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第24話 父、溜息が漏れ出る

 食事を終え、後片付けを手伝うと言ってくれたカリシャ。

 しかし、グレナダは遊んでくれる人を逃さない。

 カリシャの手を引っ張り、リビングに連れ込んだのだ。

 すると、直ぐに楽しげな笑い声が響き渡る。


(これで終わりだな。そう言えば……2人の声が聞こえないな)


 あらかた皿洗いを終えた時、静かな事にふと気が付いたラディオ。

 チラリとリビングを見やると――



「……スー……スー……」


「……へへっ……」



 ソファーの上で、猫の様に丸まって眠っていたカリシャ。

 そして、その背中に被さり、ニヤケながら眠るグレナダ。

 2人の微笑ましい姿に、ラディオは思わず頬が緩む。

 その時、浴室からレミアナが歩いて来た。


「すみません、お先にお風呂頂いてしまっ――」

「しー。見てごらん」


「え?……あ〜♡」


 指差した方向を見て、レミアナも微笑みを浮かべる。

 濡れた髪を一纏めにしてから、静かにラディオの手伝いを始めた。


「良く寝てますね、2人共」


「あぁ。ゆっくり寝かせてあげよう」


「はいっ♡ あ、これしまっちゃいますね」


「有難う。そうだ……レミアナ、1つ頼まれてくれないか?」


 2人で食器を片付けながら、ラディオがそう問い掛けた瞬間、レミアナの瞳に狂気が宿った。


「はいっ!! 何時でも準備は出来てますっ♡」


 お馴染みのカットソーを脱ぎ捨て、指先でメロンメロンを隠すレミアナ。

 ギリッギリのラインを攻めて、桃色の先端があわやという所まで。

 これにはラディオも――



「折角温まったのに、風邪を引いてしまうよ」


「……ですよねー」

(分かってましたよ。えぇ、分かってましたとも……もぉ〜〜〜!!)



