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第99話 父、仮面の下で

「あの御仁は……何者なんだ……」


 目の前で繰り広げられる激闘……いや、男に翻弄されるタイラントを見て、モルガが舌を巻いた。

 あれだけの脅威を、咆哮一つで全てを刈り取っていった相手を、ああも事も無げにいなせるものなのか。


「隊長、取り敢えずコレ飲んで下さい」


 そう言って隊員が渡して来たのは、緑色のポーションだった。

 見れば、同じ物を飲んだベルズも他の隊員達も、あっという間に傷が無くなっていく。

 最早混乱する事にも疲れ、モルガも静かにポーションを口に含んだ。


「うっぷ……酷い味だな。だが、凄まじい」


 完全に折れていた筈の左腕を動かしながら、溜息を漏らすモルガ。

 体が癒されると、思考も鮮明になって来た。

 すると、いつもの険しい顔に戻り、隊員に詰め寄る。


「一から全てを説明しろ!」


「はははっ、元気になって良かったです。やっぱり、隊長はそうでなくちゃ」


「隊長を茶化すなよ。ベルズさん、起きれますか?」


「ゲホッ……あぁ、助かった。俺も聞きてぇな。あの男……なのかは知らねぇが、何モンなんだ?」


「彼は、俺達がグレンデルの群れに囲まれて居た時、転移陣から急に現れたんです」


「何!? 他の隊員達はどうなった!」


「心配要りませんよ。皆、ベースキャンプで隊長の帰りを待ってます。にしても、本当に凄かったんですよ、あの人」


 男の勇姿を思い出し、感嘆の声を漏らす隊員。

 転移陣を破壊しようとした時、向こう側から飛んで来た男。

 すると、何も言わずに両手から紅蓮を纏いし竜の炎を出す。

 それを鞭のようにしならせ、気付けばグレンデルの群れは焦土と化していた。


 聞けば、41階層でベースキャンプを発見。

 少し調べていた所、転移陣から隊員達が帰って来たのだ。

 其処で、47階層の説明を受けると、即座に転移陣に飛び込び、間一髪で間に合ったという訳だ。

 そして、隊員達から更に状況説明を受け、先程の救出プランを組み立てたのである。


「そうか……そんな事があったのか。お前達、本当に良くやってくれた。後輩達を守りきってくれた事、そして……お前達が生きていてくれた事、女神様と御仁に感謝しよう」


 モルガは険しい顔ながらも、瞳に優しさを灯し、『信念』を貫いた隊員達を褒める。

 隊員達も力強く頷き、嬉しそうに笑顔を見せた。


「良し。お前達は転移陣を張り直して、帰還しろ。私は御仁の加勢に入る」


「いやいや、彼から言伝がありますから。『どうか、何もせず休んでいて下さい』って」


「何を馬鹿な! 命を助けて貰い、その恩を返さず指を咥えていろと言うのか!」


「俺らも最初はそう言ったんですよ? そしたら、『分かりました……では、戦況を見て判断して下さい』って。実際、アレに入り込めますか?」


「それは……! くっ……不甲斐ない……!」


 隊員が指差す方向を見て、モルガは悔しそうに唇を噛む。

 最早、緊張感も溶けてしまっていたが、本来は絶望に晒されていたのだ。

 しかし、全てを一瞬で払拭した男。

 それはひとえに、タイラントをものともせず、此方から徐々に引き離してくれているからだ。


「そうだ……せめて、名前は! 御名前は聞いていないのか!?」


「それも聞きましたよ? じゃあそのまま伝えますね。あの人は、自分の格好を見てから……『名前ですか? ふむ……『白竜――」

「何っ!? 稀代の英雄、【白竜】ダンテと言ったのか!?」


「いやちょっと! 落ち着いて下さいよ〜。ゴホンッ……『白竜……いや、おこがましいな。そうですね…………通りすがりのEランク冒険者です』、ですって」


「ふ、ふざけるな! あの力でEランクな訳が無いだろう!」


「ぷくくっ……でも、本人が言ったんですから」


「な、何が可笑しいんだ!」


「いや〜、こんなに取り乱してる隊長初めて見たなぁって。可愛いっすね」


「ばっ……!! こんな、時に……何を……!?」


 すると、周囲からも笑い声が聞こえて来た。

 普段は冷静沈着なモルガだが、信じられない話の数々に、またも混乱に襲われ赤面してしまっている。

 その姿は、隊員達にはとても新鮮に映ったのだ。


「まぁまぁ、良いじゃねえかよ。あの男が誰であれ、命を救われた事に変わりはねぇんだ。邪魔すんなっつーなら、有り難く見物させて貰おうじゃねぇの。それにな、あのレベルの戦闘は、そうそう見られるモンでもねぇぞ?」


