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第96話 父、知る由も無い

 撃ち放たれた黄金色の矢は、一筋の流星となって、溶岩の海に吸い込まれていく。

 すると、超速で蕾が花開く様に、ボコボコと岩石群が姿を現した。

 そして、壁面に隣接した3方向に錨代わりの岩を突き刺し、『浮島』が完成する。


 半径50mはあろうかという、円形の溶岩の海。

 その1/3程に、瞬時に足場を造り上げたラディオ。

 落下の衝撃を回転しながら和らげ、颯爽と浮島に着地する。

 同時に、周囲に隈無く視線を走らせた。


(成る程……凄く暑いな)


 それもその筈、今やラディオは溶岩から立ち昇る熱波をモロに浴びている。

 普通であれば、肌に劇薬を被った様な痛みが走り、息を吸うだけで肺が焼け、余りの熱量に意識を保つ事さえ困難だろう。

 変態的な温度感を持つ竜の子でも、額からジワリと汗が滲んでいるのだから。

 ……やはりどう考えても、『暑い』で済んでいるのがおかしい。


「グルォァァ……」


 すると、『階層覇者』が海面から鼻面を覗かせた。

 突如現れた浮島に、相当苛立っている様だ。

 橙色に光る瞳をギョロつかせ、体を動かし波を起こし始める。

 だが、浮島は錨を刺している為、微動だにしない。


 すると、『階層覇者』は唾を吐く様に溶岩球を1発撃ち放ち、また海中へと潜っていった。

 難無く回避したラディオは、その姿を目で追いながら、《目録》を発動させる。



 名前・【貪欲なる熔怪】ラーヴァ・サラマンドラ

 種族・ビースト

 属性・火

 スキル・熔解、同化、火遊び

 討伐ランク・特B

 〜40階層覇者。溶岩の中に棲まう巨大な怪物。生半可な水属性攻撃では、逆に利用してしまう程の知能と耐性の持ち主。火属性を自在に操り、溶岩に自身を同化させる能力は、ある種最強の盾と言って良いだろう〜



(そうか……道理で視認しずらい訳だ)


 情報確認を終えたラディオは、炎海の中を注視した。

 一見すると、サラマンドラの姿は確認出来ない。

 だが、溶岩球を放った時や、鼻面を覗かせた時に、海中に体と思しき輪郭が現れていた事を、ラディオは見逃さなかった。


(先ずは、『実体化』させなければ)


