カロットと遠い日の記憶
※『時計台の秘密』を読んでからお読みください。
カロットと遠い日の記憶
雲一つ無い、快晴の夜。とはいえ夜であるがゆえに快晴という表現は少しおかしいかもしれない。しかし、空気が澄んでいて夜空には月だけが異常なほど光を放っていた。カロットは図書館の入口から一番遠い席に腰を下ろしていた。さすがにこの時間には他の利用者の姿はなく、静まり返っていた。この静寂な空間はカロットにとって一日のうち唯一落ち着ける時間であった。日中は常に気を張り、女性剣士として街の警備をしているからだ。心を落ち着かせ執筆しているこの瞬間こそ、自由を実感する至極の時間であった。ふと数日前、異世界に旅立ったアランのことを思い出した。彼と会話をしたのはちょうどこの図書館だった。カロットはアランと出会ってからもう数ヶ月が経つのかと思うと時が経つのは早いなぁと感じた。そして、それと同時にアラン会うよりも、もっと昔のことを思い出していた。カロットはアランを見る度、昔、会った"少年"のことを思い出す。カロットにとってそれは強く記憶に残っている。しかし、それはたまたまその少年と出会った場所がこのアランと会話した場所と同じであるからだろうと予想がついていた。あるいは、その少年が少しばかりアランと雰囲気が似ていたからかもしれない。どちらにせよカロットにとっては不思議な思い出であり、目を細めながら懐かしいなぁと思った。少年と出会った日もカロットはこの場所で執筆していた。
「こんな夜遅くに図書館で何を書いているんですか、お嬢さん?」
長い髪を一本の三つ編みにまとめたカロット少女は一人の少年に声をかけられた。少女がこの時間に図書館に一人でいたら、不思議に思うのもおかしくない。その少年はカロットよりも少し小柄だが、ほぼ同い年くらいで可愛らしい顔立ちをしていた。カロットは急に話しかけられ少々、驚いたが、表情を変えず少年の顔をメガネ越しに見つめた。少年からは好奇心に満ち溢れた目を向けられていた。カロットは緊張しながらゆっくりと口を開いた。
「別に私が何をしていたって構わないだろ。」
少年はきょとんとした顔をした後、すぐ楽しそうに笑った。カロットは不審に思いながら今度は少年に質問をした。
「君こそ、こんな時間にここで何をしているんだい?」
「俺は、なかなか寝られなかったからそっと家を抜け出してきたのさ。ところでお嬢さん、お名前は?」
「カロットだ。」
「カロット………。なんか聞いたことがある名前だなぁ・・・・・・?」
カロットは少し顔を曇らせた。すると少年は指を鳴らしながらハッと顔を上げた。
「あ、思い出した。剣術大会の結果報告の新聞に載っていた名前だ。まさかチャンピオンに出会えるなんて光栄だなぁ。」
「よくそんなことを覚えているな。君の名前は?」
少年は薄笑いを浮かべ、手をひらひらさせながら言った。
「自分は名乗るほどの者では無いですよ。寧ろカロットと比べたら無名も同然。」
「まぁ、いい。私は人の名前を覚えるのが苦手だから、教えて貰っても忘れてしまうだろうからな。」
「なんか、カロットって面白いね。話し方も独特だし。そういう教育でもされてるの?」
「家柄もあるかもな。代々、武道一家なんだ。」
「じゃあ、将来は剣士や街の護衛とかになるのか。小説家にはならないの?なかなかこれ面白そうだけど。」
少年はいつの間にかカロットの執筆していた原稿に目を通していた。するとカロットは慌ててその原稿を手で隠し、焦りながら言った。
「ちょっと、勝手に見ないで。恥ずかしいから……。」
すると、少年はケラケラと笑いながら言った。
「可愛いところもあるんだね。」
カロットはすぐに原稿をまとめ、顔を背けた。すると少年は、じゃあと手を挙げフラフラと図書館の奥へ消えていった。
あれから数日が経ったある夜。カロットが同じ場所で執筆していると、いつの間にかひょっこりカロットの目の前に少年が現れた。
「どうも、こんばんは。数日ぶり。」
「また来たのか。親御さんとかに心配されないのか?」
カロットは少年に質問した。すると少年は机に寄っかかりながら言った。
「俺の家は放任主義だから問題ないよ。」
「そうなのか、それは羨ましいな。」
カロットは原稿用紙に視線を落とし、少し寂しそうに言った。
