この世に悪があるとすれば、それはセーラー服とアホ毛と人の心だ。
「お兄ちゃん! 見て見て! 新しい制服だよ!!!」
そう言って俺の元に駆け寄ってくるのは、妹(義理)のヒナタ。今日はヒナタの高校の入学式がある。どうやらそれに着ていく新しい制服を見せびらかしたくて仕方がないらしい。
「はいはい、可愛い可愛い」
「ヤッター!」
ヒナタの高校の制服はセーラー服だ。最近ではすっかり珍しくなってしまい、現にうちの市にある高校の中ではそこが唯一だ。というか、ヒナタはセーラー服を着たいが為にその高校を受けたらしい。
「それにしても、やけに派手なセーラー服だな」
白地に水色のライン。桃色のリボン。ヒナタが勝手に装飾したというわけでなければ、もはやコスプレとしてのセーラー服と言っても過言ではない。
「えー、台湾の学校ならこれくらい普通だよーー」
「ここは台湾じゃないぞ」
「じゃあお兄ちゃん、行ってくるね!」
ヒナタはそう言って靴を履く。正靴ではなくいつものスニーカーである。
「まてヒナタ」
「なあにお兄ちゃん。正靴なら窮屈だから履かないよ」
「それもどうかと思うがそこじゃない。――――見ろ」
俺は鏡を指差した。そこにはヒナタの姿が――――、ぴょんとアホ毛の立ったヒナタの姿が映っていた。
「ああ、折角収納できたと思ったのに!」
ヒナタは靴を履きかけたまま地団駄を踏む。普通アホ毛に収納するという動詞は使わない。
「待て……何か受信しているぞ」
「え?」
何かを伝えたそうにゆっさゆっさと揺れ動くアホ毛。それに手を伸ばそうとした瞬間、俺のスマホが何かを受信した。
「んん……」
受信したメッセージを開く。
「なになに……”保護者の皆様へ。先程本校宛に爆破予告があったため、急ではございますが本日の入学式が延期とさせて頂きます”」
「はあ? ちょっと犯人しばいてくるわ」
「まてまてまてまてまて妹よ」
「離してお兄ちゃん、私今すぐ行かなきゃいけない所があるの」
「そこまで深刻やないやろ」
「はあ? お前私がこの日のためにどれだけの時間を積み上げてきたか分かる? わかんないよね? そうだよなぁ……兄貴っつったって義理だもんなぁ……親が再婚して家族ごっこしてるだけだもんなぁ……おい兄貴よく聞け。私はなあ、数あるセーラー服の中でも特にこのセーラー服が着たかったんだ。ゲームの中の制服みたいでイケてるだろ? 私の親はなあ、私がこの高校に通うために下宿することを許さなかった。だからあることないこと言って離婚させてやったのさ。そして偶然を装ってお前の親と再婚させた。全部私の手のひらの上さ。そして私は晴れてこのセーラー服を手に入れた。
みんながこの制服を着ているところを見たかった。だがそれは入学式でしか叶わない。どうせみんなすぐに着崩し始める。この私でさえも……だからヨォ、この目に焼き付けておきたかったんだ……数百人が同じセーラー服に身を包んだ、その景色をな……」
「キャラブレブレだしさらっとヤバいこと言ってるしあとアホ毛立ってるぞ」
「草」
再び俺のスマホが鳴った。もう一件のメッセージ。見ると、それはまたもやヒナタの高校からであった。
「”犯人が逮捕されたため、予定通り入学式を実施します”」
「やったねお兄ちゃん! 私行ってくるね!!!」
「お前そのキャラマジでなんとかしろよ」
俺がそう言い終わるのを待たずして、扉が閉められた。
「行ってらっしゃい……ん?」
よく見ると、先程のメッセージには続きがあった。
「また、犯人は”どうしてもあの派手なセーラー服が許せなかった”という旨の供述をしております」
「これは……」
俺は考えるのをやめた。
ただ一つ言うとするならば――――、この世に悪があるとすれば、それはセーラー服とアホ毛と人の心だ。