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第120話 【移動要塞】の場合 《前編》

「いつ頃届くでしょうか?」


「明日大量に納品されるからな。1〜2日中には届けるよ!」


「宜しくお願いします。それと、今日のお勧めは有りますか?」


「おうよ! 瑞々しい葉物が入ってるぜ。見てくれよ、この色艶。生で良し、茹でて良し、和えて良し。炒め物や、潰して練り込んでも美味いよ〜」


「成る程。では、幾つか見繕って頂けますか?」


「はいよ! 毎度ありっ!」


 レンカイを送り出した後、バザールへやって来たラディオ達。

 馴染みの八百屋で発注を済ませ、ついでに昼と夜の野菜も買っていく。

 テキパキと袋に詰められていく草片を見ながら、献立を考えていると――



「ちちーっ! みてなのだーっ!」



 3軒先の店から、グレナダの声が響いて来た。

 爪先立ちをしながら器用に歩き始めた姿を見ると、ラディオは気が気でなかった。

 八百屋に一声掛けてから、娘の元へ急いで向かう。


「レナン……これは?」


「もらったのだっ♡」


 ニコッと笑って此方を見上げるグレナダとは対照的に、ラディオは眉根を寄せて困ってしまう。

 小さな両手に、自分と同程度の大きさの丸々太った魚を持っていたからだ。

 大きな尾の付け根を持ち、頭が地面に付かぬ様背伸びをして。


「はっはっはっ! レナンちゃん、一杯食べてね〜」


「あいっ! レナン、おさかなさんだいすきなのだっ!」


 クルッと振り返り、満開の笑顔でそう答えたグレナダ。

 愉快な笑い声を聞かせてくれたのは、贔屓にしている魚屋の店主だ。

 ラディオが八百屋で買い物をしている隙に、グレナダに魚を持たせたのである。


「こんな立派な……お幾らでしょうか?」


「あーあー、良いの良いの。ほら、鱗にちょこっと傷が付いてるっしょ? これじゃあ、売り物に出来ないから」


「ちちっ! おさかなさん、もらったのだっ♡」


 グイッと魚を持ち上げ、ラディオに見せようとするグレナダ。

 しかし、どこをどう見ても傷など見当たらない。

 だが、ラディオが代金を払おうとしても、魚屋は頑として受け取らなかった。


「いつもラディオさんには贔屓にして貰ってるし、レナンちゃんがウチの魚が美味い!って言ってくれるしさ。サービスだから気にしないで!」


「……有難う御座います。では、お言葉に甘えさせて頂きます。レナン、ちゃんとお礼を言うんだよ」


「ありがとーなのだっ!」


 店主に挨拶をしてから、八百屋へ戻る親子。

 代金を払い、紙袋を受け取るが――



「あの……これは?」



 またもやラディオの眉根が寄ってしまった。

 今日買ったのは葉物だけの筈。

 しかし、紙袋の重さが明らかに違う。

 と言うよりも、既に他の野菜が見えている。


「そういや昨日のトマトが余っててな。あんまり大きい声じゃ言えねぇが、今日中に食う分には支障無ぇ。頼まれてくれるか?」


 わざとらしくヒソヒソと喋る八百屋。

 ラディオがチラリと売場を見ると、トマトの皿が幾つか空になっている。

 勿論、今朝仕入れた新鮮な物だ。


「レナンちゃん、野菜好きだもんな〜?」


「あいっ! レナン、おやさいもだいすきなのだ〜!」


「お〜、そうかそうか。まだちっちぇのに偉いな〜。ウチの野菜は特別拘って仕入れてるモンばっかだからな! ドンドン食べて、丈夫な体を作るんだぞ!」


「あいっ!」


「……いつも有難う御座います」


 増えた野菜の代金を差し出していたが、全く八百屋が受け取らないので諦めたラディオ。

 此方にもしっかりとお礼をして、次の店へ向かう事にした。


「良かったね、レナン」


「あいっ!」


 通りを歩きながら、腕の中に収まる娘に語り掛ける。

 魚の代わりに両手にトマトを持ったグレナダは、元気にコクンと頷いた。


 これが、親子の日常。

 人見知りをしないグレナダを、バザールの人々はとても可愛がってくれる。

 店同士で張り合って、いつも大変なサービスをしてくれる程に。

 ラディオは申し訳無く思いながらも、住民の温かさに感謝していた。


(魔王の転生体であっても、もう魔王では無い。これからも、ありのままの君を見て貰える様に……父は頑張るからね)