「カロットの家はやっぱり過保護なの?」
「そうだな。この時間が唯一自分が落ち着ける時間だからな。」
「そうなのか……。」
少年はカロットの深刻そうな顔を見つめていた。
「あ、でも放任主義になったのって弟が産まれてからかも。」
「君は弟がいるのか。」
「そうさ、俺は兄貴なんだ。」
「見えん。」
「失礼な。」
カロットは再び筆を持ち、ゆっくりと執筆を始めた。メガネの奥の目は真剣そのもので、雰囲気がさっきとはうって変わって話しかけにくくなっていた。少年は集中し始めたカロットに気を使ったのか、そっと図書館から出ていった。カロットはしばらく執筆に集中した。そして、キリのいいところで筆を止め、荷物をまとめ図書館を後にした。外に出るとひんやりと冷たい風がカロットの縛っている髪を揺らした。空を見上げると、雲の隙間から月が半分顔を出していた。
「彼は一体何者なんだろうな。幽霊か何かだったら話のネタの一つになるのだが。」
カロットはぽつりと独り言を呟き、少年のことを考えながら家に向かった。
次の日の夜もカロットは図書館で執筆をしていた。昨夜よりも少し、早い時間帯だったため、まだ老人や仕事帰りで利用している利用者がいた。しばらく執筆した後、一休みしようと席を立った。数メートル進んだところで後ろから何かの気配を感じ、咄嗟に身構えた。するとそこには、少年が手をあげながら立っていた。少年は相当、驚いた様子で本棚に背中をぶつけていた。
「うわぁ、ちょっと、攻撃しないでよ。俺だよ俺。」
カロットは少年だと分かると、小さくため息をつきながら言った。
「あぁ、悪い。背後を取られると自然に身体が動くようになってるんだ。できれば、あまり私の背後を取らないでくれ。」
少年はカロットの気迫に声も出ない様子で、黙って首を縦に振っていた。
カロットが席に戻ると、少年はカロットの目の前の席に座り、本を読んでいた。
「何を読んでいるんだ?」
「黒魔術の本。」
「その類のものはほとんど似非者が書いたインチキだろ。」
「そんなことは無い。本当のことも書いてある。」
少年はまるで信じていないカロットに向かって強く言い返した。
「根拠はないだろ……。面白いのか?」
「いいんだよ。正直、この本の内容が本当かはどうでもよくて、ちょっとした興味本位さ。なかなか、この手の本は夢があって面白いんだよ。」
少年は自分に言い聞かせるように腕を組みながら言った。それでもカロットにはあまりその気持ちが理解できなかった。しかしとりあえず軽く相槌を打った。
「カロットは魔法、使える?」
「いや、私は使えない。家系的にもそういう遺伝は無い。君は使えるのかい?」
「今は学校で勉強中だから、少しだけ。試してみる?」
「いや、別に興味は無い。」
「カロットは冷たいですなぁ。」
少年はいじけた様子で本を閉じ、本棚へ歩いて行った。カロットはアイスティーでのどを潤し、もう一度執筆に取り掛かった。さらさらと執筆は進み、なんとか最後まで書き上げることができた。ふと、周りに目を向けると、近くの電子パットを使える場所で少年は調べ物をしていた。
「何を調べているんだい。」
カロットは少年に近づいて質問した。すると少年は、一生懸命に画面の文字を追いながら、ゆっくりと口を開いた。
「今週の木曜日に、噴水広場でイベントが行われるらしいんだ。そこに何か大物の魔術師が来るって噂が気になって。」
「あぁ、その噂は私も聞いたなぁ。確か、女性だったかな?」
「えっ、本当に?一体、どんな人が来るんだい?」
「名前までは憶えていない。前に言った通り、私は人の名前を覚えるは苦手なんだ。」
少年は少々、がっかりしながら画面に顔を戻した。そして突然思い付いたように言った。
「じゃあ一緒に、見に行ってみない?」
木曜日になった。広場でイベントが行われるのは午後の六時三〇分で、二人は少し早めに図書館入り口で約束をした。カロットは、緑のロングスカートに白い七分袖のトップス姿で少年を待っていた。もちろん、顔は巷では知られている可能性があるので黒い伊達メガネをしていた。カロットは緊張気味な面持ちで先ほどからずっと、きょろきょろしたり時計を確認したりと落ち着かなかった。すると、前方から少年が小走りで近づいてきた。少年の顔を見ると、カロットは一気にその緊張は消え、どこか安心していた。
