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第一話 勇者ナンバー867(5)

「――もういいかな」


 突然の男の声にアツシとレナがはっとして振り返ると、いったいいつの間にそこにいたのか、金髪に緑の目をした背の高い男が立っていた。顔立ちは絶妙であった。つまり目鼻立ちは整っているのだが眉は太く、また頬は少しふっくらしており、無精髭などを生やしている。見ようによって美男にも醜男にもなるような、二十代くらいの男だ。


「あなたは……」

「私はニコラ。勇者ナンバー六〇三。地球にいたときはフランス人だったよ」


 ニコラは異世界の言語でそう名乗りをあげた。そのとき日の光りでも入ったのか、緑の目がきらっと光った。


「君が今日来る予定の八六七番目の勇者だな。名前は?」

「アツシです。日本から来ました」

「よし、アツシ。ハリーがきちんと仕事をこなしていれば、私のところへ飛ばされてきた理由について、彼からもう説明を受けているはずだが」

「はい、まあだいたいの事情は把握してますよ。それであなたが、俺のマイティ・ブレイブに見当をつけることが出来るって……」

「そうだ。それが私のマイティ・ブレイブ……人間でもモンスターでも相手の特性を看破する能力だ。これでだいたい君がどういう系統のマイティ・ブレイブを持っているかが判る……というか、もう判った」

「えっ?」


 目を丸くするアツシの前で、ニコラはいたずらっぽく笑うと指で自分の瞳を指差した。


「私のマイティ・ブレイブは瞳に宿る。力を使うぞ、と思って見れば、それだけで発動するのさ」


 呆気にとられたアツシは、しかし先ほどニコラの目が不思議に光ったことを思い出した。


「あのとき、ですか」

「ほう、気づいたか。注意力があるのはいいことだ。それが足りないと壁の外に出たときにすぐ死んでしまうからな」


 軽く云われた言葉ではあるが、アツシは死の一文字に胸がふさがれるような思いだった。人間誰しもいつかは死ぬものだが、多くの人はそこから目を逸らして生きている。それはアツシもそうだった。

 その気持ちが顔に出たのか、無精髭の顎を撫でていたニコラは羨ましそうに云った。


「君は平和な時代から来たのだな。私の知っている日本は連合国と戦争中だったが……」

「――は?」


 それは全然違う話だったから、アツシはたちまち心が引きずり込まれるのを感じた。


「ど、どういうことですか?」

「ふむ、その様子ではまだ知らないようだな。この世界の時空と地球の時空には相関関係がない。召喚される勇者は、地球のどの時代からでもやってくる。君が西暦何年からやってきたかは知らないが、とにかくみんな地球にいたときの元時代がばらばらなのだ」


 それは途方もないことだったから、アツシはその瞬間に考えるのをやめた。


「……そうなんですか」


 そのまま黙ってしまったアツシに代わり、レナが声をあげた。


「それより勇者ニコラ様、アツシ様のマイティ・ブレイブについてですが」

「おお、そうだった」


 ニコラは破顔すると、改めてアツシに眼差しを据えた。アツシは急いで心の準備を整えようとしたが、それに先んじてニコラがあっさり云った。


「結論から云うと、君のマイティ・ブレイブは召喚系だ」

「召喚……? 地球から召喚された俺がまた召喚?」

「そうだ。典型的なのは精霊の住む世界から火や水の精霊を召喚して使役することだな。もっと詳しいことは、訓練過程が始まったら座学の授業で習うといい」

「訓練、ですか……」


 アツシは眉をひそめた。この世界で生き残るためにやらねば仕方がないのだとわかってはいても、訓練の二文字には及び腰になってしまう。

 そんなアツシをどう思ったか、ニコラは呵々と笑ってアツシの肩を叩いてきた。


「まあ、そう構えるな。神は乗り越えられない試練は与えないと云う……訓練は厳しいが、なんとかなるさ」


 そうのどかに云ったニコラは、そこで急に話題を変えた。


「ところでアツシくん、お腹が空いていたりしないかね?」

「……ちょっと」

「よし、では勇者特区の外の店まで食べにいこう」

「外へ?」

「そうだ。私の家でもこの勇者特区でも饗応することはできるが、君の場合、まずは軽くでもいいから、この王都を自分の足で見て回った方がいいのではないかね?」


 それはもっともな話だった。どうにせよ、これから自分はこの世界で生きていかねばならない。土が水を吸い込むより速くこの世界の知識や常識を身につけねばならぬ。


「そうですね、お願いします。ついでに歩きながらでいいですから、この世界のこと、もっと教えて下さい」


 こういう次第で、アツシとレナとニコラの三人は食事に向かうことになった。その道すがら、ニコラはアツシに実に色々なことを話してくれた。

 この世界は元々地球で云うと十二世紀レベルの文明を持っていたと云う。そこへ先任の勇者たちのなかでも二十世紀前後から来た者が中心になって倫理面や衛生面で革命を促したらしい。一方で二十一世紀にあったさまざまな技術の再現はできていない。