『もうたべたい……』という眼差しで、トマトをじっと見つめているグレナダ。

 そんな娘をギュッと抱き締め、優しく頬擦りする。

 すると、グレナダから幸せに満ちた笑い声が上がった。


「きゃははっ! ちち〜♡」


「これからチーズを買いに行って、お昼はトマトと葉物とサラミでサンドイッチにしよう。夜は……『ちらし寿司』を作ろうか。新鮮なお魚さんを頂いたからね」


「…………はむっ……ちらしずし?」


「あぁ。兄さんの故郷にある伝統的な料理の1つだよ。今日もお腹を空かせて帰って来るだろうから」


「にーちゃっ! レナンもおてつだいするのだっ!」


「有難う。一緒に美味しくしようね」


「あいっ♡」


 笑顔を咲かせる娘の口元を拭きながら、ラディオも微笑みを浮かべる。

 昨日、魔力の流れを意識して読んでいたレンカイ。

 次はどんな事を覚えられるのだろうと、今日も張り切って出て行った。


(迷わず、真っ直ぐに進んでいく姿。まるで、貴方達を見ている様ですよ……ホウレン殿、モモ姫)


 そんな事をふと想うラディオ。

 そして、改めてやる気を漲らせる。

 帰って来たレンカイがちらし寿司を見て、グレナダの様に笑顔を咲かせてくれる事を願って。



 ▽▼▽



 一方その頃――



「良し、お前さん達の武器の状態は把握した」


 子供達にそれぞれの武器を返しながら、ギギの快活な声が響き渡る。

 此処は、下段に在る工務店3階の工房。

 ロクサーナを受け持つと決めてから、32階層には戻らず、店を拠点としていた。


「さて、俺は昨日……『武器の手入れをして来い』と、お前さん達に課題を出した訳だが」


 編み込んだ顎髭を摩りながら、ニンマリと笑ったギギ。

 それを見た子供達にも、自然と笑顔が広がるが――



「だっはっはっはっ! てんで駄目だな、話にならねぇ」



 顔の前で手を振りながら、ギギはそう言って豪快に笑い飛ばす。

 表情から想定していた文言とはまるで違う内容に、子供達は目を丸くしてしまった。


「えと……どこが駄目だったんですか?」


 雄起を掴みながら、レンカイが問い掛ける。

 すると、口髭を捻るギギの目付きが、スッと鋭くなった。


「全部だ」


「全部、ですか……!?」


「そうとも。因みに聞くが、レン坊……お前さん、どんな手入れをした?」


「え〜と……師匠が拭い紙って言うのを準備してくれたんです。他にも道具はありましたけど、師匠に聞きながら一緒に磨いたりしました」


「……兄貴らしいぜ。次はリー坊だ。お前さんはどうした?」


 面白そうに頷きながら、今度はリータに問い掛けるギギ。


「私も、レミアナ様にお手伝いして貰いました。杖を磨いて、グリーヴの関節部に油を差して」


「成る程な。よし、クー坊はどうだ?」


(……そんなぁ)


 この時、1人表情を曇らせたクレイン。

 それを見たドワーフの目付きが再び鋭くなったが、子供達は気付いていない。

 俯くクレインに向かって、ギギがもう一度声を掛ける。


「クー坊」


「あ……は、はいっ! 僕は、その……本を読んで、色々調べて、その……」


「誰にも聞かずに1人でやった、ちゅー訳だろ?」


 コクンと頷くクレイン。

 すると、レンカイ達が首を傾げながら声を掛けた。


「ホントかよ、クレイン?」


「どうしてエルディン様にお聞きしなかったの?」


「だって、課題だって言われたから。僕も聞きたかったけど、自分の力でやらなきゃいけないって……そう思ったんだよ」


 自信無さげにそう答えたクレイン。

 すると、ギギが対面に胡座をかいて座り込んだ。

 膝を肘置きにしながら、顎を持って真っ直ぐな眼差しをクレインに向ける。


「自分の力で、か。その考えは否定しねぇ。だが、最適解とは言えねぇな。何故だが分かるか?」


「……僕の力が足りなかったから」


「そう、正にそれだ」


 ギギの言葉に、キュッと眉根を寄せるクレイン。

 しかし、肩に置かれた分厚い手の感触が、不思議と心のモヤを晴らしてくれる様だった。


「ギギさん……?」


「最適解を選択出来なかった理由(わけ)、それはお前さんが気付いていない事。自分の持つ力を最大限に活用出来なかった事だ。言っておくが、お前さんの力はこんなもんじゃねぇ」


