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第98話 父、思い浮かべて

 47階層――



「早く助けに行かないと! 隊長が死んでも良いんすか!?」


「落ち着けッ! 何が有るか不確定なまま動くのは危険だろ!」


「このまま見殺しという事ですか!」


「装備の確認急げぇぇ!」


 巨大な穴にモルガ達が吸い込まれてしまってから、隊員達は言い合いを繰り広げていた。

 助けに行こうとする者と、状況整理に努めようとする者で二分し、中々纏まらない。


「じゃあどうするんすか!!」


「今考えてる……考えてんだよ!」


 喧騒だけが大きくなり、辺りに怒号が響き渡る。


「俺は行くっす! 絶対に行くっす!」


「馬鹿! お前まで死んじまうぞ!」


「関係ないっす! それでも良い――」

「黙れッッ!!」


 その時、モルガを茶化していた先輩隊員が、大きな声を張り上げた。

 その余りの剣幕に、騒いでいた隊員達も押し黙る。


「全員良く考えろ。隊長の意図と、俺達がやるべき事を。先ず、隊長が何で俺達を吹き飛ばしたのか。それは、判断したからだ……俺達が足手纏いになるって」


「「「…………」」」


「あのドラゴンは本命じゃ無かったんだ。俺達は誘い込まれたんだよ。アイツらの罠に……この『縦穴』にな」


 そう、開かれた大穴は『縦穴』だった。

 積雪量が異常だったのは、巧妙に隠し、獲物を引き寄せ、一網打尽にする為。

 爆発の振動によって雪を吹き飛ばし、案内する為だ。

 この罠を作り、囮を配置した本命の元まで。


「隊長とベルズさんは気付いてたんだな。本命の存在に。だから、前衛を熟練の先輩だけにしたし、ベルズさんもメンバーをベースキャンプに帰したんだ。くっ……! 隊長の一瞬の判断のお陰で、俺達は生き残ったんだよ……!」


「先輩……」


「だからな、俺達がやるべき事は1つだ。必ず此処から生きて帰る!」


「それじゃあ……隊長達はどうなるんすか!?」


「新人、言ったろ? 隊長は絶対に死なないって。何故なら……俺達が居るからな!」


「先輩!」


「先ずは転移陣を設置して、後衛はベースキャンプに戻るんだ。そしたら、ギルドに戻ってありったけの強者を救援に向かわせてくれ。俺達前衛は、それまで此処を何としても死守する……アイツらからな!」


