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第103話 父、少し足早に

 下段中央・『大広場』――



「なぁなぁ、今日何する?」


「草原の近くに洞窟とかあったっけ?」


「レナンちゃん、それな〜に〜?」


「ちちくんなのだっ!」


「サンドイッチ……はやくたべたいなあ……」


 大広場の噴水の前で、興奮気味にお喋りをする子供達。

 背中にそれぞれリュックを背負い、キラキラした笑顔を咲かせている。

 3〜7歳ぐらいの子供達の数はざっと30人。

 その後ろでは、おおよそ倍の数の親達が挨拶を交わしていた。


「快晴で良かったですね」


「本当に。ほーら! まだリュック弄るなって言っただろ!」


「あ、これはどうも。いつも娘が仲良くさせて頂いています」


「いえいえ、此方こそ。子供達から、楽しげな話を聞かせて貰ってますよ」


 普段は迷宮で腕を鳴らす冒険者達だが、今日ばかりは親の顔。

 挨拶がてら世間話をしつつ、子供達の嬉しそうな姿を見つめている。


 その時、噴水の前に居た待機所職員がパンっと手を叩いた。

 すると、ザワザワと騒いでいた子供達が、一斉に其方を振り向く。

 それどころか、地面に腰を落とし、すっと口をつぐんだのだ。

 職員の完璧な統率力に、親達から『おぉ〜!』という声が彼方此方で漏れ聞こえて来る。


「は〜い、皆ー! お早うございまーす!」


「「「おはよーございますっ!」」」


 職員の挨拶に、子供達は声を合わせて挨拶を返す。

 親達もそれに吊られて、一糸乱れぬ動きでペコリと頭を下げた。


「今日はぽかぽかのお天気で、先生もすっごく嬉しいです♡ 遠足楽しみな人〜?」


「「「はぁーーいっ!」」」


「そうだよね〜♡ では、出発する前に少しお話があります。ちゃんと聞ける人〜?」


「「「はぁーーいっ!」」」


 一斉に手を挙げる子供達。

 グレナダもピンと伸ばした右手をブンブン振って、しっかりと返事をしている。

 娘の成長を目の当たりにしたラディオは、ギュッと眉間に力を込めた。

 こうしていないと、どうしても頬が緩んでしまうからだ。


 そんな中年を差し置いて、職員達は相変わらず完璧に動いている。

 1人が噴水の前で注目を集めながら、遠足に関する注意事項を、分かりやすく説明する。

 1人は、その間に子供達の数と名前を確認して、用紙に記入していく。

 1人は、子供達と同様の説明を手早く親達にしながら、日程の詳しい内容も織り交ぜているのだ。


「は〜い、先生とのお約束ですよ〜。しっかり守って、楽しい遠足にしましょうね♡」


「「「はぁーーいっ!」」」


「次は、皆と一緒に来てくれる『治安部隊』のお兄さんを紹介します。お願いしまーす!」


 職員が親達の後方に声を掛ける。

 親も子も一緒に後ろを振り返ると、其処には、いつの間にか整列していた治安部隊の面々が居た。

 しかし、腕を組み、皆険しい顔をしている。


「あ、れ? お、お願いしま〜す……?」


「「「……………」」」


「え、えーと……お願いしまーす! 治安部隊のお兄さ――」

「「「んん()()()()()()ッッ!!」」」


 野太い声が、青空に響く。

 そう、彼等……もとい、漢女(おとめ)達に取って、呼ばれ方は死活問題なのだ。


「あっ……ごめんなさい……」


「んもう! 1番大事な所よねぇ!」


「そうよぉ〜! 子供達が間違って覚えちゃったら大変だもの〜」


「やっだぁ! こんな天使達に嘘教えるなんて、出来なぁ〜い!」


 ゴリゴリの肉体をクネクネと揺らし、轟く低音ボイスでキャーキャー騒ぐ漢女達。

 ピッチピチの黒皮のベスト、ブーメランパンツに網タイツ。

 色とりどりの奇抜なヘアースタイルと、原型推測が不可能となった厚化粧の顔。


 それが2分隊分16人も居るのだ。

 流石にこの人数を一辺に見るのは、色々キツい。

 当然の如く、子供達は何も言えず固まってしまう始末である。

 すると、漢女達の後ろから、頭一つ飛び抜けた大漢女がゆっくりと歩いて来た。


「おほほほほっ! アナタ達女子力が足りないのよぉん! 人のせいにしてないで、己の美を追求して、誰よりも磨きなさいなぁ〜」


 現れたのは、【博愛の漢女】と呼ばれる元Sランク冒険者。

 現『治安部隊隊長』であり、【金時計】の中核。

 ラディオ達の良き友人、ドレイオスだ。


