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第13話 父、どうしても伝えたかった

(深入りは禁物。だが……)


 夕暮れ時、食材が詰まった紙袋を抱きながら、家路を歩くラディオ。

 しかし、その顔には葛藤が浮かんでいた。

 考えていたのは、今日の出来事。

 ギルドの受付嬢の反応しかり、コルティスの表情しかり。


 だが、何よりも鮮明に思い起こすのはカリシャの瞳。

 あの瞳には、嫌という程覚えがある。


 ラディオが独り身なら、直ぐに動いただろう。

 しかし、今は娘が居る。

 要らぬトラブルは避けなければならない。

 ならないが――



(どうにか……してやれんものだろうか)



 すると、辿り着いた玄関越しに、楽しげな笑い声が聞こえて来た。

 キラキラした温かな音色が、ラディオの頬を自然と綻ばせる。


「ちちぃ〜♡ おかえりなのだ〜!」


 その時、気配を感じ取ったグレナダが、扉を開けた勢いそのままに飛びついて来た。

 娘をしっかりと受け止めて、ラディオは優しい笑顔を見せる。


「ただいま。良い子にしてたかな?」


「あいっ♡」


 ラディオの首元で甘えながら、嬉しそうに返事をするグレナダ。


「ラディオ様っ♡ おかえりなさいませ」


 レミアナも玄関から出て来た。

 少し疲れている―グレナダの相手は体力が必要である―様だが、ラディオを見ると口角が自然と持ち上がる。


「ただいま。急なお願いですまなかったね。エルは?」


「いえいえ! エルディンさんは何か用事があるとか言って、少し前に帰りました」


「そうか」


 次に会った時にお礼を述べよう。

 そんな事を考えていると、レミアナが荷物を受け取り、ラディオの腕を引っ張って来た。


「そんな事より、ラディオ様♡ お疲れでしょうから、早く上がって下さ〜い♡」

「ちち、あのね、きょうはレミアナといっぱいあそんだのだっ♡」


 我先にと喋り掛ける2人。

 すると、ラディオは静かに微笑み、レミアナをぐいっと引き寄せた。

 そして、娘と共に力一杯抱き締める。


「ちちっ♡」

「ラララディオ様ぁぁぁぁ!?」

(ヤバいヤバいヤバいぃぃぃぃ!! 死んじゃう死んじゃう死んじゃうぅぅぅぅ♡♡)


「有難う……レナン、レミアナ。君達が居てくれて、私は本当に幸せだ」


 ラディオは感謝を伝えたかった。

 グレナダに、レミアナに、そしてエルディンに。

 皆の存在がどれだけ大切なのか……どうしても伝えたかった。


(あの子にも……言わなければならなかったな)


 そして、愛弟子の事も想う。

 改めて護ると誓ったあの時、しっかりと向き合っていれば。

 どれだけ大切な存在なのか、何度でも伝えていれば。


「急にすまなかった……お腹が空いたろう? 直ぐにご飯にしよう」


 ラディオはレミアナの頭を撫でてから、荷物をヒョイと持ち上げた。


「ちちっ、ちちっ! もっとぎゅってしてほしいのだぁ♡」


「良いとも。ほら」


「♡♡♡」


 再びぎゅっと抱き締められ、グレナダは幸せ一杯だ。

 尻尾をブンブン振って、満開に笑顔を咲かせる。

 その時、ふと後ろを振り返ったラディオ。


「レミアナ?」


「……大丈夫で、しゅ……後で、入り……ま〜しゅ……♡」


「そうか」


 ラディオは笑顔で頷くと、玄関を開けたままダイニングへ向かった。

 瞬間、レミアナから鼻血が噴き出す。

 アホ毛はプルプルと震え、瞳にハートマークを浮かべて。

 不意の抱擁と、愛の囁きー彼女にはそう聞こえたーは大神官長(ヘンタイ)にクリーンヒットした様だ。


(うへっ……うへへへへっ……♡)


