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第107話 少年、護る為に

「レナン……あんな、奴に――かはっ!!」


 レンカイは必死に声掛けを続けるが、グレナダには届かない。

 尻尾を振り抜き、オーラの衝撃波で少年の体を吹き飛ばす。

 もう何度目だろうか。

 壁に叩きつけられたレンカイは、弱々しく床に落ちて行く。


「ハハハハハッ! 器といえど、やはり魔王だな」


 コルティスはボロボロの玉座に腰掛け、今の状況を楽しんでいた。

 少年が手を出せない事を良い事に、遠距離からジワジワと嬲っていく。


「もっとだ! まだまだ足りないぞぉぉ!」


「ふーっ!……ふーっ!……うがぁぁ!」


 コルティスが手を振り上げる度、グレナダは尾を振り抜く。

 生まれ出る衝撃波によって、少年は幾度無く吹き飛ばされる。

 そして、堪え難い()()に貫かれるのだ。


「ぐふっ……大丈夫、だ……痛、い……ぐっ!!」


 新たな衝撃波が巻き起こる。

 だが、レンカイは顔の前で両手を交差させると、今度は踏み止まった。

 そして、一歩また一歩と、グレナダへ近付いていく。


「俺は、大丈夫だから……もう、痛くない……から」


 どんなに敵意を向けられようとも、少年の歩みが止まる事は無かった。

 その時、コルティスは異変を感じる。

 何と、グレナダが言う事を聞かず、じっと動かなくなったのだ。


「何をしている……! 私の命令に従えぇぇ! ゴミがぁぁぁぁ!!」


 怒号を飛ばしても、グレナダはピクリともしない。

 荒い息のまま、レンカイを睨み付けるだけ……いや、違う。

 少年を見つめる瞳から、一筋の涙が零れ落ちたのだ。


「大丈夫……俺は、兄ちゃんは……痛く、ないから……」


「ふーっ!……うぅ、ふっ……うぅ……!」


 意思を奪われ、傀儡な様に操られた。

 だが、グレナダは訴えたのだ。

 抑えきれぬ想いを、涙に変えて。


 優しく微笑みを浮かべた少年は、膝を折ってしゃがみ込む。

 そして、命令と想いの狭間で震える小さな体を、ギュッと抱き締めた。


「痛かった、よな……苦しかった、な……ごめんな。でも、もう大丈夫……兄ちゃん、が……側に居る、から」


 少年に包まれると、グレナダは反射的に暴れ出してしまう。

 小さな手が、足が、レンカイの至る所を殴り付けるのだ。

 尻尾を振り抜き、角を突き立てて。


「何をしている! 殺せッ! そのゴミを殺せぇぇぇぇ!!」


 業を煮やしたコルティスは、両手を突き出し魔力を込めた。

 すると、グレナダの瞳が輝きを帯び始め、燻りかけていたオーラが勢いを取り戻す。

 まるで稲妻の様な魔力に当てられ、レンカイの体力を奪っていく。

 そして――



「ふーっ! うがぁぁ!!」


「つっ!……良いんだ。兄ちゃんは、何があっても……レナンの、味方……だから、な……」



 少年の首筋に、思い切り咬み付いたグレナダ。

 血が溢れ出し、幼女の口を赤く染めていく。


 それでも、レンカイは手を離さない。

 強く強く抱き締め、言葉をかけ続けるのだ。

 1回で無理なら10回、10回で無理なら100回。

 届くまで、何度でも、心を伝える為に。


 すると、暴れ回るグレナダが次第に大人しくなっていくではないか。

 同時に、首筋から口が離れていく。


「……にー、ちゃ……?」


 見ると、オーラは鎮まり、瞳も元に戻っている。

 少年の強い想いが、小さな『家族』に意識を取り戻させたのだ。


「にーちゃぁ……! ふぇぇ……ぐすっ……うわぁぁぁぁぁん!」


