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第114話 父、心から

 タワー1階・『ギルド受付』――



「さて、今回の『合同演習』だが、私達が想定していた結果とは、少しのズレが生じる事となった」


 迷宮から帰還し、戦果である膨らんだ巾着を握り締め、ガヤガヤと賑わっていた子供達。

 だが、発せられたラディオの言葉に、緊張が広がる。

 見れば、ハイエルフとドワーフも、何やら小さな溜息を吐いているではないか。


(おい、やっぱり……余所見してたのが……!)


(うん……マズかったよね……)


(あ〜、イリオスにはしゃぎ過ぎてミスった事っスかねぇ……)


(それだったら、リィも……糸に捕まっちゃったし……)


 ひそひそと理由を模索する子供達。

 すると、その様子から心情を察したラディオが、吹き出す様に笑みを零した。


「確かに、各々課題はあるだろう。でもね、私達が伝えたい事は其処では無い。ふむ……『予想通りであり期待以上の成果だった』、と言えば良いかな?」


 やたら満足気に頷きながら、和やかに述べた中年。

『しっかりと、子供達に伝えられた』……そんな顔をしている。

 しかし――



(……どういう事、なんだ……!?)


(考えろ考えろ考えろ考えろ!)


(…………っス)


(ラディオ様、えと……申し訳ありません)



 子供達の反応は様々だった。

 眉根を寄せたり、目をグルグルさせたり、遠くを見つめたり、祈りを捧げたり。

 しかし、皆一様に同じ文字を顔に刻んでいる。


「……ゴホン」


 すると、大きめの咳払いをしたラディオ。

 変わらず穏やかな微笑みだが……良く見ると、耳が赤く染まっている。

 そう、再び子供達の心情を察した様だ。

『全然分からない……!』という心情を。


「……順を追って説明しよう。今日到達した24階層だが、偶然に降り立った且つ、降り立てた訳では無い」


 何と、子供達が居た階層はCランク帯の活動域だった。

 数ヶ月前、特Dランクの階層覇者にボロボロにされていたと言うのに。


「以前、エルが迷宮を散策中に『蜘蛛の巣穴』を偶然見つけてね。その話を聞いていた私は、鍛錬に最適だと判断した。『巣窟』とまではいかないが、大量のモンスターを1度に相手に出来るし、相当の確率で上位種にも出会えると踏んでいたからね」


「つまり……『想像通り』蜘蛛や上位種に会えて……それを俺達が倒せたのが『期待以上』だった……って事ですか?」


「……そう思うかい?」


「え、違うんですか?」


 必死に考えて、意見をまとめたレンカイ。

 しかし、ラディオは静かに首を振った。

 その顔に、心からの喜びを滲ませながら。


「此処でもまた、君達の成長を見れた事を嬉しく思う。そうだな……少し驕った言い方をしようか。私達と、そして君達自身を見くびってもらっては困る」


「え……?」


 ラディオの言葉に、旧友達もしっかりと頷いて見せた。


「レン、最初に言ったね? 私の修行は厳しいと」


「はい……?」


「これは比喩でも何でもなく、そのまま文字通りの意味だ。本来、君の年でこなせる様な内容にはしていない。それは、エル達も同じだろう」


「ふっ、まだ甘いがな」


「ロクの額に流れる汗が、どうにも綺麗だからよ。こっちもついつい張り切っちまうわなぁ! だっはっはっは!」


「だが、君達は課せられた修行を悉く完遂している。故に、あの程度のモンスターでは、君達の相手にならないと分かっていた。結果は勿論、私達の『予想通り』だったね」


 師匠達の満足気な微笑みが、子供達の心に染み込んでいく。

 互いに顔を見合わせて、喜びを噛み締める様に笑顔を咲かせた。


「特D、Cでは役不足。だからこそ、物量戦に持ち込ませてもらった。1対1なら苦戦すらしないだろうが、多数相手となれば話は変わる。更に、C +の上位種ならば、良くて互角となるだろう。そして……」


 そこで言葉を切り、子供達を見つめるラディオ。

 深い称賛を瞳に宿し、4つの『覚悟』を思い浮かべて――



『今度こそ……母ちゃんを、仲間を護ります! その為なら、どんな事でも何でもします!』


『もう、何があっても……絶対に友達を置いて行ったりしません! 友達を助けられる男になりたいんです!』


『頼ってばかりじゃなくて、今度はウチが強くなって……大事なもの全部護りたいっス!』


『もう失いたくない……! 皆を失いたくないんです! 大事な人を護る為に、私の全てを捧げます!』



 心から叫んだ、其々の言葉。

 大切な人の為に強くなりたい。

 大切な人を護りたい。

 そう強く願い、想いを馳せた子供達。

 その先にあるモノに辿り着く為に。


「人は苦境に立たされると、元来自分本位となる生き物だ。それでも、互いを想い合う事を止めず、誰も欠けぬ様にと全力を尽くした時……胸に据えた覚悟は、堅牢堅固な『絆』へと昇華する」


