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第26話 父、ほぼ全種類を

「聞いたかい? 【無限の軌跡】が解体されたってねぇ」


「あぁ。何でも、奴隷で構成されたクランだったらしいな」


 中段にある仕立屋から娘と共に帰る途中、住民達の噂話が耳に入って来た。

 それは、ギルドが【無限の軌跡】の調査を行ったというもの。

 しかし、拠点内はもぬけの殻で、コルティスの姿も無かったと言う。


 この件について、ラディオ達以外に真実を知る者は居ない。

 だが、噂が出回った事や、ギルドが調査に乗り出した事に、違和感は無かった。


(相変わらず仕事が早い。いや……昔以上かも知れないな)


 ふっと微笑むラディオ。

 コルティスの正体が悪魔や神だっただの、異界からの来訪者だの、実は十三人目の金時計だっただの。

 噂話は突拍子も無い物ばかり。


 しかし、どの話でも変わらぬ点が2つあった。

 1つは、『コルティスは消息を絶った』という事。

 もう1つは、『チームは奴隷で構成され、全て被害者だった』という事だ。


 加えて、噂の元を根気良く辿ると、10人程でループしている事が分かった。

 AはBから聞いた、BはCから聞いた、CはAから聞いた、という風に循環する様に仕向けられている事も。

 虚構と真実を織り交ぜながら、本当の発生源を悟らせないこのやり方は、ある男の十八番。

 カリシャを助け出してから2日、既にランサリオン全域に流布されている。


(今度、礼を言わなければ)


 この事について礼を言っても、『何の事ですかぁ〜?』と誤魔化されるのは分かっている。

 それでも、ラディオは本当に感謝していた。

 コルティスの所業が明らかになった事で、人々の案内人(カリシャ)を見る目が柔和したのだから。


(カリシャは一先ず安心として……)


 次に、差し迫った問題について悩み始めたラディオ。

 出来れば当日に渡したいが、1番肝心な情報の入手手段が見つからない。


(どうやって……ん?)


 その時、教会の方へ向かう男の神官が目に入った。

 こちらも夏仕様になっていて、ローブの袖がかなり短く作られている。

 この時、何気無く観察していたラディオに電流が走った。


(……これだ。家に沢山置いてあるじゃないか)


 これなら、気付かれる事無く準備が出来る。

 娘と手を繋いで歩きながら、今後の考えを纏めていると、ご機嫌な歌声が足元から響いて来た。


 ちーちっ♪

 ちーちっ♪

 ちちすき〜♪


 ちーちっ♪

 ちーちっ♪

 ちちすき〜♪


 ちちはレナンのちちなのだ〜♪


 ずっとずっといっしょがいーっ!


 ちちとレナンはなかよしで〜♪


 ずっとにこにこいっしょがいーっ!


 ちーちっ♪

 ちーちっ♪

 ちちすき〜♪


 リズムに合わせて、頭と尻尾を交互にフリフリしながら、楽しげに歌う娘。

 この2日間、ラディオとずーーっと一緒なので、幸せ一杯なのだろう。

 それにしても、歌詞の内容が以前より少し大人になった気がする。

 『日々成長しているのだな……』と、頬をゆるっゆるにして見つめる中年。


「レナン、バンザイして?」


「あい?」


 言われた通り、両手を上げるグレナダ。

 すると、ラディオは後ろから優しく手を掴み、ふわりと娘を持ち上げた。


「いやぁ〜♡ ちちっ! ちちっ! もういっかいなのだ〜♡」


「いくよ、ほら」


 歩きながら、『持ち上げては着地して』を何度も繰り返す。

 その度に、グレナダの幸せな悲鳴が木霊するのだ。


「レナン、一度お家に帰っても良いかな? 父が忘れ物をしてしまってね」


「わすれもの?」


「そう。それを持ってまたお店に行って、その後大広場で遊ぼう」


「やったのだ〜♡ レナン、おおひろばにいったら――」


 最後に一際高く持ち上げ、そのまま娘を抱きかかえたラディオ。

 ちちの服をギュッと握り締めながら、キラキラした瞳でお喋りするグレナダ。

 2人は互いに笑い合いながら、一旦家へと向かう。



 ▽▼▽



 同じ頃、陽だまりの中を歩くカリシャの姿があった。

 目指すはギルド、迷宮だ。

 誰かに強制される訳ではなく、自分の意思で潜る為に。


(お金、貯ま……る、お、礼……よろ、こぶ……かな?)


