人側に紛れて、内通者が出た時の捕縛要員として。

 ある者は街中を巡回し、内通者ないし教団本隊との戦闘に備えて。


「じゃあ……殺ります?」


「えぇ、そう致しましょう」


 互いに微笑む2人――



 怒轟ッッッッッッ!!



 瞬間、オーラを爆発させた拳が、空中でぶつかり合う。

 その凄まじさたるや。

 夜空を覆う雲が唸りを上げ、突き付けた波動が空に亀裂を刻み込むのだ。

 尚も、閃光を迸らせ、暴風を巻き起こしながら、互いに一歩も譲らない。

 こうして、ランサリオンの長い夜が幕を開けたのだ。

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