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第一話 勇者ナンバー867(7)

 それからアツシはその足でオヴェリアの住まうと云う屋敷へ向かうことになった。先頭を歩くのが案内のトロイで、以下アツシ、レナ、ニコラだ。


「どうも妙な成り行きになってしまったな」


 そうぼやくニコラに、アツシはトロイの背中を見ながら尋ねた。


「あのトロイって人、普段はなにをしてるんですか? レナによると将で、リーダーの一人とかいう話ですが……」

「うむ、彼は六番目の勇者で十二将の一人だ。十二将と云うのは心技体、それに有用かつ強力なマイティ・ブレイブを兼ね備えた十二人の勇者のことで、文字通りの将軍としてほかの勇者たちを統率し、壁の防衛や壁外遠征の指揮を執る。なかでもトロイ殿は壁外遠征の部隊長だ。今は遠征がないからここにいるが、一年の半分以上を壁の外で暮らすような男だよ」

「一年の、半分……!」


 アツシはぎょっとしてトロイを見た。彼に悪感情を懐きかけているアツシですら、それは素直に凄いと思えることだ。尊敬と悔しさの入り混じった目でトロイの背中を見れば、心なしか先ほどよりも大きく見える。


「案外、壁の外でも平気ってことはないんですよね……?」

「それは壁からの距離による。壁に近い部分はかなり安全が確保されているな。だがそれよりなにより、彼は特別なのだ。あの魔王と戦って唯一生還した男だからな」


 その言葉にアツシはその場に足を縫い付けられてしまいそうになった。だが他の皆は止まらないので、どうにか足を動かして前に進みながらニコラに身を寄せて訊ねた。


「そうですよ。色んなことがありすぎてすっかり訊くのを忘れてましたが、その魔王ってなんです?」

「魔王は魔王だよ。一部の勇者たちには双頭の竜魔王と呼ばれている、モンスターの親玉。無数の魔物たちを率いて何度も壁に挑んでくる。動機や正体は不明だが、目的は人類を滅ぼすことで間違いない。その戦闘力は凄まじく、唯一交戦経験のあるトロイ殿によると歴戦の勇者たちでも歯が立たず、壁がなければ間違いなく人類は滅ぼされていたらしい。実際、八十年前にトロイ殿が魔王と遭遇したとき、トロイ殿以外の勇者は皆殺されたのだ。そしてわかっていることは、奴が人類の敵だということだけだ」

「た、倒せそうですか?」

「可能性はあるさ……と云いたいところだが、現実的にはかなり難しいだろうな」

「でも、もし倒せたとしたら、世界は平和になる?」

「それもわからない。魔王を倒せばモンスターの襲撃はなくなるのかもしれん。だがモンスターを統率する者がいなくなるだけで、モンスターは壁の外を自由に闊歩し続けるのかもしれん。すべては神のみぞ知るだ」

「そうですか……」


 暗い顔をしたアツシを励ますように、ニコラは朗らかな声で云った。


「だが希望はある。それはオヴェリア殿だ。数十人の勇者を皆殺しにするような魔王であっても、オヴェリア殿のマイティ・ブレイブを打ち破って壁のなかに入ってくることはできない。これはつまり、オヴェリア殿の守りのマイティ・ブレイブが魔王の力を上回っていることを意味している。もし彼女のマイティ・ブレイブが結界系ではなくもっと戦闘向きのものだったら、その時点で魔王を倒せていたのかもしれない。ここで重要なのは、勇者のマイティ・ブレイブが魔王を上回る事例は既に確認されているということだ」

「それは、つまり……」

「うむ。将来、攻撃に使える方向性のマイティ・ブレイブで、かつ力の度合いがオヴェリア殿に匹敵するような勇者が現れれば、その者は魔王の心臓を串刺しにする槍となりうるだろう。そしてそれはもしかすると、君かもしれない」


 そう云われて、アツシは苦笑してかぶりを振った。


「俺のマイティ・ブレイブは召喚系なんでしょう?」

「そうだ。だから魔王より強き者を召喚するのかもしれないぞ?」

「まさか……」

「だがオヴェリア殿もそう思ったから、君に会おうとしているのではないかね?」


 ニコラはそう云うと、遠く遙かな壁を眺めた。あの山脈のごとき壁は街のどこからでも見ることができる。それほどに高いのだ。


「オヴェリア殿はあの壁を維持するため、日に数度、祈りを捧げていると云う。祈りがマイティ・ブレイブとなって壁の強化と修復を行うらしいのだ。彼女はまさにこの世界の守護者、世界を支える、柱のような存在だよ」

「柱……」


 そう聞いて、アツシはまだ見ぬオヴェリアに八つ当たりのような言葉をぶつけてやろうとしていた気持ちが、急速にしぼんでいくのを感じた。


「彼女はそんなことを、二百年も?」

「そうらしい。なあ、トロイ殿?」


 ニコラがトロイに水を向けると、歩きながらでも話を聞いていたのか、トロイは立ち止まってアツシたちを振り返った。その視線がアツシに刺さる。


「……オヴェリアがおまえに会ってみたいと云った気持ちが、俺にも少しわかるのだ。予言が当たるのだとしたら、おまえはこの閉塞状況を打ち破る嚆矢となるのかもしれん」


 アツシはその言葉に息を呑んだが、すぐにトロイから目を逸らしてかぶりを振った。


「やめてください。俺はまだなにも決めてない」

「……そうだな。召喚されてきたばかりだったな」


 トロイは唇の端でアツシをわらうと、つと前を向いてまた歩き出した。アツシは少し歩度を速めて、トロイの背中を追いかけながら早口で尋ねた。


「オヴェリアさんって、どんな人ですか?」

「悪戯好きだ」

「い、悪戯好き……?」


 意外な人物評にアツシは目を白黒させたが、トロイはここにはいないオヴェリアを容赦なく切り捨てるように遠慮なく云う。


「うむ。昔はそうでもなかったが、最近はいかに人を騙しておちょくるかということに執念を燃やすようになっている。魔王が倒せる見込みも世界が変わるような希望もない状況で、二百年以上毎日祈って毎日守られて暮らしている彼女が見出した愉しみがそれなのだ。だからおまえに会うと云っても、まともには会わんかもしれん。また思いがけぬ悪戯をするかもしれん。だが、あまり気を悪くしてくれるなよ」

「わ、かりました……」


 初対面でおちょくられるようなことがあれば気を悪くしないはずがないのだが、二百年という歳月を持ち出されては致し方ない。アツシはそう自分を納得させると、けなげなくらいに自分の横を歩いているレナを見下ろして微笑んだ。


「レナは、オヴェリアさんに会ったことあるのかい?」

「あるわけありません。あの御方はこの世界でもっとも大切な人。余人は傍に寄ることも許されないのです」

「そうだな。君がオヴェリア殿に会うとして、私やレナは別室で待たされることになるだろう」


 レナの尾についてニコラがそんなことを云ったときだった。


「着いたぞ」


 トロイが、高い塀の巡らされた屋敷の前で足を止めた。それは青い屋根と白い壁、緑の庭を持つ広大な邸宅で、門前にはもちろん、あちこちに警備の人間の姿がある。


「皆、勇者だよ」


 ニコラが警備たちを見ながら、アツシにそう囁いてきた。

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