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第108話 父、畜生に劣るとも

「あ、あぁ……あぁぁぁぁ!!」


 突如として現れた憎きラディオ。

 これが願っていた展開……その筈だった。

 だが、コルティスは無意味に叫び続けるだけ。

 玉座にへばり付き、全身を異常なまでに震わせながら。


 その理由は、デスサイズの攻撃を受けても、ラディオが微動だにしない事では無い。

 勿論、歓喜に打ち震えている訳でも無い。


 それは、ラディオという存在そのものへの畏怖。

 カリシャの時とは、比較のしようもない未知の感情。

 鎌が幾度と無く振り下ろされるその背中から発せられる、地獄の最奥の様な禍々しいオーラ。


 この時、コルティスは細胞単位で感じ取っていた。

 越えては成らぬ一線を越えてしまったのだと。

 決して、何があっても起こしてはならぬ何かを目覚めさせてしまったのだと。


「……有難う、レン」


 一言だけ呟いたラディオは、少年の首に掌を当てがう。

 紅のオーラが溢れ出し、咬み傷を塞いだ。


「君が居てくれなければ、レナンは……」


 少年の体を優しく抱き上げ、完全解放を果たした雄起を拾う。

 意識の無い娘の側へ来ると、少年と同じ様に抱き上げた。

 そして、2人を強く強く抱き締めるのだ。


「……家に帰ろう」


 子供達を包み込み、ラディオは首を垂れる。

 白桃色の髪と漆黒の髪の上に、ポタリと雫を垂らしながら。

 その間も、デスサイズの鎌は振り下ろされているが、ラディオは意に介さない。


「《竜体使役》……ランサリオンまで、何があっても連れ帰るんだ」


 ラディオの体から5色のオーラが溢れ出すと、混色の竜を創り出した。

 同時に、リュックと散らばった中身をオーラで回収する。


 娘のフードを直し、少年の涙を拭った。

 竜の腹の中に子供達を浮かばせ、側にはリュックと鞘に収めた雄起も共に置く。


 更に魔力を込めると、部屋を突き破り、竜は全長10m程になった

 大きな両翼を広げ、漆黒に包まれた空へ羽ばたいてく。


「オォォ――」

「鬱陶しいぞッッ!」



 怒轟ッッッッ――!!



 デスサイズの鎌が振り下ろされようとした瞬間、ラディオがグルリと振り返り、怒号を上げる。

 同時に、オーラのローブを掴んで引き寄せ、頭部を叩き潰す様に殴り付けたのだ。


 デスサイズの顔は一撃でグチャグチャに潰された。

 そして、悲鳴を上げる間もなく、床を突き破っていく。

 その身を、漆黒の業火で燃やされながら。


「あぁ……あかっ……じ、慈悲……あぁ……」


 コルティスは目の前の光景が信じられない。

 召喚したのは、自身最強であるSランクのゴースト系モンスター。

 それを、異様なオーラを纏っているとは言え、一撃で……それも素手で撃破されるなんて。


 だが、それ以上に異様なのはラディオの姿。

 その瞳を漆黒に染め上げ、顔、首、身体中に走る脈打つ血管。

 空間を歪まるオーラは、まるで猛毒。

 ソレは、決して見てはいけないモノ……脳が、そう警鐘を鳴らすのだ。


 大穴を挟んで合間見えた2人。

 その時、ラディオがボソリと呟いた。


「……《黒ノ逆鱗》」


 瞬間、今迄と比にならない衝撃が、屋敷全体を駆け巡る。

 バチバチと轟音を響かせながら、ラディオの体が黒紫の炎に包まれていくのだ。

 次第に炎は形を変え、四肢を、胴体を漆黒に染め上げる。

 太い尾をしならせ、凶悪な両翼を生やし、禍々しく湾曲した双角を携えて。



 ウォォォォォォォォァァァァァァァァ――!!



