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第一話 勇者ナンバー867(3)

 ハリーのその言葉を聞いても、王都の街並をぼんやりと眺めていたアツシは、しばらくしてやっと思い出したように云った。


「なんか、ファンタジー映画で見た街並を思い出しました」

「うん、僕も最初同じことを思った。まあ詳しい奴によると、この世界の元々の文明は十二世紀レベルってとこだったらしいんだけどね。でも今は地球の勇者が持ち込んだ知識や技術でだいぶ変わってる。初期の勇者が真っ先に手をつけたのは衛生面と倫理面での意識改革だったらしい。僕が召喚されてくるよりずっと昔はとにかく不潔で、あと奴隷とか差別とかがひどかったらしくてね。それをキリスト教の教えを広めてなんとかしたって話だ。こっちの元々の宗教との衝突もあって大変だったらしいが」

「へえ……」


 アツシはそう相槌を打つと、人々の群れに目を凝らした。


「でもなんていうか、結構、平和そうに見えるんですけど。モンスターに襲われて人類はやばいって云ってましたよね?」

「ああ、それは壁でモンスターの侵入を防いでいるからさ。壁のなかは平和だよ。壁のなかまでは、モンスターも入ってこれない」

「壁って、あれのことですか?」


 アツシは街の果てにある壁を指差した。見たところこの塔は都市で一番高い建築物だが、都市の中心からは少しずれた位置にある。中心にあるのは立派な城で、その城から輻射状に道が伸びており、その道に沿って建物が並び、どの道も城壁にぶつかって終わっている。つまりこの都市は三六〇度をぐるりと円形の城壁に囲まれているのだ。

 だがハリーはかぶりを振った。


「いや、あれはただの市壁だ。僕が云っているのはあれさ」


 ハリーはまっすぐ地平の彼方を指差した。市壁の向こうには緑の大地が広がり、その先になにかがある。

 アツシは最初、山かと思った。日本は山国だからほとんどどの町でも、高いところから遠くを見渡せば、たたなわる山々が青く霞んでいるのが見える。ちょうどそれと同じ感じで、地平の彼方に巨大なものが霞んで見えた。だが山にしては上辺が揃いすぎている。


「あれは山じゃない。人口の建造物……壁?」

「そうだ。あの壁はこの大地を三六〇度ぐるりと正円に囲んでいるんだ。そのなかに城塞都市や、町や村なんかがあるってわけ。ここは……王都だ。箱庭のちょうど中心に位置する、この人類世界の首都だ。そして壁に囲まれたこの大地をラストガーデンという。人類に残された最後の領土の面積は、三万一四〇〇平方キロメートル」


 そうはっきり云われて、アツシは目を丸くした。


「測量できてるんですか?」

「ああ。壁によって正円を描くこの大地の半径は、ぴったり一〇〇キロメートル。したがって壁の総延長は六二八キロメートルだ。六二八キロメートルの壁が、この大地をまあるく取り囲んで、壁の外にいるモンスターの侵入を防いでいる。それが人間世界のすべてであり、あの壁を守るのが勇者の任務であり、壁の外は魔境だ。ここはそういう世界だよ。これを見てほしくて、召喚されたばかりの勇者はここへ連れてくることになっているんだ」


 アツシは大いに沈黙し、地平の彼方に霞んで見える壁にじっと目を凝らした。


 ――壁のなかの世界、ラストガーデンか。


 半径一〇〇キロメートルの正円を描く、総面積三万一四〇〇平方キロメートルの大地ということは、日本で云うと近畿地方と同じくらいの面積だ。京都を中心にした場合、東は名古屋、西は姫路、北は若狭湾の海上、南は奈良県南部の山岳地帯といったところである。広いと云えば広いが、人類最後の領地と考えるとどうだろうか。


「……あの壁、大丈夫なんですか? 壊されたりしないんですか?」

「もちろん魔王の号令一下、モンスターは壁を突破しようと何度も攻撃を仕掛けてくるよ。だからそれを守るために勇者が壁の各地に配置されているんじゃないか」

「もし、壁が破られたら?」

「終わりだね。まず現地人が死ぬ。次に現地人の支援をなくした勇者たちも疲弊して死ぬ。だからそんな状況を阻止するために、一人でも多くの勇者の協力が必要なんだ。君はどうだい?」


 アツシは返答に詰まった。

 そんな話を聞かされては、厭だとは云えない。しかしその一方で快諾もできない。まだわからないことが多すぎたし、性急すぎた。与えられた情報のすべてをかみ砕いて消化するにはもう少し時間が必要だった。

 ハリーもそのあたりのことをわかってくれているのか、恥ずかしそうに頭を掻いて云う。


「だよね、僕も時間がかかったよ。だからこうやってこの世界のことを順番に教えてるってわけ。召喚されたばかりで右も左もわからない人にどうやったら信じてもらえるだろう、受け容れてもらえるだろうって、みんなで考えた結果の段取りさ」


