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第102話 父、もうしょうがない

(良し、これで完成だ……喜んでくれるだろうか)


 帰還した翌日の早朝、ラディオは出来上がった弁当を前に、悩ましげな微笑みを浮かべていた。

 今日はグレナダが待ちに待った遠足の日。

 4日間も家を空けてしまった償いも兼ねて、ラディオとしても相当気合を入れている。


(最近はこういう物が流行っているのだな。もっと勉強しなければ)


 ギギが娘の誕生日にくれた、鮮やかな海色の弁当箱。

 その中には、色彩豊かな中身が綺麗に詰められていた。

 バランスを考えた緑黄色の野菜、差し色に輝くトマトとベーコン。

 ふわふわのミニオムレツに、大好物のハンバーグ。

 そして、趣向を凝らした()()()()


 更に、娘の分の隣には、燃える様な赤色の一回り以上大きな弁当箱。

 同じくおかずを綺麗に並べ、此方もご飯は趣向を凝らしている。


(さて、次は朝食だな)


 2つの弁当箱を丁寧に包んだラディオは、また下拵えを始めた。

 朝と昼で同じ物を食べさせる訳にはいかない。

 それでは、せっかくの楽しみが台無しだ。

 すると、寝室の扉が開き、勢い良く此方に駆けて来る影が1つ。


「お早う、レナン。まだ朝御飯は出来ないから、もう少し……お休み」


「すー……すー……」


 足にしがみついている娘を見るや、ラディオの頬が優しく綻ぶ。

 ちちの気配を辿って来たは良いが、まだまだ眠い。

 だが、匂いと体温で安心した様だ。

 ラディオの足にくっ付いたまま、既に眠りについている。


 ラディオはそっと娘を抱き上げると、テーブルに置いてあるおんぶ紐を手に取った。

 これは、グレナダが乳児の時に使っていた物を、手直ししたものである。


 昨夜、祝勝会から帰って来たラディオは、やらなければならない事があった。

 しかし、グレナダはどうしても離れない。

 4日間も我慢をしていたのだから、それも当然と言えるが。


 故に、ラディオは何も言わない。

 それだけ、娘に不安と寂しさを与えてしまったのだ。

 寧ろ、どれだけ反省しようとも、後悔が消える事は無い。


 其処で、おんぶ紐の登場である。

 ランサリオンに来る際に、持って来たは良いが使う場面が無かった。

 しかし、今はこれ程適した物も無い。

 グレナダは、大きく温かな背中に顔を埋めると、直ぐに寝息を立て始めたのだ。

 その間に、ラディオは作業を進めていたのである。


(本当に大きくなった。だが、まだ私を必要としてくれている……こんなに幸せな事は無いな)


 ラディオは娘をおんぶしながら、適度に体を揺らす。

 成長したグレナダの重みを感じれば感じる程、心に広がるのは絶え間無い愛おしさ。

 むにゃむにゃと気持ち良さそうに寝息を立てる娘を気にしつつ、ラディオは下拵えに戻った。


(レン……すまない。私が不甲斐ないばかりに……)


 だが、少年の事を想うと、少し顔が曇る。

 リビングの窓から見えるツリーハウスは、昨日から空いたまま。

 普段なら、もう起きて懸垂をしている時間でもあるが、今朝の庭にはその姿も無い。


(君は、どう想っているんだろうか。私達は……)


 祝勝会で、ハイエルフに懇々と説教をされたラディオ。

 2日という約束を破った事、そして……絵本を読むと言う約束を破った事について。

 すると、誰が見ても分かる程、ラディオは狼狽してしまった。

 しかし、ハイエルフは容赦しない。


 普段、ラディオが娘に対して声を荒げる事は無いが、躾として諭す事は良くある。

 だが、エルディンは違う。

 ラディオを弟として厳しく愛すハイエルフに取って、グレナダは護るべき幼い命であり、姪っ子に相当する……と、本人は信じてやまない。

 故に、サニアと同レベルでグレナダ()()()甘いのだ。


 更に、レミアナから娘の吐露された想いを聞いてしまった。

 ラディオは地面にめり込んでしまいそうな程落ち込んだが、同時に再確認も出来た。

『子育て』とは、何よりも繊細で難しく、意義のある事なのだと。

 それは、グレナダに対してだけで無く、レンカイに対しても。


 少年の心の波紋に気付けなかった事が、ラディオはやるせなかった。

 だからこそ、話がしたい。

 とにかく眼を見て、しっかりと想いを伝えたかった。


(受けてくれるといいのだが……)


