第116話 デート ヘルプ
「あなた、朝ですよ。起きて下さい。」
ヘルプの声で目が覚める。
「おはようございます。今日も良い天気ですね。」
(…ああ。眩しいな。)
「ですから、私ともデートをしましょう。」
(…は?ヘルプと?)
「はい。私とです。他の方とは終えたのですから構いませんよね。」
(…ヘルプとデート?)
「はい。」
(何を言ってるんだ?)
「そこまでおかしな事ですか?」
(おかしいだろ。そもそもヘルプとデートはできないだろ。)
「実際にはあなたが1人で行動することになりますね。」
(…それってデートか?)
「認識が大切です。デートと当事者が認識すればそれはデートです。」
まぁ、それでいいならいいか。
(それで行きたいところとかあるのか?)
「何処へでも構いません。依頼を受けても、店を巡り続けても、ただこのまま話をしているだけでも。ただ、私の為に時間を割いてくれるのなら構いません。」
(本当になんでもいいんだな…俺からしたらすごい困るんだが。)
「そうですか。では、森林浴にしましょう。」
(いきなりだな。)
「あなたもお疲れですからね。1日中癒されてはいかがでしょう。」
(ヘルプがいいならそうするか。)
「ネックレスは先に買ってくださいね。」
(昨日、明日には閉めるって言ってたな。)
「はい。あなたの準備が終わり次第向かいましょう。」
リビングに向かい、レイラが作った朝食を食べる。
「ご主人様は今日はどうされるんですか?」
「今日も出かけてくるよ。」
「昼食はどうしますか?」
「俺の分は必要ないから、みんなで食べててくれ。」
「わかりました。」
朝食を食べ終え、準備も終えると、早速いつもの店へ向かう。
「あれ?お客さん。今日も来たの?」
「ああ。ちょっとな。今日はお一人で?」
「まぁ、そうだな。」
「そうですか。」
(ヘルプ、どれかいいのあるか?)
「はい。左の棚の2段目。左端から4番目のものにしましょう。」
(2段目の左から4番目…この白いやつか?)
「はい。パールです。」
(パールって、真珠か?)
「はい。真珠です。天然物ですから、これにしましょう。」
(わかった。)
「これを2つくれるか?」
「速いですね。はい。えっと、ああ…こちら少々高くなっておりますが大丈夫ですか?紋貨3枚になります。」
「ああ。大丈夫だ。はい。」
代金を手渡し、ネックレスを受け取る。立ち去ろうとしたところで店員に声を掛けられる。
「ここを贔屓にしてもらってありがとうございました。」
「そうだな。ここ最近は毎日世話になってたな。」
「私は普段テレサ王国で店を構えておりますので、もし寄ることがあったら是非ご贔屓に。そちらでしたら多少勉強させていただけるので。」
「機会があったらな。」
「はい。是非に。」
店から離れ、路地に入る。
(森林浴ってどこにするんだ?)
「そうですね。私に任せてください。」
ヘルプの言葉と共に周りの景色が変わっていた。
(ここに来たことあったか?)
「いえ、ありませんよ。」
(まぁ、いいか。というか、今更だけど、森林浴って何するんだ?)