 ボロボロになったレンカイ。

 口の中に広がる血の味。

 記憶が残っていないグレナダは、本能で感じ取ったのだ……自分が傷付けてしまった事を。

 どうしようもない罪悪感に襲われ、涙が溢れてしまう。

 だが、レンカイは更に強く抱き締めると、グレナダに頬を寄せた。


「兄ちゃんは……大丈夫。ごめんな……痛かった、よな……ごめんな……!」


 どれだけ辛かったのだろう。

 どれだけ心が痛かったのだろう。

 それを想えばこそ、目を覚ましてくれた事が本当に嬉しかった。

 これでもう、悲しい想いをさせずに済むから。


「ひぐっ……にー、ちゃ……ごめん、なさ……」


 そう言いかけた時、グレナダは意識を失ってしまう。

 少年の服をギュッと掴み、頬に涙の跡を残して。

 温かな愛に包まれて、疲弊しきった心と体を休める為に。


「……帰ろう、な……家に、帰ろう……でも、少し……待ってて、くれ……!」


 グレナダの頬と口元を拭いながら、静かに呟いたレンカイ。

 だが、上手く力が入らなかった。

 何度も何度も強烈な魔力を当てられ、首筋からの血も止まっていないのだから、それも当然だろう。

 それでも、立ち上がらなければ。

 この報いを、受けさせなければならない奴がいるのだから。


「くぅ……ふざけるなよ……ゴミの分際でぇぇぇぇ!! 貴様らはどれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだぁ! あぁ!! 八つ裂きだ……兵隊共、ゴミを殺せッッ!」


 憤慨したコルティスが、一気にカタをつけようと動き出した。

 床に手を当て、膨大な魔力を流し込む。

 すると、召喚陣が幾つも展開され、中からモンスターの大群が現れる。


 白金の大剣を胸の前で構えた、銀色の甲冑。

 横一列に整列し、一糸乱れぬ動きで、少年に向かって大剣を突き立てた。

 甲冑の隙間から肌は見えず、兜が有る筈の頭部には朧げな炎が燃ゆる異形の姿。

 Bランクモンスター、『デュラハン』である。


「行けぇぇ! ゴミを殺せぇぇぇぇ!!」


(クソ……! 立てよ……! 頼むから、動いていくれ……!!)


 コルティスを睨む紅の瞳に、諦めの色は微塵も無い。

 しかし、レンカイはもう限界だった。

 意識を保っているのがやっと、戦う力は残っていない。

 それでも――



(レナンだけは……絶対に護る……俺が、護って見せる……!)



 ユウダチは壁際、歩を進めるデュラハン。

 絶体絶命の中、少年が取った行動は……盾となる事だった。

 幼い命を、大切な『家族』を護る為に、自らの命を賭して。

 グレナダを床に置き、覆い被さる様にギュッと抱き締めた。


「殺せぇぇ! 殺せぇぇぇぇ!!」


 コルティスの怒号と共に、着実に死が近付いて来る。

 鉄が軋む絶望の足音が。


「兄ちゃんが……護るから……はぁぁぁぁ!!」


 最後の力を振り絞り、鬼人の力を解放したレンカイ。

 満身創痍の体で、首から夥しい血が流れ出る事も厭わずに。


(母ちゃん……父ちゃん……! 俺に力を貸してくれよ……! 師匠……!)


 足音が止んだ。

 振り上げられた大剣が、空気を微かに揺らす。

 少年は、来たる斬撃に備えて、ありったけの力を全身に込めた。

 1秒でも長く、グレナダを護る為に。


「殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 デュラハンの大剣が、少年目掛けて一斉に振り下ろされる――



 怒轟ッッッッ――!!



