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第119話 【翡翠の魔剣士】の場合 《後編》

「そうだ。まぁ、欠点と言う表現は少し大仰だったかも知れん。アイツがそうなった理由は、半分は環境のせいでもある……先ずは、竜族について説明せねばならんな」


 そう言って、魔力を込めたエルディン。

 すると、掌から溢れたオーラが、立体的な竜の像を形作る。

『おぉ〜!』という子供達の歓声に頬を僅かに緩めながら、説明を始めた。


「竜とは、エルフやドワーフ、人や獣人と同じ質の高い知能と文明を持つ種族。ドラゴン系統のモンスターとは似て非なる存在、と言う事は知っているな?」


「「「はい!」」」


「よし。次に、竜族を竜族たらしめる最大の要因についてだが……助手」


「は、はいっ!?」


「お前が学んだ事を、仲間達に伝えてやれ」


「えぇ! あの、えと……分かりましたっ!」


 突然の指名に戸惑うクレインだったが、師匠の期待に応えたい。

 浮かんでいる竜のオーラの横に立ち、息を整えて口を開く。


「え〜と……竜族は、万物の頂点と言われている存在なんだ。途方も無い寿命を持ち、途轍も無い魔力を内包している。でも、特筆すべき点は、その圧倒的な力にあるんだよ」


 スラスラと要点を伝えるクレインに、仲間達から再び歓声が漏れ出る。

 チラリとエルディンを確認すると、『続けろ』と穏やかな笑みを浮かべていた。

 ぐっと自信が増したクレインも、説明に熱が入っていく。


「翼をはためかせれば暴風となり、脚を踏み出せば大地が割れ、吐き出す息吹は野を焼き尽くす。鱗は頑強な鎧であり、牙や爪は研ぎ澄まされた刃である……と言った具合に、存在そのものが力の象徴として、神話の時代から伝わっているんだ」


『なるほど〜』とレンカイとリータが拍手を送ると、頭を摩って照れるクレイン。

 しかし、ここで首を捻る者が1人。

 腕を組み、唇を尖らせながら『う〜ん』と唸る様子を見て、エルディンが声を掛けた。


「房子、言いたい事があるなら遠慮するな」


「あれ、ロクサーナ? 僕の説明分かりにくかった?」


「いやいや、寧ろ分かりやすかったっスよ。でも、だから余計に分かんなくなったって言うっスかぁ……」


「どう言う事?」


「魔力もスゴくて、頭も良いんスよね? だったら、魔法も使える筈じゃないっスか? て事は、竜族であるラディオさんも魔法は得意な筈っスよね?」


「あ……」


 ロクサーナの最もな指摘に、クレインは目を丸くし、『そうかも』とリータも頷く。

 ラディオの過去を知っているレンカイだけは少し気不味い顔を見せたが、ロクサーナの言い分は納得出来るものだった。


「そうっスよね? だから、こんがらがっちゃったっス」


「考えて見ればそうだよね。ちょっと待って」


 眼鏡を直しながら、懐から手帳を取り出したクレイン。

 パラパラと捲り、竜族について書かれたページを探す。


「う〜ん……あれ……?」


「どうしたんスか?」


「うん……竜族が魔法を使えるっていう記述が見当たらないんだ。何冊も読んで、特筆点は書き込んでるんだけど……ごめん、やっぱり無いよ。先生、勉強不足ですみません」


 悔しさに眉根を寄せ、エルディンに頭を下げたクレイン。

 しかし、頭に置かれた手の優しい感触が、クレインの顔を上げさせた。


「お前に足りないものはあるが、勉強不足では無い。読んで来た書物には、その点に関しての記述は無いからな」


「足りないもの、ですか?」


「そうだ……癪だがな。房子、お前の見解はある意味では正解だが、ある部分では不正解。それはな、ラディオが竜族ではなく、人族であるという点だ」


「「「えっ!?」」」


 予想だにしていなかった言葉に、リータ達が驚きの声を上げる。

 ラディオを竜族だと思い込んでいたからこそ、リータ達はグレナダの尻尾に違和感を持たなかったのだ。

 しかし、そうでは無いと告げられた今、どんな反応を見せるだろう。

 不安を灯した瞳でエルディンを見上げるレンカイ。

 しかし、振り向く様に顎で指示されたので、取り敢えず後ろを見ると――



(えっ! えっ! ラディオさんが竜族じゃないって事は……!)


(そうっスよ! 間違い無いっス!)


(やっぱり! だから、ラディオ様お一人でレナンちゃんを育ててるんだよね!)



 何やら盛り上がる3人。

 額を突き合わせ、興奮しながらヒソヒソと喋っている。

 それを見たレンカイは、『あ〜……』と溜息を吐いた。

 グレナダの正体について、どうやって誤魔化すか考えていたのに。

 要らぬ心配だった様だ。


(ラディオさんが家の事全部1人でやってるの、おかしいと思ってたんだよ……)


(普通なら有り得ないっスよね。どっちか分かんないっスけど、現状見る限り別れてるっスから……)


(レミアナ様が気になさっている原因って……)


(((レナンちゃんのお母さんと三角関係だからっ!)))


