第18話 父、感心する
9階層――
(……上手く見つかってくれれば良いが)
鬱蒼とした密林の中、周囲の警戒をしつつ、疾走するラディオ。
今回の目標は11〜15階層。
8階層以降は初見だが、ここまで来るのに使った時間は、普段の半分にも達していなかった。
依頼を受けていないという事と、7階層までの最短ルートを既にマッピング済みという事が、大きな要因となっている。
だが、時間はあるといっても夕方まで。
確実に『結晶林檎』を持ち帰りたいラディオは、林檎自体の捜索時間と帰還のの移動時間を天秤にかける。
となれば、やはり捜索に一番重きを置きたい。
削るなら、前後の移動時間しかないだろう。
(密林が濃くなってはいるが……まだ問題無いな)
《五色竜身・翠》で敏捷を上げながら、大木の隙間を蛇の様にすり抜ける。
時には枝から枝へ飛び移り、時には宙返りで倒木や巨大な木の根を避けながら、ラディオは凄まじい速度で進んでいく。
(一度、確認しておくか)
木の根の上で止まったラディオは、マップと足元の確認に入った。
5階層までと違い、区画の概念が存在しない密林エリア。
通路や扉等が一切無く、天を翳らす大木が、何処までも生え揃う広大な土地である。
故に、道順確認を怠ってはいけない。
しかし、ラディオも闇雲に走っていた訳では無かった。
言っても9階層、未開の土地では無い。
毎日沢山の冒険者達が道無き道を進み、後続の指針を作り上げている。
更に、今日は明らかに踏みならされた道があるのだ。
(次は此方だな。しかし、かなりの人数が隊列を組んで移動している……『遠征』か)
作られた道を見て、推察を巡らすラディオ。
今朝はその様な気配は無かったので、昨日以前に出発したのだろう。
ラディオも異常な速度で進んで来たが、かち合う可能性は低いと見える。
何故なら、この進み方は明らかに道を知っている。
『案内人』が同行している事は、まず間違いない。
(……林檎が残っているか分からんな)
遠征組の目的地は分からないが、道中美味いと言われる食物があれば、普通は採っていくだろう。
また走り始めたラディオは、軽い溜息を吐く。
これは、32階層まで降りなければならないかもしれない。
そうなれば……夕方には帰れない、と。
(どうしたものか……祈るしかないか)
ラディオは参った様に微笑むと、更に速度を上げた。
しかし、前方から大量の視線を感じ、一旦木の根に停止する。
(このまま通しては……くれなさそうだ)
その間にも、視線は数を増やしていく。
すると、木々がガサガサと揺れ始めた。
それに呼応する様に、荒々しい雄叫びも響き渡る。
「キキーッ!! ウキーーッ!!」
「ウキャ! キキーッ!」
姿を現したのは、猿型モンスターの群れだった。
ゴリラと猿の中間程の体格を持ち、鈍い灰色でゴツゴツとした肌質に、鋭い牙が生え揃った口を大きく広げて威嚇している。
群れの中央では、白い体の一際大きなモンスターが、此方を睨みつけていた。
(あれが群れの頭だな……《目録》)
名前・ロックエイプ(シルバーバック)
種族・霊長類
属性・土
スキル・咆哮、統率
討伐ランク・E+
〜岩石の様な体躯を持つ猿型モンスター。群れで行動し、長となる個体は体色が変化する。とても素早く、樹上では捉えることが非常に難しい〜
(しかし、数が多い)
情報確認しつつ、上下左右に視線を走らせるラディオ。
群れの頭数は、少なく見積もっても100前後。
これら全てを相手にしている時間は無い。
最善の策を考えていたその時――
「……成る程」
徐に首を傾げたラディオ。
その刹那、凄まじい風切り音と共に、拳大の石飛礫が頬の数ミリ横を通過していく。
「それが《咆哮》か。やはり、素通りとはいかない様だ」
一歩も動かず、首の動きだけで奇襲を回避して見せたラディオに、ロックエイプが怒りを見せた。
枝を叩き揺らし、大声を上げて騒ぎ立てる。
すると、10数匹の口が大きく開いたでないか。
瞬時に石飛礫が形成され、ラディオ目掛けて発射される――
斬ッッッッ――!!