 いつもの様に微笑むだけ。

 遠い目をしながら、服を着直すレミアナ。

 しかし、無表情で食器をしまう背中からは、悶々とした空気が惜しげも無く噴き出している。


「2〜3時間ほど家を空けたいんだが、レナン達と共に居てくれないか?」


「えっ……ど、どちらへ……?」


 クリアブルーの瞳に、今度は戦慄が走る。

 こんな時間に一体何処へ行くと言うのか。

 まさか……ランサリオンの夜の顔、『娼館街』……では無いとは思いたいが。


「『跳ね馬亭』に用があってね。イトを覚えているかな?」


「何だぁ〜♡ あれ……でも、イトって……誰でしたっけ〜!」


 イトが思い出せないが、心底ほっとしたレミアナ。

 しかし、ちらと見た事しか無いが、聞いた事はある名前だ。

 小首を傾げながら、記憶を手繰り寄せる。


 その間に、ローブに着替え、娘を寝室へ運んだラディオ。

 戻って来ると、カリシャに毛布を掛け、戸締りの確認をする。


「あっ! イトって、こーんな目をしてる人でしたよね?」


 両目尻を指で引っ張るレミアナを見ながら、ラディオはフードを目深に被る。


「正解だ。では、行ってきます」


「はい、いってらっしゃーい♡ あ、でもラディオ様、用が済んだら、最速で最短で最速で最速で帰って来て下さいね♡」


「あぁ、そうするよ」


 笑いながら頷いたラディオは、跳ね馬亭へ向かう。



 ▽▼▽



 下段左側・『跳ね馬亭』――



 ジョッキを合わせる音、熱々の鉄板焼の香り、そこかしこから聞こえる人々の語らう笑い声。

 今日も大盛況の店内を、イザイラと女給達が忙しく駆け回る。


「お疲れ様ですぅ。こないな時間に呼び出してしもうて、えらいすんまへんなぁ」


「構わない。何か掴めたのだろう?」


 入店したラディオがカウンターの隅に座ると、イトが空のグラスを滑らせて来た。

 既に何杯か飲んでいる様だが、肌は白いまま、全く酔っている気配が無い。

 加えて、細目の奥は相変わらず怪しく光っている。


「えぇ、そりゃあ色々と。結果から言いますと、コルティスは完全に『黒』でしたわ。教団と繋がってますね」


「……そうか。詳しく教えてくれ」


「その前に……ラディオはん、何や相当暴れはったみたいですやん。噂が入って来てまっせ?」


 2つのグラスに並々と酒を注ぎながら、ニヤニヤするイト。

 対して、ラディオは少し気不味そうな空気を出した。


「……バレてはいない筈なんだが」


「バレてはないですよ? 只、僕らはそういうんを仕入れるから、『情報屋』なんとちゃいます?」


「……その通りだ」


「くっくっくっ……! まぁ、気を付けて下さいね。ではでは、本題に入りますか」


【無限の軌跡】が活動を始めたのは、およそ3年前。

 噂が立つまでは、それなりに依頼をこなす、中堅クランだったらしい。

 だが、実はこの時も、不可解な事が起こっていたのだ。


「案内人と共に半壊したパーティーが帰ってくるまでは、まぁ良かったんですけどね。その後何と、生存者が数日の内に死亡、若しくは行方不明になっとったんですわ」


「……ふむ」


「何者かに処分された、と言うのが僕の見解ですけど……意味分かりはりますよね?」


 無言で頷くラディオ。

 何者かとは『深淵教団』であり、処分とは『死魂の宝珠の生贄にされた』、という事だ。


『死魂の宝珠』とは、教団が用いる強力な魔具の1つである。

 死者の魂を吸い上げ、それを糧に絶大な力を発揮するというもの。

 例えば、モンスターに使えば、その力を何十倍にも高める事が出来る。

 あのバンシーの様に。


 これは力の一端に過ぎないが、宝珠は吸い取った魂の量によって、幾らでも力を増していく。

 嘗て、数万人規模の宝珠の被害を、ラディオは見た事がある。

 1つの国が滅び、民全てがアンデッドに変えられてしまった光景を。


「コルティスを隠れ蓑にして宝珠に栄養を与えていた、という感じちゃいます? 中々賢い手ぇですわ」


「……確かにな」


「わざわざ金注ぎ込んで使い捨ての効く奴隷を買うて、時間掛けて戦闘訓練までしてね」


 ラディオの中で、点が線として繋がり始める。

 コルティスは、入団を目指す『志願者』だ。

 奴隷を使った大量殺人で宝珠の完成に協力する事で、点数稼ぎをしていたのだろう。


「只、当初は20人前後居た案内人も、今はC+の獣人1人だけ。しかも、その獣人は仕事をこなせていない事が多いとか」


「……そうか」


 イトの言葉に、ラディオは怒りを滾らせた。

 現在、この非道な行いを強制されているのは、カリシャのみ。

 生前奴隷である彼女は、元から逆らう意思を持ちづらい。

 その弱みに付け込み、迷宮へ送り出していたのだ。


 しかし、カリシャは嫌がっている。

 初めて助けた時の傷も、仕事を途中で放棄した事が理由だろう。

 教団か冒険者かは分からないが、制裁として刺されてしまったと考えられる。


 どんなに辛かっただろう……だが、これで救う活路は見出せた。

 時期を見極め、動く事を決めたラディオ。


(あれは教団の者の仕業と見て、間違いないな)


 勿論、警告も忘れてはいない。

 あの短剣を投げ放ったのは、カリシャでもコルティスでも無い別の人物。

 だが、イトのお陰で、手紙に書かれた文言の意図が理解出来た。


(……『邪魔をするな』、と言いたいのだろうな)


 唯一残った案内人に接触した者が、よりにもよって『カゲ』だったからこそ、教団も動いたのだろう。

 結果的に、30階層で邪魔をする事になった訳だが。


「因みに、奴等『お祭り』で何や仕掛ける気ぃ満々みたいでっせ。ラディオはんとこ、直々に来るかも分かりませんね」


「そうか……助かった」


 白金貨をカウンターの上に置くと、今回はすっと手を伸ばし、懐へしまい込んだイト。

 すると、そのまま折り畳んだ紙を取り出し、カウンターへ置き返した。


「……これは?」


「サービスですわ。ラディオはん、何や色々考えてはるんちゃいます? 中は……まぁ後で見て下さい。そいじゃまた」


 ニッと笑い、店を後にしたイト。

 残ったラディオは、紙を広げて中を確認する。

 すると、思わず感嘆の溜息が漏れ出てしまった。


(……お見通しか。流石だな、イト)


 ラディオは酒を嗜みつつ、暫くの間紙を見つめていた。



 ▽▼▽



「……スー……う、ん……あっぷ!」


 ふと目覚めたカリシャは、慌てて自分の口を塞ぐ。

 余りの動揺に、大きな声を出してしまう所だった。


 やってしまった……眠りに落ちてしまった。

 窓の外はもう真っ暗、早く拠点に帰らなければ。

 こんな事がバレたら、何をされるか分からない。


 掛けられていた毛布を綺麗に畳み、ソファーの上に置いたカリシャ。

 優しくて、温かくて、本当に幸せな時間だった。

 出来る事ならずっとこのままで居たいと、心から願う程に。


 真っ暗な部屋の中で、レミアナとグレナダが眠る寝室に向かって、深々と頭を下げるカリシャ。

 そして、全てを振り切る様に、音も立てずに玄関を出た。


(いつ、まで……僕……もう……!)