 耳を劈く咆哮が、周辺一帯の生命活動を阻害する。

 間近で喰らったコルティスは、穴という穴から血液が漏れ出してしまった。


 全く身動きが取れず、只々生まれ来る恐怖を見ていたコルティス。

 その時、一瞬にしてその姿が消えた。

 だが、眼球を少し右にズラした瞬間――



「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」



 鼻先数センチに現れた異形の顔。

 そして、腹部を貫く尋常ではない激痛。

 ラディオは何も言わず手を引き抜き、内臓を捨て去った。


「ふっはっ……はっはっ……ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今度は足だ。

 胴体から両足を引き千切られ、夥しい量の血が流れ出る。

 そして、両腕。

 肩から握り潰し、骨ごとへし折って床に投げ捨てる。


「アぁ……ぁァァぁ……」


 普通ならとっくに死んでいるだろう。

 だが、それすらも今のラディオは許さない。

 傷口には黒紫の炎が燃え盛り、コルティスの死を妨げるのだ。

 激流の様に襲い来る激痛の波に、コルティスはもうまともに叫ぶ事すらままならない。


「私は許さない……今この瞬間、畜生に劣るとも本望だッッ!」


 地獄から直接響く様に、大気を震わせながら発せられた怨嗟の言霊。

 ラディオは全て気付いている。

 壁面に開けられた穴を見て、少年の首元とボロボロの体を見て、娘の口元と痛んだ小さな両手を見て。

 そして、ネックレスから感情の波を受けとって。


 誕生日に与えた娘のネックレスは、サニアの加護が付与されている。

 これは、幼い頃ラディオが受け取った物と全く同じ。

 グレナダの想いをラディオに伝える。

 操られ、心を痛ませながら、家族に手を上げてしまった事も全て。


 しかし、ある瞬間まで何も感知出来なかった。

 それを覆してくれたのは、レンカイである。

 屋根を吹き飛ばし、同時に敷地を覆っていた魔障壁の一部を斬り裂いてくれたのだ。

 だからこそ、《嵐竜暴風領域》が反応を見せ、直ぐ様飛んで来れたという訳である。


「私の家族に手を出した貴様に次は無いッッ! 《黒激(こくげき) 》――!!」


 コルティスの顔を鷲掴みにしたラディオ。

 膨大なオーラが迸り、黒紫の炎が躍り出る。

 上半身のみとなったコルティスを焼き焦がし、一瞬の内に灰へ変えた。


 子供達を攫った犯人は、屠られた。

 暴風に巻かれ、外へ流れ出て行く灰を睨むラディオ。

 だが、おかしい。

 元凶を絶った筈なのに、ラディオから更に魔力が溢れ出すのだ。


「何時迄もコソコソと……姿を見せろッッ!」


 くるりと穴の方へ向き直り、怒号を上げるラディオ。

 すると――



「フッフッフ……流石だな、竜の子。いや……カゲと言うべきか?」



 ラディオの声に呼応し、宙空に真っ暗な穴が開く。

 そこから現れたのは、スーツを着た無表情の男。

 底知れぬ狂気を秘めた、ファイザル家の執事だったのだ。


「何時から気付いてい――ぐはぁ!?」


「問答をする気は無い」


 執事が喋り終わる前に、ラディオの一撃が腹部を貫く。

 大量の血を吐き出しながら、驚愕に瞳を染める執事。

 まさか、対話も拒否しようとは。


 だが、ラディオの攻撃は止まらない。

 息つく間もない嵐の様な連打。

 肉を裂き、骨を砕き、機能を破壊していく。


 あっという間に、執事は肉塊寸前となった。

 ぐちゃぐちゃになった体で、床にゴミの様に倒れている。

 だが、その瞳だけは狂気を失っていなかった。

 ラディオは冷徹な眼差しで一瞥すると、両翼を広げ空へと羽ばたく。


(この力……危険過ぎる)


 屋敷を見下ろす様に上空で構えを取るラディオ。

 両手をかざし、魔力を込めた。

 すると、漆黒の球体が現れ、ドンドン膨れ上がっていく。

 雷鳴の様に爆音を上げる球体は、中に何体もの竜が蠢いていた。


「《竜成雨(りゅうせいう) 》――!!」


 球体から何十、何百という竜のオーラが屋敷に降り注ぐ。

 それは正しく、竜の雨。

 黒紫の炎を纏いし雨の一筋一筋が、屋敷も周囲も焦土へ変貌させていく。


 凄まじい爆音と衝撃波。

 そして、大気を焦がす熱量。

 雨が止んだ時、屋敷の面影は一切無かった。

 広範囲にわたって真っ黒に変色し、巨大な穴を開けた大地が広がるだけ。

 燻る炎が、生命の残り香さえ燃やし尽くしていくのだ。


(……何処まで根を広げている)


 《黒ノ逆鱗》を解除したラディオは、吹き荒ぶ暴風雨の中、暫く空に佇んでいた。

 考えていたのは、ファイザル家とオルフェの繋がり。

 何と、此処はファイザル家領地であり、領主の屋敷だった。


 だが、領主の少女はおろか、領民も1人として居ない。

 土地は荒れ果て、屋敷や家々も廃屋となっている。

 ラディオが偵察しに来たのは、ほんの数週間前だというのに。


 だが、今日この時ラディオは合点がいった。

 あの時、領地を訪れて感じた違和感。

 ()()すぎる光景……ともすれば、どこか惰性的な雰囲気の正体に。


 それは、生きている者の気配では無かったという事。

 全てがまやかしであり、作られた物だったのだ。

 死魂の宝珠を使わずに死者を操る技、それを隠しきれる程の幻影魔法。

 それを持っていたのが、あの執事だった。


 失われた筈の力を持つ者なら、直接出向く理由が無い。

 此処に来た者は、()()では無いだろう。

 コルティスという捨て駒を使ってまで、用意周到に計画する程の男なのだから。


 下手に情報を引き出そうとして、何かを与えては不利になる。

 そう判断したからこそ、ラディオは即殲滅という手段を取ったのだ。

 今考えるべき事は、そこでは無い。


(あの性格上、服従するとは考えにくいが……)