「ウキャ……!?」
おかしい。
四方を囲み、逃げ道を完全に塞いだ攻撃だった。
それなのに、放たれた石飛礫は獲物に届く事無く、バラバラになって地面に落ちて行くのだ。
「時間は掛けたくない……此方も行くぞ」
そう言うと、ラディオは片腕を上げた。
翠に輝くオーラをその手に纏い、鋭利な爪の形を成して。
そう、石飛礫は細切れにされていたのだ。
目にも留まらぬ速さで繰り出された、竜の爪によって。
「《竜爪・風鎌 》」
ラディオが魔力を込めると、中指のオーラが形を変え、大振りな鎌状に変化した。
より鋭利に、より凶悪に。
その時、数匹のロックエイプが、怒りに任せてラディオに飛び掛かった。
「キキーッ! ウキ……ギ」
「ウキャー!……ギギ」
ラディオが木の根から枝に移動した直後、背後で破裂音が響いた。
見ると、頭の無くなったロックエイプの残骸が霧散していく。
数匹が枝を蹴った瞬間、同時に飛び上がっていたラディオに、首を刈り取られていたのだ。
「遠いな」
一方、ラディオは枝の上に立ち、群れを観察していた。
狙うは頭、シルバーバックだ。
そうすれば、群れは一時的に機能を失うだろう。
しかし、やはり長く生きているだけはある。
ラディオの力量を目の当たりにした途端、群れを盾にどんどん後方へ下がっていくのだ。
「……逃げ足も速い」
シルバーバックを追うラディオ。
邪魔をしにくる群れを意に介さず、悉く首を刈り取りながら。
すると、離れた位置から口を開けている個体を10数匹、左右の視界の端で捉える。
「頭も悪くない……《風鎖鎌 》」
枝を蹴ったラディオは、両腕を交差する様に振り下ろす。
地面に向かって伸びていくオーラは、さながら鎖鎌の様。
再び顔の前で腕を交差させながら目算を付け、水平に薙ぎ払う。
斬ッッッッ――!!
左右の枝に居たロックエイプの首が、回転しながら次々に落ちていく。
霧散していく残骸を確認しつつ、ラディオは枝の上に着地した。
このまま群れの相手をしていては、時間が掛かり過ぎてしまう。
『一気に距離を詰めるしか無い』、そう考えたラディオは、脚に魔力を込めた。
そして、大木と見紛う枝が軋む程踏みつけ、弾丸の様に飛び出す――
(…………ふむ、失敗だな)
筈だった。
しかし、前方では無く、下方の枝に着地してしまったラディオ。
不満気に見上げる瞳には、薄皮一枚でぶら下がる枝が映っている。
何と、跳躍の溜めに枝の強度が追いつかず、踏み込んだ瞬間折れてしまったのだ。
普通の大木並みに太い枝が。
(さて、どうする)
シルバーバックとかなり距離が出来た今、このまま居なくなってくれれば良い。
そう思っていたが、群れは一定の間隔を保ち、絶えず此方を伺っている。
(無益な殺生は控えたい所だが……)
向かって来る者だけを摘み取って来たが、それで引く気は無いらしい。
『技』を使うか迷うラディオ。
だが、地面からの跳躍では、枝が邪魔をして直線的な移動が出来ない。
(しかし……ん?)
考えを巡らせていると、拳大より遥かに大きい岩石が眼前に迫って来た。
難無く真っ二つに切り裂くが、感心した様に頷きを見せるラディオ。
今の攻撃はシルバーバックによるもの。
あれだけの距離から正確に、且つ目を見張る速度で。
加えて、礫ではなく岩石と言える大きなものだった。
駆け出しの冒険者がこれを喰らったら、たちまち体が吹き飛んでしまうだろう。
「中々の攻撃だった。お陰で、私も咆哮を見せられるよ」
シルバーバックの直線上にある枝へ移動したラディオ。
米粒ほどの大きさに見える程、相手との距離は離れている。
だが、群れが頭のスキルの為に、道筋を開けてくれた今なら、最小限の被害で済ませられる。
ラディオは左腕を突き出し、掌を翳した。
すると、バリバリと芯に響く重音を奏でながら、紫のオーラが溢れ出し――
「《竜咆・紫電》」
それは、正しく刹那。
一筋の天声が轟き、全てが終わりを告げたのだ。
遥か先に揺らめく、シルバーバックだった骸。
上半身が消し飛ばされ、残された下半身も霧散していく。
すると、群れの動きが変わった。
悲鳴にも似た叫びを上げながら、ラディオから逃げる様に散っていくのだ。
頭が訳も分からず討ち取られてしまっては、もはや敵対する理由も無いのだろう。
(これで暫くは大丈夫。今の内に進まなければ)
左手のオーラを鎮めたラディオは、階下目指して駆けて行く。
▽▼▽
10階層――
(此処は……また随分と様変わりしたな)
漸く階下へ来たラディオは、興味津々な様子で周囲を観察していた。
密林エリアである事は、変わっていない。
しかし、9階層までのワンフロア型とは違い、石畳の一本道が眼前に広がっているのだ。
