1話 異世界にて司令官始めました
「お目覚めになられましたね。カンセル様」
カンセルが目を覚ますと、覗き込む女性と目が合った。こちらを覗き込む女性は黒髪で独特なピンク色の制服を着用し、どこか清楚さを感じさせる、綺麗な女性。
「ここは?」
カンセルは目を覚ます前、意識を手放す前を思い出す。カンセルこと下下幸平はたしか、いつも通り学校から帰るとゲームをしていた筈だ。しかし、今日はいつにも増して疲れていた幸平はゲーム中に寝落ちしてしまった。そして目を覚ますと見知らぬ場所に見知らぬ女性と自分がいる。いや、実際には幸平はこの女性が誰かもこの場所がどこかも知っている。
「ユミさん?」
「はい。何でしょうか?」
目の前に居る女性は、幸平が寝落ちする前にプレイしていたゲーム〈A Single Bullet 〉の主人公キャラのメインオペレーターのユミのようだ。そしてここは同じく〈A Single Bullet 〉の主人公の拠点で、本部や司令部等とゲーム中に呼ばれる司令基地だ。その名をコマンドベース。幸平が好きで、発売から2年経った今もやり続けているゲームだから忘れようもない。
〈A Single Bullet 〉通称asbはオープンワールドの広大なフィールドを総司令官兼部隊長の主人公が部下を引き連れて敵軍やモンスター等と戦う、アクションゲームだ。部下達一般兵は、銃、グレネード、タンク、装甲車、ヘリ、爆撃機、ガンシップ等と多彩な武器やビークル等の兵器を使う。主人公等の各部隊長はその兵器に加え、〈ギガンテス〉と呼ばれる16~24m程の巨大ロボを使用できる。〈ギガンテス〉は多種多様な装備を利用し場合によっては単機で戦況をひっくり返す。何より最大の特徴はトランス〇ォーマー顔負けの変形アクションがある事だ。シリーズ毎に沢山のビークルに変形する。それらを上手く使い、戦いに勝ち、戦力を増やし、軍を大きくしていくゲームだ。カンセルはゲーム内で使っていたプレイヤーネームだ。
だがそんな事はどうでもいい。
「ここって日本?」
そう、ここがコマンドベースなら、テレビゲームの筈のasb内での施設なら、一体何故幸平はこんな所にいるのか?
「それがどうやらインパリアでもカンセル様のいらっしゃった日本国でも無いようです」
インパリアというのはasbで主人公がコマンドベースを置いている地名だ。
「だったら...ここは?どこなんだ?」
目の前の黒髪女性、ユミの話を信じるならばここは日本では無い。それもその筈。目の前に居るユミは本当に三次元の人間かと疑う程に綺麗な人で、しかもコスプレイヤーにしては完成度が高すぎる。最早本物だ。それに本物そっくりなコマンドベースを作るには膨大な金がかかる。もしこの休憩室だけを作るなら簡単に出来るだろう。だが、それは休憩室を出るまでの話。ベッドから起き上がり休憩室を出た幸平は驚愕する。
「ここは総合指令室?」
「左様です」
休憩室を出るとそこそこ広い部屋に大きなスクリーンがあり、その前に多様な席と機器のあるthe司令部といった印象を受ける部屋だった。
「でもここはasbの世界では無いんだよね?」
「はい。カンセル様が目覚められる前、索敵ドローンを展開し、周囲の地形情報を集めた結果、ここはいわゆる異世界かと」
幸平はユミの言葉を冷静に聞いた。なんとなく予想は出来ていた。初め、この作り込みからゲームの世界に入り込んだ可能性を考えた。現実的では無いが、本物さながらの人や物を見た場合、いつの間にか知らない場所に転移している場合等、実際にそういう状況になったらまず疑わない。しかしユミにその可能性を否定されたなら、アニメ、ゲーム、漫画、ラノベ大好きな幸平はもう異世界転移以外考えられなかった。
「ここは...異世界」
「カンセル様...大丈夫です。微力ながらも精一杯お力添えさせていただきます」
下を向いてブツブツ呟いている幸平を見たユミは、幸平がショックを受けていると思ったのか必死に慰める。だが、幸平はラノベが大好きだ。特に異世界物が。
Q.ラノベ大好きな人間が自分の好きなゲームの設定で異世界転移するとどうなるか。
「いよっしゃぁぁ!!夢が叶ったぁぁ!!」
A.発狂する。
「...そ、それはよかったです」
ユミは少し苦笑する。
と、そこで幸平はある異変に気付く。
「ユミさん、なんで誰も居ないの?」
この総合司令室は兵を指揮する場所なだけあってそれなりに広い。机、椅子、機材等を置いているが席数だけでも10人分。本気で詰めれば司令室に100人は入る。だがその広さに対し、この司令室内の人数は2人。幸平とユミ、以上である。周りに誰も居ないのだ。
「asbでは確かに、ゲーム開始直後だとオペレーターと主人公だけだったけど」
asbの初期人数はオペレーター1人、兵士は主人公1人からスタートし、次第に基地を大きくし、部下を増やしていく。asbのストーリーだと国軍特殊部隊隊長の主人公が諸事情により追放され、途中で拾った捕虜と共に国外逃亡。国外で傭兵業を始めた筈だと幸平は思い出す。
「もしかして初めから?」
司令室の小ささ、人の少なさから、幸平は嫌な推測を立てる。
「はい、カンセル様が転移される前にプレイされていたデータはここに反映されておりません」
「まじ...か」
今度こそ幸平はショックを受けた。
「で、ですが私はカンセル様がどこから来てどういう人なのかを何故か知っておりますし、カンセル様もasbの情報はよくご存知ですし、この異世界でもどうにかなります!!いえ、どうにかしましょう!!」