「まず召喚されてきた勇者たちの年代元に六千年のばらつきがあるから、銃や電気を知っている時代から来た者が限られる。その上、召喚されてくる勇者はどういうわけか、みんなだいたい若いんだ。だから学生レベルの知識しかない。電話や飛行機の存在を知ってはいても、それをどうすれば実現出来るのかがわからない。たまにある分野に妙に詳しい奴もいるんだが、今度はそいつの知識を活かせる重機や設備がなかったりしてな……とにかく地球文明の再現は上手くいっていない状態だ」

「つまり銃も電気もないんですね?」

「うむ。残念ながら我々は剣や槍といった原始的な武器で戦わねばならない。もっとも銃があったところで、モンスターが相手では焼け石に水だろうと云われているがね」


 そうしたニコラの話も興味深かったが、実際に街を歩いてみて目についた諸々についても実に興味深かった。まず街は活気に溢れている。子供に笑顔があるのはいいことだ。それでいてストリートチルドレンのような子供の姿はない。


「この世界に来た勇者たちの仕事の一つに福祉施設を作ったというものがある」


 とは、ニコラが教えてくれたことだった。

 またキリスト教と現地の宗教に対立があるというようなことをハリーが云っていたが、ときおり道端で跪いて勇者特区の方に向かって祈っている人の姿が見受けられた。まるで勇者特区に神が住んでいるかのようだった。

 そして人々の身につけている衣服だが、これはどことなく地球的な匂いがした。レナの着ている服からしてそうだ。


「……ニコラさん、この世界の服って」

「被服については、我々が転移してきたときに着ていた服を元にして地球のものが再現された。ただこの世界の元々の服装と合わさって、地球とは異なるデザインのものに振れたようだ。フランス人としてはあまりセンスを感じぬ服だが仕方あるまい」


 ほかにも地球人がこの世界に影響を与えたものに名前がある。ちょうど欧米人が聖書の聖人たちの名前を自分の子供につけるように、この世界の人々は彼らを守るために戦って死んでいった勇者たちの名前を自分の子供につけるようになったらしい。


「……ゆえに今では、地球風の名前を名乗る者が多いのだ。レナもそうだね」


 また度量衡は現地のものとメートル法とヤード・ポンド法が混在しているらしい。勇者と勇者、勇者と従者のあいだではメートル法で意思疎通ができるが、こちらで暮らす以上、現地の度量衡も覚えておかないとのちのち困ることになると云う。

 一年は三百六十五日で一日は二十四時間、星座があり、恐らく惑星で自転と公転を行っているらしいということだ。

 それらの話にアツシが相槌を打っていると、行く手に城が見えてきた。アツシはその城に視線を吸い込まれそうになりながら云う。


「あの城って……」

「ここはラストガーデンの王都、だからあの城には王が住んでいる」

「王様がいるんですね」

「うむ、最初の勇者が召喚される以前から、厳格な絶対王政だったようだな。ただ勇者は王権の外側にいるので安心してくれ。壁のなかの民は王の臣民だが、勇者はそうではないのだ。地球の感覚で云うと外国人扱いかな。こっちの政治に関わる権利はない。それ以外にも色々な権利が制限されている。実を云うと軋轢もなくはない。王家にしてみれば余所者である我々に頼らねば生きていけないのが面白くないのだろう。だが対モンスターを想定した場合の唯一にして最大戦力であるから、勇者たちが一つ集まって住む居住区……勇者特区内においてのみ、治外法権が認められている」

「へえ」


 ――日本で云うと在日米軍みたいなポジションなのかな。


 アツシがそんな風に考えていると、ニコラが思い出したように云った。


「ところでそろそろ、どこで食べるか決めようか」


 その言葉にアツシははっと息を呑んだ。一番大切なことをまだ聞いていない。


「あのう、そう云えばこの世界の食べ物って?」

「ふむ、それは百聞は一見にしかずというやつだな」


 こうしてアツシは王城近くの料理屋に入ることになった。

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