 頬を紅く染めながら、少女は可愛らしい笑顔を浮かべる。

 今までは、ほぼ全てコルティスに搾取されて来た。

 服はおろか、食べ物さえ満足に買わせない為に。


 だが、雀の涙程しか貰えない報酬を、コツコツと貯めていたカリシャ。

 ラディオにお呼ばれした時は、貯金を全てはたく事でどうにか凌いでいる。

 やはり女の子……どうしても、綺麗な格好で会いたかったのだ。


 しかし今、その身を包むのは、何とラディオのカットソー。

 サイズが全く合っていないにも関わらず、幸せそうに耳をピクピクさせている。


 ラディオは最初、パンパンに詰まった巾着を渡して来た。

 だが、流石に受け取る訳にはいかないと断った。

 一方、ダボダボでボロボロの服をどうにかしてあげたかったラディオも、この反応には困ってしまう。

 考えた末、『こんな物で良ければ……』と、何枚か自分の服をくれたのだ。


 それに、『落ち着くまで家に居ればいい』とも言ってくれた。

 一生見つからないと思っていた、自分の居場所。

『自分は、生きていて良いんだ』という安心感。

 カリシャは、本当に幸せだった。


 結果、ギラギラした瞳の大神官長(ヘンタイ)によって、その選択肢は断固阻止された訳だが。

 代わりに、教会の空き部屋を当てがってくれたので、この2日間は其処で過ごしている。


(がん、ばる……貯ま、る!)


 良く晴れた青空を見上げ、ギュッと手を握り締めるカリシャ。

 美しい黒曜石の瞳に凛とした輝きを灯し、足取り軽くギルドを目指す。



 ▽▼▽



 タワー1階・『ギルド受付』――



(人……たく、さん……こわ、い……)


 お昼過ぎという事もあってか、ロビーは人でごった返していた。

 熱気に当てられ、カリシャは少し気分が悪くなってしまう。

 コルティスに管理されていたという事と、奴隷であったという事から、人混みが少々苦手なのだ。


 遠征は強制されたものだったので、心を無にしていれば我慢出来た。

 寧ろ、その先にある冒険者達の末路を思えば……無にせざる負えなかった。

 何度も挫けて、失敗ばかりだったが。


(でも……行く、やる……がん、ばる!)


 大きく深呼吸をしてから、掲示板の前に立ち、適当なものを見繕う。

 そして、意を決してカウンターへ向かった。


「は〜い、次の方どう……あっ」


 カリシャを見た瞬間、受付嬢の動きが止まる。

 すると、その目線に気付いたカリシャも、怯えた様子で俯いてしまった。

 クランに噂が立ってからというもの、()()()()()()に敏感になっていたのだ。


(こわ、い……でも……逃げる、だめ……だから……!)


