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5-2話

 止まった馬車からイザベラと護衛のジラルドが馬車から降りてくる。イザベラはジラルドに声を掛け、自身の少し後方で待機させると一人でルカの手前五メートルまで近づいてきた。


(良かった。停まってくれた!! 後は話を聞いてもらって、頼めば何とか薬が貰える筈だ)


 ルカは安直にそう考え、少し安堵していた。

 次にイザベラの後方で警戒しながら立っているジラルドを見て、あの人がアルバート伯爵なのか? と想像を膨らませたりしている。


 一方、イザベラの方はルカの顔を睨みつけていた。

 何故、イザベラが馬車を停めたかと言うとルカの顔を見た瞬間、心にざわつく感情を覚えたからだ。

 その不気味な感情の正体をハッキリさせる為に敢えて馬車を停めさせた。


 イザベラはルカに対して声が届く距離で立ち止まると、イザベラの方から語りかけた。


「貴族である私がゴミ溜めの者と口を聞くなんて奇跡的な事よ。どうせ物乞いだろうけど、どうして道を塞いだのかしら? 理由を話しなさい」


「ゴミ溜めって…… まぁ今はいいか。俺はアルバート伯爵様に病気の母さんを治す薬を分けて貰いにきたんだ。後ろの人がアルバート伯爵様なのか?」


「貴族に対して対等に喋るなんて、見た目通り口の聞き方も知らない訳ね。どうして見ず知らずの者に伯爵様が薬を分け与える必要があるのかしら?」


「母さんは昔、伯爵様と結婚していたって言ってたんだ。母さんは今、病気で凄い熱なんだ。熱を冷ます薬が無かったら、死んじゃうかもしれないんだ。だから!!!」


「はぁ? 伯爵様と昔結婚していたですって!? どこでそんなでまかせを…… まっまさかっ!? その女の名前を言いなさい」


 イザベラはルカの言葉にノエルを連想させる。自分が最も憎んだ女性で、イザベラの策略で伯爵家から追い出した女。その後伯爵が必死で行方を探してはいたが、消えた後の消息は全く掴めなかった。

 よく見れば目の前に立つこの子供の顔もあの女の面影がある。

 

 また嬉しい事にボロボロの服装を見ただけに碌な生活はしていないと理解できた。憎かった女が今はひもじい思いをしているかも知れない。

 そう考えると心の底から何とも言えない甘美な優越感がイザベラの身体中から湧き上がった。


「ノエル…… 母さんの名前はノエルだ」


 その瞬間、イザベラの心は歓喜に包まれた。

 やはりそうだ。

 一番憎んだ女が今、この瞬間死にかけている。

 イザベラは歓喜に震え、口角を最大限に釣り上げ笑う。


「ふふふ。ノエル…… 懐かしい名前ね。確かに昔、伯爵様にノエルと言う妻がいましたが、あの女は伯爵様を裏切ったのよ。その女の為に薬を寄越せと貴方は言う訳ね」


「裏切ったって言ったって!? そうじゃない。母さんは仕方なくって言っていた…… どうか頼むよ。薬がなければ本当に母さんが!!」


 ルカは土下座し地面に頭を擦り付けて懇願した。今はこのチャンスを絶対に無駄に出来ない。藁にもすがる想いからの行動である。


 その姿を見ていたイザベラが腹の底から湧き上がる優越感を抑えられなくなっていた。

 

 そして遂に真実を口にする。


「あー気味が良いわ。まさかこんな結果になるとは…… もう我慢が出来ないわ。ずっと黙っていたんだけど冥土の土産に本当の事を教えてあげる」


(何だこの女は? 冥土の土産? 俺に何を話す気なんだ?)


 ルカは困惑した表情を浮かべた。

 

 イザベラのは方は湧き上がる優越感から少々酔っていた。

 ずっと隠していた事だが、こんな孤児の子供に話したとしてもどうと言う事でもない。

 

 本当の事を知ったノエルの子供がどんな顔を見せてくれるのか?

 

 どうしても絶望に満ちた顔を見てみたい衝動に駆られた。


「あの女が伯爵様の家を出る原因を作ったのは実は私なのよ。ノエルが産んだ子供に薬を飲ませて…… 能力検査の結果を書き換えたのよ。あの女が出ていったおかけで、私が正妻の座を手に入れる事ができたし、子供も伯爵様の後を継げる。本当に最高の出来だったわ」


「今…… 何って??」


「あーはっはっは。だから私がやってやったのよ!! 今は最高の気分だわ。あの女が死ねば私が怯える者はこの世から居なくなるわ。あの女早く死ねばいいのよ」


 これほど醜い笑い顔をルカは見た事がなかった。ルカは愉快に笑い続ける眼の前に立つ女の事が人間だと思えなかった。

 

 ノエルが休み無く必死に働き、苦労して日々の食事を手に入れてくれていた事をルカは知っている。夜遅くまで、ルカの衣服のほつれを直してくれたのを知っている。

 辛い生活をさせている事に責任を感じ、見えない所で泣いていた事を知っている。


 だが目の前に母を陥れた本人がいる。

 この女のせいで、母は今死にかけている。

 そう思った瞬間、ルカは雄叫びをあげた。


「お前のせいかぁぁぁぁ!!!」


 瞬時に立ち上がり、五メートル先のイザベラに飛びかかろうと動き出した。

 しかし背後から様子を伺っていたジラルドが、危険を察知し瞬時に飛び出し、イザベラの前に躍り出るとルカを蹴り飛ばした。


「イザベラ様、大丈夫ですか?」


「えぇ。大丈夫よ。私に襲いかかって来たゴミを今すぐ殺しなさい」


「はっ!!」


 ジラルドは振り返ると、帯剣を抜いて剣先をルカへと向ける。


「お前が誰に危害を加えようとしていたのか分かっているのか? 子供の悪ふざけでは済まされない事をしたんだぞ」


「煩い。この女が悪いんだ!! 全部コイツがぁぁぁ」


 蹴られた腹を抑えながら立ち上がったルカは大粒の涙を流し、既に冷静さを失っていた。

 怒りの余りに半ば半狂乱となっており、理性も無く大声で叫ぶ事しか出来ない。


「本当は子供なんぞ。斬りたくも無いが、これも仕事だからな。俺を恨むなよ」


 ジラルドは風の速さで走り出すと、横一線に剣を引き抜きルカへ斬りかかる。

 余りの速さにルカは身体を硬直させる位しか反応が取れなかった。

 

(だめだ。避けれない。俺は母さんを残して死にたくない!!)

 

 胴体から横一文字に剣を薙ぎ払われ、ルカの体はその衝撃で吹っ飛んでいく。


「ぐふぅぅ」


 吹き飛ばされたルカは茂みの中へと転がって行った。


 ジラルドは少々怪訝な表情を浮かべる。その理由は剣から伝わってきた感触に違和感を覚えたからだ。

 けれど側で見ていたイザベラが鬱陶しそうに命令を出す。


「終わったならさっさと帰るわよ。もう日も落ちて辺りも暗いから私の可愛い子供たちが怯えるわ」


「はっ!!」


 確実に剣で切り裂いているので、当然、致命傷を受けている。もし運が良かったとしても大怪我をしている筈だ。


 どちらにしろ。長くは生きられない。

 小さな疑問は頭を振ることで払拭し、ジラルドは馬車へと戻ると屋敷に向けて再び馬車は走り出す。


 馬車に戻った後のイザベラは上機嫌となっており、子供達と仲良く笑い合っていた。

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