5話 狐の村
幸平の持つ軍隊、〈アサルトペンタグラム〉軍のコマンドベースから数十km。丘の下に広範な森林がある。その森は多種多様な生物が息づいており、その中に俗に言う亜人も居る。その獣人は世界中至る所に生息しており、この森に住む獣人は世界的にも希少な狐族。妖狐とも人狐とも狐人とも呼ばれている。彼らには特殊な能力が備わっているが、決して使い易い力では無い。それはとある条件を持って四足の巨大な獣に化ける事。屈強かつ強靭で、多岐に渡る魔法を操る。しかしその条件は個人差があり、反動も人それぞれ。この村に獣化、すなわち〈覚醒〉を使える者は村唯一の戦士のみ。一応もう一人居るが、そのもう一人は未だに条件が分かっていない。それに戦士も〈覚醒〉の反動は丸1日体が動かなくなってしまう。
さらに人間に狐耳が生えたような見た目をしているが、筋力は人間の半分程しかないため自衛もままならない。それらの理由により人の手も野生生物も近寄らないような森の奥でひっそりと毎日を過ごしていた。
森の中に開けた場所がある。そこに狐族の村がある。決して大きくはない人口60人程の村だ。生活の主体は漁や農作に狩りや家畜を少々。どれも小さな規模の細々としたものだ。そんな狭い範囲での漁で少量の獲物を取って村に戻る数人の狐族が居た。その中で最近、漁に参加した先月18になったばかりの新米狐族の男、トラコ・マルキーズが重そうに漁で使った網を持っていた。狐族は成人しても筋力が人間の成人男性の半分程しか無い為、本来この世界の人間の成人年齢である16歳を過ぎても村の仕事が出来ない。狐族の未成年は人間の子供よりも筋力が無く、雑用ばかりさせられるのだ。しかし、トラコは先月より晴れて狐族の成人年齢へと達し、漁の仕事を村長より任せられていた。
「トラコ、初めての指揮役はどうだったか?」
長くしなやかな狐耳に切り込みの入った狐族の男がトラコに話しかける。彼こそがこの村で〈覚醒〉出来る数少ない存在、戦士エルギン・シヘラードだ。
「芳しくない。もう少し静かに網を上げれば結果は違った筈だ。初めてだからビビって撒くエサの量を少なくしたのも望ましくない。最悪だ、完全に俺が原因だ」
エルギンに感想を聞かれたトラコは今日の結果を振り返り嫌気がさしていた。理由は今回の漁場での捕獲量だ。普段、エルギンが指揮する漁では魚さえその漁場に入れば平均的に一つの漁場で30~50匹は取れる。しかし今回トラコが指揮を取って得た魚は漁場二つで40匹。初めての指揮とはいえ、これは見過ごせないレベルだ。
「ガッハハ、たまたま運が無かっただけさ」
エルギンはトラコの反省を何事も無かったかのように豪快に笑って流す。その後トラコ達は漁場を幾つか周り、帰りに森に仕掛けてある野生動物用の罠を確認して日暮れ前にに村へ戻って来た。大きな猪が二つの罠に1匹ずつ掛かっており、非力な狐族達は自衛用に持っていた槍で仕留めて5人がかりで運んできた。エルギンだけは狐族にしては珍しく筋肉の付きが良く、1人で担いでいた。
男は畑に行き、今村には女ばかり居る。エルギンとトラコ以外の漁に行った男は、今日の獲物を食料小屋に置き各自家に帰っていく。エルギンはトラコを連れ、猪を担ぎエルギンの家へ帰る。
「今日は猪鍋だな。勿論食ってくだろ?」
「ああ、勿論だ。猪鍋は大好物だ」
「ほう?リシルの猪鍋が、だろ?」
エルギンにからかわれトラコは少し頬を紅くする。エルギンは妹のリシルと2人で暮らしており、トラコと同い年という事もあり幼い頃からの幼馴染みだった。そして当然と言うべきかトラコはリシルに思いを寄せていた。それは村中、それこそリシル本人も含めて誰もが知っていたが、その事を弄ってくるのはエルギンだけなのでトラコはその事に気付いていない。
「トラコ、それはまたリシルの花壇用か?」
「そうだ、丁度花壇にない花が見つかったから取ってみた」
現在エルギンの家の前には小さな花壇がある。それはリシルが大切に育てている花壇で、その花のほとんどをエルギンが狩りや漁の帰りに取ってきていたが、エルギンが気を利かせてやっと村から出られるようになったトラコに託している。
そんな話をしているとエルギンの家に着く。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま、リシル」
