由梨亜のスッキリしない1日
※『追うもの追われるもの』を読んでからお読みください。
由梨亜のスッキリしない1日 由梨亜は、図書館で借りた本を抱えて歩いていた。すると、曲がり角を曲がろうとした瞬間、イヤホンで音楽を聞いている亜蘭が飛び出してきた。
(うわっ!)
二人はぶつかりそうになった。その時ふと、由梨亜はあることに気がついた。
(ん?なんか、亜蘭くんいつもと違う香りがする。)
亜蘭は急いでいるのか片手をあげておはようとだけ言って、そのまま早歩きでいってしまった。
(柔軟剤か香水を変えたのかなぁ?)
由梨亜は、ふと思った。
(でも、もしかして女ができたとか・・・?いや、亜蘭くんにまさかね・・・でも最近、亜蘭くんからの返信、夜が多いような・・・なんて、まぁいいや。)
この時由梨亜は、まさか1日そのことが気になってしまうなんて思いもよらなかった。
由梨亜は、大学の化粧室で髪の毛を整えていた。この化粧室は、新しいだけあってとても綺麗である。そしていい香りがする。それもあってか、さっき亜蘭とすれ違ったことがどうも頭から離れなかった。
(亜蘭くんに、今日はいつもと違う香りがするねって言ったらどう思うかなぁ。)
そんなことを考えていた。
(いや、でも………)
『由梨亜ちゃんは、異性の香りを嗅ぐような性癖があるの?』
と、言われそうだと思った。
(やっぱり異性がそういうこと言うと変に思うかなぁ?)
あくまで想像だが、本当にありそうな展開である。しかし由梨亜は、慌てて首を振った。
(でも、お洒落な人ってそういうことに気がついてくれたらきっと喜ぶよね?)
由梨亜は良い展開を考えることにした。それと同時に、少し前、自分が亜蘭に髪型のことを褒められた時のことを思い出した。あの時、由梨亜が特にこだわっている髪型のアレンジについて気づいてもらえて少し嬉しかった。
(亜蘭くんもきっと喜ぶよね。よし、やっぱり言おう。)
トイレから出ると、ナイスタイミングで亜蘭に会った。
「おっ、また会ったね。」
由梨亜は、ぎこちなく亜蘭に声をかけた。亜蘭は、特に気にしない様子で言葉を返した。
「そうだね。由梨亜ちゃん、次の授業って情報?」
「うん、あ、コマ一緒だったよね。」
自然な流れで一緒に情報の教室へ向かうことになった。しかし、由梨亜はいきなり香りの話題を振りづらかった。だから全く香りには関係ないけれど少し前から気になっていた素朴な質問をした。
「亜蘭くんって、なんで髪の毛伸ばしてるの?」
亜蘭は、あぁこれかと言いながら軽く自分の後ろ髪に触れた。由梨亜は、ワクワクしながら亜蘭の回答を待った。最近は、髪の毛を伸ばしている男の人は少なく珍しいため、髪型のこだわりが強い由梨亜にとってはとても興味深いことでもあった。しかし、その答えは由梨亜が想像していた回答よりもあっさりしていた。
「いや、僕も切りたいんだけど時間なくて切りに行ってないんだ。」
由梨亜は少しがっかりした。その様子を見た亜蘭は驚いていた。
「え、なんかごめん。でも逆にどんな回答が返ってくると思ったの?」
逆に質問されて、由梨亜は少し考え込んでから答えた。
「…………お洒落とか?戒律とか?」
「いや、僕は宗教信者じゃないから!」
亜蘭は、ツッコミを入れながら笑っていた。
「じゃ、僕は奥の教室だから。」
「うん、頑張って。」
亜蘭は自分の教室に向かっていってしまった。そこでふと、由梨亜は本来の目的を思い出した。
(あ!言うの忘れてた………)
由梨亜はまた、もやもやしながら教室に入っていった。
情報の授業中、ずっと亜蘭にどう伝えようか考えていた
(うーん、どう言えば自然かな……)
パソコンの画面に映る自分の顔をぼんやり眺めていた。
(ってかなんでこんなことでモヤモヤしてるんだ?)
由梨亜はずっと、それについて考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
(よし、次に会っても言えなかったら諦めて忘れよう。)
情報の授業が終わり由梨亜は、周りに注意を払いながら歩いた。しかし、会いたいと探し始めた途端に会わなくなるものだ。
(さっきまで何回も会っていたのに、どうして会えないの………?)