 子供達の事を考えながら、朝食の準備を進めていく。



 ▽▼▽



「もぐもぐ……おいしいのだぁ♡」


「動き易さを考えると、1つに纏める方が……いや、それでは角が……となると、いや……」


 ベビーチェアに座り、幸せ一杯に朝食を頬張っているグレナダ。

 そんな娘を熱心に見つめながら、ブツブツと独り言を言うラディオ。

 悩んでいるのは、グレナダの髪型である。


 勿論、今日も新作の着ぐるみは用意してある。

 だが、折角の遠足だ。

 友達と外で思い切り遊べる機会を、存分に満喫して欲しい。

 その為には、細心の注意を払い、最高の髪型にしてあげなければ。


「やはり、お団子に……いや、それでは芸が無い……では、ふむ……」


 中年のブツブツがどんどん加速していく。

 そうこうしている内に、グレナダは朝食を食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでしたっ!」


 両手を合わせ、満足気に食後の挨拶をする。


「お粗末様。全部食べて偉いね」


「あいっ♡ きゃははっ♡」


 ラディオに口元を拭いてもらい、頭を撫でて貰うと、グレナダはもうご機嫌だ。

 フニャリと笑みを零し、尻尾を振り振りして喜びを表している。

 その時、ラディオは大変な事に気が付いた。


「前髪を切らなきゃいけないね。気が付かなくてごめんね」


 実は、グレナダの髪は、定期的にラディオが切っている。

 特に前髪に関しては、週1回の頻度で目に被らない様に。

 しかし、ここ最近はレンカイとの修行に明け暮れていた為、少し伸び過ぎてしまっていたのだ。


 言い訳など出来る筈もない、完全なる自分の落ち度。

 ラディオは自責の念を顔に浮かべ、娘を抱き上げる。

 しかし、グレナダは満開に笑顔を咲かせると、ちちの首元にギュッと抱き着いた。


「レナン、へいきなのだっ♡」


「……本当にごめんよ。歯磨きする前に、終わらせようか」


 娘を強く抱き締めながら、ラディオは優しく微笑んだ。

 だが、よく見るとラディオの頬に、グレナダの角が刺さっている。

 いや……()()()()()()と言った方が正しい。


 何故なら、これは娘からの無意識のお仕置きだから。

 普段、グレナダは角が誰かに当たらないように、しっかりと意識をしている。

 だが、今回に至っては『もう寂しくさせないでっ!』と、暗に訴えているのだ。

 それを分かっているからこそ、ラディオは甘んじて受け入れている。


 因みに、言っても幼児なので、加減は出来ない。

 サニアの時と違い、かなりグリグリと突き刺さっている。

 しかし、それでもラディオは何も言わない。

 それだけ、娘にストレスを掛けてしまったのだから。


「切り終わるまで、動かないんだよ。父は、これからハサミを使うからね」


「あいっ! レナン、いいこにしてるのだ!」


 娘をベビーチェアに再び座らせ、散髪用のケープで首から下を椅子ごと覆う。

 櫛で前髪を整えると、グレナダはしっかりと目を瞑り、じっと動かずに待ち始める。

 先ずは長さを揃えようと、ハサミを構えるラディオ。


「直ぐに終わるからね」


「あいっ!……へぁ……!」


 手際良く目算を付け、櫛に沿って切り始めた瞬間――



「へっくしゅっ!」

「あっ」



 美しい白桃色の髪が、バサリとケープの上に広がる。

 想定していたものより、倍以上の長さで。

 グレナダの不意にくしゃみにより頭が下がれば、当然の様に櫛は上がる。

 となれば、隠れていた眉毛があら不思議。

 見事にその姿を現し、その上にはパツっと切られた涼しげな前髪の誕生である。


「ちちー、おはなー」


(しまった……)


 グレナダは咄嗟に腕で拭おうとしたが、ケープが障害となってくれた。

 同時に、いつもちちに言われている事も思い出し、鼻を拭いてくれるようお願いする。

 ラディオは直ぐに拭いてやったが、娘の前髪を見つめて、表情が固まってしまっていた。


 それもその筈、普段は隠れている眉毛が、今は全面に押し出されているのだから。

 更に、調整しきれない短さで、前髪はパッツン切りになってしまっている。

 此れでは、遠足どころの話で無いだろう。

 自分がやってしまった事の重大さに、ラディオは打ち震えて――



(何て可愛いんだ……! やはり、レナンはどんな髪型でも似合ってしまうのだな。ふむ……年頃になった時、変な虫が寄り付かなければいいのだが……いや、待て……世の中には()()()()の輩も居ると聞いた事がある。これでは、魅力を振り撒き過ぎてしまう……しかし、本当に愛らしい……ならば――)