 だが、今日は大丈夫。

 替えの下着をしっかり準備している。

 念には念を入れて4枚……3枚程。

 暫くの間、玄関前で惚けた笑みを浮かべるレミアナなのであった。



 ▽▼▽



「いいにおいなのだ〜♡」


「もう出来るからね」


「ラディオ様、これはもう少し小さく切った方が良いですよね?」


「……きゃははっ♡」


 共にキッチンに立つ2人を、ニコニコと眺める紅玉の瞳。

 旧友と再会してから、ちちの顔はいつも以上に穏やかに見える。

 グレナダは、その事が何より嬉しかった。


 そうこうしている内に、テーブルに料理が置かれていく。

 今日の献立は、ハンバーグに豆のスープ、ロールパンにサラダだ。

 準備が終わると、皆揃って手を合わせる。


「お待たせ。では食べようか」


「いただきますっ♡」


「頂きまーす♡」


 ラディオがハンバーグを小さく切り分ける間、サラダをむしゃむしゃ頬張るグレナダ。

 小さな頬に付いた野菜を取りながら、コップにジュースを注いでやるレミアナ。

 普通の家族の様な、団欒のひと時である。


「そう言えば、教会を空けても良かったのかい?」


「はい、問題ありません! 神官長に全て任せてありますから♡」


 ラディオは教会の仕事に詳しい訳では無い。

 だが、本当にそれで良いのだろうか。

 自分達が、レミアナの仕事の邪魔をしてしまっているのではないか……そんな心配が頭を過る。


「申し訳ない。此方に来たばかりなのに、甘えてしまって」


「とんでもないですっ! 私は、この時間が最高に幸せなんです。ラディオ様とレナンちゃんと一緒に居られる時間が♡」


 レミアナに頭を撫でて貰うと、グレナダも嬉しそうに笑顔を零す。


「レナンもたのしいのだっ♡」


「……そうか」


 大きな口を開けて待つ娘にハンバーグを食べさながら、ラディオも静かに微笑みを浮かべた。

 頬に手を置いて喜ぶグレナダを眺めつつ、ふとレミアナに問い掛ける。


「所で、聞きたい事があるん――」

「はい! 私は何時でも準備出来てますっっ!!」


「……ん?」


「え?」


「…………ん?」


「えぇ……」


 本気で分からないという顔をしているラディオ(鈍感)と、本気で何で分からないのという顔をしている大神官長(ヘンタイ)

 この認識の違いは、まだまだ埋まりそうに無い。


「いや……私達の居場所をどうして知り得たのか、と思ってね」


 師匠以外にランサリオンの事を告げてはおらず、寧ろ生死さえ明確には分からなかった筈。

 それなのに、半年足らずでレミアナ達はやって来た。


(2人は私の特徴を知っている分、不思議は無い。だが……目立っている様なら、考えなければならないからな)


 脳裏にコルティスの顔が過る。

 偵察といい、あの態度といい、警戒するに越した事はない。


「な〜んだぁ、そんな事ですかぁ。それはですねぇ、我が教会の人海せ……ゴホンっ! 信者達の厚き信仰心が導いてくたのです♡」


「……成る程」


 レミアナは両手を腰に当て、えっへんと胸を突き出した。

 確かに、教会は世界中に点在している。

 同時に信者達も。

 人探しをする上で、これ程効率の良い機関は無いだろう。

 しかも、『大神官長』の命令なら尚更だ。


 (特別目立っているという訳では無い、か)


