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3-2話

 その日、ルカは仲間を助ける為に大きな困難に立ち向かっていた。何度も殴られた頬は真っ赤に腫れ上がり、額の裂傷からは赤い血が流れ出ている。


「はぁ、はぁ…… 本当にしつこいなぁ…… いくら殴れば気が済むんだ?」

 

 ふらつく膝を両手で抑え込みながら小さな声でつぶやいた。


 殴っているのは十三歳の少年三人組で、全員が品質の良い上等な服を着ていた。

 

 殴られているのは十一歳のルカ、その背後にはロングヘアーの可愛らしい少女が守られている。彼女の名前はスノウと言い、今年で十歳になる。ルカの家の近くにある孤児院で暮らしており、子供達とルカは兄弟の様に仲がいい。


 二人とも継ぎ接ぎだらけの着潰した服で、服装だけ見比べてもルカと少年達の力関係は明白だろう。

 

「ルカ兄ぃ…… 怖ぃよう」


 ルカの背後では涙を浮かべているスノウが、恐怖で震える指を必死に動かしルカの服を掴む。


「大丈夫だから…… スノウは俺の後ろに隠れていろ」


 一瞬だけ背後を振り返ると、腫れ上がった顔で無理やり笑顔を作りスノウに笑いかけた。再び前を向き直し、力強い瞳で腕を振り上げ殴りかかろうとしている少年達を睨みつける。

 

 どんなに殴っても倒れないルカに対して、三人組は苛ついた表情を浮かべていた。


 一方、ルカは朦朧とする意識を途切れさせない為に、頭を左右に強く振る。

 その時に飛び込んだ景色は、見慣れたレンガづくりの家々と窓から幾つも掲げられている帝国の旗だった。


 何も変わらない日常を再確認し、今日まで何千、何万回と息をするように吐き続けてきた愚痴が自然と流れ出す。


「こんな屑しかいない国なんて…… 滅べばいいのに」


 ルカは現在、市民階級より上の者達がゴミ溜めと呼ぶスラム街に住んでいる。


 スラム街に住む者の待遇は最悪だった。文字の読み書きや計算の出来るノエルは、奇跡的に人手を探していた商店を見つけ働く事が出来ていたが、スラム街に住む他の者はそうではない。

 男性は仕事が見つかったとしても雇い主から奴隷の様に扱われるか、血生臭い裏社会でしか生きる道がない。

 そして女性は身を売るしか生きる道がないと言われていた。

 ルカはノエルが必死に働いてくれているおかげで、今日まで生きてこれた。もう少しすればルカも働いて母親を助けるつもりだ。

 けれどスノウ達は孤児院で暮らしており、十五歳を過ぎれば孤児院を出て自分の力だけで生きていかなければいけない。


 しかもスラム街から一歩でも出ると、市民階級より上に位置する大人達からは道端の汚物の様に扱われ、同世代の子供達からは追い掛けられた。


 捕まれば使い捨ての玩具の様にボロボロになるまで痛めつけられる。

 

 子供のイジメは加減が無く、骨を折られた子供も何人もいた。もし大怪我をさせられたとしても、相手は最底辺の孤児という事で傷つけた市民側には何の罰則もない。

 だから孤児は街の市民階級の子供に気づくと、一目散に逃げる様にしていた。


 今回は最悪な事に余り人が通らない袋小路で追いつかれていた。大通りから外れているので憲兵が助けに入る来る可能性も少ない。

 騒ぎが大きければ、街の治安を守っている憲兵が助けに入ると言っても、大人同士の喧嘩なら捕まえ連行したりもするが、子供同士の喧嘩の場合は仕事が増える事をきらってか、その場で解散させられる程度だ。

 

 ルカは運良く逃げ出せた別の仲間の知らせにより、スノウが捕まる前に駆けつける事が出来た。

 次にルカはスノウを連れて逃げる方法を思案する。


 しかし勢任せにスノウを連れて逃げたとしても、相手はどう見てもルカ達よりも年上で、体格差が大きく、すぐに追いつかれるだろう。

 

 それなら取れる選択肢は一つだけだ。

 ルカは、無理に歯向かわずに相手が飽きるまで殴られる決意をする。相手の気が済むまで自分を殴らせて早くを終わらせれば、スノウは無傷で帰れる筈だと考えた。


「やっと捕まえたぁ。へっへっへ。糞ゴミ共、覚悟はいいな!!」


 少年達はニヤけた表情を浮かべ、追い詰めた獲物に殴りかかる。


 覚悟を決めたルカは両手で顔面だけを守り、そのまま少年の拳を受け入れた。少年と言ってもルカより体格は一回りも大きく、一発殴られただけで身体がふっ飛ばされる。

 

(ぐぅぅ)


 二、三歩後退したが、足に力を込めてグッと堪えた。


「あはは。たった一発で終わりそうじゃねーか。もう少し楽しませてくれよ」

 

 その後、ルカは何度も何度も体中に青あざが幾つも出来るほど殴られ続ける。

 けれどルカの目は死んでいない。


 その理由はルカの背後にスノウがいるから、もし自分が動けなくなった後、少年達の標的は自然とスノウへと向かう。それだけは絶対にさせてはならないと強く心に訴えて続けた。

 

 しかし痩せ我慢を続けていれば、すぐに体は限界を迎える。ただ立っているだけなのに、殴られすぎてバランスうまく取れずにフラフラと体が左右に揺れた。


 とっくに限界を越え、身体もいう事を聞かなくなってくる。けれど歯を食いしばり、いつ止まるか分からない暴力を必死に耐え続けた。


「何だよコイツ。これだけ殴られているのに、全然倒れねぇぇぞ!!」


「なら倒れるまで、殴ってやろうぜ。孤児は奴隷にしかなれない最低な奴らだから、生きる価値がないって父さんも言っていた。孤児の奴らはどうせ碌な死に方はできないんだ。だからここでコイツが死んだって誰も文句も言わないよ」