 全快したベルズが、騒ぐ隊長を宥める。

 モルガは詰め寄っていた足を止め、深呼吸をして気分を落ち着かせた。


「……確かに、それも一理ある。お前達も良く刻み込んでおけ。命を救って頂いた、大恩ある御仁の勇姿を」


「「「はいっ!」」」


 モルガ達は周囲の警戒をしつつ、男の戦いに魅入っていく。



 ▽▼▽



「グォォォォォォ!!」


 タイラントが咆哮を上げ、巨体に似合わぬ速度で尾を振り抜いて来た。

 しかし、ラディオは難無く尾の先端を掴み取る。

 すると、小山の様な巨体が地面から離れたのだ。

 ラディオは、そのままタイラントを投げ飛ばす。


 雪原に落下し、クレーターの様な跡を残す。

 衝撃によって階層が揺れるが、ラディオは微動だにしない。

 だが、タイラントも負けてはいなかった。

 即座に体勢を整えると、今度は四つん這いとなり、頭を地面すれすれまで下げたのだ。

 そして、背面に生えた大刀の様な棘を一斉に撃ち放つ。


(重量は申し分ない。見た目も美しい。後は……強度だな)


 高速で撃ち出される棘の嵐を、ラディオは最小限の動きで躱して行く。

 上下左右から追い立てられていると言うのに、少しのステップと首振り、体の軸をズラすだけで避け切ってしまった。

 その間も、品定めは忘れない。


「棘でこれなら、期待してしまうな。どうか、耐えてくれる事を祈る……《五色竜身・帝紅》」


 ラディオの体から、凄まじい魔力の波動が溢れ出す。

 夥しい紅蓮のオーラは、竜へと形を変え、ラディオに重なる様に吸い込まれていくのだ。

 黒曜石の瞳を、滾る猛炎の真紅へと染め上げて。


 これぞ、《五色竜身・紅》の最大出力。

 竜装や《竜化》を使わないもので、最強の腕力を誇る状態。

 その力は、地上最硬鉱石オリハルコンでさえ、未加工なら一撃で破壊してしまう程。

 次の棘の射出準備に入ったタイラントを見据えた瞬間――



 轟ッッッッッッ!!



 爆音と共に、タイラントの眼前に飛来したラディオ。

 左足に重心を乗せ、捻りを加えたアッパーを下から顎へ撃ち抜いた。

 隕石の様な衝撃に、タイラントは否が応でも天を仰がされる。


「グォ、ォォォォ……」


「成る程……強度も申し分無い。決まりだな」


 口から雨の様に血流を撒き散らすタイラント。

 その瞬間、先程と同じ衝撃に腹部を襲われ堪らず血溜まりを吐き出す。

 特Sランクの化物が、たったの二撃で満身創痍となってしまった。


「これで終わり……見上げた闘志だ」


 最後の一撃を加えようとしたラディオだったが、異変を感じ即座に距離を取る。

 絶えず血を吐き出し続けているタイラントだが、その隻眼からは戦う意志が削がれていない。

 瞬間、ラディオに向かって最大の咆哮を上げる――



 グォォォォォォォォァァァァァァァァ!!!!



 すると、タイラントの体が漆黒のオーラの球体に包まれた。

 ドクンドクンと胎動し、階層全体に電磁波が巻き起こる。

 その時、不思議な事にタイラントの記憶が、ラディオ達に流れ込んで来たのだ。


 生まれた時、体色が違う事で迫害された。

 体躯も小さく、良い様に嬲られて。

 その時、左目も潰されてしまった。


 だが、ダークドラゴンは生き延びる。

 滾る憎しみを溜め込み、決して『死』に屈しなかったのだ。

 いつの日か、世界の全てに復讐する為に。


 それから、生きる為にモンスターを喰らった。

 幾夜を超えて、喰らい続けた。

 次第に力を持ち、同種を超える存在になった。

 それでも、喰らう事を止めなかった。

 いつしか、普通のモンスターでは満足出来なくなり、階層覇者に手を出す様になる。


 最初の階層覇者を喰らってからは、早かった。

 気付けば、同種とは全く別の存在へと昇華する。

 だが、更に力を求めた。

 次の獲物は、迷宮にやって来る高い魔力を有した者……冒険者だった。


 そして、ダークドラゴンはタイラントの名を冠し、王に君臨したのだ。

 しかし、其処へやって来た白い男。

 全てが無に帰す瞬間。


 だが、敗北など認められる訳が無い。

 まだ……復讐を果たしていないのだから。

 タイラントの強烈な憎しみが、溜め込んだ魔力に呼応する。

 更なる力を求め、《進化》する為に。


(そうか、君も……私と同じだな)


 記憶を受け取ったラディオは、少し物憂げな瞳となる。

 怒りに囚われ、全てを憎んでいた幼少の頃。

 それを救ってくれたのは、温かな純白の光だった。



 グォォォォォォォォァァァァァ!!!!



 すると、球体にヒビが入り、爆風が巻き起こる。

 現れたのは、流線型の体躯となったタイラント。

 棘が失われ、巨大な両翼を生やしている。

 全長は20m程に縮んだが、内包する魔力は桁違いに跳ね上がっていた。



 名前・【独眼暴君竜】タイラント・ダークネスドラゴン

 種族・進化変異種

 属性・闇、雷

 スキル・《進化》、《暴食》、《闇討ち》

 討伐ランク・SSランク(推定)

 〜新種。その他の情報未確認〜



 《目録》で情報の確認を行っていたラディオ。

 その時、タイラントが一瞬にして眼前に迫って来た。

 反応が遅れたラディオを、槍の様に鋭い口先で弾き飛ばす。

 そして、雷の球体を作り出し、間髪入れずにラディオに撃ち放った。


 球体に囚われたラディオは、終わりのない落雷に晒される。

 だが、魔力を爆発させ、球体を吹き飛ばした。

 しかし、地面に着地すると、タイラントの姿が消えている。

 四方を瞬時に確認した時、微かに空気の振動を感じた。



 轟ッッッッッッ!!



