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第21話 父、強く抱き締めて

 29階層――



「軽症の者は重症の者に手を貸して、焦らず進んで! 一帯のモンスターは駆除してあるから、大丈夫だ!」


 生存者達の列に向かって、大きな声で指示を出す黒フード。

 隊列のしんがりを務めながら、周囲にも気を配る。


(このランク帯がこれだけ生き残ったとは……奇跡としか言い様が無いな。さぞ悲惨な目に合っただろうに)


 生存者達は皆ボロボロだが、死の恐怖から逃れた事で、少しだけ晴れやかな顔をしている。

 呪いを受けた者も、黒フードの応急処置によって、痛みを我慢して歩けるまでには回復していた。


(……少し暑いな)


 生存者達の視線が前方に向いている事を確認し、一度フードを外す。

 現れたのは、黒紫色の美しい長髪と、ある種の達成感を浮かべた蒲公英色の瞳。

 黒フードの正体は、トリーチェ・ギーメルだった。


(ギルドに戻ったら早速報告しなければ。レイの読み通り、【無限の軌跡】は一枚噛んでいたな)


 円卓会議で配られた資料の中に、【無限の軌跡】の名があったのだ。

 しかし、確実な証拠は掴めていない。


 その時、コルティスが格安で遠征希望者を募った事を受け、今回の任務が発案された。

 内容は、遠征隊の後を極秘裏に追い、繋がりの確証を掴む事。


 あわよくば、教団の者と接触、若しくは捕縛出来れば完璧。

 しかし、シノラバンシーの登場によって、その思惑は外れてしまう。

 だが、十分な確証は取れたので、後は証拠を煮詰めるだけだ。


(しかし、あの男……やはり只者では無いな)


 30階層に降りる前、帰還する為の準備をしていたトリーチェ。

 その時、奈落回廊から1人の冒険者が吐き出されて来た。

 勿論、ラディオである。


 落ち着いてはいたが初めての経験だった様で、トリーチェを見ると臨戦態勢を取って来た。

 此方も即座に応戦の構えを取ったが、互いに害意が無いと感じ取ると、普通に挨拶を交わす。

 ラディオは名前を明かさず、しがないEランク冒険者として。

 トリーチェは普通に名乗ってしまったが、任務については何も言わず。


 ラディオは身バレしたくない、トリーチェは任務について語れない。

 この奇妙な偶然が、お互いの事について余計な詮索をさせなかった。

 これは、2人にとって好都合だったと言えよう。


 聞けば、ラディオは32階層まで行きたいと言う。

 元々30階層まで行く予定だったトリーチェは、そこまでの道案内を申し出た。

 連れ立って降りた時、オーラに覆われた黒い門と、阿鼻叫喚の悲鳴に遭遇したという訳である。


 そこで驚いたのは、ラディオの行動。

 何の躊躇もせず門を開け、シノラバンシーの腕を遠距離から瞬時に撃ち抜いてしまったのだ。


 更に、負傷している冒険者達をトリーチェに託すと、これまた瞬時にシノラバンシーを蹴り飛ばしてしまう。

 これでEランクだと言うのだから、驚かない方が無理な話。

 謙遜する実力者はまま居るが、その度合いが過ぎていた。


(プレートぐらいは確認すべきだったかな……いや、詮索は御法度。自分に突っ込まれても面倒だったし……でも、待てよ)


 この時、トリーチェの頭にふと数ヶ月前の巣窟が蘇る。

 もしかしたら……あの男がやったのかも知れない。


(いや……それにしては少し力不足、か)


【漆黒の竜騎士】に匹敵する力が無ければ、迷宮を変形させる等不可能。

 若しくは、『神器』レベルの武器や、超越級クラスの魔法でなければ。


(討伐ランクA+なら、自分でも対処出来るし……おっと、そろそろ転移陣が見えるな)