 ぶんぶんと頭を振り、カリシャは必死に自分を奮い立たせる。

 そして、握り締めてクシャクシャになった依頼書を、一息にカウンターの上に置いた。


「お、おねが……い、ます!」


「……あのっ!」


 すると突然、バッと立ち上がった受付嬢が、深々と頭を下げたのだ。


「……ごめんなさい!」


「え……? あの……どう、して?」


「私、その……カリシャさんが酷い事されてたって知らなくて……。噂だけを信じて、カリシャさんの事全然見てませんでした……本当に本当にごめんなさい!!」


 ランサリオンでは、徹底して奴隷売買を禁止している。

 娼館街で働く者達は、全員その道のプロだ。

 1人として奴隷等居ない。


 加えて、ギルドは冒険者の内情に不介入。

 これは種族や地位、階級やしがらみ等関係無く自由に生きて欲しいという、歴代ギルドマスターから脈々と受け継がれて来た願いである。


 故に、ランサリオンで生まれ育った受付嬢は、奴隷の実態を知らない。

 幼い頃からそう教育を受ける事で、差別や偏見の目を無くす為だ。


 だが、ラディオの様に外から来ると、気付く者は気付く。

 そして、その弱みに付け込もうとする輩も必ず出てくる。

 裏道で襲われそうになったのが、良い例だろう。


 この点に置いて、コルティスは奴隷である事を巧妙に隠していた。

 そして、カリシャは心を無にする事で、自我を保てていた側面がある。

 弱音を吐きたくても我慢して、辛い現実にも蓋をする事で、どうにか堪えていたのだ。


 しかし、見る人によっては無口で感情の無い、冷酷な人物像に映るかもしれない。

 受付嬢は、正にそう捉えていた。

 流れていた噂も、この間違った理解に拍車を掛けていたと言えよう。

 だからこそ、受付嬢はラディオに注意を促したのだから。


「私……何て、馬鹿な事を……本当に……!」


 瞳を潤ませ、言葉に詰まる受付嬢。

 だが、何故だかカリシャは、ふっと頬が緩むのを感じた。

 自分でも理由は分からない。

 只、ずっと空いていた胸の穴が埋まっていく……そんな気がしたのだ。


「……あり、がと……です」


 満ち足りた笑顔を咲かせるカリシャ。

 それを見た受付嬢から、抑えきれない涙が零れ落ちる。

 何て愚かだったのだろう。

 こんなにも優しい人を、蔑ろにしていたなんて……。


「おーい! まだ〜?」


 その時、後方から急かす声が聞こえて来た。

 そうだ、泣いている場合では無い。

 今は仕事をしなければ。

 受付嬢はゴシゴシと涙を拭い、カウンターに置かれた依頼書に目を通すと、どれも高額報酬のものばかりだった。


「カリシャさん……此方は?」


「欲しい、もの……ある、です」


 顎に手をやり、少し考え込む受付嬢。

 すると、キョロキョロと辺りを見回し、顔を近付けて小声で話し始めた。


「それなら、今12階層に『ゴールドミミック』の巣窟が出現してるそうですよ。今朝方、Aランクの方が言っていたので、間違いないと思います」


 ゴールドミミックは、どの階層でも出現するが、遭遇率が異常に低いレアモンスターである。

 しかし、倒す事が出来れば、必ずドロップアイテムを落とすのだ。

金玉(こんぎょく)』と呼ばれるビー玉サイズの金塊で、鑑定所で高く売れる。


「依頼書は私が戻しておきますから、是非12階層に行ってみては?」


「うん……行く、ます……あり、がと」


 上手く巣窟に潜り込めれば、欲しい物の代金が貯まるかも知れない。

 幸せ一杯に笑顔を咲かせたカリシャは、尻尾を振りながら迷宮へ潜って行く。



 ▽▼▽



 下段中央・『大広場』――



「は〜い! 南方限定『スイートポテト』はいかがですか〜?


