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肌を打つ乾いた音と、じんっと熱を持った手の痛みに、鈴音は一瞬で我に返った。
「あ……ごめんなさ……」
嫌なことをされた訳ではない。なのに手を上げてしまったことに、かなりのショックを受けていた。
(咄嗟の事とは言え、こんな事……)
オロオロと瞳を彷徨わせて動揺を露わにする鈴音に、男は静香に声を掛けた。叩かれた事など微塵も気にしていない、といった様子で。
「手を痛めてはいないか?」
壊れ物を触るかのような手つきで、優しく手を包まれる。その手はとても大きく骨ばっている、たくましい男の人の手だ。
「どうして……叩いたのは、私なのに……」
「そんな小さな手で叩かれた所で、私には痛くも痒くもないさ。それより、こんな硬い肌を叩いた君の手が心配だ」
包んでいた手をそっと広げられて、手のひらを撫でられる。羽で擽られているようなむず痒い感触に、思わず首をすくめた。
「あぁ、ほら。赤くなってしまっている……痛いだろう?」
男は手のひらで遊ばせていた指先をとめた。手首を掴まれて、両手のひらを空に向けさせたかと思うと、自らの両手をその上に重ねた。
「………………」
小さく、鈴音の知らない言葉が呟かれる。確かに言葉としては認識出来るのに、決して意味はわからない。日本語とも、英語ともいえない、聞いたことのない言葉。
(なのに……とても心地いい……)
耳障りがいいのは男の声なのか、それとも言葉なのか。はっきりしたことは鈴音にはわからない。ただ、ずっと聞いていたくなる。
ぼんやりと声に耳を傾けていると、そう時間も経たないうちに男の手が離れた。同時に言葉も止まる。
「これでいい。もう痛くないだろう」
「あ、本当だ……痛く、ない」
促されるままに手のひらを見て、驚き目を開く。
叩いたことにより赤くなっていたにも関わらず、今の手のひらは赤みなど残っていない。ヒリヒリとした痛みも気がつけば無くなっていた。
「あなたが直してくださったんですか?」
頭が追いつかないながら、それでもお礼は言わなければいけないを男を見上げる。
未だに動揺が瞳ににじみ出ているものの、真剣にこちらを見る小さな少女に、男はゆったりと目を細めた。
「直した、と言うほどの事はしていない。痛みを引かせただけだ」
男にとっては、なんてことないことなのだろう。いちいち深く考えていたら話が進まなくなってしまうと、鈴音は頭を切り替えた。
「それでも直して頂いたのには変わりありません。ありがとうございます。……それで、あの」
「どうしてここにいるか、だろう?」
「……はい。それと、貴方は一体……?」
ある程度鈴音の質問がわかっていたのか、男は鈴音が全てを言い終える前に言葉を引き取る。
心の内まで見透かされてしまうような視線を浴びながらも、鈴音は視線を逸らすことはない。その様子に、男は心底面白いと言わんばかりに笑った。
「ここは四神が暮らす、君から見た神の世界。私の名は玄武、北を司る一柱だ」
「かみ、さま……?」
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