 そう、サラマンドラはスキル《同化》を発動すると、溶岩と完全に一体化する。

 これは、単純に体面積が増えていると言う訳ではない。


 例えば、『人』を殺す事は出来ても、『大気』を殺す事は出来ない。

『動物』を殺す事は出来ても、『雨』を殺す事は出来ない。

 何故なら、『無生物』には生死という概念が存在しないからである。

 故に、『溶岩という無生物』に同化されると、サランマンドラを倒せないのだ。


 その時、再びサラマンドラが浮島に突進を仕掛けて来た。

 今度はかなりの勢いをつけたらしく、グラリと足元が揺れる。

 更に、即座に浮島から距離を取ると、高速で3発の溶岩球を撃ち放った。


 だが、ラディオは避ける素振りも見せず、溶岩球の動きを目で追っている。

 燃え盛る紅蓮の球は、放物線を描いて放たれていたのだ。

 更に、サラマンドラは尾を振り被り、炎海を大きく叩き付ける。

 すると、浮島を囲む様に幾つもの火柱が舞い上がった。


「プッッ!!」


 火柱で逃げ場を排除したサラマンドラは、溶岩球目掛けて、棘の様に鋭い炎を吹き付ける。

 棘が刺さった球は眩い発光を見せると、ラディオの頭上で破裂した。

 轟音と熱波が同時に襲い来ると、一筋の光が迸り、ドロリとした溶岩の豪雨が浮島に降り注ぐ。


 勝利を確信したサラマンドラは、尾を水平に払い、火柱を消失させた。

 紅蓮の炎に包まれた浮島に在るであろう、溶けた獲物の姿を確認する為に。


「……グルォァッ!?」


 だが、ギョロリとした眼が驚愕に染まっていく。

 何故なら、溶けた筈の獲物が悠然と立ち、ニヤリと笑みを零していたからだ。


「成る程……中々面白い事をする」


「グルォァァァァァ!!」


 ラディオは、弓柄を中心として円形にオーラを展開させ、即席の盾を精製し溶岩の雨を凌いでいたのだ。

 求めた結果に成らず、サラマンドラは怒りの咆哮を上げる。


「だが、()()()が足りないな。それでは、乾坤竜弓()の相手は務まらない……《飛翔》」


 そう言うと、ラディオは竜の両翼を発現させ、上方へ飛び立った。

 大弓を構え、思い切り弦を引く。

 すると、展開されていた円形のオーラが、一瞬にして数十の矢へと姿を変えた。

 番えた1本を射ると、周囲に浮かぶ矢も一斉に撃ち出される。


 迫る矢の雨を受け、直ぐ様炎海の中に潜ったサラマンドラ。

 またも同化されては、手が出せない。

 しかし、ラディオは微笑みを崩さなかった。

 凄まじい速度で、次々に矢が溶岩に吸い込まれていく。


「先ずは君を引き摺り出す。隠れんぼはもう終わりだ」


 下に向かって掌をかざしたラディオ。

 すると、海中に浮かぶ矢の内の1本が、拳程度の岩石へと変化する。

 表面の亀裂から何かが噴き出した瞬間、轟音と共に石が爆発したのだ。

 その衝撃は凄まじく、火柱上がり、海面が大きく荒れ始める。


「君の実体は未だ其処には無い。だが……意識はあるだろう?」


 今度は2本の矢が石へ姿を変え、同じく爆発を引き起こす。

 階層が微かに揺れを起こし、溶岩の海が激しくうねる。


 乾坤竜弓が司るのは、大地の力。

 ラディオが発現させたのは、天然ガスを内包した石だったのだ。

 同化中にダメージが与えられない事は百も承知である。

 しかし、精神面は別だ。

 寧ろ、同化しているからこそ、全身に響き渡る爆音と衝撃は、さぞ煩わしいものとなり得るだろう。


 5回、10回と止まない爆発の嵐。

 激しく渦巻く溶岩の海は、尚もそのうねりを加速させていく。

 その時、溶岩から飛び上がった巨大な物体。

 ラディオはその隙を逃さず、矢を撃ち放ち、海面全てを覆う浮島を瞬時に造り出した。


「やっとお出ましか。準備は出来てるぞ」


 舞い降りたラディオは、『階層覇者』と対峙する。

 眩く発光した橙色の太い胴体と、穂先の様に鋭く長い尻尾。

 短い四肢で地団駄を踏み、怒りを滾らせた三角形の平べったい顔。

 【貪欲なる熔怪】ラーヴァ・サラマンドラが、漸くお目見だ。


「グルォァァ! グルォァァァァァ!!」


 狂った様に咆哮を上げながら、どうにか浮島を破壊しようと試みる。

 四肢で踏み付ける度に炎を噴き出し、大きく開いた口から溶岩を吐き出すのだ。

 しかし、自重によって表面が多少削れるだけで、浮島を溶かす事が出来ない。

 その時、徐に上空へ手を掲げたラディオが、面白そうに口を開いた。


「やはり、『階層覇者』と言っても獣だな。此処の壁面が何で出来ているかは知らないが……君の体温で溶けない物が、他にも有るという可能性を考えないとは」


 そう、ラディオが最初から出現させていた浮島は、『白金』を含有させたもの。

 故に、炎海に浮かび、サラマンドラの力を持ってしても、溶かす事が出来なかったのだ。

 だからこそ、今回乾坤竜の力を選んでいる。

 竜装の中で、これ程汎用性に優れたものは無いからだ。


「陣取りも終わった。最後の遊びといこう……《絶対拘束領域ラビズ・プレイグランド 》」