「ごめん、お待たせ。じゃあ、行こうか。」
二人は路面電車に乗り、イベントが行われる噴水広場に向かった。
「誘ったのは俺だけど、よく、外出の許可、下りたね。」
「運よく、父が昨日から外出中だからな。とりあえず母には適当なことを言って出てきた。」
「いいのか、それ。」
少年は心配そうに電車の外を見ながら呟いた。数駅通過し、目的地である駅に着いた。二人は平日の夕方だというのに賑わっている街に驚いた。噴水広場は公園に隣接しているため、まずはその公園に向かって歩いた。しかし、人で混雑していて、なかなか前に進めなかった。すると数歩前を進む少年がカロットにそっと手を伸ばしてきた。
「?」
カロットは不思議そうに首をひねりながら少年の顔を見た。すると、少年は少し恥ずかしそうに言った。
「いや、はぐれそうだからさ。ほら。」
カロットがその様子に戸惑っていると、少年は少し強引にカロットの腕を掴み、無言で引っ張って人込みを進んでいった。カロットは、しばらく少年に掴まれた腕を見ながら引っ張られるままに歩いた。
数分歩くと、やっと人込みを抜け、公園に着いた。噴水広場には噂を聞きつけた人々がちらほらいた。少年はゆっくりカロットの腕を離した。噴水広場の中心には派手な仮面をつけた女性が何やら準備をしていた。そして数分後、突然ショーが始まった。噴水が急に空高く打ちあがると同時にその女性の周りに透明なボールが現れた。女性が、優しくその透明なボールに息を吹きかけると、そのボールは突然、花びらに姿を変え、空に舞い上がった。
「すごい。綺麗…‥‥。」
それは観客に降り注いだ。そのような不思議なショーが三〇分続いた。二人はいつの間にか夢中でショーを見ていた。フィニッシュを迎えた際、周りを見ると大勢の観客が女性を囲んでいた。女性は、胸に手を当てながら華麗に礼をした。観客はたちまち、拍手を送ると女性の足元にある箱にお金を入れていった。二人も少なからず、お金を入れに、女性に向かって歩いて行った。仮面をつけていたため表情は分からなかったが嬉しそうに手を振っていた。
二人は、再び路面電車に乗り、帰路についた。
「魔術師というよりは大道芸人だったね。」
「いやいや、カロット。あれは魔法を使っていたよ。しかもかなりの上級者だ。」
「そうだったか?私にはそのようには見えなかったが……。」
少年は腕を組み、満足そうに頷いていた。カロットはその少年の横顔を見て、それ以上は何も言わなかった。
駅に着くと、少年はカロットに言った。
「カロットはどっちが家?」
「あっちだ。」
「じゃあ、途中まで一緒だ。」
二人は並んで歩いた。すっかり日は沈み、空には黒い鳥が数羽騒がしくバサバサ飛んでいた。
「そういえば、君も少し魔法が使えるって前に言ってなかったか?どんな魔法が使えるんだ?」
「そんなにすごいことはできないよ。それでもいいなら見せるけど?」
「今日のショーを見て少し、興味が沸いた。」
カロットの言葉を聞くと、少年は一瞬、目を見開いた。そして、突然、立ち止まり、じっとカロットの目をまっすぐ見つめた。
「一瞬だから見逃さないでね。」
少年はカロットの目に向かって両手を伸ばしてきた。そして、カロットは視界が少年の手で遮られ、何も見えなくなった。その後、耳元で少年の声が聞こえた。
「じゃあ、またね。」
その言葉と同時に視界が開けた。すると、目の前には少年の姿が無かった。カロットは、すぐに辺りを見回した。しかし背後にも、屋根の上にも少年の気配すら無かった。
「消えた……。
本当に一瞬のことで、カロットは今日一番に驚いた。
次の日の朝、カロットが道場で朝稽古をしていると、様子を見ていた叔父から声をかけられた。
「カロット、今日は暇か?」
「はい。このお稽古が終われば特に予定はありませんが……。」
「じゃあ、よければ私の職場の見学にでも来るか?体験みたいな。」
カロットは朝稽古を終えると叔父に連れられ街の警備を行っている団体の職場に連れてこられた。そして、更衣室で女性用の警備隊の服を着て、叔父の後ろを付いて歩いた。カロットは硬い表情を保ちながら街を歩いた。街の人はカロットを見るなりコソコソと噂をしていた。しかしカロットは自分に注目が集まっていることに気が付きながらも特に気にせず静かに後ろを歩いた。するとふと学生服を着た見覚えのある顔と目が合った。