 いる訳が無い。

 只々、重度の親バカを発揮しただけだった。

 すると、手が止まったちちを、グレナダが不思議そうに見上げる。


 キラキラと眩い紅玉の瞳に、スラリと伸びる美しい桃色の眉毛。

 そして、あどけなさをこれでもかと主張するパッツン前髪。

 固まっていた親バカの頬が、溶けたバターの様にグニャグニャに緩んでいく。


「さぁ、出来たよ」


「あいっ、おぉ〜! まゆげなのだぁ〜♡」


 サッと綺麗に整えて、鏡を見せたラディオ。

 映り込んだ新たな前髪を見たグレナダは、嬉しそうに眉毛を上下させる。


 実際、ラディオが切ってくれさえすれば、グレナダはどんな髪型でも最高に幸せなのだ。

 例え、有り得ないおかしな髪型になったとしても。

 勿論、そんな事は親バカが断じて許す訳も無いのだが。


「歯磨きした後お着替えをして、髪を結ったら、1度ギルドに行こうね」


「あいっ♡ あっ! ちーちっ!」


 ケープを取り外し、娘を抱き上げながら予定を伝える。

 すると、グレナダが小首を傾げながら、ラディオを呼んだ。


「どうした?」


「かみのけきってくれて、ありがとうなのだぁ♡」


「……どういたしまして」


「レナンのかみのけ……かわいいのだ?」


「あぁ……勿論だとも。世界中の誰よりも、何よりも、今までも、これからも……レナンが1番可愛いよ」


「きゃははっ♡」


 上目遣いで問い掛けた娘に、締まりの無いゆるっゆるの笑顔で即答する中年。

 こんなもの、年頃の心配云々の話では無い。

 何故なら、グレナダの魅力に最も陥落している男が、グレナダの最も身近に常に居るのだから。


 しかし、幸せに溢れた笑顔を見せる2人。

 こうして、パッツン前髪幼女と世界最強の親バカは、仲良く洗面台に向かうのであった。



 ▽▼▽



「レナン……今日はリュックに沢山入れる物があるから、それは持って行けないよ?」


「いやなのだぁ〜! いっしょにいくのだぁ〜!」


 準備が全て終わり、いざ出発しようとした時、ラディオは眉尻を下げて困っていた。

 グレナダが、『ちちくん』も連れて行くと駄々をこねているからだ。

 リュックには弁当やらタオルやらその他諸々で、隙間が無いと言うのに。

 しかし、ラディオがどんなに説明しても、グレナダは諦めてくれない。


「お友達と遊んでいる時に、無くなってしまうかもしれないよ? そしたら、ちちくんもレミアナも悲しむんじゃないかな?」


「へいきなのだ〜! レナンがだっこしてるのだ〜!」


「しかし……」


「レナンがちゃんとだっこするのだぁ……いーい?」


「…………お約束だよ」


「あいっっ! ちちくんもえんそくいくのだぁ〜♡」


 グレナダの圧勝だった。

 最愛の娘に、瞳を潤ませながらお願いされては、ラディオが拒否出来る訳も無く。

 躾も何もあったものでは無いが、グレナダがこんなにも喜ぶなら……もうしょうがない。


「そうそう、忘れない内にこれを。今日は沢山遊べると良いね」


「あいっ♡」


 ちちくんを抱きしめている娘の頭に、艶やかな漆黒のヘアバンドを着けるラディオ。

 素材は勿論、『独眼暴君竜の黒皮』である。


 ラディオが悩み抜いて決めた、今日のグレナダの髪型は『おさげ』。

 先ず、頭頂部から太めに裏編み込みを施し、立体的且つ美しい形状にする。

 そして、毛先を15cm程編み込まずに残す事で、可愛らしさも加える事も忘れない。

 仕上げに、角を覆い隠せるヘアバンドを着け、結び目を前に作れば、『崩れにくく動き易く完璧な可愛さを醸し出すおさげ髪』の完成だ。


「とても良く似合っている。可愛いよ、レナン」


「えへへぇ♡」


 ラディオに褒められ、フニャリと笑みを零すグレナダ。

 眉上パッツン前髪になった事で、眉尻が下がっているのが良く見える。

 しかし、そんな娘の頭を撫でる中年の方が、もっと下がっているのは言うまでも無い。


「竜さんの着心地はどうかな?」


「すべすべしてて、きもちいいのだっ!」


「そうか。なら良かった」


 娘にフードを被せ、微笑みを浮かべるラディオ。

 今日の着ぐるみも、夜なべして作った新作。

 素材はヘアバンドと同様に、『黒皮』を使っている。


 夜空の様に煌めく、竜を模した漆黒のボディ。

 頭部には後方に向かって流線形の双角を、背中には小さな両翼を、それぞれあしらえて。

 相変わらず不細工な顔のフードは、がきっちりと開いた紅い()()が特徴だ。


 そして、ラディオが一番拘ったのは背面。

 今回は、2つの刺繍を入れたのだ。

 1つは、『桜の国』の固有文字である『平仮名』を使い、桃色で『りゅうき』と。

 もう1つは、右肩から左腰まで舞い踊る『桜の花弁』を。


「……受け取ってくれるだろうか」

 

「ちち〜?」


 ボソリと呟いたささやかな願い。

 不思議そうに見上げた娘を抱き上げ、静かに想いをしまい込んだラディオ。


「……何でもないよ。行こうか」


「あいっ♡ たのしみなのだぁ〜!」


 親子は、仲良く手を繋ぎながら、ギルドを目指して歩いて行く。

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