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第116話 少年、大きく手を振って

「な、何を仰っているのか……そもそも、貴方は何なん――」

「僕ちゃんはどうでも良かったんだけど、パピーが煩くてね〜」


 ゴクリと生唾を飲んだ男を遮り、アレクサンディアスが軽やかに言葉を紡ぐ。

 普段の軍服に似た服装とは異なり、髪を後ろに流し、第3ボタンまで開けられた真っ白なワイシャツというオフの姿。

 普通に考えれば少々下品だが、溢れ出る気品と清潔感によって、ウットリする程の魅力を放っている。


「パ、パピー……!?」


「『つまらない下衆な小物が、我が家名を(けが)している。それもこれも全て貴様の責任、ゴミはゴミで駆除しろ』って、言われちゃってさ〜」


 声色を使い、厳格な空気を醸し出したアレクサンディアス。

 携えた笑みは変わらないが、瞳の奥に少しの嫌悪感を滲ませた。


「アレクサンダルじゃなくて、今はアレクサンディアスね〜。覚えといて〜」


「い、言い掛かりも大概にして頂けませんかね! ジオドラール家嫡子、アレクサンダル・フォン・ジオドラール様を侮辱する気で――」

「今のジオドラール家に嫡子は居ないんだよね〜。 初めて生まれた男の子が、家を飛び出して冒険者になっちゃったからさ〜」


「な、何を馬鹿な事をっ! 旦那様は今もお屋敷で静養中の筈! その様な戯言は聞いた事がありませんっ!」


「そりゃそうでしょ〜。五大貴族の嫡男が跡継ぎを放棄した、なんて言えないよね〜。あっ、これ口外しちゃいけないんだった〜。まぁ……僕は気にしないけどね」


 瞬間、アレクサンディアスから笑みが消え、全てを凍り付かせる様な鋭い視線に変わった。

 だが、直ぐにいつもの調子に戻ると、男の方へ歩み寄って行く。


「それよりも、静養中()()ってどういう事かな〜?」


「そ、それは……言葉の、あやでしょう! つまらない揚げ足取りはもうウンザリです! わ、私はこれで失礼しま――なっ!?」


 後退りした男は、逃げる様にその場を立ち去ろうとする。

 だが、一瞬にして眼前に立ち塞がったアレクサンディアス。

 腰に手を当て、男に向かって人差し指を振った。


「五大貴族の名を騙って詐欺とかやるならさ、もっとデカい事しなよ〜。それなら、協力してあげたかも知れないのにさ〜。でも……確かにパピーの言う通り、つまんないから捕縛ね〜」


「くっ……! させるかぁ!!」


 貼り付けた仮面をとうとう捨て去った男が、懐から結晶を取り出した。


「本物だろうが偽物だろうが関係無ぇ……俺達の邪魔をするなら殺すだけだぁぁ! 《クルエル・ドレイク》!!」


 叩きつけられた結晶から夥しいオーラが解放され、大通りが閃光に包まれる――



「グガァァァァァァ!!」



 突風が巻き起こり、地鳴りの様な咆哮が轟く。

 収束した光から現れたのは、四足歩行の巨大な影。

 頑強な鱗に覆われ、突き出た鼻面から炎を噴き出し、地面を抉る鉤爪とギラリと光る大振りな牙は凶悪の一言。

 鮮血の瞳で獲物を睨む、ドレイクが生まれ出た。


「ふ〜ん、珍しいね〜」


「精々強がれっ! 皆殺しにしろぉぉ!」


「グガァァァァ!!」


 強大な魔力を放つモンスターを前にして尚、アレクサンディアスは態度を崩さない。

 それに憤慨した男が、ドレイクをけしかける――



 斬ッッッッッッ!!



 が、男の顔が驚愕に染まった。

 凄まじい勢いで振り抜かれた巨大な尾を、片手で受け止めたアレクサンディアス。

 しかし、男の視線は其処には無い。

 瞬きと同時に落とされた、ドレイクの首に向けられていたのだ。

 そして、その横に立つ一本角の女に。


(スゲェ……! 何処から現れたのか、全く見えなかった……しかも、『常時解放』なんて……!)