 坂道を少し下った所で、カリシャは思わず振り返ってしまう。

 先程までの幸せな時間が、今は遠い遠い過去の様に思えた。

 このまま消え去ってしまえたら……しかし、それは叶わぬ夢。

 それに、これをやり遂げなければ、大切なものを失ってしまう。


(……やる、から……それ、だけは……ダ、メ……!)


 街道を照らす月明かりが、少女の顔に暗い影を落とす。

 少しの間佇んでいたが、再び歩き出したカリシャ。

 しかし、気付けば胸が張り裂けそうな程駆けていた。

 幸せな時間を思い出さぬ様に、二度と丘の上を振り返る事無く。



 ▽▼▽



 そっと拠点の扉を開けたカリシャ。

 幸いにも中は真っ暗で、コルティスの気配も無い。

 どうやら、何処かに行っているらしい。

 これなら、バレないかも知れない。

 音を立てぬ様に、忍び足で歩くが――



「貴様ぁ〜……ヒック! どこをほっつき歩いていたぁ!」


「ひっ……!?」



 背後から聞こえた声に、その場に凍りついてしまったカリシャ。

 痛いぐらいに鼓動を始めた心臓の音が、全身から響いて来る。

 体は震えて冷や汗が流れ、余りの恐怖に振り向く事が出来ない。


「聞いてるのかぁ! あぁん!!」


 だが、酒の臭いを撒き散らしながら、容赦なく迫るコルティスの冷徹な声。


「奴隷の分際でぇ……ウック……ご主人、様に……挨拶もしないのかぁぁぁぁ!!」


 瞬間、カリシャの顔の真横を風切り音が通り抜け、間髪入れずに何かを叩き割る音が木霊する。

 恐る恐る下を見ると、いつもカリシャを傷つける杖が、床に食い込んでいたのだ。


「わ、私……あぁ!! うぅ……ぐぅ……!」


 恐怖に挫けそうになりながら、どうにか言葉を発しようとした時、頬を貫く激痛がカリシャを襲った。


「ヒック……ハハ、ハハハハハッ!!」


「うぅ……ひぐっ……ごめ、なさ……あぁ! ん……んん……!」


 聞く耳を持たないコルティスは、何度も何度も杖を振り下ろした。

 高笑いを上げながら、一切の容赦も無く。

 床に丸くなり、必死に頭を守るカリシャ。


「ごめ、なさ……うぐ! ごめ、な……あぁ!!」


 終わりの無い苦痛に呻くカリシャは、涙を流して懇願するが、酩酊状態のコルティスは暴力を続ける。

 すると、カリシャの服装が急に気になり始めた。


「ヒック……おい! 貴様ぁ……その格好は何だぁ! 誰の許可を取って、そんな物を着ているんだぁぁぁぁ!!」


 金と黒の髪を掴み上げ、眼前に吊り上げたコルティス。

 痛みと恐怖で体が震え切っているカリシャは、血が混じった涙を流す事しか出来ない。


「ふざけた真似をしやがってぇ……! 貴様に服など必要無ぁぁぁぁい!!」


「うぁ……ゴホッ! やめ……くだ、さ……い、や……あぁぁぁぁ!」


 髪を掴んでいる手を握り締めたコルティスは、もう片方でシャツを引き千切ってしまった。


「仕事もしない……ヒック……分際で……貴様には、仕置きが……必要だ!」


「やめ、て……うぅ……ごめ、なさ……」


 露わになった上半身のまま、コルティスはカリシャを引きずって行く。

 辿り着いたのは、鉄製の大きな扉。

 大きな南京錠を開けた先は、一畳程の狭い部屋だった。

 床から壁に至るまで石で造られた、窓も無い独房。

 天井だけは高く、目の前には輪付きの鎖が2本ぶら下がっている。


 カリシャの両腕に輪を嵌め、床に伸びた鎖を引っ張る。

 すると、頭の後ろに両腕が持ち上げられ、床にギリギリ届かぬ位置まで体が吊るされた。


「明日は仕事、だからな……顔は、勘弁……ヒック、してやる!」


「やめ、て……くだ、あぁ!! うぐっ! あぁぁぁぁ!!」


「ハハハハハハハハハハッッ!!」


 恍惚に歪みきった顔を晒し、杖を振り下ろすコルティス。

 何度も、何度も、あられもない姿のカリシャを嬲るのだ。

 腫れ上がっていく体、流れる夥しい量の血飛沫。

 暫くすると、漸く満足したのか、独房を後にしたコルティス。


 襲い来る激痛の波に、最早まともに声を出す事も出来ないカリシャは、プツリと意識を失ってしまう――



 ……ぁ……ぅぇ……ぇ……



 しかし、その直前微かに動いた口は、確かにこう告げていた。

『助けて……』と。

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