エルギンとトラコが家に入ると白く鮮麗な耳の狐族の少女リシル・シヘラードが2人を出迎える。狐族の尻尾は比較的大きい。だが、リシルの尻尾はその狐族の中でも大きい部類で、小柄なリシルと比べると少し尻尾の方が大きく見えるほどの大きさで村一番だ。狐族の女性にとっての尻尾の大きさは、人間の女性にとっての胸の大きさと同じでそれはある種のステータスになる。つまりリシルは狐族界の巨乳だ。実際に胸もかなりある。
「トラコもお疲れ様」
「うん」
リシルがトラコに労い、微笑みかけるとトラコは照れつつ下を向く。
エルギンは外へ出て、猪を捌きに行った。リシルは鍋の支度に取り掛かる。
「リ、リシル。これ」
トラコの手には根から引き抜かれた白い花が握られていた。漁場からの帰りに引き抜いて来たものだ。
「わぁ、ありがとう!」
「この花はまだ花壇に無いよね?」
「うん!ありがとうトラコ。おかげで花壇が賑やかになるよ」
リシルはトラコから花を受け取り笑顔を向ける。トラコが早速植えようと勧め、2人は花壇の前へ来る。
「だいぶ増えてきたね」
「トラコのおかげだよ」
花壇に植え終わると、2人は花壇を見渡す。色合いや種類はバラバラだが、一言でまとめると『綺麗』だ。
「レガウルはどう?」
トラコがリシルに聞く。レガウルとはトラコが飼っている動物で、漁等で数ヶ月前から外へ出ているトラコはレガウルの世話をリシルに頼んでいた。リシルは洗濯、料理、農業を少々と家畜の世話等、多忙で、狐族の男よりもさらに筋力の劣る狐族の女は危険の多い村の外への外出は村の掟で禁止されている。その為、レガウルの世話を数ヶ月前からリシルが引き受けていた。
「それがレガウルちゃん5匹目の分身が生まれたみたい」
「本当!?」
「えぇ、今日の昼頃に体が光りだして、無事に5匹目の分身が生まれたよ」
トラコは喜びのあまり、想い人のリシルの話も聞かずにレガウルの飼育小屋に走っていく。
「レガウル!」
小屋といっても村では一番大きな建物だが、一応飼育小屋だ。トラコが小屋に入ると、高さ7mを超える巨大な狼がトラコの方を向く。その後ろには7mよりかは小さいがそれでも4mはある狼達が複数寝転がっていた。その全てが同じ見た目をしている。皆等しく左腕が赤い。この狼の種族名は〈マルチウルフ〉。数年に1度自分より少し小さい分身が生まれる、俗に言う魔獣。本来〈マルチウルフ〉は普通の狼よりも少し大きい程度。だがレガウルはその中でも珍しい希少種で、体長は通常種の数倍にもなる。
「よかったなぁ、レガウル。また強くなったじゃないか!」
リシルがレガウルの首筋を撫でると、レガウルは嬉しそうに目を細める。しばらくレガウルと遊んでいるとリシルが小屋に来た。そして先に戻って鍋を作っていると、リシルの家へ戻っていった。
「なぁ、レガウル。これでいいんだろうか?」
トラコは今の思いをレガウルに語る。それは今後の事。トラコもリシルも18になった。この村では成人として数えられる。その為、次は結婚を考えなければならない。勿論トラコが結婚したい相手はリシルだ。だが、リシルは本当にトラコの事を幼馴染みとして以外は見てないようにしかトラコは思えない。誰が花をあげても先程のように喜ぶし、誰にでも穏やかに接する。それに面倒見も良く、村の男達からは普通以上に好まれている。それもあり、トラコはリシルと結ばれる事を半ば諦めていた。しかしトラコはリシル以外と結ばれる気も無いので現状に思い悩んでいた。
「リシルはどこか他人行儀っていうか、俺の事を男だって分かってるのかな?」
レガウルは心配そうにトラコへ首を寄せる。その時
「うわぁぁぁ」
狭い村だから少し大きな声を出せばすぐに聞こえる。だからこそトラコの耳にはこの悲鳴がはっきりと聞こえた。たかが60人弱の村だ。村人全員の声は顔を見なくても分かる。だが、そんなトラコでもこの悲鳴の主が分からない程に声が変わってしまっている悲鳴。
「盗賊だぁ!!逃げろ!逃げろぉ!!」
「皆逃げ──ぎゃぁぁぁ」
最初の悲鳴をかわきりに悲鳴は連鎖していき、次第に村の至る所から阿鼻叫喚が聞こえてくる。
この事態にトラコの脳も遅れて現状を把握する。この村に敵が現れたのだ。
「リシル!」