 何とも的外れな見解に、レンカイから再び溜息が漏れ出てしまった。

 完璧な言い訳を用意していたハイエルフもそれは同じだった様で、ぴしりと眉間に皺が寄っていく。

 そんな2人を他所に、大いに盛り上がりを見せるリータ達。

 しかし、これ以上は時間の無駄なので、エルディンから険しい咳払いが放たれた。


「……全く、お前達は……話を戻すぞ。ラディオは人族だが、竜族に育てられ、その力を余すところ無く受け継いでいる。お前達の知る《竜咆》や《五色竜身》、《飛翔》等は竜としての力をアイツなりに顕現させたもの。そこでだ……房子の読み通り、竜族は魔法を覚える事が出来るし、それは他種族より強力なものとなるだろう。しかし、ラディオは魔法が使えない……お前達、この意味が分かるか?」


 核心に近付きながらも、考えさせる為の問い掛け。

 すると、子供達は真剣な顔で言葉の真意を探り始めた。

 それを見たハイエルフは、また少し頬を緩ませる。


(そうだ、考えろ。数多ある結果を予測し、幾つも重なる過程を予測するんだ。決して考える事を止めるな……愛する者の為に)


 気付けば、穏やかに子供達を見つめていたエルディン。

 その瞳に、遠い遠い過去を思い返しながら――



『なんで兄さんが行かなきゃいけないんだ! 英雄の一行として、もう十分尽くしたろ!』


『確かに、魔王の気配は消えた。でもね、だからこそ私は行かなければ。愛する友が命を賭して護った世界……共にかの地に行けなかった私達には、彼の意志を継ぐ責任があるんだよ』


『英雄はその使命があったかも知れないけど……でも、兄さんはやっと帰ってこれたのに! そんな体じゃ何も出来ないよ……呪いもどうしようも出来なくて、もう……兄さんには……!』


 伏した顔に輝く碧色の瞳から、大粒の涙が溢れ出る。

 すると、優しい手が頭に乗せられた。


『有難う、エル。私なら大丈夫だ。呪いを受けてしまったのは、私の落ち度。しかし、諦めた訳じゃない。この《ファウヌス》を授けられる者を探しながら、呪いについても解析してみせるさ』


『なん、で……! なんで僕、じゃないの……! ごめんね……兄さん……! 僕が……!』


 止めどなく溢れる涙で、前が見えない。

 厳格な父に常に比べられ、蔑まれてきた。

 有能な長男と、出涸らしの次男として。


 そして今、その事を自分でも痛感してしまう。

 いつも自分を庇って微笑んでくれた兄を、助ける事が出来ないのだから。


『僕が、うっ……! 兄さん、みたいに、なれないから……! 出来損ない、だか――』

『そんな事は無い……お前はお前だ』


 悔しさに震える体を、兄が強く強く抱き締めてくれた。


『父上の事は気にするな。神器がお前に適さなかったのは、お前が劣っているからでは無い。私など比べるべくもなく、お前が遥かな高みに到達するからだ。こんな所で満足するな……そう、ファウヌスも言いたいのだろう。自信を持て、考える事を止めるな。常に情報を、常に想定を。お前なら出来る……私が心から愛する弟なのだから』


『兄さん……!!』


 いつもと同じ、穏やかで優しい笑顔を浮かべた兄。

 最後に弟の頭を撫でると、そのまま国を旅立って行った。


 その後、兄にかけられた解呪の方法を見つけた時、既に200年が過ぎていた。

 それは偶然の産物。

 兄と別れてからやる気を失っていた所、本当に偶々頭に湧いて来た解析。


 しかし同時に、弟は身を焦がす後悔に苛まれた。

 解呪の方法を見つけるほんの少し前、兄が死んだという知らせを、淡緑色の瞳をしたエルフがもたらしていたから。


 以来、誰よりも自分に厳しくなった弟。

 寝る間も惜しんで書物を読み漁り、研鑽の為に様々な場所に赴いた。

 全ては過去の自分を振り払う為。

 偉大な兄に少しでも顔向け出来る様になる為。

 気付けば、髪と瞳の色から【翡翠の魔剣士】と呼ばれる様になった。


 それから500年程経った頃、エルフからハイエルフへと昇華していた弟。

 《魔導師》として確固たる地位を築き、エルフ族の歴史に永劫名を刻む存在になっていた。


 しかし、あの日の後悔が消える事は無い。

 寧ろ、年を経る程、心の中で大きくなっていく傷痕。

 歳の割に深く刻まれた眉間の皺は、何をしてももう取れないだろう。


 そんなある日、旧知の王が訪ねて来た。

 その手に収まっていたのは、黒髪黒目の人族の少年。

 知識欲以外の興味を失っていたハイエルフは、無表情のまま軽く会釈をするだけ。


 しかし、少年はキラキラした瞳で微笑みを見せてくれたのだ。

 その時のハイエルフは、知る由も無い。

 少年との邂逅が、この傷痕を埋める事になろうとは――



(あの時から何百年経とうとも、考えれば考える程……兄さん、私はやはり出来損ないだよ)