「ぶつくさ言ってないで、子供達に注意事項の説明してちょーだいなっ! 折角のお天気なのに、時間を無駄にしていいのぉん? 子供達のお目々を見てごらんなさぁぁいん!」


「やだぁん! 天使達を待たせちゃってるじゃな〜い!」


「うっそぉん! ごめんなさいねぇ〜!」


「お姉たまこわぁーい」


 隊長に一喝された漢女達は、そそくさと職員の後ろに整列した。


「あ、えーと……は、はぁ〜い! 皆〜、おに……お姉さん達に、ご挨拶しましょうね! お、お早うごさいま〜す」


「「「……おはよーございま〜す」」」

「おはよーございますっ!」


 明らかに子供達の元気が無い……と言うより、姿形に圧倒されているのだろう。

 しかし、グレナダだけはドレイオスに馴れている為、元気に挨拶をしていた。

 すると、1人の漢女が代表として前に出ると、朗らかな笑顔で挨拶を返す。


「はぁ〜い♡ お早うございむわぁ〜すっ! こーんなに沢山の天使達と、一緒に遊べるなんてお姉さん達も感激よぉ〜ん♡ 皆も楽しみかしらぁ〜?」


「「「……はぁ〜い」」」

「あいっ!」


 やはり元気が良いのはグレナダだけ。

 しかし、漢女はニコニコと微笑みながら、どういう形で遠足に付随していくのか、護衛を務める上で危険な行為等を、此方も分かり易く説明していく。


(成る程、1分隊が子供達の警護。1分隊が周辺の警戒と、遠方監視と伝令に別れるのか)


 子供達との温度差はさて置き、分隊のプランは素晴らしいの一言。

 ラディオだけでは無く、他の親達も感心した様に頷いている。

 すると、肩をポンポンと叩かれた。

 振り向くと、本当に嬉しそうに子供達を見つめるドレイオスが立っている。


「お早うございます、レイ殿。今日は2分隊も動員して下さった事、本当に感謝しています。有難う御座いました」


「んん〜! お礼なんていいのよぉん♡ アタシ達は、ランサリオンに住まう人々の安全を護るのがお仕事なんだからぁん。それにねぇん、あーんなに可愛い天使達と一緒なんて……羨ましいぃぃぃぃん!」


 ラディオと会話をしながら、両拳を顔の前で震わせるドレイオス。

 バッキバキの太腿を内股にして、部下達の役得に悔しさを滲ませた。


「これでお姉さん達のお話はぁ、お・わ・りっ♡ 先生に繋ぎまぁ〜す」


「「「……………」」」


「み、皆〜! では、お待ちかねの遠足に出発しますよーー!!」


「「「……わ、わぁーーい!!」」」

「やったのだ〜♡」


 涼しい風が頬を撫でていると言うのに、謎の汗が止まらない職員。

 しかし、無理くりテンションを上げる。

 少し間を置いたが、子供達にもウキウキ感が戻って来た様だ。


「では、お父さんお母さんに挨拶に行って来てくださーい!」


 職員の掛け声と共に、子供達は一斉に親の元へ駆けて行く。

 皆楽しげに出発の挨拶を交わす中、ラディオの元にも、飛び切り元気な声が聞こえて来た。


「ちちーっ♡」


 いつもの様に、お腹の辺りをギュッと掴みながら、グレナダが駆けて来る。

 しゃがみ込んで娘を迎え入れたラディオは、そのまま強く強く抱き締めた。


「お友達と仲良くね。先生や、治安部隊の方々の言う事を良く聞いて、怪我の無い様に気を付けて」


「あいっ♡」


 ラディオは娘の頭を撫でながら、大事な事を言って聞かせる。

 ちちを見上げたグレナダは、ニコニコと満開に笑顔を咲かせ、うんうんと頷いていた。

 すると、横から激しく身悶えた声が聞こえて来るでは無いか。


「やだぁ〜〜んっ! レナンちゃん……どーしちゃったのよぉ〜ん!」


「あっ! レイちゃんなのだぁ!」


 ドレイオスを見つけたグレナダは、此方にもキラキラした笑顔を向ける。

 すると、一層体を震わせるオカマ。

 その視線は、新しい前髪に向けられていた。


「何て可愛いのぉ〜ん!! もう、やだ……やだぁ〜ん! 可愛いしか言葉が無いじゃなぁ〜い♡ アタシとお揃いで可愛すぎよぉ〜ん♡♡」


「えへへぇ……♡ ちちがきってくれたのだぁ♡」


 そう、ドレイオスはパッツン前髪を見て、悶えていたのだ。

 褒められたグレナダは、ニヤァっと照れて後頭部を摩っている。

 この時、ラディオは顎に手を置き、納得した様に頷いていた。


(流石はレイ殿……変化にいち早く気付く。やはり、最先端の感性を持つ御仁は違うな。そうか……意図せずレイ殿と同じ前髪に出来たと言う事は……私も少し成長したと言う事なのかも知れない)