 先輩隊員の言葉に、他の者も周囲に目を配らせる。

 すると、吹雪の中、此方を伺う様に蠢く影が、幾つも見えたのだ。

 喧騒を聞きつけやって来た、モンスターの大群である。


「良いか! 1匹たりとも縦穴に入れるな! 隊長達の負担になる! 前衛は各自『防御結晶』を発動、転移陣を守りつつ、ツーマンセルで互いの背中を守るんだ!」


「「「応ッッッ!!」」」


 乱れていた調査部隊が、漸く本来の動きを取り戻した。

 縦穴の淵に転移陣を設置し、魔力供給と詠唱に入った後衛。

 前衛は胸の中央に防御結晶をはめ、魔力を流し込む。


 防御結晶とは、上級防御魔法を組み込んだ魔具である。

 魔力を流し続ける限り、自身を包み込むシールドを展開してくれるのだ。

 前衛凡そ15人は、転移陣を背に扇型の陣形を取った。


「転移陣設置完了! 発動問題無し!」


「良し、後衛達は直ぐに飛んでくれ! お前らぁーー! 気合い入れろよぉぉ!!」


「「「うおおおおおお!!」」」


「左翼に反応! ツーマンセル2隊で迎撃!」


「「「「応ッ!!」」」」


 飛び出して来たのは、イエティだ。

 咆哮を上げながら、俊敏に雪上を駆け回り、部隊を狙う。

 だが、1組が足を切り裂き、もう1組が飛び上がる。

 そして、両方向から頭部を叩き潰したのだ。


「良し、直ぐ陣に戻れ! 各自自陣の動向に注視しろ! 次は中央2隊! 行くぞぉぉ!!」


「「「応ッ!!」」」


 続いて、地鳴りの様な遠吠えを響かせながら、2頭の大柄な狼が現れた。

 雪景色と一体化してしまう程に、美しく清廉な純白の体躯。

 ギラリと光る赤い眼が、戦慄を覚えさせるのだ。


 狼が駆け出した。

 イエティとは比べ物にならない速度で、瞬時に隊員達に飛び掛かる。

 だが、刹那のタイミングで、剣を振り上げながら前へ転がった隊員達。

 すると、頭上を飛んでいる狼の胸に突き刺さり、そのまま腹から尾まで引き裂いていく。


 前転して体勢を整える隊員達。

 その背後には、雪を転がった狼の骸が倒れ伏していた。

 勝鬨を上げる事無く、即座に陣に戻る隊員。

 これが『内部調査部隊』の実力だ。


「先輩! 右翼上空、飛行モンスターが出現しました!」


「装備転換! 捕獲ネットを射出しろ!」


 現れたのは、巨大な怪鳥。

 猛烈な吹雪を意に解すること無く、悠々と空を飛んでいる。

 だが、調査部隊は焦らない。

 荷物から大きな筒を取り出すと、狙いを定めて魔力を込める。

 すると、硝煙と共に粘着性を持った網が上空に放たれたのだ。


「良し! やりましたー! 先輩、やりまし――うわぁぁぁぁ!?」


 命中したと思い込んだ新人。

 しかし、怪鳥によって網を鉤爪で巻き取られてしまったのだ。

 更に、筒から切り離すのを忘れていたので、そのまま空中に持っていかれてしまう。


「馬鹿ぁぁ! ネットを切り離せぇぇ!!」


「うわぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!!」


 動揺した新人に、必死に叫ぶ声は届かない。

 早く助けなければ、あのまま空でバラバラにされてしまう。

 その焦りが、先輩隊員の思考を鈍らせてしまった。

 新人の悲鳴が、部隊の耳にこびりつく。

 その時――



「「《フレイムランス》!!」」



 背後から紅蓮の槍が撃ち出さたのだ。

 2本の槍は見事に怪鳥を捉え、燃やし尽くして行く。

 焼き切れた網が地面に落ちると同時に、新人を引き連れて隊員達が陣に戻る。

 ガタガタと震える新人の両頬を手で挟みながら、先輩は涙ぐんで笑顔を見せた。


「この馬鹿……! 良かった、本当に……!」


 そして、転移陣の方を向くと、参った様に頷いたのだ。


「全く、やっぱりお前は抜けてるな」


「そうですね。僕らが居ないと駄目なんでしょう」


「お前ら……うるせーよ……」


 現れたのは後衛の2人で、何と先輩隊員と同じ日に配属された同期。

 後輩達をベースキャンプに送ると、前衛を助ける為、直ぐ様戻って来たのだ。

 3人はそれ以上何も言わず、固い握手を交わした。


「「「ゴガァァァァ!!」」」


 すると、大地を揺らしながら、巨大な影が現れた。

 その数、ざっと見積もっても50以上。

 5mはあろうかという大柄な体格と、氷の様に透き通った肌。

 牙の飛び出た醜悪な顔からは、獲物を発見した喜びが溢れている。