「な、何だ貴様ぁぁぁぁ!? 何処から現れたぁぁぁ!!」


「…………え……?」


 おかしい。

 身を貫かれる感触が一向に襲って来ない。

 それどころか、とても温かな気配と……懐かしい匂いがした。



 不思議に思い、顔を上げたレンカイ。

 其処には、桜色のオーラが鎮座していた。

 レンカイ達を護る様に、最愛の笑顔を携えながら。


「あぁ……母ちゃん……!」


『私の可愛い息子……いつでも、側に居ましたよ……』


 そう、子供達を護りしは、『桜の国の姫君』だったのだ。

 しかし、デュラハン達を一閃の内に消し去ったのは、モモではない。

 ユウダチを握るは、紅蓮のオーラ迸る鬼人の男。


「うぅ……父ちゃんッッ!!」


『俺の息子、お前達こそ……俺が護るべき桜だ』


 雄々しい双角を携えし、精悍な顔立ち。

 息子と同じ紅の瞳に、紅の髪。

 ユウダチを構えるその姿は、全てを圧倒する程に絶対的であり……果てのない愛に溢れている。

 歴代でも群を抜いた強さを誇る、『護鬼筆頭』。

【桜鬼】ホウレンが其処に居た。


「その刀……妖刀かぁぁぁぁ!? クソクソクソクソォォォォ! 私に楯突く奴は皆殺しだぁぁぁぁ! 出でよ――《デスサイズ》!!」


 度重なる邪魔によって、コルティスの理性が消し飛んだ。

 グレナダに傷を付けぬという厳命も忘れ、切札の召喚に入ったのだ。


 銀色に光る両手から、夥しい魔力が溢れ出す。

 禍々しい魔力が部屋中に充満し、屋敷は瓦解しそうな程に振動を始めた。

 そして、宙空に開けられた穴から、怨嗟の叫び声が響き渡る。


「あぁ……何だ、あれ……」


 穴の淵に骨だけの指を掛け、這い出してきたモンスター。

 人の顔をドロドロに溶かしたかの様に、醜悪で歪な頭部。

 側方には、地獄を指し示す様に下向きに湾曲した両角を生やしている。


 鮮血に染まったオーラのローブを纏い、体躯はデスシザースの倍。

 ホウレンの前に浮かび上がると、脳を揺らす様に金切り声を上げるのだ。

 そして、両手に現れしは巨大な鎌。

 正に、死神と呼ぶに相応しい姿だった。


「はぁ……はぁ……全てを狩り取る死の大鎌に勝てるものかぁぁ!! デスサイズ! その忌々しい刀をへし折ってやれぇぇぇぇ!!」


 大鎌を回転させながら、デスサイズがホウレンに迫る。

 だが、【桜鬼】も負けてはいない。

 小刀を巧みに使い、鎌の流れを変えてはいなし、力の入れどころを変えては弾くのだ。

 その美しい戦い方は、極限状態の息子の羨望を浴びるのに十分過ぎる程に。


「すげぇ……これが、桜鬼……俺の、父ちゃん……!」


『レン、これから言う事をよく聞いて。母ちゃん達には……あまり時間が無いから』


「え……?」


 モモが息子に何かを伝えている間、ホウレンが時間を稼ぐ。

 だが、次第にオーラの勢いが衰えていくのだ。

 あと少し……あと少しだけ、時間を。

 ホウレンは息子の為、攻撃を激しくしていく。


「母ちゃん……やっと、会えたのに……!」


『ごめんね。でも、母ちゃんも父ちゃんも……ずっとレンと一緒に居ますよ。それに……新しい家族を護らないと、ね?』


「ぐすっ……うん……!」


『私の可愛い息子……これからも、笑顔を絶やさぬ様に……』


 モモのオーラは、息子を強く抱き締める。

 額に優しく口付けをすると、グレナダの隣にしゃがみ込む。

 そして、息子と同じ様に額に口付けをした。


『貴方が友で、本当に良かった。息子を宜しくね……ラディオ』


 小さくそう呟いたモモは、激しい攻防の中へ飛び込んで行く。

 すると、デスサイズは桜色のオーラに捕縛され、身動きが取れなくなったのだ。


「クソォォォ!! 何をしている! 亡霊如きさっさと振り払えぇぇ!!」


 コルティスの怒りの叫びが木霊する。

 だが、桜色のオーラはどんどん勢いを増していく。

 その間に、今度はホウレンが息子に歩み寄った。


「えと……その――っ!」