そんなことを考えていると、遠くから何かが聞こえてきた。
(亜蘭くんの声っぽい・・・。)
しかも、同時に高い女の人の声も聞こえてきた。
(やっぱり、香りがいつもと違かったのって、異性関係のせいなのかな・・・。)
由梨亜は急に胸が苦しくなってきた。そして、その場から立ち去りたい衝動に駆られた。しかし、なぜか足が動かなかった。その二つの声はだんだんこちらに近づいてきた。由梨亜は、ドキドキしながら声が聞こえてくる角を見つめていた。しかしそこから現れたのは亜蘭では無く、由梨亜の全く知らない人たちだった。
(なんだ、よかったぁ・・・って何、この安心感・・・?)
由梨亜はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。それと同時に身体に入っていた力が一気に抜け、どっと疲れが襲ってきた。
(とりあえず、甘いもの買いに購買に行こう・・・)
由梨亜は甘いものを求めて、少し離れた購買に向かって歩いていた。すると偶然、目の前に亜蘭の姿を見つけた。由梨亜は、一度大きく深呼吸をして声をかけようとした。しかしその矢先、逆方面から亜蘭と一緒のゼミのもっちーが少し早く亜蘭に声をかけた。由梨亜はもっちーと目が合いそうになり、慌てて曲がり角を曲がった。由梨亜はなぜか負けた気分になり、心の底から悔しみが込み上げてきた。
(いやいや、でもこれはノーカンでしょ。)
由梨亜は切り替えることにした。しかしその後、亜蘭をひたすら探したが由梨亜は亜蘭と遭遇することはなかった。
月が顔を出し始める時刻。
(今日は早く帰って寝よ。)
由梨亜は、今日の授業が全て終わって疲れきっていた。そして珍しく遅くまで残らず帰路につくことにした。すると後ろから声をかけられた。
「あ、また会ったね由梨亜ちゃん。」
由梨亜は、もう今更だというように元気なさそうに適当な返事をした。
「そうだねー。」
すると亜蘭は、由梨亜の手首を見ながら言葉を続けた。
「そういえば朝から思っていたんだけど、その手首につけてる金色のブレスレット素敵だね。」
由梨亜は自分の口角が徐々に上がっていくのが自分でも分かった。
「あ、これ?珍しいでしょ?まだ買ったばかりだよ。」
まさか亜蘭が自分のブレスレットに気が付くとは思っていなかったので驚いた。そして自然と言いたかったことが口から出た。
「亜蘭くんこそ、今日、なんか香り違うね。」
すると、亜蘭は肩からかけていたバックを背負い直して嬉しそうに答えた。
「そうなんだよ。親が勝手に柔軟剤の香りを変えちゃってさ。まぁ、この香りも嫌いじゃないけど。」
「うん、いいと思う。」
亜蘭は、褒められて少し照れていた。
そして、由梨亜は少し調子に乗って言葉を続けた。
「いやぁ、てっきり彼女ができたのかと思ったよ。」
すると、亜蘭は笑顔のまま手をひらひら横に振り、否定した。
「何それ。僕、大学キャンパス内でまともにしゃべれる異性って由梨亜ちゃんくらいしかいないから。」
亜蘭はさらっとものすごいことを言った。由梨亜はそれを聞くと内心、よく分からない温かい気持ちになった。しかし、それは顔に出さず笑顔を保ち続けた。
(そういうことを、何の気なしにさらっと言える亜蘭くんは、一体何を考えているのやら・・・まぁ、そこがいいんだけどね。)
そして亜蘭は片手をポケットに入れて、
「じゃあね、僕はこれからバイトだから。」
と言い残して行ってしまった。
由梨亜は、ずっと言いたかったことが言えてスッキリしていた。加えてブレスレットについて気が付いてもらえたこととがとても嬉しかった。
(よく気がついたなぁ。やっぱりお洒落な人は違うなぁ……。)
さらに最後、言われた何の気なしの言葉のせいでニヤニヤがしばらく収まらなかった。
(ってか何この気持ちは・・・。)
由梨亜は、言葉に表せない気持ちになっていた。そして、切り替えるために少し紅潮した自分の頬を思いっきり叩きながら
(やっぱり、学校で自習してから帰ろうっと。)
さっきとは打って変わって予定を変更した。由梨亜の足はさっきと比べ物にならないほど軽くなっていた。