そして、道の両側には、玉座へ続く隊列を組んだ騎士の様に、大木が均等に生え揃っている。
(そうか……此処には、『階層覇者』が居るんだったな)
歩きながら、ふと最初の説明を思い出したラディオ。
階層覇者とは、10階層ごとに鎮座している、所謂ボスモンスターである。
ランサリオンの冒険者は、ランクアップの絶対条件として、この階層覇者を倒さなければならないのだ。
大概の冒険者は、先ずCランクに上がる事を第一目標としている。
それが新米を卒業した証であり、通過儀礼の様になっているからだ。
(……この先か)
石畳の終着点は開けた広場だった。
扉も何もないが、石畳側と広場側では、明らかに違う空気が流れている。
だが、何の躊躇も無く足を踏み入れるラディオ。
(闘技場……に見えなくも無いな)
グルリと堅牢な石壁が聳え立つ、円形の広大な敷地。
所々突き出た尖塔は、さながら来訪者を逃さぬ門番の様だ。
今来た道の真正面には、壁の切れ目が見て取れる。
彼処が、この広場の出口と見て間違い無いだろう。
(……来るな)
淡々と步を進めていたラディオの目付きが鋭く変わる。
広場の中央付近まで来た時、気配を感じたのだ。
すると、地面が盛り上がり、オーラが溢れ出す。
そして――
「ウォォォォォォォォ……!」
「……成る程」
自身を陰らせる物体……『階層覇者』を見上げるラディオ。
黄土色の岩石で造られた10mはあろうかという巨躯に、赤く光る一つ目の顔。
まるで家屋の様な胴体は、突き出た胸板がかなり目立つ。
円柱の形をする腕は、肩と手が以上に大きくなっていた。
名前・【初陣を砕く者】ジェンタゴーレム
種族・ゴーレム
属性・大地
固有スキル・地割れ、雨降し
討伐ランク・特E
〜10階層覇者。鋼鉄並みの強度を誇る巨躯と、再生能力を併せ持つ。大地を使った多彩な攻撃方法は、冒険者の最初の関門と言えるだろう〜
「オォォォォォ!!」
瞬間、両腕を振り上げたゴーレムが、力の限り地面を叩きつけて来た。
粉塵と共に、凄まじい勢いで地割れが起こる。
瓦解した穴に飲まれたら一たまりもない。
直ぐに上空へ行かなければ……しかし、何故かサイドステップを見せたラディオ。
そのまま、前方に向かって疾走していく。
(《地割れ》に《雨降し》か……良く考えられている)
その刹那、大きく裂けた穴目掛けて、岩石の雨が降って来たのだ。
実は、ゴーレムが地面に叩きつけたのは片腕だけ。
もう片方は空中に射出し、岩石群に変化させていたのだ。
地割れによって粉塵を撒き散らしたのも、この雨の隠れ蓑にする為。
もし上空に飛んでいたら、漏れなく岩石の餌食になっていた事だろう。
「オォォォォォォ!!」
散らばった腕を再生させたゴーレムは、背後からラディオを狙い撃つ。
ラディオは宙返りでそれを躱すと、着地した腕を足場にゴーレムの顔目掛けて跳躍した。
そして、魔力を右腕に集約させる。
「終わりだ――《竜鱗・鎧》」
怒轟ッッッッッッ――!!
容赦の無い一撃が、ゴーレムの顔を跡形も無く粉砕した。
輝く黄色の鱗で覆われた、竜の拳によって。
竜の鱗は、この世で最強の硬度を誇る物の1つである。
それは、最高級鉱石のアダマンタイトでさえ、無加工であれば容易に砕く。
更に、竜の鱗を貫けるものは超級以上の魔法や、それに準ずる武器のみ。
元々、鋼鉄程度では話にもならなかったのだ。
(しかし、この迷宮は良く出来ている。まるで……訓練場の様ではないか)
霧散するゴーレムを見つめながら、理に適った迷宮の環境に感心するラディオ。
1〜5階層で、再生能力と物理攻撃無効のスライム種を攻略する。
これは、ゴーレムもスライム同様、核を破壊しなければ倒せない事を知る為だ。
6〜9階層で、ロックエイプやフォレストラットといった、群れを成すモンスターを攻略する。
対多数との戦闘は、単一の時とは全く違う状況だと知る為だ。
そして、10階層で本物と相対する。
9階層までの全てのモンスターの上をいく性能を持つ、ゴーレムと。
特Eランクとは、E・E+を無理無く倒せるようになって初めて、互角に戦えるという意味である。
自己研鑽において、これ程効率的な場所はそうそう無いだろう。
(だが、一体何の為――いや……誰の為に?)
迷宮の存在意義を考えていると、背後に気配を感じた。
見ると、魔法陣が姿を現している。
(そうか……これが『帰還陣』か)
階層覇者を倒すと、迷宮の入り口に直結する魔法陣が一定時間出現する。
『全力を出し切った冒険者の為にある様な、迷宮の謎の1つ』という、受付嬢の説明を思い出したラディオ。
だが、確かに有難い。
(これがあるなら……32階層まで行っても、間に合うかも知れないな)
ラディオは今後の予定を少し組み替えながら、11階層へ降りて行く。