 A+モンスター、『グレンデル』の群れだ。


「こりゃやべぇな」


「えぇ、最上の結果でも……即死でしょうね」


「そうだな……前衛! これより転移陣にてベースキャンプに帰還する!」


 先輩隊員の言葉に、他の隊員達がどよめいた。

 確かに、戦力差は明らか。

 だが、モルガ達を放って置いていいのか……そんな葛藤から、誰も動けずにいる。

 その時、先輩隊員から快活な声が響き渡る。


「おらぁ! ウダウダしてんなよ! ここで死んだら、隊長を助けに行けなくなっちまうだろ? 俺達の信念は何だ! 今こそ、それを果たす時だろ!」


 喝を入れられた隊員達は、縦穴を見やる。

『必ず戻って来ます』、そうモルガに伝える様に、拳を握り締めながら。

 そして、1人また1人と転移陣へ入って行く。

 最後に入った新人が、『早く!』と急かす声を聞きながら、3人は武器を構えた。


「やっぱり、そうこなくちゃな」


「いつでも考える事は同じなんですねぇ」


「俺達は隊長に憧れて、全てを託したんだ。今迄貰った恩を返さなきゃ、男が廃るぜ!」


 グレンデルの群れが、まるで壁の様に立ちはだかり、3人を囲んだ。


「1匹でも多く仕留めるぞ。隊長の元にも、後輩達の元にも行かせねぇからな!」


 先輩隊員の言葉に、同期2人も力強く頷いた。

 この絶体絶命の状況で尚、覚悟を示して立ち向かう。


「悪りぃ、転移陣ぶっ壊しといてくれ! 先陣は俺が切るからよ! うらぁぁぁぁ!!」


 そう言うと、先輩隊員はグレンデルに突っ込んで行った。

 1人が後を追い、残った1人は転移陣の消滅に取り掛かる。


「お前と同期で良かっ――」


 その時、眩い閃光が迸る。



 ▽▼▽



 50階層――



「《トルナー・ディ・ボンナヴァン》!」


 突進して来た漆黒のドラゴンとの間合いを図り、ステップを刻むモルガ。

 構えたレイピアに竜巻のオーラを纏わせると、躊躇なく踏み込み、研ぎ澄まされた突きを披露した。

 口内を貫かれたドラゴンは、竜巻によってバラバラに裂かれ絶命する。


「はぁ……はぁ……次はどいつだ!」


 風で血を吹き飛ばし、モルガがまたレイピアを構える。

 その横では、大蛇となったベルズが、別のドラゴンに巻き付いて締め上げていた。

 ボキッと骨を砕く音が響き、ベルズが此方にやって来る。


「大丈夫か?」


「ふっ……私より、自分の心配をしろ」


 2人は既に満身創痍だった。

 大蛇は至る所に裂傷があり、息が上がっている。

 モルガも額から血を流し、左腕は力無くぶら下がっているだけ。


 もう何体のドラゴンを倒したか分からない。

 それでも、無限に生まれ続ける敵。

 どう足掻いても、勝ち筋が見えて来ない。

 だが、諦める訳にはいかないのだ。

 2人の背後には、倒れ伏した隊員達が居るのだから。


「アイツが動き出したら終わりだぞ。その前になんとかしねぇと」


「全くだ……しかし、そう簡単ではない。()()()でも、私達から目を外してくれないのではな」


 モルガ達の視線は、新たなに生まれ出て来たドラゴンに向いていない。

 そのもっと奥、まるで王の様に鎮座する化物に向けられている。


 モルガ達が倒して来た個体は、言わば分身の様なもの。

 それですら、A+ランクだと言うのに。

 本体は桁が違っていたのだ。


 それは、禍々しい漆黒のドラゴン。

 体長はゆうに50mを超え、全身から突き出た大刀の様な棘が、見る者に恐怖を与える。

 隻眼の真紅の瞳に絶望を落とし込み、モルガ達をじっと睨んでいる。

 ()()()()の骨を噛み砕き、肉汁を啜りながら。



 名前・【独眼暴竜】タイラント・ダークドラゴン

 種族・変異種

 属性・闇

 スキル・???

 討伐ランク・特Sランク(推定)

 〜ジェムドラゴン変異種。その他の情報は未確認〜



 プレートのお陰で、ジェムドラゴンの変異種であるという事は分かった。

 しかし、この個体は異常そのもの。

 何と討伐ランクは特S、これは『60階層覇者』と同レベルという事になる。

 そんなものが、Aランク活動帯から生まれてしまったのだから。


 すると、タイラントが動きを見せる。

 咀嚼していた階層覇者の頭を吐き捨て、生み出した分身を手に取ったではないか。

 そして、何の躊躇もなく、喰らい始めたのだ。

 そして――



 グォォォォォォォォァァァァァ――――!!!!