 ロゥパを背に、構えを取っていたレンカイ。

 だが、披露された達人の技に思わず頬が緩んでしまった。

 あの腕前は、【桜鬼】にも匹敵するかも知れないと。


「いやいや〜、容赦無いね〜」


「な、な、何なんだ!? 何しやがったぁ!?」


 恐怖に震える男と、微笑みを浮かべるアレクサンディアス。

 すると、腰に挿した鞘に刀を納めながら、女が透き通る様な声で言い放った。


「其処までだ、下郎」


 刀の形をした2本の(かんざし)で一房に纏められた、艶やかな漆黒の長髪。

 流れる前髪の間からは、毛先と同色の|若草色の瞳が光る。

 そして、額の左側に生える小降りな一本角を有した、凛とした顔立ち。


 白を基調とした、地面に付きそうな程長い振袖を纏う上半身。

 反対に、柔らかな臀部が見えてしまいそうな黒い短パンを履いた下半身。

 そこから伸びるスラリとした長い足には、これまた刀の飾りが付いた草履。

 溢れるオーラと相まって、美しさと力強さを感じる出で立ちである。


「私をわざわざ呼び付けて、これが面白い事か? アレクサンディアス」


「まさか〜! 彼は僕ちゃんの野暮用、本命は――」

「ふ、ふざけんなぁぁ! 俺をコケにしやがってぇぇぇぇ!」


 完全に無視して会話をする2人を見て、逆上した男。

 腰から短剣を抜き出し、レンカイへ迫って行く。

 一矢報いる気なのか、人質にでもする気なのか。

 瞬時に反応した女が飛び出そうとするが、アレクサンディアスに手で制されてしまった。

 不可解な行動を訝しむが、直ぐに納得した様に頷きを見せる――



「な、に……!?」


「竜に師事する鬼舐めんなよ……詐欺野郎」



 突如、ピタリと止まった男。

 その喉元には、迸る紅蓮のオーラの刀剣が突き付けられている。

 男を睨み付ける瞳と同じく煌々と燃える紅髪となり、額に見事な双角を携える少年。

 その背中に浮かび上がった、鬼武者のオーラによって。


「本命、か……確かに面白い」


 女が呟くと、アレクサンディアスも頷いて見せた。

 すると、レンカイから距離を取った男が、周囲に視線を走らせる。


「そうかよ。ガキまで俺をコケにしやがって……テメェらまとめてぶっ殺してやらぁぁぁぁ!!」


 瞬間、自身の服を引き千切ったのだ。

 その胸に刻まれていたのは、呪詛魔法の術式。

 男は、全魔力を其処へ注ぎ込んでいく。


「それ《爆裂の呪い》っぽいな〜。ここら一帯吹き飛んじゃうかもね〜……間に合えば、だけど」


 状況が一変したというのに、飄々とした態度を変えないアレクサンディアス。

 顎に手をやり、面白そうに空を見上げている。

 すると、男を挟んで対面に居るレンカイ達も、上空に気配を感じた。


「地獄へ道連れだぁぁ! 吹き飛べぇぇぇぇ! 《爆裂の――」

 怒轟ッッッッ!!



