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第四話 白き翼の死霊使い(1)

  第四話 白き翼の死霊使い(ネクロマンサー)


 東龍門から出た先の世界は、全体として草原であった。草色は夏の濃緑から秋の茶色に移りつつある。ところどころ起伏があり、向かって左手には森の影が見えた。さらにずっと奥には高い山が見える。それ以外の、見渡す限りは地平線だ。

 アツシはこの世界に来て初めて地平線を見た。思えば壁のなかでは、どれだけ眺望絶佳であっても景色のはてには必ず壁がある。それがないというだけで、アツシは胸に風が吹くようだった。隣を見れば、レナもまた馬に揺られながらこの景色に見入っている。

 そこへトロイの声が飛んだ。


「速やかに陣形を展開せよ!」


 その号令によって、一行はただちに荷馬車と従者隊を中央にして楕円形の陣をつくると、大きく右側へ転身し、壁沿いを時計回りに、馬の足並みを揃えて進んだ。

 モンスターとの最初の遭遇は、壁を出た日の昼前にあった。相手は植物系のFランク級モンスターで、そうと判断されるやただちに交戦状態に突入、アツシにとって初めての実戦となるそれは他の勇者たちに援護されてあっという間に終わってしまった。覚醒はしなかったが、拍子抜けするほど簡単だった。

 こうした戦いが日に数度繰り返され、一日が終わり、次の一日が始まる。

 二日目が終わるころにはアツシもだいぶ慣れてきていた。

 そして三日目の昼、一行は見晴らしのよい丘に陣取って見張りを立てつつ、適当な人数に分かれて交代で昼食を摂っていた。アツシもまた数人の仲間たちと火を囲んでスープを飲んでいる。そのアツシの右隣には大きめの石に腰掛けているジュリアンがいた。

 ジュリアンは干し肉をかじりながら云った。


「な、云ったろ? 基本壁に沿ってぐるっと回るように進む。壁に近いところはある程度安全も確保されていて弱いモンスターしか出ない。油断はしちゃいけねえがそこまで神経質になるほどのもんでもねえよ」

「……そうみたいだ」


 アツシは微笑む余裕さえあった。この調子なら大した危険もなく生還できそうである。ただし、この遠征に来たそもそもの目的はまだ果たされていない。


「問題は、安全すぎるとてめえがいつまで経ってもマイティ・ブレイブに覚醒しないってことだな。飯を食ったら給水地点に向かって出発するわけだが……」


 水は云うまでもなく命であり、巡回ルートは水を補給できる川や湖を考慮に入れて定められていた。一日に二度、給水地点を通過するようになっているのだ。

 それはともかく、ジュリアンがアツシを見ながら笑いを含んだ声で云う。


「もう三日目だぜ、先輩? そろそろ強めのモンスターに一人で突撃してみせてくれよ」

「一人は無理だろ。死んでしまう……」


 マイティ・ブレイブに覚醒していないアツシの戦闘力は鍛えた一般人と変わらない。一対一では、最下級のFランクモンスターが相手でも勝てるかどうか怪しいくらいだ。


「でもなあ、生きるか死ぬかくらいの方がやっぱり覚醒しやすいらしいんだよ。今のままだと五日じゃ済まねえな。五十日……いやあ、おまえのことだから五百日はかかるか?」


 そう云って呵々と笑うジュリアンに、アツシは返す言葉がない。通常三ヶ月で終わる訓練に三年かかったのだ。マイティ・ブレイブの覚醒に五年かかってもおかしくはない気がした。

 と、アツシの左側に座っていたレナが、このときジュリアンに問いかけた。


「ジュリアン様のときはどうだったのですか? 見事五日で覚醒したと伺っておりますが」

「俺? 俺のときはひどかったぜ。Dランクに遭遇したんで、みんなで突撃だってわっと声をあげて突っ込んだんだが、気づいたら俺一人しかいねえ。振り返ったらみんな止まってやがる。嵌められたんだよ。おかげで死にかけたが……覚醒した」


 その場面を想像してアツシはぞっとした。ジュリアンは怒り狂いながらも血路を切り開いてマイティ・ブレイブに覚醒したのだろうが、アツシが同じ状況に落とされたらどうなるだろうか。覚醒を果たせず死ぬのではないか。


「まあ、おまえじゃ俺の真似は無理だろうな」


 アツシの心を読んだようなジュリアンの科白せりふに、アツシは返す言葉もない。


「……俺は気長にやるよ」


 この三日間、それほど危ないと感じるようなこともなかったせいか、アツシはマイティ・ブレイブの覚醒にいつまでも時間をかけられるのだと楽観して、そうのどかなことを云った。

 しかし突然、アツシの楽観を裏切る緊迫した声が場を引き裂いた。


「北方に影あり! モンスター! 距離はまだ五〇〇〇メートルあるが、でかい!」


 たちまち陣内に嫌な緊張感が走った。誰もが笑みを消し、食事の手を止めて武器を取りながら立ち上がる。

 ジュリアンもまた干し肉を豪快に咀嚼して呑み込むと、すっくりと立ち上がり、腰の剣の具合を確かめながら云う。


「行くぞ、アツシ」

「ああ……」


 アツシは湧き起こる不安を努めて無視しながらスープの残りを急いで飲み干すと、空になった椀を地面に置いて立ち上がった。そのときレナが声をかけてきた。


「アツシ様……」

「大丈夫。ここは壁に近いし、新米勇者覚醒のための遠征はもう何年もずっと死者が出てないって話だし、俺のときに限ってそんな強いやつが出るわけがない。でもレナは念のため移動の準備を始めてくれ。モンスターは俺たちで対処するから」


 レナを安心させるように云ったその言葉は、実のところアツシ自身を安心させたいのだった。俺たちで対処するなどと大言を吐いたところで、マイティ・ブレイブに覚醒もしていない自分にどれだけのことが出来るだろう。疑わしい。疑わしいが、やらねばならぬ。


「じゃあ行ってくるよ」


 アツシはそう云うと、ジュリアンとともに陣の北側へ向かって走り出した。

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