「あっ!警備隊の服なんて着て、何してるの?しかも怖い顔しちゃって。」
少年はヘラヘラしながらカロットに声をかけてきた。
「話しかけないでください。」
カロットは最悪のタイミングだと思いながら、冷たい言葉を返した。すると、その様子に気がついた叔父がカロットに声をかけた。
「なんだ、知り合いか?」
「いいえ、違います。きっと人違いでしょう。」
カロットはそのまま少年を無視して歩いた。背中からはきょとんとしながらカロットの後ろ姿を見つめている少年の痛いほどの視線を感じていた。しかし、業務中というのともあり、気持ちを抑えて振り返らなかった。しかし、もし今度図書館で会うことがあればその時に謝ろうと心の中でそっと誓った。
その夜、カロットはいつものように図書館に向かっていた。朝稽古で疲れた日も欠かさず図書館で一人の時間を作ろうと決めている。その時、何者かに後ろを付けられていることに気がついた。カロットは浮浪者か何かだろうと思い、相手に悟られないよう路地を曲がった。すると案の定、相手もカロットに付いて路地を曲がってきた。そこで待ち伏せしていたカロットは護身用の短剣を突きつけ身動きが取れないように相手を固め、動きを封じた。
「ここで何をしている?狙いはなんだ?」
カロットは重く冷たい声で問いかけた。
「ハハハハ、これは、おったまげた。もちろん、金だよ。金を出せば今なら許してあげるよ。」
カロットが有利な状況であるのにも関わらず、相手は余裕そうにギラギラした目でカロットを見ていた。すると次の瞬間、相手の仲間がカロットの背後から襲いかかってきた。カロットはその攻撃を咄嗟に交わそうとした。しかし、運悪く体勢を崩し、相手に腕を掴まれ動けなくなってしまった。
「残念だったねぇ。子どもが大人に勝とうなんて甘いんだよ。」
カロットは悔しそうに相手を睨みつけた。すると、相手はじっとカロットの顔を覗き込んできた。
「ってかお前、武道一家のお嬢ちゃんじゃねぇか?新聞で見たことある顔だ。こりゃ、良い人質になりそうだ!」
相手の言葉を聞くとカロットはたちまち顔色を一変させた。相手から掴まれている腕を振りほどこうと暴れてみたが、段々と恐怖で力が入らなくなってきた。
(なんだ、これ。誰か、誰か助けて。)
カロットは目に涙を浮かべながら心の中で叫んだ。するとどこからか声が聞こえてきた。
「弱いものいじめなんて、お兄さんたち悪趣味だねぇ。」
声の聞こえた方向を見ると、カロットの知る少年が屋根の上でしゃがみこみながらカロットの方を覗き込んでいた。
「なんだ、ガキか。生意気なこと言いやがって。」
男二人組は薄笑いを浮かべながら少年を見上げた。そして、そのうちの一人が地面に落ちていた小石を拾い、少年に向かって投げた。少年は身体に当たるギリギリで小石を交わした。なんという反射神経だろうか。
「危ない、危ない。まぁ、コントロールはお見事。」
そのまま地面に着地して男二人組の方に向かって走り始めた。男は戦闘態勢で少年に向かって構えた。しかし、少年は攻撃すると見せかけて壁を伝って宙返りをした。その少年に気を取られていた一瞬、カロットは掴まれていた腕を振りほどき、男の未曾有に一発攻撃を食らわせた。
「グハッ!」
「てめぇ!」
もう一人は血相を変え、少年に襲いかかってきた。しかし少年は華麗なステップで攻撃を交わし、カロットの腕を掴みその場を後にした。二人が駆け出した逆方向からは騒動に気が付いた警備隊が駆けつけていた。
二人はしばらく走り、現場から離れた。カロットは荷物を大事そうに胸に抱えながら、じっと少年に引かれるままに走った。そして、丘の上にある公園のベンチに腰を下ろした。この公園は街を見渡せる絶景スポットである。少年は辺りを警戒しながら公園から街を見回した。しかし、どうやら先程の男二人組は警備隊に捕まったようで街は元の静けさを取り戻していた。
「ありがとう……。」
カロットは荷物を胸の前で抱えながら言った。
「無事でよかったよ。いつもいる時間が過ぎても図書館にいなかったから何かあったのかなって思ってさ!」