 ラディオの掌からオーラが迸る。

 すると、階層の中腹が光を帯び始めた。

 これは、サラマンドラを引き摺り出す時に、ラディオが既に仕込んでいたもの。

 線で繋ぐと十字になる様に、四方向に矢を突き刺していたのだ。


 ラディオ側に刺さった矢を起点に、左右に刺さった2本。

 合計3本の矢は竜の頭に姿を変え、上空に電磁フィールドの様なものを造り出した。

 浮島をラディオ側とサラマンドラ側に二分して、光の膜で空間ごと包み込む。


「グルォァ……?」


 だが、サラマンドラは平然としていた。

 寧ろ、ラディオの方に変化が起こっている。

 光の膜の中で片膝をつき、徐々に浮島にめり込んでいくのだ。


 発動させたのは、『重力の力』。

 光の膜の中は、通常の何百倍もの重力が掛かっており、常人ならとっくに肉塊になっている。

 しかし、何故自分に掛けたのか。

 呼吸を整えたラディオは、どうにか立ち上がると、再び手を掲げる。


「私もまだまだ未熟だからな。こうしていないと、()()()()()()()()……《絶対捕縛領域ラビズ・レストグラウンド 》」


 すると、4本の矢が刺さった所よりも遥か上空が煌めいた。

 そして、階層全体が大きく振動を始める。

 異変を察知したサラマンドラは、全身に魔力を巡らせ、大きく口を開いた。

 勝手に動けなくなっている、元凶を断つ為に。


「グルォァァァァァ!!」


 熱波が集約され、特大の溶岩球が形成されていく。

 そして、大気を焦がす紅蓮の焔を、ラディオ目掛けて撃ち放った――



 轟ッッッッ――!!



 だが、ラディオには届かなかった。

 光の膜の前でピタリと停止した溶岩球は、奇妙に震えると、一瞬で消え去ってしまう。

 それに、自身が立つ浮島も、どんどん削れていく。

 それどころか、壁面にある石段も次々に無くなっていた。


「グルォァァ……! グルォァァ!?」


 訝しんでいたサラマンドラが、更に驚愕に襲われる事になる。

 自身が立つ浮島が、尋常では無い震えを見せたのだ。

 そして――



「グルォァァァァァァァ!!」



 突如、サラマンドラの体が消え去り、遅れて爆音が響き渡る。

 それを見届けたラディオは、4本目の矢も竜の顔に変えると、十字にオーラを伸ばした。

 そして、そこから上下を隔てる様に、光の膜を再生成する。

 漸く重力から解放されたラディオは、浮島を造り直して溶岩の海に蓋をすると、横穴へと入り込んだ。


「無邪気で天真爛漫で、無尽蔵の体力を持つ……私もよく捕まっていたな」


 横穴から上空を見上げ、ラディオはボソリと呟いた。

 そう、溶岩球も足場も、サラマンドラも消えたのでは無い。

 考えられない程強大な力によって、捕縛されていたのだ。


 その正体は、『引力』。

 最初に溶岩の雨を振らされた時、ラディオは遥か上空に矢を放っていた。

『準備は出来ている』と言ったのは、この事である。

 技を発動すると、黄金色の矢は周囲の足場を取り込み、その形を成していく。


 それは、月と見紛う程に膨れ上がった巨大な岩球。

 すると、溶岩球や浮島同様、サラマンドラさえも例に漏れず、引き寄せらてしまったのだ。

 ラディオがわざわざ自陣に重力を掛けたのは、自らが持ち上げられない為である。


「グォァ……! グ、ルォ……!」


 サラマンドラは尚も岩球に引っ張られ、その体をめり込ませていく。

 最早、まともに鳴く事さえ出来ない。

 すると、岩球目掛けて、ラディオが大弓を構えた。


「やはり、君では姉の遊び相手は無理の様だ。終わりにしよう……《射抜かれた心(フォーリン・ラビ) 》」


 渾身の力を込めて引き抜いた黄金色の矢。

 風を切りながら、グングン上昇していき、サラマンドラの心臓を貫いた。

 同時に、岩球全体をオーラで覆うと、凄まじい速度で落下を始めたのだ。


 ラディオが再生成した《絶対拘束領域》に差し掛かると、とてつもない重力を受け、更にその速度を増していく。

 それは正に隕石の落下。

 その余りの衝撃波は、階層を壊れんばかりに揺らす程だった。

 そして――



 弩轟ッッッッッッ――!!!!



 岩球と浮島が衝突する。

 全ての衝撃を一点で受けたサラマンドラは、為す術も無く霧散するしか無かった。


 階層に充満した衝撃の余波は、迷宮全体を揺らさんばかりに凄まじい。

 これを単に『地震』と言ってしまうのは、余りに生易しかった。

 今のこの場で、『ビッグバン』が起こったと言っても過言では無い程なのだから。


(次が41階層……やっと近付いて来たな)


 ラディオは階下を目指し、横穴を進む。

 自分でやったにも関わらず、予想を遥かに超えた揺れに、少し足を取られながら。

 だが、この戦い―主に最後の攻撃―が、先を行く調査部隊に要らぬ危機感を与えてしまった事を、この時のラディオは知る由も無い。

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