 それなりに実力のある冒険者なのだろう、と納得する事にした。

 それに、今は何よりも人命が優先だ。


「もう少しだ! 其処の道を抜ければ、転移陣がある! 頑張れ!」


 生存者達に、最後の激励を飛ばす。

 因みに、ラディオはトリーチェが金時計だと気付いているし、性格も噂で聞いて知っている。

 だからこそ、力を隠したのだ。

 余計な情報を与えない様に。


「一度に全員は入れないから、半分ずつ入って欲しい。自分は、最後に遅れが居ないか確認してくる。では、帰還おめでとう」


 辿り着いたのは、開けた空間。

 其処には、魔力が充填された魔法陣が煌々と輝いていた。

 喜びと恐怖の記憶を混在させながらも、肩を叩き合い、帰還して行く生存者達。


 道中をさっと一回りした後、消滅術式を書き込んでからギルドに帰還したトリーチェ。

 受付嬢に状況を説明した後、ドレイオスに報告をしに行こうとした所、エルディンを発見し固まってしまう。

 だが、金時計として任務を遂行しなければならず、聞きたい事をグッと堪えて、3階へ上がっていくのであった。



 ▽▼▽



「行くぞ」


 カンナカムイを逆手に持ち替え、疾走するラディオ。

 すると、シノラバンシーは両腕を高く掲げ、凄まじい速度で詠唱を始めた。


(高速……いや、超速詠唱か。《目録》)



 名前・【怨嗟の告人】シノラバンシー

 種族・???

 属性・???

 スキル・???

 討伐ランク・A+(推定)

 〜情報未確認〜



(……やはりそうか)


 人語を解する様を見て、予想はしていた。

 しかし、ここまで動きが早いとは。

 その時、詠唱を終えたシノラバンシーの上空に、顔の浮き出た禍々しい人魂が無数に現れる。

 眼前に跳躍したラディオは、雷鳴を轟かせながら、カンナカムイを振り抜いた。


「《嘆きの揺籠(グリフ・クレイドル) 》」


 体の芯に触れる様な、轟音が鳴り響く。

 しかし、シノラバンシーの放った無数の人魂に阻まれ、ラディオの一太刀は届かない。

 その時、刀身から紫白の(いかづち)が溢れ出て来た。


「《十式・一閃》」


 ラディオは逆手から順手に即座に持ち替え、人魂ごと左薙ぎに刀を振り抜く。


「《十式・二爪(にそう) 》」


 人魂を消し炭に変えながら、即座に袈裟斬りから左斬り上げの連撃を見舞った。


「ギャァァァァ!!」


 太刀筋から溢れる紫白の雷が、シノラバンシーを蹂躙していく。

 更に、ラディオは振り上げた白刀を胸の前で構えると、三連撃の刺突を放った。


「《十式・三穿(さんが) 》」


 すると、6つの傷跡から、紫白の稲妻が轟音を上げて躍り出て来た。


「ガァァァァァァッ!! グゥゥゥゥ……コロ……ス……!」


 増幅していく帯電に晒されるシノラバンシーの胸に、カンナカムイを突き立てたラディオ。

 それを胸に残したまま、宙返りから距離を取る。

 その間も、絶え間ない雷撃によって、シノラバンシーの体は崩れ始めていた。


「……終わりだ」


 稲妻のオーラを集約させたラディオは、胸の前で両手をパンッ! と合わせた。

 すると、突き立てられたカンナカムイの刀身が、紫色に染まっていく。

 そして、傷跡から漏れ出た稲妻が4つの球体となり、シノラバンシーの頭上に浮かび上がったのだ。


「《十式・四咆(しほう) 》」


 ラディオが両手を前に突き出すと、4つの球体から稲妻の雨が降り注ぐ。


「ギャァァァァァァァ!!!!」


 身を斬り裂く豪雷に晒され、シノラバンシーの悲鳴が木霊する。

 しかし、稲妻の雨が止む事は無い。

 雷鳴が弾ける様に爆音を奏でると、次第に悲鳴が聞こえなくなっていく。

 程なくして、遠征隊を蹂躙したシノラバンシーは、静かに霧散していった。


「……安らかに」


 役目を終えたカンナカムイは、オーラとなって消えていく。

 すると、何かが地面に落ちた……ドス黒い珠だ。

 拾い上げようとした時、珠がひとりでに宙に浮かび上がった。

 険しい表情を見せるラディオを尻目に、まるで嘲笑うかの様に上下に弾んでいる。


「……姿を見せろ」


「フフフ……ハハハハハ!」


 すると、何処からともなく濁った笑い声が響き、珠を握る様に黒い影が現れる。


「良くぞ気付いた……我々の存在に」


「人語を介するモンスターは改造個体、貴様らの得意芸だ。その珠……『死魂の宝珠』もな」


 ラディオは表情を変えず、吐き捨てる様に言葉を発した。

 その手に、尋常では無いオーラを纏わせて。


「ご名答。流石は()()と言うべ――」



 怒轟ッッッッッッ――!!



