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第93話 父、振り返らずに

(やはり、そうそう見つかるものではないな)


 上段にある武器防具店から出て来たラディオ。

 この段に来るのは初めてだったが、求める結果は得られなかった。

 確かに、下段・中段に比べれば、良い物を置いている。

 しかし、それではまだ弱い。

 もっと()()でなければ。


(となれば……)


 ラディオは、周囲をキョロキョロしている娘を抱き上げた。

 初めて見る景色に興味津々な様子で、キラキラした笑顔を見せている。

 それを見てふっと微笑んだラディオは、グレナダの頭を撫でた。


「レナン、疲れてないかな?」


「あいっ♡ たのしいのだっ!」


「そうか。次はギルドに行ってみよう」


 ラディオは娘を肩車すると、下段を目指して歩き出した。

 グレナダは嬉しそうに笑い声を上げ、頭の近くを通った蝶々に手を伸ばす。

 それが通り過ぎると、ラディオの頭に顎を置き、両手で頬を押さえると、尻尾を揺らしてご機嫌な顔になっていた。



 ▽▼▽



 ギルド1階・『受付』――



 昼過ぎ、沢山の冒険者達で賑わうギルド内。

 その光景に、ラディオは身が引き締まる気がした。


(このやる気に満ちた空気……悩んでいる場合では無いな)


 やはり、潜るしか無い。

 時間も限られているし、何より妥協したくない。

 ラディオは凛とした表情を見せると、掲示板に向かう。


「はむっ! あまいのだぁ! ちちっ! あ〜ん♡」


「有難う。うん、今日も林檎が大きいね」


「あいっ♡ はむっ! おいしいのだぁ〜♡」


 腕の中に収まっているグレナダは、幸せ一杯にりんご飴を頬張っている。

 いつもの様に、大広場の露店で買ってもらったのだ。

 ラディオに分けると、また瞳を輝かせて大きくかじる。


(……目ぼしい物が無い)


 嬉しさ満開の娘に比べ、掲示板の前に立ったラディオは眉根を寄せてしまった。

 どれも目的には程遠い依頼ばかり。

 すると、遠くからラディオの名を呼ぶ声が聞こえて来た。


「あ〜! ラディオさ〜ん! お久し振りです〜」


「これはどうも。お手伝いしましょうか?」


「え、ホントですか……あっ、いえいえ! 冒険者さんに手伝わせちゃったら、上司に怒られちゃいますよ〜」


 やって来たのは、受付嬢だ。

 両手一杯に依頼書の束を抱え、歩くのも一苦労といった感じである。

 ラディオの申し出を残念そうに断ると、山の如き依頼書を、掲示板に貼り付けていく。

 此方も申し訳無さそうに眺めていたラディオだったが、ふと一枚の紙が目に止まった。


「すみません、この依頼はどういったものでしょうか?」


 それは、普通の物とは全く違う物。

 金で縁取りされ、真っ黒な紙で造られていた。


「あ、これは依頼書じゃないですよ。『危機警告文』です」


「危機警告文……?」


「はい。迷宮内で起きた不確定要素を含む、『災害級』の事案が起きた時に発令するものです。これが解除される迄は、不用意に現場に近付かないでねーっていうやつですね。今回は、『変異種』が原因になってます〜」


『変異種』とは、迷宮内に稀に現れる突然変異のモンスターの総称である。

 その力は、同タイプのモノを軽く超え、『階層覇者』と同レベルに達する個体もいる程。

 何より特殊な点が、倒せば必ずドロップアイテムを落とすという所だ。


「40階層以降で確認されたんですけど、結構死傷者も出てて。それに、明らかに階層のモンスターの数も減ってるんですって。数日前から、ギルドの『内部調査部隊』も緊急出動してるんです」


 内部調査部隊とは、定期的に迷宮を調査するギルドの課の1つである。

 責任者は、『目録大全管理者』でもあるイル=ター。

 迷宮内で新たに見つかった場所や物、新種のモンスターの行動パターンや性質等、『目録』の情報更新を随時行なっているのだ。


 因みに、それとは反対に迷宮外、つまりランサリオン内で起きた事案の調査を専門とする課も存在する。

 それは『外部調査部隊』と呼ばれ、責任者は最高執行官でもあるアニエーラだ。


「成る程。それで、調査部隊が動いたと言う訳なんですね」


「そうなんです。部隊長が出動する前に言ってたんですけど、今回の変異種は下手したら特Aランクに匹敵するかもしれないって」


 特Aランクとは、A、A+のモンスターを無理なく倒せる様になって初めて、対等に渡り合えるランク。

 迷宮内で『特』のランクを冠するのは、『階層覇者』のみ。

 そんなものが別の階層をウロウロしているのだとしたら、これは正しく災害である。


「それは深刻な問題ですね。部隊長殿は、平気なのですか?」


「あの人は……って言うか、あの部隊は『雪原地帯』専門みたいなものですから。部隊長さんはSランク相当ですし、Aランクの『狩猟(ハンター)クラン』の方も数名同行してますし」