「僕が持つ力……?」


「おうよ! 聞くが、参考にした文献やら本やらは、お前さんが書いた物か?」


「い、いえ! 違います」


「そうか。なら、さっきのお前さんの考えで言うなら……それはもう自分だけの力じゃねぇんじゃねぇか?」


 そう言って、ニヤリと笑みを零したギギ。

 クレインもハッとしたまま固まり、レンカイやリータも深く頷きを見せる。


「誰かが書いた物なら、そうなるわな。けどな、それで良いんだ。それこそお前さんの持つ力の一端。クー坊、お前さんにはそういった書物があり、読める環境があるって事だ」


「それが、僕の力……!」


「それだけじゃねぇ。お前さんにはへんく……師匠が居る。まぁ、何だ……アイツの方が、本より多少は詳しく具体的な事を教えてくれた、かも知れねぇ。だが、お前さんはその選択を放棄した。俺は武器の手入れをして来いとは言ったが、1人でやれとは言ってねぇのにな」


 途中、苦虫を噛み潰した様な顔になりながらも、子供達に本質を語るギギ。

 すると、クレインは大きく溜息を吐いて、深く頷いた。


「はぁ〜、良かったな。俺達は聞いてて」


「うん。何とかギギ様のご期待に添えられた――」

「レン坊、リー坊、お前さん達だって最適解とは言えねぇからな」


「「えっ?」」


 グルリとレンカイ達の方を向き、ギギはまたニヤリと笑みを零す。

 予想していなかった言葉に、2人は同時に目を丸くした。


「兄貴やレミ坊に聞く、という選択は悪くねぇ。でもな、兄貴達以上に武器に詳しい奴を、お前さん達は知っている筈だ。ソイツの価値を知っているなら、それを使わねぇ手は無ぇ」


 ギギの意味深な目付きに、レンカイ達は困惑を見せる。

 自分の師以上に詳しい人物となると、それは最早――



「この課題で見たかった事は、武器の手入れじゃねぇ。そもそも、完璧に手入れをしてくれと、お前さん達の師匠に頼んであったしな。俺が見たかったのは『直感力』と『選択』。自分が持つ力、今回は人脈だな。直ぐに()()()()()()()ってぇ直感と、武器の手入れが必要無ぇという選択。それこそが、最適解だったんだよ」


「「「っっ!!」」」



 核の全貌を受け、レンカイ達は驚きを隠せなかった。

 そもそも手入れが必要無かった事、確かに1人でやれとは言われていない事、ギギが伝説の名工だと知っている事。

 それらを踏まえれば、この答えに辿り着けた筈なのだ。


「レン坊達は師匠に聞くってぇ直感は働かせた。クー坊、お前さん言ってたな? 僕も聞きたかったってよ。直感力は勘や運で決まるもんじゃねぇ。培ってきた経験から最適解を瞬時に選び抜く力だ。お前さんはこの4人の中で、群を抜いて知識を持っている。そんなお前さんが最適解を選択出来る様になったら……とんでもねぇ事になるだろうな!」


「……はいっ!」


 豪快に笑いながら、少年の肩をバンバン叩くギギ。

 少し膝を折りながらも、クレインにも笑顔が浮かんでいる。

 これこそ、エルディンが言っていた『足りないもの』の正体。

 能力補完を目的とした、合同演習の醍醐味である。


「う〜〜、親方〜! そろそろ良いっスか〜?」


 その時、頭の後ろで手を組みながら、ロクサーナが声を上げた。


「あれ、そういや……ロクサーナの事は何か言ってたっけ?」


「ううん……リィも聞いてない、かも?」


 よくよく考えてみると、ロクサーナはずっと黙っていた。

 ギギも自分の弟子の武器について触れていない。


「おう、良く我慢したな。皆にお前さんがどうしたか、教えてやれ」


「ういっス! ウチは武器の手入れはしなかったっスよ。親方から課題を出されてイリオスを見た時、直ぐにピンと来たっス。親方がもう手入れをし終わってる状態だって」


 顔の横でVサインを作るロクサーナが、誇らしげにそう語る。

 流石はギギの愛弟子、といった所か。

 確かに、普段から鋭い指摘をバンバン繰り出しているし、竜族についての違和感にも最初に気付いていた。

『直感力』と『選択』を鍛えられているのだなと、感心した様に頷く他の子供達。

 しかし――



「そりゃそうだろ、ロク。お前さんは俺の弟子。そう判断するのは最低ラインで、最適解にゃ程遠い」


「え……えぇ〜〜!?」



 いつもの様にギギの笑顔が見られると思ったロクサーナ。

 だが、その顔は想像とは真逆の険しいものだった。

 途端に焦り始め、『何でっスか!? どこがっスかぁ〜!』と騒ぎ始めてしまう。

 一方、胸中に渦巻いた悔しさによって、自虐的な笑みを浮かべるギギ。


(レミ坊め……痛ぇトコ付きやがる)