謎の敵の襲撃により、最悪の展開が脳裏を過ぎる。トラコは急いでリシルの家へ戻る。外は最悪だった。トラコの面倒を小さい頃から見てくれたおじさんも、トラコに懐いてくれた妹分の女の子も皆、男は殴られ斬り殺されたり、女は連れて行かれて犯されていた。
こんな時に村長は、戦士は何をしているんだと。こいつらは誰なんだと、向ける先の無い憎悪がトラコの心を染める。
「リシル!大丈夫か!!」
トラコがリシルの家へ駆けつけるとリシルとエルギンが家に居た。何やら話しているようだ。
「トラコ!」
「トラコ大丈夫だったか!」
トラコの無事にエルギンとリシルは安堵の表情を浮かべる。
「トラコ!いいかよく聞け、俺がこの村を守る。お前はリシルを連れて逃げろ!」
「お兄ちゃん!」
エルギンがトラコの目を真っ直ぐ見ながら言う。エルギンはどこか達観しているようだった。エルギンの言葉を聞いてもトラコはまだ上手く状況が呑み込めない。
「リシルを、妹を任せる!絶対に幸せ
しろよ!泣かせたら許さねぇ!」
「おい!ちょっ──。」
エルギンは力強く言うと、トラコの話を聞かずに外へ走って行く。
「お兄ちゃん...」
リシルは目の前で過ぎていく出来事に着いていけず呆然としていた。それはトラコも同じ事。だが外の絶叫により現在の危機的状況を強制的に意識させられる。
「行こうリシル!」
「い、行くって何処へ?」
「とりあえずここ以外の何処かだ!とにかく逃げよう!」
「う、うん」
トラコとリシルは家を出て村の外へ出ようと走る。2人はレガウルの居る飼育小屋へと走った。レガウルは巨体の魔獣で、間違い無く2人の力になる。
「レガウル、行くぞ!リシル!レガウルの背に乗れ!早く!」
トラコはレガウルの背に急いでリシルを乗らせると、急いで柵を開け、扉を開け放ち、トラコはレガウルの他の分身体に騎乗し外へ出る。
「クワァァン」
トラコ達の前で体長2m程の大きな狐が暴れている。盗賊を尻尾で薙ぎ払い、口から火球を吐く。この巨狐はエルギンだ。エルギンの〈覚醒〉した形態の狐姿は狐特有の黄色い毛ではない。全体が紫色で、青い目をしている。
また1人、また1人とエルギンが盗賊を倒していく。その結果、森までの一直線の道が出来る。
「今だ!走れぇぇ!」
トラコの掛け声でレガウルと分身5体が一気に開けた道を駆け抜ける。そして、〈覚醒〉したエルギンの横を通り抜けた時にそれは起こった。
「魔導師が来たぞ!やっちまえ!」
「消し飛べ、〈フレイムスフィア〉!」
突然盗賊達に連れられてやって来た、黒いローブを来た男が叫ぶ。それと同時にローブ男の手にバスケットボール程のサイズの火の玉が現れ、男はそれを〈覚醒〉したエルギンに投げつける。
「キュワァァン」
エルギンに着弾すると、瞬く間に燃え上がりエルギンの巨体を包み込む。やがて〈覚醒〉したエルギンの断末魔のような鳴き声がして、動かなくなった。
「やはり獣か」
「うおぉぉぉ」
ローブ男が吐き捨てるように今も尚燃え続けるエルギンの死体に言った。そして強敵が倒れた為か、盗賊達が一気に湧き上がる。そして逃げているトラコ達を追い始める。
「そのまま走れ!レガウル!リシルを守ってくれ!」
トラコはレガウルの分身から飛び降りて、振り返る。足止めをするのだ。少しでもリシルが生き延びる確率を上げる為。
「トラコォォ!!」
リシルの泣きじゃくる様な声がトラコの元に届く。しかしその声もだんだん遠くなっていく。リシル達が上手く逃げられている証拠だ。トラコはリシルが離れていく事に悲しみつつ、リシルがトラコの為に泣いてくれている現実に喜んでもいた。
「幼馴染みの為に戦うなんて俺、英雄みたいだな」
トラコがそう呟く間にも、盗賊達は近付いてくる。レガウルで稼いだ距離もあと数十mで無くなる。
「正直なれるか心配なんだが物は試しだ」
トラコの目が赤く光った。
兵器情報
狙撃可変式小銃 スイセン〈装弾数(射撃時)40000〉〈装弾数(狙撃時)4000〉〈威力(射撃時)180〉〈威力(爆撃時)500〉
弾丸を必要としない新世代の武器〈ABS-プライマル〉の派生武器。専用のバッテリーを使用する事で約4万発の弾を再装填無しで撃ち続ける事が出来る。この事も充分な利点だが、この武器はアサルトライフルから変形しスナイパーライフルにもなる。この技術はギガンテスから流用したものであり、派生型も複数ある。