 血を滴らせながら、耳を劈く咆哮を上げたのだ。

 これこそ、モルガ達が聞いたもの。

 地獄から直接響く様な、絶望という名の音の波動。

 抗う意思も、立ち向かう気概も、全てを消し去る死神の声だった。


「……終わりだな」


「あぁ……」


 すると、モルガはレイピアを下ろし、ベルズは姿を元に戻した。

 最早、諦めるという感情さえ湧かない。

 それすらも許されず、王に命ぜられるがまま、武器を置くしかなかったのだ。


 タイラントはモルガ達に狙いを定めた。

 既に階層覇者では満足出来ず、より強い者を求めて罠を張った甲斐があったというもの。

 此奴らを喰らえば、より強くなれる。

 この目を奪われた憎しみを晴らす事が出来る。

 グレンデルさえ丸呑みに出来る程口を開いたタイラントが、モルガ達に迫る――



「――――!」



 その時、何か聞こえた気がした。

 モルガはふっと微笑み、女神に感謝する。

 死の淵に晒された今、可愛い隊員達の声を聞かせて貰ったのだ。

 もう、悔いは無い。


「――長〜〜!」


 また聞こえた。

 しかも、今度はもっと鮮明に。

 おかしい……モルガは絶望が引いていくのを感じた。

 何故なら、迫っていたタイラントの口が、遠ざかっていくからだ。

 更に、幻聴が聞こえる方を向き、警戒心を露わにしている。


「隊長〜! 隊長〜〜!!」


「どう……して……」


 モルガはもう訳が分からなかった。

 その時、天空に何かが打ち上げられる。

 それは放物線を描き、タイラントの頭上に来ると、パッと真っ白な閃光を放ったのだ。

 そして、体を引っ張られる感触に襲われたモルガ。

 見れば、倒れ伏した隊員達の元にベルズと共に運ばれていた。


「隊長! ご無事で何よりです!」


「遅れてすみませんでした。もう、大丈夫ですよ!」


「お前達……一体……何が……」


 混乱から抜け出せないモルガ。

 だが、未だ此方に向かって走っている隊員の姿が目に入ると、戦慄が体を駆け巡る。

 《フレアズライト》によって、目潰しされたタイラントの視力が戻っていたのだ。

 更に、怒りを滾らせた隻眼に映るのは、走る隊員である。


「あぁ……!」


 だが、モルガは限界だった。

 助けに行こうと起き上がろうとするが、全く力が入らない。

 その時、タイラントの頭上にまた何かが舞い降りるのが見えた。

 それは、雪の様に白く、月のように輝いている。

 そして――



 グァァァァァァァァ!!



 タイラントの眉間に、回転しながら踵落としを撃ち放ったのだ。

 激痛にのたうち回るドラゴンを他所に、白い何かは隊員を担ぎ、一飛びでモルガ達の元までやって来た。


「あぁー! ビビった〜。でも、成功しましたね! 本当にありがとうございます!」


 助けられた隊員は、膝を震わせながらも、白い何かに親指を立てて感謝を表す。


「これは、何がどうなって……貴方は、一体……?」


 モルガはどうにか状況を掴もうと、まじまじと白い何かを見つめる。

 それは、体格から察するに人族。

 真っ白な外套に身を包み、フードをスッポリと被っている。

 そして、顔全体を覆う純白の竜の仮面を付けていたのだ。

 すると、仮面の奥から、男の低い声が聞こえて来る。


「後は任せて下さい」


 ポカンとするモルガを置いて、男は歩き出した。

 だが、心中穏やかでは居られない。

 欲していた『特別』が、これ程のものとは思っていなかったのだ。


(これなら……子供達に素晴らしい逸品が贈れるな)


 胸元にぶら下がるネックレスに手を当て、愛する子供達の顔を思い浮かべる。

 そう、舞い降りたのは勿論、しがないEランク冒険者だ。

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