「成る程……そうなんですね」


「だから、ラディオさんも近付かない様にして下さいね〜」


「はい、ご忠告有難う御座います」


 喋りながらも、テキパキと仕事をこなしていた受付嬢。

 最後の1枚を貼り終えると、ラディオに笑顔を見せて、カウンターへ戻っていく。

 この時、未だ飴を頬張る娘を見ながら、ラディオは『変異種』の事を考えていた。


 特Aランク予想のモンスター、必ずドロップアイテムを落とすという性質。

 数日前に調査部隊が乗り出したのなら、出る幕はないのかも知れない。

 だが、もしまだ邂逅していないならば……。


「ちち〜、おそとであそびたいのだぁ〜」


「あぁ、ごめんよ。じゃあ、大広場に行って遊ぼうか」


「おそとっ! おみずぱちゃぱちゃしてもいいのだ!?」


「勿論だとも。でも、他の人の迷惑にならない様に、気を付けようね」


「あいっ♡」


 ニコニコ笑う娘と共に、玄関へ向かうラディオ。

 すると、またもや呼ばれる声が聞こえて来た。

 しかも、今度はラディオでは無く――



「レナンちゃーん!」


「あっ! せんせいなのだ〜!」



 やって来たのは、待機所職員である。

 昼食を終えた所、ラディオ達を発見したのだ。


「最近全然来てくれないから、先生寂しかったよ〜!」


「えへへぇ……」


 頬を撫でられたグレナダは、何故か後頭部に手を当て照れている。


「ご無沙汰しています。いつも、娘が本当にお世話になっています」


「いえいえ〜。あっ、そうだ! お父さんにも会いたかったんですよ〜!」


「……と言うと?」


「お伝えしたい事が……ちょっと待って下さいね……えーと」


 そう言うと、職員はエプロンのポケットをゴソゴソ漁り始めた。

 飴玉やら財布やらヘアゴムやらを掻き分けて、取り出したのは束ねられた紙の束。

 そこから1枚抜き出し、ラディオへ手渡す。


「是非是非!」


「有難う御座います……『遠足』、ですか?」


「はいっ! もうじき夏も終わりますし、ここ最近グッと気温が下がって過ごしやすくなったじゃないですか? だから、子供達と草原で遊んだり、お弁当食べたりしたいなーって。私が企画したんですよ〜」


 腰に両手を当てた職員は、誇らしげに胸を張った。

 ラディオは渡された紙を熟読し、感心した様に頷いている。


「これは……素晴らしいですね。安全面も申し分無い」


「そこがポイントなんです! ランサリオン近郊って、定期的にモンスター駆除行ってるんで、安全と言えば安全なんですけど。更に、当日は治安部隊の2分隊が引率で付いてくれるので、本当に安心なんです〜!」


 そう、ラディオもその部分に惹かれていた。

 職員が企画書をドレイオスに持っていくと、二つ返事で了承してくれたのだ。

『んまぁ〜♡ アタシも混ざりたぁ〜いん♡』と、体をクネクネ揺らしながら。


「レナン、お友達と一緒に遠足に行くかい?」


「えんそく?」


「そう。遠足って言うのはね、皆で少し遠くまでお散歩して、沢山遊んで、お弁当を食べる事だよ」


「おそとっ! おべんとうっ! いきたいのだ〜♡」


「そうか。じゃあ、父もお弁当作り頑張るね」


「良かった〜! 日にちは、昇級試験の次の日を予定してます。持ち物は……あっ、紙に全部書いてありますね。レナンちゃん、楽しみにしててね!」


「あいっ!」


「レナンも是非とも参加させて頂きます。当日に、また」


 職員を見送り、再び玄関へ歩き出す親子。

 楽しみが増えたグレナダは頭を揺ら揺ら、尻尾をプラプラ、とてもご機嫌だ。

 だが――



(試験と遠足は絶対に外せない。ならば……)



 ラディオの顔は、真剣なものへと変わっていた。

 試験までは後4日。

 目的を果たす為には、少なく見積もっても3日は欲しい。


(しかし、子供達を置いて行く事になってしまう……私は甘えてばかりだな)