 あの偵察は何かしらの理由の元、【無限の軌跡】独自の物と見て間違い無いだろう。


「そう言えば、エルの元で修行をしているんだったね?」


 疑念が解消されたラディオは、もう1つ気になっていた事を聞いてみた。

 実は、エルディンがレミアナの事を馬鹿弟子と連呼する事に驚いていたのだ。

 ラディオの知る限り、彼は弟子を取った事が無く、その気もさらさら持ち合わせていない人物だった筈。


「そうなんですよぉ! エルディンさんホントに厳しいんです! 聞いてくれますかっ!?」


「あぁ、私で良ければ」


 ラディオの問い掛けに、レミアナは水を得た魚の様に反応を示した。

 ぷくっと頬を膨らませると、弟子になった経緯と師への不満を語り始める。



 ▽▼▽



 10年前――



 ナーデリア達の婚礼の儀から数ヶ月後、エルディンは自国の外交任務の為、リモルディアを訪れていた。

 大した内容ではなかったが、『元英雄の一行』という事でエルディン―非常に面倒くさがっていたが―に白羽の矢が立てられたのだ。


 クアンゼに公文書を届け、ナーデリアにも会わずに帰ろうとしたエルディン。

 だが、城を出た所でレミアナに呼び止められてしまった。


「エルディンさん! 私に魔導を教えてください!」


 発せられたのは、思いもよらない言葉。

 しかし――



「帰れ」


「ありがとうござ――えぇっ!?」


「私は弟子を取る気は無い。帰れ」


「そんなぁ〜!? お願いします!」


「帰れ」


「お願いします! お願いします!」


「帰――」

「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますーー!!」



 全く引き下がらないレミアナ。

 エルディンの足にしがみ付き、引き摺られても手を離さない。


「面倒な奴だ……」


『魔法』とは、練り上げた魔力自体を性質・形状変化させるもの。

 主に攻撃魔法や支援魔法に用いられる。


『魔術』とは、練り上げた魔力を媒体にして、術式や詠唱文に力を宿すもの。

 魔法陣や魔導具の発動に用いられる。


『魔導』とは、それら2つを同時に行う事で、相乗効果を果たし、次元が異なる力を発揮するものだ。


 魔法と魔術に優劣は無く、どちらにも長所短所が存在する。

 これらは一律魔法と定義され、階級が設けられている。

 最下級・下級・中級・上級・最上級までが魔法・魔術で到達出来る位階だ。

 だが、『魔導』を修めた者は、それより上の位階である超級・超越級に到達する事が出来る。


 それ故に、必要とされる能力基準は非常に高い。

 魔力操作を得意とするエルフ族でさえ、容易に習得する事が出来ない程なのだ。


 嘗て存在した魔導師の中には、魔王を討ち果たした英雄も居る。

 魔導師となれば、それ程に強力な力を得てしまうのだ。


「私が怒る前に帰れ!」


「帰りません! エルディンさんがうんと言うまで絶対に帰りません!!」


「いいから帰――」

「帰りません帰りません帰りません帰りません帰りません帰りませーーん!!」


「ちっ……!」


 眉間を押さえたハイエルフ。

 確かにレミアナはの魔力量は人並み外れているが、魔導に必要な素質を欠片も感じない。

 これでは、人族の限られた時間を無駄に浪費するだけ。

 そう思い拒絶したのだが、レミアナは諦めない。


(転移魔法で部屋に吹き飛ば――いや、待て。そもそも、コイツは……何故魔導師になりたがる?)