 唇を尖らせ、ブスッとしながら座り込むロクサーナ。

 その様子を見たギギから、溜息が漏れ出る。


(ったくよぉ……しかめっ面はオーウェンそっくりだな)


 不貞腐れた弟子に、更に溜息を重ねるギギ。

 やれやれと首を振りながら、イリオスを投げ渡した。


「ロク、普段そいつの手入れをする時、どうしてる?」


「え……? 傷凹みの確認をして、形態の確認と調整をして、磨き上げる……っス?」


「やってみろ」


「えぇ? じゃあ……《換装・ハンマー》!」


 突然の提案に戸惑いながらも、言われた通りイリオスを変形させるロクサーナ。

 巨大な握り拳が両端に付いたハンマーを、皆から距離を取って振り回してみる。

 しかし、いつもと変わらぬ……いや、それ以上に軽やかに扱えるイリオスに不審な点など見当たらない。


「やっぱ親方が手入れしてるっ――」

「次、シールド」


「……《換装・シールド》」


 有無を言わせぬ師匠の言葉に頬を膨らませながら、イリオスを変形させるロクサーナ。

 先端に付いた両拳が掌底の形となり自身の正面に展開される迄に要したのは、僅か1秒程だ。


「親か――」

「ほれ! 次ドリル!」


「っ!……《換装・ドリル》っっ!!」


 今度は抜き手を合わせた形状となり、見事な三角錐を作り出す。

 要した時間も先程と変わらない。


「次、ウイン――」

「いつもと変わんないッス! 当然っスよね、普段からキッチリ手入れしてるんスから! なんなんスか!!」


 遂に、ロクサーナに火が付いた。

 しっかり師の思惑にも気付き、皆よりも繊細に武器を扱っているのに。

 何故、自分ばかり責められなければならないのか。


「全然意味分かんないっス! いつもちゃんとやってるのに! 親方の言う事聞いてる――」

「ロク」


 蒸気を上げるロクサーナを、静かな声がピシャリと制した。

 普段の厳しくも優しい、温かなギギとは程遠い。

 凍てつく大地の様に身を震わせる冷たさが、今や本来の身長の何倍にも見える体から放たれていた。


「お前さんは半人前、俺の管理下にある。言う事を聞いてるっつーんなら、言われた事をやれ」


「……うっス。《換装・ウイング》」


 師事してから初めて見る、ギギの態度。

 ロクサーナは瞳に涙を溜めながら、小さな声で呟く。

 しかし――



「あれ……? ウイング! なんで、なんで変らないんスか!?」



 先程までが嘘の様に、ピクリともしないイリオス。

 何度唱えても、基本形状のまま。

 それをじっと見ていたギギが、溜息混じりに口を開く。


「お前さんが課題の上澄みを読んでくる事は分かってたからこそ、手入れでは無く細工をしたんだよ。お前さんの好む順番ではなく変形させていった時、4回目で機能停止する様にな」


 これこそ、ギギが弟子に課した本当の試練。

 明日の合同演習に備えさせる為の、親心であり苦肉の策。

 しかし、やはり甘さは捨てきれず、イリオスの可変時間をコンマ数秒遅らせる事で、カラクリを見抜ける様にはしていた。

 これで判別出来るのはギギぐらいのものだが。


「お前さんの直感はズバ抜けている。だが……いや、今は良いな。とにかく、俺が分かっている事を分かった上で、更にその上をいって欲しかったのよ。すまんかったな」


「親方ぁ……!」


 あの冷たさが消え、申し訳無く眉尻を下げる師の顔。

 それを見てしまうと、涙が零れ落ちてしまう。

 腕で目元を覆いながら、自分の不甲斐なさを恥じるロクサーナ。

 その時、フワリと体が持ち上げられた。


「ロク、これはお前さんのせいじゃない。俺の甘さだ。今後はもっと気ぃ付けるからよ。許してくれや」


「ひぐっ……ウチの方こそ、ごめん……なさいっス……!」


 肩に乗せられたまま師の頭に手を回し、顔を埋めるロクサーナ。

 弟子が落ち着くまで、ギギは優しく背中を叩いていた。

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