「お、姉さん方お目が高い! これは極東の甘味、『ミタラシ』って言ってよ。甘じょっぱい餡がたまんねぇんだ!」


「法国名物、『ジェラート』だよ〜! 冷たい! 甘い! 美味しい! 三拍子に加えて……まぁ見てってよ〜!」


 元気の良い売り子の声が響き渡る、夕暮れ時の大広場。

 普段にも増して、多種多様な露天商が建ち並び、行商人達がしのぎを削る。

 ギルド生誕祭までの4日間は、毎日が前夜祭の様に賑わう事だろう。

 そんな中、キラキラした瞳で屋台を見つめる幼女と、そんな娘をデレデレしながら見つめる中年の姿があった。


「レナン、何か冷たい物でも食べよう。どれが良いかな?」


「うーーん……あっ! じぇらとーがいいのだ〜♡」


「ジェラートか。では、そうしよう」


「あいっ♡ じぇらと〜♡」


 リクエストに応え、一際長蛇の列を作る屋台に並んだ親子。

 数十種類の色鮮やかなジェラートが陳列されたショーケースは、まるで宝石箱。

 遥か後方に居ても、心をくすぐられる果物や菓子類の甘く爽やかな香り。

 確かに、女性や子供達が詰め掛けるのも頷ける。

 因みに、先頭の方では黒紫色の髪をした女が―(ま、待ってくれ! 自分はまだ決め兼ねているんだぁ〜!)―大いに迷っていた。


「何味にする?」


「う〜ん……いちご、ちょこ、ばなな、めろん……う〜ん!」


 眉根を寄せて、必死に考えるグレナダ。

 その愛らしい姿に、ラディオはもう頬が緩みっぱなしである。


「沢山あるから迷ってしまうね。そうだ……幾つか詰め合わせて貰えるか、聞いてみよう」


「つめあわせ?」


「あぁ。詰め合わせって言うのはね、色んな味を少しずつ――」

「レナンちゃ〜ん!」


 その時、ちちの説明にうんうんと頷くグレナダを呼ぶ声がした。

 振り向いた先には、滑らかな黒髪に大きな三角耳を持つ、獣人の少女の姿。

 片手で饅頭をポンポン跳ねさせ、もう片方で此方に手を振っている。


「ナーシェなのだ〜!」


 そう、タワー地下1階にある酒場の看板娘、ナーシェだ。

 いつものエプロンを着けていない所を見ると、今日は非番らしい。


「貴女がナーシェ殿ですか。以前、娘がお世話になった様で、本当に有難う御座いました」


「あぁ〜! 噂のレナンちゃんのパパさ〜ん! どういたしまして〜♡」


 ジュースの事を聞いて、ずっと会いたいと思っていたラディオ。

 しかし、前回ドレイオスと酒場に行った時も、非番で居なかったのだ。


「ナーシェ殿が親切にしてくれた事、娘は本当に喜んでいまして。何かお礼をさせて頂けませんか?」


「そんなそんな! 大した事してないですから〜」


「いや、しかし……」


「ホントに! 気にしないで下さいよ〜」


「ナーシェもじぇらとーたべるのだ〜!」


「それは良い。是非とも」


「え〜……じゃあ〜、御言葉に甘えて〜♡」


 根負けしたナーシェは、跳ねさせていた饅頭を一口で平らげると、2人と共に列に並ぶ。

 順番待ちをしながら、他愛も無い雑談に興じるラディオ達。

 すると、話題は【無限の軌跡】に移った。


「正直言うと〜……あたし、コルティスさんあんまり好きじゃなかったんですよね〜。女の子痛めつけたのに、自分はダメって最悪じゃないですか〜?」


「……えぇ、私もそう思います」


 腕を組みながら、頬を膨らませるナーシェ。

 すると、グレナダも真似をして頬を膨らませ始めた。

 しかし、上手く出来ずに、口からシューっと空気が漏れている。

 そんな2人を、ラディオが物憂げな瞳で見つめていると――



「ねぇ〜! あっち見てみようよ〜!」



 見ると、女性数人がナーシェを手招きしている。

 どうやら、友達と遊びに来ていた様だ。


「あっ、いっけなーい! ラディオさん、ジェラートはまた今度お願いしま〜す! レナンちゃん、またね〜♡」


「……では、また」


「ナーシェ……ばいばいなのだー!」


 2人に別れを告げると、友達の元まで足早に去って行くナーシェ。

 少し寂しげな瞳で、ぶんぶん手を振るグレナダ。

 ラディオは静かに微笑むと、娘を抱き上げる。


「さぁ、もう直ぐ順番だよ」


「……あいっ♡」


 結局、ほぼ全種類を詰め合わせて貰った親バカと娘は、茜色に染まる街道を、ゆっくりと歩いていく。

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