 この時、エルディンに疑問が生まれた。

 英雄の一行として、賞賛も地位もこの若さでレミアナは手に入れている。

 それ所か、魔王すらもう居ない。

 それなのに、力を求める理由は何なのか。


「お願いします! お願いします!!」


 足にしがみついたまま、何度も何度もお願いを繰り返すレミアナ。

 すると、ハイエルフは厳しい眼差しを向けて問い掛けた。


「……聞かせろ。お前は何故魔導師になりたい?」


 やっとエルディンから離れたレミアナ。

 体を起こし、ぎゅっとローブを掴む。

 しかし、何も言わずに俯いたままだ。


「何だ、理由も無くそんな戯言を言っていたのか? 話にならん――」

「もう嫌なんですっ!!」


 踵を返したハイエルフが去ろうとした時、レミアナの心からの叫びが木霊した。

 涙を一杯に溜めながら、力強い光を灯した瞳でエルディンを見据えて。


「私は、私は……ラディオ様と同じ場所に立ちたいんです! もう、護ってもらうだけの存在ではいたくない……! あんな想いは……もう、嫌なんです……!」


 ラディオが旅立った日の事を、忘れた事は無い。

 自分に力があれば、1人で行かせはしなかったのに。


「お前……」


 ハイエルフは驚きを隠せなかった。

 まさか、小娘が()()()()()()()を抱えていたとは。

 知らぬ間とは言え、ラディオが1人で魔界へ赴いた事に憤りを感じていたエルディン。

 何の相談もせずに行ってしまった事もそうだが……何よりも、自分自身を許せなかったのだ。


「……良いだろう。お前に素質があると判断出来れば……魔導の全てを教えてやる」


「ほ、本当ですか!?」


「正直、お前に素質は無い。が……見もせずに決めるのは、魔導師のやる事ではない」


「有難うございます!」


 城門を出た2人は、近くの平原へと足を運ぶ。


「先ずは手本を見せてやる」


 そう言うと、エルディンは空に向かって手を突き出した。


「原初の火 与えられしは陽光の輝き 呑み込む先に証を刻め――《プロメテウス》」


 詠唱と共に莫大な魔力が渦巻き、エルディンの手に紅蓮のオーラが巻き起こる。

 そして、まるで太陽の様に燃え盛る火炎球を、空に向かって撃ち放った。

 轟音と共にグングン上昇していき、やがて雲を突き抜けた瞬間――



 怒轟ッッッッッッ!!!!



 目も眩む閃光の後、耳を劈く爆発音が轟き渡った。

 空は紅く燃え上り、火山の噴火を思わせる火の礫が豪雨の様に大地に降り注ぐ。


(凄い……これが……魔導! あんなに遠くで爆発したのに、ここまで余波が響いて来るなんて……!)


 ビリビリと心臓に響く衝撃に何とか耐えながら、レミアナは息を呑んだ。


「お前の求める力がこれだ。《プロメテウス》は超級魔法、使い方を間違えれば、世界にとって魔王と変わらぬ脅威となろう。故に、私は弟子を取ってこなかった」


「……はい」


「そもそも、素質が無ければ土台無理な話だがな。何でも良い、お前が使える最高の火属性魔法を見せてみろ」


 エルディンが腕を組み、品定めをする様にじっと此方を見据えて来る。

 だが、レミアナは困惑していた。

 想像を遥かに超えた魔導の力……果たして、自分に会得出来るのだろうか。

 その時、ハイエルフの喝が飛ぶ。


「どうした! やる前から怖気付いたかッ!」


 レミアナはハッとした。

 そうだ……こんな所で止まってはいられない。

 目指すべき場所が、並びたい人が居るのだから。

 レミアナは全身全霊の魔力を込めて、掌を正面にかざした。


「いきます……!」


 オーラの波が起こり、煌々と燃える拳大の火炎球が現れた。


「《ファイヤーボール》!!」


 レミアナの渾身の叫びと共に、火炎球が地平線に撃ち出された。

 しかし、エルディンは結果を見る事無く、踵を返して歩き出してしまう。


(ファイヤーボールは最下級魔法、その中でも練度が低い。やはり、コイツには無理――)



 怒轟ッッッッッッ!!!!



 とんでもない爆音と共に、地鳴りが轟いた。

 巻き起こった異常な熱風と衝撃波は、エルディンに思わず防御態勢を取らせる。


「何だっ!?……お前、何をした……!」


 徐々に爆煙が収まっていく中、エルディンは自分の目が信じられなかった。


「はぁ……はぁ……ど、どうですか……エルディンさん……!」


 膝に手をつき、息を上げているレミアナ。

 たった1回の最下級魔法で、ここまで消耗するなど有り得ない。

 ましてや、レミアナは()()()()()()魔力量を持っていると言うのに。

 しかしこの時、ハイエルフは全てを認めざるを得なかった。

 何故なら――



(コイツ……化物か……!)



 ファイヤーボールが破裂した真下の地面は大きく抉れ巨大な穴となり、炎が燻り大地を焦がしていたのだ。

 それはまるで、()()()()()()が放たれた痕の様に。

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