 強烈な砕破音が響き、膝から崩れ落ちた男。

 顔面から血を噴き出し、ピクピクと痙攣しながら地面に転がる。

 その姿を物凄い形相で睨み付けるのは、2人の緑色の肌を持つ女達だった。


「流石は僕ちゃんのレディ達〜。完璧なタイミングだったよ〜」


「「〜〜〜〜♡」」


 そう、主の危機に駆け付けたのは、タマラとテクラである。

 上空から飛来し、男の横に着地した瞬間、雷の様な上段蹴りを見舞ったのだ。

 眉間と後頭部を挟み撃ちする形で。

 手に買い物袋を下げた2人は、愛しのアレクサンディアスの元へ駆けて行く。



▽▼▽



「はは……あれもスゲェや……」


 戦慄すら覚える蹴りを目の当たりにして、苦笑いが零れる少年。

 しかし、事態は見事に収束した。

 魔力を鎮めて黒髪に戻すと、ロゥパに向き直る。


「これで一件落着かな。怪我は無い?」


「…………」


 レンカイの問い掛けに、少女は反応を示さない。

 体の前で手を組み、俯き加減のままだ。


「大丈夫か? 痛い所とかあ――」

「少年」


「うわぁ!?」


 レンカイが心配していると、背後から声を掛けられた。

 全く予期していなかったので、思わず裏返った悲鳴を上げてしまう。


「すまん、驚かせるつもりは無かった」


「あ、いえ! その、あの……な、何ですか……?」


 変な声を出してしまった羞恥心を必死に押し殺し、声の主を見上げるレンカイ。

 其処には、一本角の女が立っていたのだ。


「差し支え無ければ、その刀を見せてくれないか?」


「え……俺の、ですか?」


 突然の申し出に、レンカイは少し不安を覗かせる。

 それを察した女が、ふと笑みを零した。


「非礼を詫びよう。名も名乗らずに、不躾だった。私はヒナ・サザカ、鬼人のみのクランリーダーを務める冒険者だ」


 〜 【刀鬼】ヒナ・サザカ

 S +ランク冒険者、鬼人族。

 傭兵クラン【村雨】のクランリーダー 〜



「ヒナ・サザカ、さん……あっ! 俺はレンカイって言います」


「レンカイ……良い名だな」


「あ、ありがとうございます」


「そうだ、先ずは私の相棒を見せよう」


 そう言うと、自身の刀を渡して来たヒナ。

 戸惑いを感じながら、取り敢えず受け取ったレンカイ。

 しかし、手にした瞬間、その戸惑いは畏怖にも似た驚愕へと変わる。


 夕焼け色の鞘から抜き出した刀身は、珠玉の宝石を思わせる煌びやかな緋色。

 雄大に広がる青空色の下げ緒が、より美しさを引き立たせている。

 そして何よりも、刀に秘められた強大な力の波動が、手に待つだけで流れ込んで来る気がしたのだ。


「これも妖刀、ですよね。それも……普通じゃない」


「……流石本命だな」


「え? 何ですか?」


「いや、此方の話だ」


 首を傾げながら、刀を返した少年。

 その内心は、色々と分からない事だらけだった。

 刀を見せろと言われた事しかり、見定める様な目を向けてくる事しかり。

 すると、レンカイの反応を確かめる様に、ヒナが問い掛けた。


「少年、普通じゃないと言うのは、どういう意味だ?」


「上手く言えないんですけど、何か……強烈だったんです」


「強烈、か。相棒の名は《緋魏(あかぎ) 》、妖刀最高峰と謳われる【天花五剣】の一振りだ」


「えっ!? それって、名刀中の名刀って言われてる!?」


「そうだ。『最初の鬼人』と伝えられる最強の鬼、【鬼神】シュテンの5本の角から打ち出されたもの。私の当面の目標は、これらを全て収集する事なんだよ」


「【鬼神】の刀……集めてどうするんですか?」


「勿論、鬼人の存在を世に示す」


「それって……」


 真面目な顔で言い切ったヒナに対し、微妙な顔をするレンカイ。

『危ない人なんじゃないか……』、そんな疑念が湧いて来たのだ。

 しかし、それを分かっていた様に、ヒナは穏やかに首を振った。


「少年、考えた事は無いか? 何故私達が存在しているのか、という事を」


「何故って……確かに、考えた事無いです」


「私は思うんだ。私が、少年が、全ての鬼人達が今存在出来ているのは……先達が生きる事を諦めなかったからだと」


「……っ!」


「我々の歴史には、迫害や淘汰の痕跡が色濃く残っている。だが、それでも……鬼人として生きる事を選択してくれたからこそ、今があるんだ。だからこそ、私は先達に伝えたい。心からの感謝と、託された誇りを」


「鬼人として生きる誇り……何か、分かる気がします」


「無論、様々な分野で活躍する者が居て然るべき。だが、私は刀を振るうしか能が無い。ならば、全力で刀を振るい、世の為人の為に尽くす。『我々も共に生きているぞ』とね」


「ヒナさん……カッコいいです」


「……照れてしまうな。それはそうと、妖刀は鬼人の証たる物の1つ。それを悪用する輩は許さない。そうならない為には、此方が先に回収し、正義の心を持つ者に託す必要がある。私のクランは、その為に存在しているんだ」