「とりあえず、その木株に腰掛けてはどうですか。」
(ああ。)
「心配せずとも浄化しておいたので大丈夫ですよ。」
(浄化?新しいやつか。)
「はい。他にもありますから今日の夜にでも確認してください。」
(ああ。そういえば、ヘルプのネックレスってどうすればいいんだ?」
「あなたが掛けておいてください。」
(わかった。)
「そういえば、何故全員ネックレスにしたのですか?」
(ん?理由なんて無いけど。)
「いっそ1つにまとめてもいいかもしれませんね。沢山あっては邪魔でしょう。」
(邪魔っていうか、まぁそうだな。1つにしてもいいかもしれない。もちろん他のみんなにも確認してからだが。)
「私は構いません。」
(わかった。)
「…」
会話が止まり、周りの音が自然と耳に入ってくる。風で葉が揺れる音、鳥の鳴き声、川のせせらぎの音。普段意識しない音に穏やかな気分になる。
「…突然ですが、あなたに1つお願いがあります。」
「ん?なんだ?」
「今まで伝えていませんでしたが、あなたをこの世界に召喚したのはメルニア王国の第2王女、ウィチア・ファイルムという人物ですが、現在、現メルニア王の屋敷に幽閉されています。」
「幽閉?」
「はい。そして、ここからは私の願いなのですが、その第2王女、元ですが、救ってあげてはくれませんか?」
「救う?俺が?」
「はい。」
「…どうしてだ?俺が救う義理はあるのか?」
「いえ、ありません。ですから、これは私の望みです。」
「理由を聞かせてくれるか?」
「理由、ですか。…あなたに影響されてしまいました。」
「俺に?」
「はい。あなたの優しさに。おかげで、その元第2王女のことを不憫に感じてしまいました。」
「不憫に?」
「彼女はあなたが出会った人の中で、かなり上位に位置するほど、正直で、優しい子です。」
「優しい?」
「今からこの子のことを説明します。」
ヘルプから聞いた第2王女の過去は王女とは思えないものだった。親からは見放され、騎士からも見下され、友人から裏切られる。扱いも王女にする扱いではない。そんな中で、親であるメルニア王に認められようと努力し、訓練後の騎士に声を掛け、裏切られた友人を赦す。
優しいというよりは甘いと感じた。
そして、何も知らされないまま召喚を行い、現在は死亡したということになり幽閉されているという。
「そんなことになっていたのか…」
「はい。ですが、私から願ってしまいましたが、最終的な判断はあなたに任せます。」
「俺に?」
「はい。召喚で被害を被ったのはあなたですから。」
「…」
「頭の片隅にでも置いておいてくれれば、構いません。幽閉といっても餓死するほどの扱いではありません。殺されるという可能性も現在は低いでしょう。気が向いたらでいいので考えておいてください。」
「ああ。…なぁ、ヘルプ。」
「はい。」
「ちょうど召喚の話が出て、ふと思ったことがあるんだ。それを聞いてもいいか?
「…はい。どうしましたか?」
周りには人もいないので、声に出して言う。
「もしかして、俺ってもう元の世界に帰れるんじゃないか?」
「…はい。帰れます。あなたが望めば。」
「やっぱりか。」
「…」
暫く無言の時間が続いた。
「なぁ、ヘルプ。」
「はい。」
「俺、元の世界に戻るために頑張ってきたつもりだったんだ。」
「はい。」
「両親とか、世話になった人とかもいるからさ。」
「はい。」
「それに、みんなも連れて行けるんだろ?」
「はい。」
「だよな。だったら、もう帰ってもいいんはずだよな。」
「…はい。」
「…でも、帰りたく無いって気持ちがあるんだ。」
「はい。」
「帰るべき世界は向こうなのに、こっちが楽しくて帰りたく無いって気持ちがあるんだ。」
「はい。」
「行き来できるとしても、一度向こうに帰ったら、こっちに戻ってこようとはしないかもしれない。かといって、ずっとここにいるのかと言われてもそれは違うと思う。」
「はい。」
「これって、どうなんだ?」
「…」
「やっぱり、悪いことか?」
「…」
「…」
「…さあ、どうでしょうね。」
「…」
「私にはわかりませんが、あなたに1つだけ言えるとしたら、」
「…」
「結論を急いで欲しくありません。」
「…」
「時間はあります。ゆっくり、ゆっくり考えてください。」
「でも、それって結局、後回しにしてるだけで解決しないってことだろ?」
「そうですね。ですが、それでいいんですよ。」
「…でも、」
「大丈夫です。私も、あの子達もあなたの為に尽力することに躊躇わないでしょう。あなたが悩んでいるのなら、私達も同じく悩み、あなたが困っているのなら、全力であなたが困る原因を取り除こうとするでしょう。そうやって、あなたの為に時間を作ります。そして、あなたの結論を待ちますよ。」
「…」
「ですから、今は忘れましょう。折角の森林浴です。」
「…ああ。そうだな。今日はヘルプとのデートなのに落ち込んでたら駄目だな。」
「そうですね。」
目を瞑り、再び耳を澄ませ、自然の音に包まれる。最初から悩んでなどいなかったかのように、心は落ち着いていった。