 瞬間、無動作と錯覚する速度で、《竜咆・紫電》を撃ち放ったラディオ。

 超速の雷は見事に影の顔に命中、ポッカリと大きな穴を開ける。

 しかし、何事も無かったかの様に佇む影。


「……やはり幻影か。目的は何だ?」


「決まっているだろう……世界の破滅だよ」


 珠を懐にしまい込むと、ゆっくりと闇に同化していく影。

 もう一発《竜砲・紫電》を放ったが、やはり無意味だった。


「無駄な事は止めろ。それでなくとも、お前に邪魔をされ、目的の半分しか魂を貯められなかったんだ……このままで済むと思うな」


 濁った声を響かせながら、影は完全に気配を消した。

 その正体は、嘗て潰した筈の深淵教団。

 だが、今この時を持って復活を確信した。


(今度こそ、必ず根絶やしにしてやる。娘には……指一本触れさせんぞ!)


 拳を握り締め、決意を新たにしたラディオ。

 その時、カリシャが此方に駆けて来た。

 胸の真ん中を抑えながら、深々と頭を下げる。


「何度、も……ありが、と……ました。僕、僕、言う……いけ、ない……事、ある……ます」


「……気付いていたのか」


 『何度も』という言葉で全てを察したラディオ。

 下手な演技は止めようと、フードを取り払う。


「気にする事は無い。私がしたくてした事だ。ほら、早く行かないと閉じてしまうよ」


 ラディオの言葉に顔を上げるカリシャ。

 背後には、煌々と光る帰還陣がある。

 だが、首を横に振り、その場から動こうとしなかった。


「言う……いけない……事……ある、ます!」


「……分かった」


 ラディオとしても、カリシャに聞きたい事はある。

 偵察の意味についてだ。

 そして、この惨状のきっかけも知り得る事が出来るだろう。

 それは、教団に繋がる事でもある。


 しかし、カリシャの瞳を見てしまうと言葉が出ない。

 全ての責任を背負おうとして、でも恐怖と孤独に潰されそうで。

 今は只、安心出来る場所に帰してやりたい……ラディオは切にそう思っていた。


「だが、今は帰りなさい。私はやる事があるから」


「でも……その……う、うぅ……」


 そう言うと、カリシャを抱き上げたラディオ。

 優しい笑顔を見ていると、温かな腕に包まれていると、自然と頬を伝う涙。

 擦っても擦っても溢れてくる理由が、カリシャには分からない。

 でも、我慢も出来なかった。


「うぅ……うぇ〜〜ん……! うぇぇぇぇん!!」


 カリシャの頭を優しく撫でたラディオは、ゆっくりと帰還陣の中へ降ろしてやる。


「……ぐすっ……ま、だ……伝、える……たい事、ある……!」


 次第に光が強くなっていく中で、必死に訴えるカリシャ。

 その時、耳を疑う言葉が聞こえて来た。


「今度、家に招待しても良いかな? その時、話を聞かせて欲しい……君さえ良ければ、だが」


 そう言って、変わらぬ微笑みを見せてくれるラディオ。

 少し戸惑ったが、しっかりと頷いて見せたカリシャは、やがて光に飲み込まれていく。


 帰還を見届けると、散らばっている冒険者達の残骸を集め始めたラディオ。

 プレートを取り外し、亡骸を丁寧に並べて。

 そして、黙祷を捧げた後、手を翳した。


「……《竜紫炎》」


 これは、ラディオなりの弔いだ。

 常に命の危険が付き纏う事は、冒険者皆承知の上。


 しかし、今回は違う。

 抗う事も許されず、作為的に命を摘まれた。

 人生を戦うと決めた者にとって、こんなに無念な事等有りはしない。

 同じ冒険者として、それを放って行く事など出来なかった。


(どうか、安らかに。君達の無念は……私が必ず晴らす)