 ラディオは、娼館街の事を詳細に思い出しながら、思案に耽る。

 やはり、伏兵は存在していた。

 それが、あの執事であり、深淵教団に属している事は間違いない。


 ならば、オルフェの利点は何処にあるのか。

 ラディオを手に入れる事が目的ならば、余りに愚策である。

 家族に手を出せば、怒りを買うだけ。

 得意の魅了魔法も、今のラディオなら看破出来るだろう。

 それなのに、わざわざ教団と繋がりを持った理由とは何なのか。


(分からん……そろそろか。子供達に謝らなければ)


 その時、分身体の視界にランサリオンが映り込んで来た。

 豪雨の中、教会を目指して飛んでいる。

 ラディオは最後に黒焦げた大地を一瞥すると、ランサリオンに向けて飛び去って行った。



 ▽▼▽



 数時間後――



 未だ炎が燻る大地。

 《嵐竜暴風領域》を解除した事により、空は晴れ、月が顔を出している。

 すると突然、夜空に丸い穴が開いたかと思えば、5つの黒い人影が飛び出して来た。


 屋敷跡に降り立つと、何かを探す様に辺りを見回す。

 一際焦げが目立つ所を見つけると、1人を先頭に4人が後ろに並んだ。

 そして、恭しく跪くと、スッポリと被ったフードの奥から険しい女の声が聞こえて来る。


「マスター、そろそろお戻りになられた方が宜しいかと」


 地面に向かって語り掛ける女。

 しかし、当然の様に返答は無い。

『はぁ』と大きな溜息を吐いた女は、苛立ちを募らせながら、再び声を掛ける。


「マスター、お戯れはおやめ下さい。こんな事がゼノ様に知られたら――」

「ぷっ! アハハハハハッ! その心配には及びませんよ」


 何と、地面から声が聞こえて来た。

 それどころか、ギョロリと2つの眼が瞬きをしている。

『ふわぁ〜』と気怠げに欠伸をしながら、黒焦げになった骸骨が起き上がったではないか。

 それを見た女は、やれやれと首を振った。


「よく寝ましたね〜。それにしても……あぁ……凄かったなぁ……。あの拳、眼つき、そして怒り。やっぱり本気で殺り合いたいですね〜」


 剥き出しの頭蓋骨をプルプルと振りながら、土を落とす。

 すると、次第に血管が走り、肉が付き、皮膚が張られていくのだ。

 程なくして、美しい白金の髪と瞳を持つ、端正な顔立ちの青年となる。

 グニャリと劣情に歪んだ広角を、三日月の様に吊り上げながら。


 彼の名はサブナック、深淵教団三大枢機卿が1人である。

 探しに来たのは、直属の部下である大司教と司教達だった。


「何故、独断で動かれたのですか?」


「え〜、だって()()は邪魔が入っちゃいましたから」


「全く、貴方ってお人は……ならば、我々も連れて行くべきでした。マスターに万一の事があっては、盾にもなれません」


「ん〜、それは無理ですね。君達では、彼の相手は出来ませんから。僕だって……アハハハッ! もう《依代》が2体しか残ってませんよ! 念の為に100体程作っておいて良かったです」


 嬉々としてはしゃぐサブナック。

 だが、女は違った。

 依代という言葉を聞くと、拳を握り締め、憤慨し始める。


「まさかっ!? 本体でいらっしゃったんですか! 何という……くっ! 許さん……! 我々のマスターに傷を付けるなど……マスター! どうか我々に其の者の殲滅許可を! 直ちに首を持って参ります!」


「いや、だからですね? 君達じゃ相手は出来ないし、それこそゼノさんに怒られちゃう――」

「その言葉、聞き捨てなりませんわね」


 その時、何処からともなく艶やかな声が響いて来た。

 一斉に警戒態勢を取る女と司教達。

 だが、何処にも姿が見えない。

 それどころか、サブナックは感心した様に頷いている。


「何処だ! 姿を見せ――何っ!?」


 女は完璧に警戒をしていた。

 それなのに、背後から喉元に突きつけられた煌めくナイフ。

 少しでも反抗をすれば、即座に掻き切られる。

 そう判断するのに、1秒も必要としなかった。


「あら、それなりに賢い方で助かりますわ」


「いやぁ、申し訳無いですね。でもまぁ……貴女の事を()()()()()()()()んで、許しやって下さい」


 サブナックの感情の無い貼り付けた愛想笑いを見て、ナイフを下げた人影。

 月明かりに煌めくシルバーグレーの髪と、碧色の瞳。

 首には瞳と同色のリボンを巻き、貝殻で出来た小さな鈴が付いている。

 布地の少ないメイド服からは、褐色の柔肌を惜しげも無く披露していた。


「改めまして……教団の皆様、御機嫌よう」


 ふわりと宙に舞い上がり、女達の対面へ着地するダークエルフ。

 優雅に微笑み、スカートの裾を摘みながら会釈をしたのは、誰あろうニャルコフだった。

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