 これこそ、ラディオ達が求めていたモノ。

 仲間と共に生きる覚悟を経て辿り着く、確かな証。


「君達が見せてくれた絆は、私達の『期待以上』……いや、期待を遥かに超えた、本当に素晴らしいものだったよ」


「師匠……ありがとうございます!」


 誇りに満ちた師の微笑みが、子供達に更なる笑顔を咲かせた。


「これから先、困難に直面する時も来るだろう。でも、忘れないでくれ……君達は、1人じゃない。隣を見れば、助け合える仲間が居る。前を見れば、今はまだ私達が居る。だが、それも直ぐに追い越していくだろう……いずれ背中を見送るその時を、心から楽しみにしているよ」


「「「「はいっ!」」」」


 信頼に溢れたラディオの一言一言が、子供達の想いをより一層強くする。

 隣にいる笑顔を護る、前で微笑む期待を裏切らない、と。

 数ヶ月前まで駆け出しだったとは思えぬ程、精錬な雰囲気を纏わせて。


「2人は何かあるかな?」


「……明日でいいだろう」


「だな。お前さん達、良く頑張ったぞ!」


 子供達は、確固たる絆と芽生えた自信を噛み締める様に、互いの前に拳を突き出した。

 そして、キラキラと輝く笑顔で、しっかりと突き合わせる。

 その姿を嬉しそうに眺めていたラディオ達は、何やら目配せをすると、再び口を開いた。


「さて、これで今日の鍛錬は終了とする」


「……え、て事は……午後は休みですか!?」


「あぁ。帰還したら明日まで自由時間にしようと、エル達と決めていたんだ。頑張った分、羽を伸ばして来ると良い」


『うわぁぁ!』と、思わず歓声を上げた子供達。

 時刻は昼前、時間は十分にある。

 何をしようか楽しげに相談を始めたその時、ラディオが徐にしゃがみ込んだ。

 目線を合わせた先には、1人だけ浮かない顔をした少女の顔がある。


「……ラディオ様?」


「大丈夫。これは、レミアナも了承している事だから」


「えっ!? 」


「只、先ずは顔を見せて欲しいそうだよ。君からの報告を楽しみにしている反面、心配もしているからね」


「レミアナ様♡ はいっ、直ぐに向かいます!」


 目の前に師が居ない事で、リータは自分も休みになるのか不安だった。

 だが、ラディオによって杞憂であると伝えられる。

 すると、溢れる喜びを表す様に、長い耳がピョコピョコと動き始めた。

 純白の頭に置かれた大きな手の温もりを感じながら、満開に笑顔を咲かせて。


「皆、リィは教会に行くから……1時間後に大広場に集合ね!」


 そう言うと、少女は急いでギルドを出て行った。


「1時間か……なら、俺もちょっと用事済ませてくるよ」


 詰まった巾着に目線を落としたレンカイ。

 思い浮かぶのは勿論、母の顔だ。


「じゃあ、僕も一回家に帰ろうかな」


「あ、良いっスね〜。ウチもシャワー浴びに帰るッス」


 其々集合時間までの行動を決めた子供達。

 すると、ラディオがハッと気付いた様に問い掛けた。


「レン、夜はどうする? 皆と食べてくるかい?」


「それは勿論家で――」

「ウチもお邪魔するっスー!」


 即答した少年より、更に速く上から被せて来たロクサーナ。

 肩越しに顔を出し、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 だが、耳元で叫ばれたレンカイは、驚きと怒りで目を見開いてしまった。