 間一髪でしゃがんだラディオの頭上を、鎌の様な尾の一撃が通り過ぎていく。

 再び姿を消したタイラント。

 今度は左右から雷の球体が襲い掛かる。

 《飛翔》で上空へと回避したラディオ。

 地上を歩きながら、タイラントは陽炎の様に姿を消していく。


(成る程……《闇討ち》とは、厄介だな)


 そう、タイラントは闇に乗じて攻撃を繰り出している。

 しかも、瞬間的に殺気を放つ事で、容易にその位置を掴ませないのだ。

 体が縮小した事で得た敏捷性を、遺憾無く発揮している。

 その速度は、《五色竜身・翠》に匹敵する程だ。


「ならば、私も最大の敬意を持って相手をしよう。そして……囚われている牢獄から、君を解放する」


 そう言うと、ラディオは紅蓮のオーラを鎮めてしまった。

 時折現れる幻影の様なタイラントを見据えながら、外套を脱ぎ捨て、新たに魔力を込める。

 それは、清廉なる純白のオーラ。

 膨れ上がる魔力は、やがてラディオの体に纏われていく。


「万物を還す白竜の輝き 今此処に 顕現せよ――《光輝竜套(こうきりゅうとう)・バログア》」


 溢れるオーラが、階層を揺らす。

 すると、白銀に輝く斜め掛けの外套が現れたのだ。

 立派な襟から、縁取られる様に入った金の刺繍。

 その姿は、神と見紛う程に美しかった。


「グォォォォ……!!」


 その時、《闇討ち》を仕掛けて来たタイラント。

 しかし、一直線にラディオの首を狙ったが、外套から溢れる光の波動に受け止められてしまった。


「《サラーサ・クレイヴ》」


 すると、天空に3本の光の(つるぎ)が現れ、上空に三角形を作り出す。

 剣先をタイラントに向けると、光のフィールドを展開した。

 ラディオが掌をかざすと剣が眩い光を放ち、フィールドがどんどん広がりを見せ、階層全てを真っ白な光の渦で飲み込んでいく。


「君の想いは、私が引き継ごう……《サイファー・レクイエム》」


 ラディオの掌から、白銀の光球が放たれた。

 フィールドと混ざり合い、光の柱が天を貫く様に昇っていく。

 やがて柱が収束していくと、タイラントの姿は消えていた。

 残ったのは、キラキラと輝く魔力の残滓のみ。

 すると、その残滓から漆黒のクリスタルが2つ現れた。


 ラディオが手に取ると、一瞬発光し、アイテムに姿を変える。

 その名は《独眼暴君竜の黒鱗》と、《独眼暴君竜の黒皮》。

 求めたドロップアイテムが、やっと手に入った。


 ラディオは暫しの間、感慨深げにアイテムを眺める。

 竜装を解除し、外套を再び着込むと、バックパックから布を取り出した。

 アイテムを丁寧に包み、肩から下げる形で落ち着かせる。

 すると、調査部隊の面々が此方に駆けて来た。


「やっべぇ! 俺、感動しましたよ!」


「本当に……何も言えない程、素晴らしかったです」


 興奮しながら、口々にラディオを褒める隊員達。

 其処へ、モルガが歩み寄り、綺麗に頭を下げたのだ。


「私は、外部調査部隊隊長を務めています、モルガ・イザンシアと申します。この度は隊員達のみならず、私の命まで救って頂きまして、本当に有難う御座いました。この大恩、生涯に掛けて返して行く事をここに誓います」


「いえ、私は私の目的で来たまでです。それに、皆さんの協力と情報が無ければ、此処に来るのはもっと遅かったでしょう。御礼を言うのは私の方です。心より、感謝申し上げます」


 互いに『いや……』とか、『しかし……』とか言い合い、ペコペコと頭を下げ合うラディオ達。

 その時、階層の中心が光を放つ。

 見ると、『帰還陣』が出現しているのだ。


「そっか〜。階層覇者を喰っちゃったから、アイツが階層覇者みたいな感じになったんだ」


「成る程……これは助かりますね。私はそろそろ帰ろうと思いますが、皆さんはどうされますか?」


「はい、部下が上の階層で待っていますので、私達は41階層に向かいます」


「そうですか。では、御武運を」


「貴方も。重ねて、感謝を申し上げます。有難う御座いました!」


「「「有難う御座いましたー!!」」」


 確固たる絆を持った、素晴らしい部隊との邂逅、手に入れた『特別』なアイテム。

 仮面の下で微笑みを浮かべるラディオ。

 調査部隊に見送られながら、帰還陣に吸い込まれていった。

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