 どうしていいか分からず、下を向いてしまった少年。

 その時、ホウレンは何も言わずに抱き締めてくれた。

 大きな腕が、温かな胸が、レンカイの心に染み込んでいく。


「うぅ……ぐすっ……父ちゃん……!」


『大きくなったな、レン……本当に。ごめんな……共に居てやりたかった……!』


 その抱擁は、ほんの数秒。

 だが、今迄の時間を埋めてくれている事を、少年は強く感じていた。

 ホウレンが耳元で囁くと、レンカイは力強い瞳で頷いた。

 涙を拭い、凛とした表情を見せながら。


「殺せぇぇぇぇ!!」


 コルティスの怒号が再度響き渡る。

 すると、デスサイズの瞳が発光を始め、膨大なオーラが溢れ出して来た。

 両腕を振り払い、魔力を爆発させる。

 その余りの凄まじさに、部屋の中の物は吹き飛び、壁に亀裂が入る。

 そして遂に、桜色のオーラを消滅させたのだ。


「オォォォォォ!!」


 金切り声を上げ、大鎌に全ての魔力を注入するデスサイズ。

 激しい衝撃波を巻き起こしながら、大鎌がより歪に鋭利に変形していく。


 だが、その正面に立つ少年に恐れは無い。

 眩い輝きを放つユウダチを構え、呼吸を整える。


「ありがとう……母ちゃん、父ちゃん……はぁぁぁぁ!!」


 レンカイが、ユウダチに魔力を込める。

 全て残らず、ありったけの想いを乗せて。

 振るえるのは、後一撃……絶対に外さない。

 どんな状況だろうと諦めない。


 何故なら、自分は1人じゃない。

 後ろには、護ると決めた幼い命。

 そして、握り締める両親の形見が、いつでも側に居てくれるから。


「誓いしは信念 護りしは桜 己を貫く為立ち上がれ――《王花雄起(おうかゆうだち) 》!!」


 レンカイの声が轟くと、小刀が閃光に包まれる。

 尋常ではないオーラが迸り、小刀から一振りの刀へと変貌を遂げた。

 美しい桜色の刀身が煌めき、レンカイの背には、巨大な紅蓮の鬼武者のオーラが浮かび上がっている。

 これぞ、『雄起』の力を完全解放した姿だった。


「オォォォォォ!!」


 デスサイズが最大の力を込めた一撃を振り抜いた。


「桜を護る為、推して参る――はぁぁぁぁっっっっ!!」


 上段から振り抜かれた雄起は、背後で同じく振り抜いたオーラと重なり、巨大な楕円形の斬撃を放つ。



 怒号ッッッッッッ――!!



 鮮血と桜の斬撃が空中でぶつかり合う。

 爆心地の様な衝撃が巻き起こり――



「あ、か……ハハ、ハハハハハッ! 万策尽きたなぁぁぁぁ!!」



 高笑いを響かせたのは、コルティスだった。

 レンカイが放った一撃は、天井を突き破り、屋根の半分を消し飛ばしている。

 そして、デスサイズの上半身部分も。

 だが、核は破壊出来なかったのだ。


「オ、オォ……」


「はぁ……はぁ……クソ……」


 ブクブクと再生を始めるデスサイズ。

 少年は、全てを出し切った。

 何もかも一滴残らず。


 だが、勝てなかった。

 雄起を握る手が緩み、オーラも消えて行く。

 床に落ちた刀の音が響く時、少年の体も倒れ込む。

 悔しさに頬を濡らしながら、目の前に迫る大鎌を見る事も出来ずに――



 斬ッッッッッ――!!



「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁ!!」


 やっと終わった死闘。

 だが、コルティスは顔を引きつらせ、半狂乱に陥っている。


 何故なら、デスサイズの鎌は少年に届いていない。

 倒れ込む少年を抱えた、分厚い背中に受け止められているからだ。

 息をするだけで大気を揺らし、存在するだけで絶望すら癒しだと思う程の、未知の激情を撒き散らす男の背中に。


「遅くなった……」


 全てを怒りに支配されたラディオが、舞い降りた。

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