 それにはアツシもちょっと笑った。


「つまりここまでスクリプト通りに進行してるわけですね」

「そういうこと。というわけで、次のフェーズは僕のマイティ・ブレイブを見せることだ。まずはあれを見てほしい」


 ハリーはそう云って王都のなかの一区画を指差した。アツシは目を凝らし、そしてあることに気づく。


「あれ? なんかあそこだけ、他と違うって云うか……壁に囲まれてますね?」

「そう。壁に囲まれた人間世界のなかに、壁に囲まれた都市があり、その都市のなかでさらに壁に囲まれた区画がある。あそこは勇者特区って云ってね、王都って云うだけあってこの人間世界は現地民の王様が治めてるんだけど、あそこだけは王の支配の及ばぬ治外法権、勇者たちに解放された勇者たちの住む街だ。全勇者の住居はあそこにある。裏を返すと、異世界人である僕らがあそこ以外に住居を構えることは法によって認められていない。君もあそこに住むことになるし、さっき云った訓練のための施設もあそこにある」

「な、なるほど……勇者特区ですか」


 また新しい知識が増えたと思っているアツシに、このときハリーが云った。


「さて、それじゃあこっちを向いて立ってくれ、そう、その位置だ」


 アツシはハリーに云われるまま体の向きを変え、塔の縁を背にしてハリーと向かい合った。レナは二人から少し離れたところに佇んでいる。

 いよいよ、ハリーのマイティ・ブレイブとやらを見せてもらえるのだろうか。そう期待するアツシの視線の先で、ハリーは右拳を掲げて云う。


「繰り返しになるが、勇者は召喚の際に三つのものを獲得する。一つがこの世界の言語、もう一つがマイティ・ブレイブだ。勇者は一人一人異なるマイティ・ブレイブを持っていて、ある勇者のマイティ・ブレイブが別の勇者のマイティ・ブレイブと重複するということは、記録にある限りでは一度もない。似たような結果をもたらすマイティ・ブレイブでも、発動条件が違ったりするんだ。代償や媒体が必要だったりね。そして僕のマイティ・ブレイブは、名前をエアリアルハンマーと云う」

「エアリアルハンマー?」


 うん、とハリーは相槌を打って続けた。


「能力は単純な吹き飛ばしだ。発動に際して特に条件はない。代償も必要ない。人でも物でも関係ない。相手をぶん殴ることで、視界で捉えられる範囲内であれば対象をどこへでも吹き飛ばすことができる。不思議なのは、吹き飛ばされた人間が一切の怪我を負わないということだ」


 アツシは自分の耳を疑った。


 ――一切の怪我を負わないだって?


「そんなことが……」

「不思議だろう。だからマイティ・ブレイブは神の力、奇跡の力って呼ばれているんだ。ところで質問なんだけど、たとえば君がここから勇者特区まで吹き飛ばされた場合、普通ならどうなると思う?」

「そりゃ死ぬでしょ」

「うん。まずここから勇者特区まで飛ばされるほどの衝撃を受けた時点で骨も内臓もミンチになって死ぬし、しぶとく生き残ったとしても吹き飛ばされた先でやっぱりミンチになって死ぬよね。それが常識というものさ。ところが!」


 そこでハリーは得意そうにアツシに右の拳を突きつけた。


「僕のエアリアルハンマーは違う。ぶん殴っても怪我はしないし、何百メートル先に放物線を描いて着弾したとしてもやはり傷一つ負わない。だから僕は人間や荷物を運ぶための都合のいい砲台として使われているんだよ」


 話を聞いているうちに、だんだんアツシの顔色が悪くなってきた。


「ハリーさん……それが本当だとすると、この先の展開が読めてきたんですが……」


 するとハリーが愉快そうに笑った。


「クールだね。話が早くて助かるよ」


 そう云ってハリーはアツシに近づいて来ようとした。それを見てアツシは慌てて云う。


「待って待って!」

「いや、待たない。今日、新たな勇者が召喚されることは周知の事実だから、勇者特区では新勇者を歓迎するための準備が進んでいる。そのなかの一人にニコラってやつがいてね、彼のマイティ・ブレイブは相手の力を見抜く能力だ。そのマイティ・ブレイブの力を使えば、君のマイティ・ブレイブについてだいたいの見当がつくだろう」

「だいたい? 完全には無理なんですか?」

「判るのは大まかな分類だけで、詳細までは見極められないらしいよ。僕は最初その話を聞いたとき、なんて使えない奴なんだって思ったけど、実際はそれでも十分らしい。彼が現れる前までは自分のマイティ・ブレイブが戦闘向きなのかどうかも判らないまま、闇雲に戦って死んでいった勇者もいるって話だからね」


 アツシの呼吸が一瞬止まった。恐怖と驚きがそうさせたのだ。そんなアツシの心を手に取るように見ているらしいハリーに、アツシは暗澹たる面持ちで尋ねた。


「死人が、出てるんですか?」

「戦いだからね」

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