異次元の使者と夜の星
※『追うもの追われるもの』を読んでからお読みください。
異次元の使者と夜の星
ある寒い冬の夜。全てを飲み込んでしまいそうな夜空には綺麗な星が瞬いていた。
「さ、寒い………」
由梨亜はバス停に向かって歩いていた。図書館で勉強をしていたら、いつの間にか周りに座っていたカップルなど、一人もいなくなっていたのだ。
ふと4号館の上を見ると3階のテラスのところに人影が見えた。
(あんなところに人がいるなんて、珍しいなぁ。)
テラスは基本的に授業やサークルでは使わない。ただ、グッドデザイン賞を受賞しただけあって傍から見たらとてもお洒落な建物である。
由梨亜はそこにいる人が何をしているのかとても気になった。暗い中をよーく目を凝らしてみると、ぼんやりと見たことがあるような人に見えてきた。
由梨亜は、結局3階テラスの前のガラス扉まで来てしまった。近くまで来て確信したが、その人影は予想通り由梨亜のよく知っている彼で間違いないようだった。ガラス扉を建物の中からノックしてみたが、外にいる彼は全く気が付かなかった。由梨亜はそっとガラス扉を開けた。すると少し驚いたようにその彼、亜蘭が振り向いた。由梨亜はその時までは亜蘭をからかいにきたつもりだった。しかし、由梨亜が口を開く前に亜蘭が口を開いた。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ。ある雑誌の懸賞でこの望遠鏡が当たったんだ!すごくない?」
その時の亜蘭はまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように目を輝かせていた。それを見て由梨亜はすっかりからかう気が失せてしまった。
「もぉ、何やってるのかと思ったら天体観測か………あと、よければどうぞ。」
由梨亜は、下の自動販売機で買ってきた缶コーヒーをテラスの小さな机に置いた。そのブラックコーヒーを見た亜蘭は嬉しそうに言った。
「お、僕の好みを分かってるね。サンキュー。」
由梨亜は、テラスにある木製の椅子に腰を下ろした。しばらくして亜蘭は望遠鏡から目を離して由梨亜の方に振り返った。
「ピントを合わせたから、由梨亜ちゃんも覗いて見てよ。」
由梨亜は正直、街灯が多いこんな場所でなにが見えるのだろうかとあまり期待をしていなかった。しかし亜蘭がしつこくすすめてくるので、しぶしぶその望遠鏡を覗いてみることにした。するとそこには、由梨亜の想像を絶する満天の星空が広がっていた。全てを飲み込んでしまいそうな闇の世界。そこに輝く星たちに由梨亜はしばらく魅了されてしまった。
ゆっくりと望遠鏡から目を離すと、隣に笑顔を浮かべた亜蘭が立っていた。
「………すごいね。」
由梨亜はこの気持ちを上手く表現できる言葉が見つからなかった。その様子を見て亜蘭は、少し自慢げに言った。
「そうでしょ?田舎だからこんな綺麗に見えるんだよ。」
その後、順番に望遠鏡を眺めた。二人とも星空に夢中で外の寒さなんて気にもとめなかった。
「くしゅん」
由梨亜は、さすがに身体が冷えたのか、くしゃみをした。
「もぉ、しょうがないなぁ………。」
亜蘭は素早く自分のカバンからマフラーを取り出し優しく由梨亜の首へ巻いてあげた。由梨亜は、いきなりの亜蘭の行動に戸惑ってしまった。マフラーよりも先にその亜蘭の優しさで徐々に心が温かくなってきた。そして由梨亜は、少し恥ずかしそうにボソッと呟いた。
「ありがとう・・・。」
亜蘭は、その由梨亜の声が聞こえなかったかのように片手にコーヒーを持ちテラスのフェンスに身体を乗り出して続けた。
「あぁ、もう少し天気が良かったら流れ星とか見られたかもね。」
すると、由梨亜も亜蘭と並んでテラスのフェンスから身体を乗り出した。
「そうだね、この天気だと流れ星は少し厳しいかもね。」
2人は巡回の警備員さんに見つかるまでしばらく星空を眺めていた。
亜蘭が望遠鏡を片付けて、肩に担ぐと二人は3階のテラスを後にした。そして、亜蘭は思い出したように隣を歩く由梨亜に言った。
「あ、そういえば、この前、由梨亜ちゃんのおかげで出すことが出来た課題が返却されたんだけど、満点だったよ。あの時は本当にありがとうね。」
亜蘭はご機嫌だった。しかし、そこで由梨亜の反応が妙に悪いことに違和感を感じた。
「ん、由梨亜ちゃんどうしたの?もしかして、由梨亜ちゃんは満点じゃなかった感じ………?」
そこでやっと由梨亜は口を開いた。
「なんで亜蘭くんが満点なの?私が教えてあげなきゃ提出すら忘れてたのに……亜蘭くんって本当にそういうちゃっかりしたところあるよね。」
声のボリュームから分かるように由梨亜は興奮気味だった。すると、亜蘭は少し申し訳なさそうな顔をして続けた。
「いや、まさか満点取るなんて思ってもみなかったよ。まぁ、今年の運を全て使い切ったかんじだね。」
「本当に信じられないわ………。」
由梨亜は、ご立腹だった。
建物から出ると、小雨が降っていた。亜蘭は、望遠鏡と一緒に持ってきていた黒い傘を広げた。ふと隣の由梨亜を見ると傘を持っていなかった。
「しょうがないなぁ、僕の傘に半分入れてあげ……。」
「いい!折りたたみ傘持ってきてるから!」
亜蘭が言い終わる前に、由梨亜はきっぱりと断った。明らかにさっきよりも怒っている様子だった。バス停に向かって歩いていたが二人の間には、さっきまでとは違う重い空気が流れていた。亜蘭はこの気まずい空気を変えようと口を開いた。
「まぁ、満点じゃなくてもあんまり変わらないじゃん。そういう時もあるよ。」
しかし、その言葉は逆効果だった。
「そうやって、課題とかで一点ずつ落としていって、それが重なって最終的には痛い目を見るんだよ。」
由梨亜は声を荒らげた。亜蘭は、それを宥めようとしてまた余計なことを言った。
「まぁ、そんなかりかりするなって。」
とうとう今度は口も聞いてくれなくなった。すっかり困った亜蘭は、由梨亜の機嫌を直すべく言葉を続けた。
「ごめん、言いすぎた。今回の課題は由梨亜ちゃん様々だもんね。お礼はしないとね………好きなアイス1つだけ奢るからさ……機嫌直してよ。」
それを聞くと由梨亜は仁王立ちをしながら
「ハーゲンダッツじゃないと許さないから!」
と周りに響くような大きな声で亜蘭を指さしながら言い放った。
「はいはい。味の希望はある?」
亜蘭は、降参とばかりに落ち着いた声で聞いた。
「ストロベリーに決まってるでしょ!」
亜蘭は心の中で大きなため息をついた。
(あぁ、余計な事言っちゃったなぁ。)
次の日、亜蘭が早速ハーゲンダッツを買ってきたこと、スーパーの袋ではなくちゃっかり包装して由梨亜に献上したことなどはまた別の話。