「うるせーな! しかも何で確定で話してんだよ!」


「え〜? だってラディオさんのご飯美味しいんスも〜ん」


「そういう問題じゃねーだろ! 先ずは師匠に確認を取るのが先――」

「ぼ、僕も良いですか!?」


 反対の肩から第2弾がやって来た。

 色々な意味で驚愕してしまったレンカイは、口を開けたまま固まってしまう。

 しかし、ラディオは嬉しそうに頷いていた。


「私は勿論大歓迎だ。美味しいと言ってくれるなら、作り甲斐もある。何か食べたい物はあるかな?」


「ウチはパイが良いっス!」


「えーと……僕は何でも良いです!」


「お前ら……」


 呆れて溜息を吐いたレンカイ。

 そこへ、ラディオが優しく問い掛けた。


「レンは何が食べたい?」


「え!? あ〜……じ、じゃあ……ハンバーグ、で……お願いします」


「分かった。腕によりを掛けて作るから、陽が沈む迄には帰っておいで。勿論、4人でね」


「……はい! 行ってきまーす!」


「親方、行ってくるッス〜!」


「行ってきます! 先生!」


「程々にな」

「楽しんでこい!」


 ハモってしまったハイエルフとドワーフは、互いを睨みながら嫌そうに眉根を寄せた。


「……何だ」


「……何だよ」


「時間は有限だ。気を付けて」


 いがみ合う旧友を気にも留めず、ラディオは朗らかに手を振る。

 いつも通りの光景に笑い声を漏らしつつ、子供達も大きく手を振りながら駆けて行った。

『やはり、まだまだ子供なのだな』と、しみじみ思いつつ、2人に問い掛けるラディオ。


「2人も来るだろう?」


「ちっ……いや、行かん。私達が集まれば、アイツらの休憩にならないからな」


「ふんっ! 俺も遠慮しとくぜ。別に偏屈ハイエルフの意見は関係ねぇけどよ」


「そうか……では、また明日」


 何だかんだ言いながらも、弟子の事を考えている2人。

 ラディオはそっと微笑みを零し、旧友と別れて2階へ向かう。



 ▽▼▽



 下段左側・宿場街――



「いらっしゃ〜い! あら、可愛いお客さん♡ ごめんなさいねぇ、今テーブルは満席だし、カウンターも……1席しか空いてないのよ〜」


「それで構いません。お願い出来ますか?」


「あら、本当? 助かるわ〜♡ どうぞどうぞ」


 気持ち良く案内をしてくれたイザイラに会釈を返し、ラディオ達はカウンターの隅へ向かう。

 昼時ともあって、『跳ね馬亭』は満員御礼。

 それでも、1席空いていれば親子には十分なのだ。


「さぁ、おいで」


「あいっ♡」


 娘を抱き上げ、自分の膝の上に乗せたラディオ。

 落ちない様に両脇の下から腕を回し、メニューを広げる。

 グレナダにとって、こんなに幸せな椅子も無いだろう。


「どれにしようか? 好きな物を言ってごらん」


「う〜ん……う〜ん……あっ! レナン、ぐらたんがいいのだぁ♡」


「グラタンだね。すみません」


「はーい!」


「グラタンを1つと、根菜のサラダを1つ。ガーリックトーストを3切れと、海鮮のトマトパスタを下さい。後、子供用の取り皿とフォーク類もお願いします。あっ……申し訳ないのですが、グラタンを早めに頂けますか?」


「サラダにトースト、パスタにグラタンを先ね」


「それと、りんごジュースを1杯お願いします」


「これも先でいいかしら?」


「はい、お願いします」


「かしこまりました。ちょっと待っててね〜♡」


 テキパキと注文を取り、イザイラは厨房へ駆けて行く。

 ラディオは娘のリュックから紙とクレヨンを取り出し、カウンターの上に置いた。

 隣に邪魔にならぬ様気を配りながら、グレナダのお絵描きを見守る。


「そうだ、今日の夜はリータ達もお家に来てくれるよ。皆で一緒に晩御飯を食べようね」


「あいっ! ちち、みてっ! できたのだ!」


「うん、上手に描けているね。今度は此処に描いてごらん」


「あいっ♡」


 キラキラした瞳で此方を見上げるグレナダ。

 ラディオは頬をゆるっゆるにしながら、頭を撫でてやる。

 すると、グレナダは幸せ一杯に笑顔を咲かせてくれた。

 直ぐに運ばれて来たジュースを飲みながら、楽しげにクレヨンを走らせる。


「ほら、グラタンが来たよ」


「ぐらたんっ! いいにおいなのだ〜♡ あーーん!」


「冷ますから、ちょっと待っててね」


 程なくして、熱々のグラタンがやって来た。

 香ばしく焼けたチーズの香りに興奮する娘を宥めながら、取り皿に分けるラディオ。

 十分に冷ましてから、大きく開けて待つ娘の口へ、スプーンを入れてやる。


「はむっ……おいしいのだぁ〜♡」


「良かった。沢山食べなさい」


「あいっ! あ〜ん♡」


 グラタンやサラダ、トーストを交互にバランス良く食べさせていく。

 グレナダは何でも良く食べるので、親としては嬉しい限りだ。

 それに、とても良い笑顔を見せてくれる。


 今日は、かなり早くグレナダを迎えに行く事が出来た。

 だが、午後は色々と回らなければならない店がある。

 その為、家には帰らず『跳ね馬亭』で昼食を取る事にした。


 しかし、よっぽどお腹を空かせていたのだろう。

 娘の見事な食べっぷりに笑みを零しながら、この後の予定を組み立てるラディオ。

 明日から4日間は、レンカイ達にとってまた新しい経験となる。


 その1週間後には、大きな催し物も待っている。

 其処で娘達はどんな顔を見せてくれるだろう……そんな事を思いながら、ラディオはまたグラタンを冷ますのだ。

 自分の料理から、既に湯気が出なくなっている事も気にせずに。

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