 その言葉を聞き入れていた中央に立つ少年が指をポキポキとならして、再び腕を振り上げる。


「そいつはいい。なら本当に殺してやるか!? ギャハハハー」


 絶対的優位の立場に立つ少年達は、腹を抱えながら大笑いしている。

 その屈辱的な状況を全身に受けてルカは憎しみの目を少年たちに向ける。


(なんで孤児だと言うだけで俺達がこんな目にあうんだ? おかしいだろ!? 俺は決めた絶対に倒れない!! 弱者しか攻撃できないこんな腐った奴らに俺は負けたりしない)


 十年間、何度も思い続けたその想いはルカの体の中に深く染み込んでいた。毎日続く地獄のような日々の中でルカが見続けてきたのは弱者が虐げられる腐った世界だ。

 

 この世界でルカ達が最底辺なのは物心ついた頃から理解していた。大人達からは汚い物の様な蔑んだ目で見られ、同世代の子供たちから、遠慮の無い虐待を受ける。

 そんな日々の中で孤児の自分達は数え切れないくらいの劣等感を受け付けられる。街で強者から必死に逃げ続けるだけの仲間を見かけると、悔しくて何度も歯を食いしばった。


 だからこの戦いだけは決して引かないと心で何度も叫ぶ。


 再び暴力は再開され、やせ我慢も限界へと達しルカの意識が朦朧とし始める。


 その時、ルカの背中で守られていた少女がルカの背中にしがみついてきた。


「ルカ兄ぃ。もう十分だよ。これ以上殴られたらルカ兄ぃが死んじゃうよ」


 そしてルカの前に躍り出ると両手を伸ばし大の字になる。


「へっ次はお前かよ。女だからって容赦なんかしないからな。お前達、孤児は人じゃないんだからな。野良犬と一緒だ。だから俺達市民が何をやっても許されるんだよ」


(ふざけるな!! 俺達だって、お前達と同じ人間だ!!)


 その言葉を聞いた瞬間、体の奥から眠っていた感情が沸き起こって来る。


(俺達はお前達に殴られる為に産まれてきたんじゃない!)


 今沸き起こっている感情は、この先どんな状況に陥ったとしてもずっと変わらない。

 

 そう感じた瞬間ルカに変化をもたらした。突然、体中に熱い力が駆け巡る。


(何だこれは?)


「うるせーんだよ。文句があるなら抵抗してみろよ」


 目の前では少年がスノウに蹴り飛ばそうとしていた。

 それに気づいたルカはのスノウの前に飛び出し、両手でスノウを抱きかかえ、少年の攻撃を背中で受け止める。


 ルカの背中に蹴りの衝撃が微かに伝わってきたが、不思議とルカには全く痛みは感じなかった。


(あれ? 変だぞ? 痛みがない!? もしかして殴られすぎて、とうとう感覚までおかしくなったのか? 身体の奥から力が漲っている感じだ)


 そのまま何度も殴り蹴られたが、やはり痛みを感じる事は無い。

 

(やっぱりそうだ!! コイツラの攻撃が痛くない。理由は分からないけど、今は痛みを感じない方が都合がいい)


 不思議と恐怖感も不思議と消え去り、逆に心に余裕が生まれた。視線を少年達に向けてみると必死に殴り続ける彼等の姿が滑稽にみえてくる。

 こんな事は初めてで、何故か可笑しくて笑みがこぼれた。


 少年達もいくら殴っても一歩も動かないルカを見て、冷や汗を流し始めた。


「なんだよこいつ…… これだけ殴られているのに笑ってやがる。 クソっ薄気味悪いやつだ。おいっ! 棒か何か殴れる物を探してこい」


 苛ついた少年が声を荒げる。隣に居た別の少年はうなずくと周囲を捜索し始め、手頃な大きさの棒を見つけて少年に手渡した。

 奪うように木の棒を手に取ると、全力の力任せにルカの頭へ叩きつけた。


 バギィィッ!!


 大きな音が周囲に響く。少年の手には十分な手応えが残っており、叩かれたルカは大きなダメージを受けていると確信した。

 そしてニヤリと口角を釣り上げ、少年は満足顔でルカへと視線を向ける。

 少年の予想では血を流して、地面に這いつくばるルカの姿が見える筈だった。

 しかし実際には何事もなかったかの様に平然としているルカの姿しかなく、少年は理解不能な表情を浮かべ、激しく動揺を始める。


「くっ!? 糞がっ!! ゴミ溜めに住むゴミの癖にさっきから生意気なんだよ。速く地面に這いつくばれよぉぉぉぉ」


 苛立ちは頂点に達し、問答無用に何度も棒でルカを叩き付けた。最後の一撃で大きな音と同時に木の棒の半分が叩き折られて飛んでいく。


「へへっ やってやったぜ。流石にこれだけやれば…… なっ!!!」


 少年は得意げにそう言い放っていたが、次の瞬間その目を大きくひらく。


「お前、俺を殺す気で殴りやがったな!? スラムに住む俺達の命はどうでもいいって言ってたよな? もう、どうなったっていい。ここでお前達に殴り殺されるなら…… 必ずお前達も道連れにしてやる!!」


 眼の前には全くダメージを負った様子がないルカが一歩踏み出し始めた。


「お前にも同じ地獄を見せてやる覚悟はいいよな!」


 今まで我慢に我慢を重ねてきており、その怒りはとっくに限界を超えていた。

 初めてブチ切れたルカは目の前の敵に対してありったけの怒りをぶつける。

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