「本当に助かった……。」
「カロットは女の子なんだからもっと気を付けなよ。どんなに強くても大人の男性にパワーでは勝てないよ。あと、最後の攻撃、もっと踏み込んだ方が威力がいくらか増すよ。」
少年は先程のカロットの攻撃の真似をした。するとカロットは少し悔しそうな顔をしながら言った。
「あれは突然の状況で少し判断が遅れただけだ。」
「もう、素直じゃないなぁ。まぁ、負けず嫌いなのは勝負師にとって良いことだと思うけどね!」
少年はケラケラ笑った。カロットもその笑顔につられて自然と笑っていた。しばらくして空を見上げると月が雲に隠れ、辺りは一瞬で薄暗くなった。少年はそっとラウンジから見える街を黙って眺めていた。そのまま静寂が続いたのでカロットは心配に思い、声をかけた。
「どうしたんだ?」
「いや、俺この街から引っ越すんだ。俺の家系は転勤族でね。正直、この街は結構気に入っていたから少し名残惜しいんだ。」
少年はじっと街を眺め続けていた。瞳の奥底の感情まではカロットには分からないが、寂しそうな横顔を見つめながら言った
「そうなのか……いつ引っ越すんだ?」
「明日。」
「……急だな。」
カロットは驚きを隠せず、小さな声で呟いた。すると少年はウインクをしながら言った。
「パッと現れてパッと去るのが俺だからね!また、この街に戻ってくるかもしれないし。もし、その時カロットが小説家としてデビューしてたらさ、じっくり読ませてよ。」
「いや、この前言っただろ。私の将来は決められていて小説家にはなれないんだ。趣味で続けるくらいだろう。」
カロットは残念そうに微笑んだ。すると少年は言った。
「趣味にしては、とても気合いが入っているように見えたけど?勿体ない才能だと思うけどなぁ。」
「そんな、才能なんてものは無い。」
カロットは荷物をぎゅっと握りしめながら首を振った。
「あくまで俺の考えだけど、別に小説家になってもいいと思うけどなぁ。女性剣士兼小説家みたいな!密かに活動するくらいはきっと止められないでしょ?」
カロットは自分の中には無かった一つの道を見つけられた気がした。今まで、夢を諦めることしか考えてなかったが、諦めなくてもいいのかもしれないと思い、胸の奥から温かいものが込み上げてきた。想像したらとても素晴らしいことだと思い、嬉しそうに言った。
「それは良いアイディアかもな。分かった。密かに活動は続けていこう。」
少年はカロットの明るい表情を見て嬉しそうに言った。
「楽しみにしてるよ。どこかで密かなファンとして期待して待ってるから。」
月明かりに照らされた少年は、親指を立てて満足そうにしていた。優しい夜風がカロットの髪を揺らした。その時、カロットはふと思い出したように言った。
「そういえば最後に、君の名前を教えてくれないか?忘れてしまうかもしれないが聞いておきたいんだ。」
「なんだそれ。いいよ、俺の名前は―――。」
あの時、確かに聞いた名前はやはり忘れてしまっていた。しかし、あの数日の出来事はしっかりとカロットの記憶に残っていた。今もこうして密かに小説を書き続けていることが何よりもの証明だ。もしどこかでその少年と再会することがあれば、今度は胸を張って伝えることができるだろう。女性剣士兼小説家として頑張っていると―――。
END
~あとがき~
どうも、今回はカロットを主人公にした番外編を書いてみました。幼い頃のカロットはいかがでしたか。一応彼女も過保護な家に生まれ育ったお嬢様の設定なんですよね。(ティアラと比べるともう少し自由な感じはしますが……。)
過去編は本当に考え出したらきりが無いですね。でも結構、今に繋がるストーリを考えるのは楽しいです。想像もすごく膨らみますしね!カロットもこの頃から人格が形成されていたのかぁなんて思った方も多いのではないですかね。でも女の子は小さい頃からしっかりしているイメージがあるのでそのような点も踏まえて書きました。あとは、きっと少年って誰?と思う方もいると思いますが、そこは皆さんの想像にお任せします。現在編に少し、絡めていますとだけお伝えしておきます笑
最後にこの小説を手に取ってくれた読者のみなさんにも感謝しています。また皆さんとお会いできる日を心より楽しみにしています。
Noeru