 ラディオは眉根を寄せて、心苦しさを露わにしていた。

 だが、背に腹は変えられない。

 表に出ると、子竜のオーラを2体出し、空へ羽ばたかせた。

 1体はレンカイ達を探しに、もう1体は中段へ向かわせて。



 ▽▼▽



「レン、そろそろじゃない?」


「いっけね! もうこんな時間か」


 バザール内のカフェでお茶をしていた子供達。

 時刻はもう夕方過ぎ、徐々に沈む太陽がバザールの石畳を茜色に染め上げていた。


 午後の休みを満喫していた子供達の前に、突如飛来した子竜のオーラ。

 レンカイの肩に止まると、『夕暮れ時になったら、教会へ来てくれ』と伝言し消滅したのだ。

 それから数時間、会計を済ませた子供達が通りに出て来る。


「クレイン、ロクサーナ、今日は楽しかったよ! ありがとな!」


「久し振りにこんな遊んだもんね。僕も楽しかったよ!」


「ウチも笑い過ぎてお腹痛いっス」


「あははっ! 本当にレン面白かったよね〜」


「も、もう言うなよ。じゃあ、俺とリータは教会に行くからさ。次に会えるのは……試験だな!」


「うん、試験で!」


「絶対受かって見せるっスよ〜!」


「俺だって! じゃあ、またな!」


 子供達は、互いに拳を合わせ、笑顔で別れた。

 そして、レンカイとリータは教会へ向かって駆け出したのだ。


「ラディオ様、何て言ってたの?」


「いや、それが教会に来てくれとしか言ってなかったんだ。そんなに深刻そうな声でも無かったと思うけど」


 下段を超え、中段に入っても子供達の速度は落ちない。

 こんな所でも修行の成果が現れているが、本人達は気付いていない様だ。


「おっ、見えてきたぞ。師匠〜!」


 教会の柵の前では、既にラディオが待っていた。

 満開に笑顔を咲かせながら、一生懸命にお喋りをする娘を抱いて。


「おかえり。急に呼び出してすまなかったね」


「俺は大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


「もうすぐレミアナも来るから、そこで――」

「にーちゃっ! にーちゃっ!」


 ラディオの言葉を、ピシャリと遮ったグレナダ。

 やっと得られた楽しみが、嬉しくて嬉しくて仕方が無かったのだ。

 レンカイを見とめると、とにかく聞いて欲しくて、喋り出してしまう。


「え?」


「ねんねするまえで、おさんぽして、おべんとうたべるのだ〜♡」


「えぇ?」


「試験の翌日に、待機所主催で遠足があるそうなんだ。今日教えて貰ったんだが、レナンはとても楽しみにしていてね」


「あぁ〜、そう言う事ですか。良かったな〜、レナン!」


「レナンちゃんは、お外大好きなんだね〜♡」


「あいっ♡」


 ニコニコしながら『たくさんあそぶのだ!』と、レンカイ達に説明するグレナダ。

 子供達はつられて笑顔を見せているが、ラディオだけは物憂げな表情だった。

 すると――



「ラディオ様〜! 遅れて申し訳ありませ〜ん!」



 一通り仕事を終えたレミアナが、此方に駆けて来た。

 しかし、いつもと様子が違う。

 狂気に満ちた笑みは影を潜め、ラディオと同じく物憂げな顔をしているのだ。


「レミアナ、急な頼みで本当にすまない。迷惑を掛けてばかりで……感謝しているよ」


「いえ、私は全く構いません。でも……」


 言葉尻を悟ったラディオは、悩ましげに微笑んだ。

 それを見ると、レミアナはもう何も言えなくなってしまう。

 娘を下ろしたラディオは、目線を合わせる為にしゃがみ込んだ。

 そして、ゆっくりと言葉を掛ける。


「レナン、父は……父はとっても大切な用事があるんだ」


「あい?」


「だから……父は、今からお仕事に行ってくる。帰って来るのは、明日の明日より遅いかも知れない」


「ちち……かえって、こない……のだ?」


「あぁ。今日から少しの間、レミアナと一緒に居てくれるかな?」


「うぅ……ふぇ……ちち……おや、く……」


 ラディオの真剣な声や表情で、『大切』だという事は分かる。

 だからこそ、グッと抑え込んだ。

 小さな体で、懸命に。


「ごめんよ。でも、必ず帰ってくるから。良い子で待っててくれるかな?」


「ぐすっ…………あ、い……おしご、と……がん、ばって……ひぐっ……なのだ……」


 娘の優しさに心が締め付けられる。

 最大の愛を持ってグレナダを抱き締め、レミアナに渡した。

 レミアナの首筋に顔を埋め、小さく体を震わせるグレナダ。


「……本当にすまない。レミアナ、子供達を宜しく頼む」


「はい……ラディオ様、必ず帰って来て下さいね」


「……あぁ」


 ラディオは後ろ髪を引かれながらも、娘から視線を外し、レンカイの前に立った。

 そして、肩に手を置き、心からのお願いを少年に託す。


「レン……レナンの事、宜しく頼む」


「はい……何があっても、俺が護ります!」


「安心したよ。有難う」


 ラディオは微笑みを見せると、中段を後にした。

 己を律する為に、一度も振り返らずに。

 目指すは迷宮40階層より更に深層。

『変異種』を討伐し、必ず帰ると『家族』に誓って。


 だが、ラディオは結果を求める余りに、忘れてしまっていた。

 娘が懸命に堪えた言葉を。

『お約束』の存在を。

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