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月明かりが室内を照らし出す。
月が出ている時間の自室だけが、唯一鈴音が落ち着ける場所だ。
いくら目の保養になる美丈夫だとしても、四六時中くっついていられるのは疲れる。いや、むしろ美丈夫だからこそ疲れる。
綺麗な顔が常に近くにあって、低く腰に響く声が基本耳元で聞こえる。他人の体温をずっと肌に感じているのは、想像以上に鈴音を疲弊させていた。
それに加えて。
(玄武さまは、まるで私が外の世界に興味を持つことを恐れているみたい……)
初めの頃はただ甘やかしたいだけだと思っていた。でも、それとは少し違うことを感じ始めている。
文字を教えないのは、本を読んで外の世界を知ってしまわないように。余計な知識を得ないように。
何をするにも抱きかかえるのは、行動を制限するため。知らないうちに情報を得てしまわないように。
外に出るのはごく限られた時間の、限られた場所だけ。それも敷地内におさめている。
(まるで軟禁ね。ここまで制限されると)
玄武自身が、意識して鈴音の行動を制限していると悟られないようにしている。全ての行動が、鈴音を甘やかしたいだけだと思わせるような行動にしている。ほぼ軟禁状態だと鈴音が気づいたのは、本当にただの偶然だ。
鈴音を閉じ込めて何かを企んでいるのかと警戒しても、玄武からは悪意のかけらも感じられない。
言動は常に甘い。それはもう、胸焼けしそうなほどに。
だからこそ、不思議で仕方がない。鈴音を害するような感じはしないのに、ほぼ軟禁状態。
(本当に不思議。一体何が目的なの?)
考えた所で、鈴音は玄武ではないし過ごした時間も微々たるものだから分かる筈などないとわかっていても、それでも考えずにはいられない。不思議で不可解な、玄武の行動は、鈴音のこれからの行動を悩ませる。
「難しい顔をしてどうした?」
「あ、この間の……」
開いていた窓から音もなく顔を出した白虎は、不思議そうに首を傾げた。
「こんばんは、白虎さん」
「あぁ、こんばんは。……驚かないの?」
「また会えるかなとは思っていましたから。何か御用ですか?」
鈴音の勘はよく当たるのだ。
「別に用事があったわけじゃないさ。様子を見に来たら、君が難しい顔をして悩んでいたから、声を掛けたまで」
「そんな顔に出てました?」
「うんうん、めちゃくちゃ出てた。相談くらいなら乗るよ?」
「…………」
今のままでは、鈴音が知識を得ることは出来ない。何かあった時に、自分を守る術すら知らない。
白虎を完全に信用した訳ではないが、この前も警告を残していった。
(何か、変わるかもしれない)
鈴音は、素直に今自分が置かれている状況を話す事にした。
ちょっとした用語解説
【玄武】(げんぶ)
中国の神様で四神の一つ。霊獣。
蛇が絡みついた亀の姿で描かれる。
北方を守護する、水神。『玄』は黒を意味し、黒は五行説では北方を表すという。
よく属性は土とされることが多いが、正しくは土である。
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