第二話 式
「もう、本当に大丈夫?」
「はい、たまたま悪夢を見ただけ、もうだいじょぶ」
「今日は大事な式があるから、ちゃんとやらなくちゃ」
「はい、わかってます。」
黒髪の少女は俯けながら弱々しく答えた、説得力はもちろん皆無が、もう一人の少女はそれ以上言い詰める気はないらしい。
微かに震えている、黒い修道服の裾を掴む少女の手から、ラン、ランと、鈴の音が小さく鳴っている、まるで少女の恐怖を代弁しているように、両手の銀の腕輪が光り合う。
黒髪の少女はこの教会の一人娘、リムニル・ナインダイヤ、同齢の子と比べれば身長がやや低い、気が弱い雰囲気を漂っている。対するにもう一人の少女は気が強そうに見える、赤い髪は派手に腰まで伸びている、服装は自作っぽい、機能性を重視するデザインが、色々な飾りが付けている。
リムニルの両親が亡くなったことで、親交の深いメイシア家はナインダイヤ教会の経営を引き受けた。その娘のルビアはたまに彼女の世話を見に来る。
「はあ、無事ならいいけと、式の方は大丈夫?やり方覚えてる?」
「はい、」
その黒い瞳から一瞬、蒼き霞が映した。
「昔から、"理解"していた」
「?・・・まあ、自信あるのはいいことね、任せるわ」
「はい」
機械的な返事しか返ってこない会話に、ルビアはちょっと飽きた、必要な事項を伝えたあと、部屋を後にした。
ドアを閉める前に、ルビアは一度。
「・・・もし何があったら言いなさいよ」
「はい、わかってます」
返ってくるのは、変わらず機械的な答えだった。
ナインダイヤは、神代から存在し続けていた古き教会である、古き故に多いの信者を抱いているが、医療がより高い領域になった近代は、もうそこまで人々に必要されない。ナインダイヤの名を持つものは、もうリムニル一人しかない。
それでも教会は潰されないのは、そのリムニルのおかげでもある。
「それにしても、リムは本当に神事が上手よね」
式の途中、その雰囲気を耐えないルビアが抜け出した、教会後方の庭でぼ―としている。傍らにいる青年は彼女の弟、シークは機械的な何がをいじっりながら、適当に答えた。
「まあ、神官の娘だからかな」
「いやいや、それだけじゃないわ、普段はおどおどしているのに、信者たちの前に出たら物凄く冷静になる。おかしいね、リムのくせにあんなにかっこよくなんて。」
「……それ、ひどい暴論だな」
「あははははは、暴論じゃないよ!」
雑草まみれの庭でゴロゴロしたルビアは、動くたび葉っぱを巻き起こる、時には歯車の隙間に巻き込む、作業を邪魔されたシークはイラつくが、なんとなく我慢した、姉の機嫌が損ねたらなかなか直らないのだ。
「リムはおどおどしているほうが可愛いのよ、無理してストレスをたまったらまた悪夢を見るわ」
はじめて出会ったのは、七年前、ルビアが七歳の頃。
数少ない同い年の子の中でも、この妙に静かな子が異様な雰囲気を漂っていることを感じ取れる、最初は好奇心を抱いて彼女に近づくが、すぐに興味を失われた、リムは口数が少ない上、必要のことしか何もしないから。
でも、今はすこし後悔していた。
再び出会ったリムは、元々少ない表情を完全に失くした、そして眠ると悪夢しか見られなくなった。
「せめて心の支えになれるのなら……ね」
教会の鐘が鳴き始めた、式がもうすぐ終わる。結局機械の整備を完成できなかったシークは、しかたなく手を止まった。
「姉ちゃん、もう寝るな、帰ってリムの手伝いをしなくちゃ」
「そう急ぐなよ、神官たちがいるじゃん」
「あいつら、リムの話を全然聞かないだろう」
リムは若すぎた、魅力があるが、その年では教主を務まらない。
「……むしろ、うちが来る前はどうやってうまくやってのけたの」
疑問を感じながらも、深くは思わない。
今は、やれることに専念しよう。