 燃え盛る紫の炎を見つめ、静かに怒りを滾らせるラディオ。

 深淵教団を潰す。

 彼等の為に、世界の為に、何より……最愛の娘の為に。


 灰となった事を見届けると、集めたプレートをマントで丁寧に包み、バックパックに納める。

 そして、消え掛かっている帰還陣に足を踏み入れた。



 ▽▼▽



 タワー1階・『ギルド受付』――



「もう少しだ! 頑張れ!」


 駆け付けた神官長達と共に、エルディンは解呪魔法に追われていた。

 気付けば、空には朝日が昇り始めている。

 だが、解呪も後数人。

 呪いを解いた者達も、職員と治癒士の尽力によって、快方に向かっている。


「これでもう大丈――あの馬鹿! 神官長、此処は任せたぞ」


 エルディンは険しい顔のまま、ローブのポケットに手を入れた。

 そして、迷宮の入り口へ歩き出す。

 やっと帰ってきた者を、懲らしめる為に。


「貴様! 一体何をやっていたんだ!」


「……すまない。迷惑を掛けてしまった」


 帰還したラディオの姿を見とめた途端、怒号を飛ばしたエルディン。

 だが、険しい顔とは裏腹に、ガッチリと握手を交わした。


「どうせ罠にでも嵌っていたのだろう。疲れている様だが、この後もっと疲れる事になるぞ」


「あぁ……覚悟しているよ」


 2人は互いに微笑みながら、多くは語らない。

 ラディオが無事だった。

 この事が、何よりも大切だから。


「エル、少し待っていてくれないか? ギルドに渡す物があるんだ」


 後片付けに奔走している受付嬢を捕まえたラディオは、マントに包んだプレートの山を渡す。

 すると、受付嬢は深々と頭を下げた。

 その瞳に、溢れる涙を溜めながら。


 迷宮で生死不明になる者は、非常に多い。

 もっと言えば、死亡が確認出来ない為、やむなく不明扱いにせざる負えないのだ。

 だが、プレートだけでもあれば……しっかりと供養してやれる。


 ギルドに故人を託すと、エルディンと連れ立って玄関へ歩き出したラディオ。

 しかし、数歩も歩かない内に、勢い良く扉が開けられた。

 その瞬間、早朝のギルドに大きな声が響き渡る――



「ちぃちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 猛スピードで此方に駆けて来るのは、犬の着ぐるみ姿のグレナダだ。

 真っ赤に泣き腫らした瞳で、顔を涙でぐしゃぐしゃにして。

 しゃがみ込んだラディオの胸に飛び込むと、小さな手をギュッと握り締め、ポカポカと叩くのだ。

 その想いを包み込む様に、ラディオは娘を抱き締める。


「……うわぁぁぁぁぁぁぁん! ちぃちぃ! ちぃちぃ! うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 顔を上げたグレナダは、一瞬の間を置いて余計に泣き始めた。

 ラディオの髭を両手で引っ張りながら、力の限り喉を枯らして。


「うわぁぁぁぁぁぁん! ちぃぃちぃぃぃぃ! うわぁぁぁぁぁぁん!!」


「レナン、ごめんよ。本当に……ごめんよ。心配を掛けたね」


 全く泣き止まない娘を、一層強く抱き締める。

 それにより、グレナダは更に泣き声を大きくしていくのだ。

 小さな手をラディオの首に回して、精一杯しがみつきながら。

 その時、再び大きな声が響き渡る――



「ラディオ、様……ラディオ様ぁぁぁぁぁぁ!!」



 追い付いたレミアナも、走る勢いそのままにラディオの胸に飛び込んだ。

 そして、グレナダ同様大きな声で泣き噦る。


「本当にすまなかった。でもね、君がレナンの側に居てくれたから、私は安心だったよ……有難う、レミアナ」


「うぅぅぅ……うぅ……ぐすっ……うぅぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 想いを伝える様に、ラディオは強く抱き締める。

 暫くして、多少落ち着きを取り戻した2人が、同時にラディオの顔を見上げ――



「ちち……おかえりなのだ♡」

「ラディオ様……おかえりなさい♡」



 涙をボロボロ流しながらも、精一杯の笑顔を見せてくれた。

 ラディオも優しく微笑むと、2人を強く強く抱き締める。


「あぁ……ただいま」

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