「だから鬼人のみ、なんですね」


「皆気の良い奴だから……少年も直ぐに馴染むだろう」


「え? すいません、何ですか?」


「此方の話だ……刀を見せてくれるか?」


「あ、はい! どうぞ」


 差し出された雄起を、丁重に受け取るヒナ。

 鞘から抜き出した桃色の刀身を幾度か振ると、和かに微笑んで少年に返す。


「素晴らしい刀だ。込められた強い想い、溢れる愛を感じ取れる。少年、その角を差し出してくれたのは……」


「はい! 母ちゃんと父ちゃんです!」


「……そうか。刀の名は何というんだ?」


「雄起です!」


「雄起……また1つ、真の名刀に出逢う事が出来た。礼を言う。そうそう、私達の拠点は『参番街(サード)』に在るから、いつでも顔を出してくれ。今度、共に茶でも飲もう」


「はい、じゃあ……近いうちに!」


「それと、もう1つ聞いても良いか?」


「え? はい、どうぞ」


「その羽織は、御両親から贈られた物か?」


「いえ、違います。これは、俺の……俺の大好きな師匠がくれたんです!」


「そうか。では、茶を楽しみにしているぞ……【竜鬼】レンカイ」


「はい! さよーならー!」


 後ろ手を振りながら歩いて行くヒナに、レンカイも大きく手を振った。



▽▼▽



「アレクサンディアス、確かに()()だった。探し求めていた者が、こんなに近くに居るとはな」


「そう言って貰えると、僕ちゃんも嬉しいよ〜」


 カフェの前まで来たヒナは、両腕にタマラ達を侍らせる優男にそう告げた。

 後方をチラリと振り返り、ロゥパに何かを渡している()()()()()を見つめながら。


「少年の師匠と言うのは、相当な強者だろう?」


「鋭いね〜。いやいや、これがまたとんでもなく凄まじい人でさ〜」


「あの羽織は途轍も無い力を有している……それを作れる素材を調達出来る人物なら、当然か」


 羽織を見ただけで、ラディオの力量を見抜いたヒナ。

 流石はS +ランクと言うべきか。


「所で、彼処で死にかけている下郎はどうするんだ?」


「ん〜、忘れてたね〜。タマラ、テクラ、悪いんだけどギルドまで運んでくれるかな〜? 僕ちゃんはもう少し用があるんだよ〜」


「「〜〜?」」


「勿論、後で迎えに行くよ〜」


「「ーー♡」」


 主に約束をさせてから、男を引き摺って行くタマラ達。

 すると、入れ違いでロゥパが此方に駆けて来た。

 その手にギュッと何かを握り締め、本当に嬉しそうな顔で。


「レクサー! これ、ロゥパ貰ったゾ!」


「涙する女の子にハンカチなんて、ニクイね〜!」


「でも、ロゥパ……どうすれば良いか分かんないゾ……」


「彼の事を考えるとドキドキするかい?」


「……うん!」


「彼の匂いを嗅ぐと、安心するかい?」


「うん! うん!」


「じゃあそのままで良いよ〜。そうだ、これ渡し忘れちゃったから、ロゥパが届けて来てよ〜」


 そう言って取り出したのは、レンカイが持っていた巾着だった。

 受け取ったロゥパは、蕾が花開く様に笑顔を咲かせる。

 その頬を、ほんのり紅く染めながら。


「また、会える……♡ じゃあ、行ってくるゾ!」


「気を付けてね〜」


 耳をピンと立たせ、尻尾を振りながら少女は駆けて行く。

 初めて自分を護ってくれた、少年の元へ。

 すると、それを見送るアレクサンディアスに、ヒナが鋭い視線を向けた。


「あの男は教団か?」


「まさか〜! チンケな犯罪者だよ〜」


「ならば……何処まで計算だったんだ?」


「ん〜? 珈琲が嫌いな君をわざわざカフェに呼んだ事? 興味の無い上段へロゥパを呼び付けた事? 助けようとしていた他の冒険者を動かさなかった事? どれの事かな〜」


 何と、今日の出来事は全てアレクサンディアスの手の内だったのだ。

 その思惑とは一体……。


「……食えない男だ」


「褒め言葉として、受け取っておくよ〜」


 それ以上何も言わずに去って行くヒナ。

 1人残ったアレクサンディアスは、徐に青空を見上げる。

 その顔に、底の知れない笑みを浮かべながら。

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