 やれやれと、エルディンは僅かに首を振る。


(だが、あの時とはもう違う。私が出来損ないであると、己自身で理解出来た。一人過ごした700年より、アイツと出逢い共にした30年ばかりの時間で……馬鹿弟子達と過ごす、この数年で)


 この時、ハッとした様子のレンカイを見て、エルディンの頬がまた緩む。


「どうした? 鬼子」


「いや、あの……分かっちゃった、かも知れないです」


「言ってみろ」


「はい。竜族は魔法を覚えられるけど、師匠は魔法を使えない……これって、使えないんじゃなくて、()()()()()と言い換えられると思ったんです」


 レンカイのこの言葉が、他の子供達にも閃きを与えた。

 皆しきりに頷き始め、互いに顔を見合わせる。


「そっか……うん、そうかも。だから、ラディオ様は色々な属性を扱えたのね」


「なるほど〜。竜族に育てられ、その力を余す事無く受け継いでいるってのは、そういう事っスか〜」


「何で気付かなかったんだろう! 息を吐くだけで野を焼き払い、翼を動かすだけで暴風が巻き起こるなら……」


「あぁ。師匠達は、確かに魔法を覚えていない。なぜなら、覚える必要が無かったからだよな」


「お前達……よくぞ辿り着いた」


 答えを導き出した子供達に、充足感が広がる。


「「「「はいっ!」」」」


「ラディオが魔法を使えない理由は、正しくその通り。これはな、竜族が掲げる『絶対力至上主義』に由来している。例えば、炎の魔法を覚える時間があるなら、より多くの大気を吸い込める様に肺活量を鍛える。身体能力を上げる支援魔法を覚える時間があるなら、より鋭い、より疾い、より強い一撃を繰り出せる様に体を鍛える……と言った具合にな」


 竜族は生まれながらにして、強者。

 万物の頂点と謳われる存在。

 故に、己の力に誇りを持ち、際限なく高めようとする傾向にある。

 それはある種傲慢な側面も持つが、保持する力に裏打ちされた確固たる自信でもあるのだ。


「幼少期からこの考えを叩き込まれたラディオは、今や骨の髄まで染まっている。現状では、最早魔法を覚えられなくなったと言っても良い。それ程にアイツは魔力操作が下手だ。千を万、或いは百にする事は出来ても、それを一、若くはそれ以下にする事が出来ない。零以下の細やかで繊細な魔力操作、それこそ魔法に必要不可欠なものだからな」


 ミノタウルス・ジェネラルと戦った時、周囲一帯を破壊させてしまったのは、これが原因である。


「互いに足りないモノを補う、これも合同演習の目的の一つだからな。師が出来ないからといって、弟子にそれを押し付けるのは全くの愚行というもの」


「エルディンさん! 後で教えてくれるって言ってた目的は何ですか?」


「……よく覚えていたな。今回の目的は絆が一つ、能力補完が一つ。だが、真に大切なのは――」


 その時、背後に魔力反応を感じた。

 見ると、スカートの端を摘み、優雅なお辞儀をした影が1つ。

 シルバーグレーの美しい髪が風に揺れ、首に付けられた鈴が心地良い音色を奏でていた。


「お待たせ致しましたわ、皆様」


 そう、ニャルコフだ。

 両腕にぶら下げた大きなバスケットから、胃を刺激する料理の香りが漂ってくる。


「……もうこんな時間か。お前達、昼飯にする――」

「腹減ったぁ〜!!」


「リィもお腹ぺこぺこ!」


「この匂い……うわぁ〜! ミートパイっス! 絶対そうっス!」


「ニコさんの料理はとっても美味しいか――ちょ、皆!? 待ってよ〜!」


 気付けば、子供達はニャルコフの元へ走り出していた。

 草原に敷かれたシートに座り、ダークエルフから食器を受け取って、料理が並べられるのを待つ。


(全く……)


 やれやれと首を振ったエルディンは、ふと青空を見上げる。


(赤子に等しい彼奴らもまとめられないとは……やはり、私は出来損ないだろう?)


 しかし、眉間にいつもの皺は無かった。


(でも、それで良いんだ。何故なら、彼奴らは……私の新たな家族は違う。誰にも出来損ない等と呼ばせない。必ず育て上げて見せる。護り切って見せる……兄さんの様に)


 流れる雲に想いを馳せるエルディン。

 料理に夢中な子供達も、それを見て幸せ一杯なダークエルフも、本人でさえ気付かない。

 いつも険しいハイエルフの顔に。

 大きな愛で包んでくれた兄とそっくりな……穏やかで、優しい微笑みに。

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