幸平は元気づけられて思った。念願の異世界転移をして、自分の一番好きなゲームの一番好きなキャラに元気づけられて、ユミも不安だろうに必死に元気に振る舞う。
「普通以上に頑張るか」
「はい!精一杯お力添えさせていただきます」
幸平が覚悟を決めた時、幸平の腹が鳴った。帰宅してから何も口にせずゲームしていた為に、今は無性に腹が減っている。
「ただいま13:32でございます。お昼を召し上がって下さい。私は少し資料を纏めます」
手首の時計を見て昼食を提案したユミに幸平は夜から昼になってるとおもいつつも了承し、食堂へゲームの記憶を頼りに向かうため司令室の出口へ向かうと
「食堂へ向かわれても調理師はおりませんよ?メニューの〈MP(militarypoint)管理〉から〈アイテム購入〉でお好きな食事をどうぞ」
「メニューってどうやって開くの?あ、出た」
メニューは意識次第で勝手に出てくるらしく、現に幸平の目の前に半透明なメニュー画面が表示される。
実際にasbでもメニュー画面から食事をMPというゲーム内通貨で購入し、それを摂取する事が出来た。ゲーム内では空腹という概念があり、一定以上食事を摂取しないとステータスが下がったり最悪死ぬ事もある為に定期的に食事をとる必要があった。ちなみに食品はアイテムという概念で使用すれば消費されるが、食堂では手持ちのアイテムが消費されない上にステータスの上昇等もあり、そちらの方が得なのだ。さらに食堂もアイテムも種類に応じて体力を回復出来る。
「ええっと手持ちのMPは」
name : カンセル
armor : 80
militarypoint : 50000
playerlevel : 1
position : 総司令官 兼 一般兵士
weapon : 未装備
「あれ?体力少なくね?」
幸平はメニューのステータス画面を開いて驚く。本来asbの主人公の初期armorは400なのだ。だが幸平は80しかない。
「やっぱゲームキャラと違って鍛えてないからかな?」
ここにある幸平の体は転移前となんの違いもない。asbの主人公はもちろん軍人でしかも特殊部隊出身、そして常に最前線で戦い続ける。一般人の幸平とは比べるまでもない。ちなみにと幸平はユミのステータスを見る。
name : ユミ
armor : 100
position : オペレーター(カンセル専属)
weapon : 〈main オートHG5 OPカスタム (ハンドガン)〉〈sub なし〉
「負けてる...」
幸平はボソッと呟いた。
とりあえず所持金はゲーム開始直後と一緒なのを確認し、〈アイテム購入〉を開き焼飯と烏龍茶を買う。
アイテム : 焼飯 3MP
アイテム : 烏龍茶 500ml 2MP
「あ、普通以上にうめぇ」
幸平は休憩室に戻り焼飯を1口食べて、気付いた幸平は司令室へ行く。
「ユミさんは昼食とったの?」
「いえ、私には食べる物が無いので」
「え、ごめん。そりゃそうだよね。何がいい?」
食堂には誰も居ないのだ。今まで幸平も寝ていて、ユミが食事をする暇などあるはずも無い。
「し、しかしカンセル様の貴重なMPを私なんかのために使われては勿体ないです」
「それじゃあずっと食べないのか?馬鹿な事言わない。はい、何が食べたい?」
幸平の財産であるMPをユミの為に使う事に酷く否定的なユミ。しかし、どうしようもない現状に幸平は受け流す。
「で、では牛丼をお願いします。すみません」
「おっけー、牛丼大盛り4つね。一緒に食べようか」
アイテム : 牛丼 (大盛り) 4MP ×4
ユミはこう見えてかなりの大食いだ。それはasbプレイヤーのほとんど皆が知っている。よく食べるから。それにユミは幸平の好きなキャラダントツな為、日頃何をどの位食べるかも知っていた。
最初こそ驚きでそれどころでは無かったが、今幸平はユミに会えた喜びを噛み締めている。
「あ、ありがとうございます」
幸平から牛丼4つを受け取ったユミも休憩室へ来た。2人は休憩室の机に向かい合って座った。
「ユミさん、武器持ってたんだね」
まず幸平がユミに話しかける。
「はい、これはカンセル様、正確にはプレイヤーだった頃のカンセル様に護身用にと頂きました。まぁ、所詮設定なんですけどね。でも私にとっては紛れもない事実です」
ユミが太ももにあるホルスターからピンク色に塗装されたハンドガンを取り出し机の上に置いた、「カンセル様、私に必死で使い方を教えてくださったんですよ」と勿論そんな事はしていない為記憶にない幸平に説明しながら。
「肝心の僕は丸腰だよ」
幸平は苦笑しながら言った。オペレーターのユミは武器を携帯しているのに、兵士の幸平が武器を持っていない事に対する皮肉を込めて。
「確かにそうですね。では昼食が終わりしだい格納庫に取りに行きましょう」
「あと周辺の探索もしないとね」
これからの行動方針が決まり俄然やる気の幸平は焼飯を掻き込む。ふとユミを見ると既に完食していた。結局食べ足りない幸平はもう一杯焼飯を食べると、格納庫へと向かった。
武器情報
オートHG5 OPカスタム 〈装弾数 26〉〈 威力 70〉
反動が小さく使い易いモデル、オートHGの後継型、オートHG5をユミの為にasbの主人公が改造したハンドガン。改造の結果反動が更に軽減され、訓練をしない非力なオペレーターの為の護身用として正式に配備された。ユミは主人公に貰ったこの銃をかなり気に入り、自分用にとピンクに塗装した。OPはオペレーターの意。