 大きな間違いである。

 ドレイオスの誰かの変化に気付く性格は、本人の気配りから来るもの。

 パッツン前髪は別に流行り廃りがある訳では無いし、オカマに至っては只のオカッパ頭である。

 且つ、再三言うが、ドレイオスの格好が最先端である訳が無い。

 最早、この致命的な世俗の疎さは、修正不可能なのかも知れない。


「あっ、せんせーよんでるのだ!」


「その様だ。レナンも行っておいで」


「あいっ♡」


 グレナダはもう一度ちちに抱き付いてから、また噴水の前に駆けて行った。


「はいっ! ちゃんと挨拶はしてきたかなー?」


「「「はーーいっ!」」」


「では、2列になってくださーい。お兄さんお姉さん達を後ろにして、小さな子達から前に並んでねー!」


 職員の掛け声から数秒で、子供達は2列に整列してしまった。

 又もや、親達から感嘆の声が漏れ聞こえる。


 すると、職員が1本のフワフワしたロープを取り出した。

 そして、最前列の子から順に奥へ流して行く様指示を出す。

 各自左手でロープを握る子供達。

 程なくして、ぐるっと1周した先端が、職員の手に戻って来た。


「はい、歩く時はこのロープを離さないんですよー! お約束出来る人〜?」


「「「はーーいっ!」」」


 そう、これはある種命綱の代わりである。

 迷子を防止し、幼児の行動に規則性を持たせる役割も果たすのだ。

 職員は、ロープの先端を自身のリュックのアームにしっかりと結びながら、子供達にも念を押す。


「では、出発しまーす! いってきまーす!」


「「「いってきまーーすっ!!」」」


 ロープを管理する職員を先頭に、2列で歩き出した子供達。

 その後方には、2人の職員が連れ添い、列の左右は分隊が護衛の騎士のように固めている。

 これならば何も心配する事は無いと、親達も子供に手を振って送り出していた。


「ちちーっ♡ いってきまーす! いってきまーす!」


「あぁ、楽しんでおいで」


 列の3番目に居るグレナダが、此方を振り向きブンブン手を振って来た。

 ラディオも和かに微笑み、娘の姿を見送る。

 ガヤガヤと賑やかな一団が大広場から去って行くと、親達も次第に数が少なくなっていく。


「レイ殿、本当に有難う御座いました」


「いいのよぉん♡ はぁ〜、アタシもお仕事が無ければねぇん……」


 娘の姿が見えなくなるまで残っていたラディオは、同じく手を振っていたドレイオスに頭を下げる。

 ドレイオスは笑いながら首を振るが、溜息と共に少し疲労を滲ませた。


「何か問題でも?」


「ううん、そうじゃないんだけどねぇん。今年は()()()()()()()()()になっちゃったから、その準備で大忙しなのよぉん」


「会場……ですか?」


「あらやだっ! まだ言っちゃいけないんだったわぁん! ラディオちゃん、忘れてちょーだいなぁんっ! でぇも……楽しみにしててくれて良いわよぉん♡」


「……分かりました。その時に、また」


 含みを持たせながら、ドレイオスはタワーへ戻って行く。

 いずれ分かる事なのだろうと、ラディオも余り気にしない事にした。

 すると、徐に空を見上げたラディオは、子竜のオーラを1体羽ばたかせる。

 溢れる想いを溶かし込みながら。


(……私は私のやるべき事をやらなければな)


 暫く行く末を見守っていたが、まだやるべき事が残っている。

 今度こそ、何があっても遅れる訳にはいかない。

 どうしても、少年に伝えたい想いがあるのだから。

 凛とした表情を見せたラディオは、少し足早に家路へと向かうのであった。

いつもお読み頂きありがとうございます。


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『底辺からやり直す二度目の英雄譚 〜死んだ筈の元英雄、世界を救うため悪となる〜』


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