12
夕日に照らされ、白銀の毛を薄い朱に染める虎は、言葉も出ないほど――――綺麗だった。
純白ではない、硬質な光を放つ白銀の毛、そこに漆黒の縦縞がはいる様は、美しいとしか言いようがない。瞳はまるで、金水晶の針をそのまま埋め込んだような鋭い金色。
鈴音の頭を軽々と飲み込めるであろう口は、その虎がどれだけ大きいかを物語っていた。
恐ろしい程綺麗な虎だが、自らが放つ雰囲気を壊すかのような、親しげな口調。
流れた涙をそのままに、唖然と虎を見つめる。
「虎が、喋った……?」
「あ、お嬢さん、そこから?」
驚いた、と言わんばかりに瞳を瞬かせ、軽々と部屋の中に滑り込む。足取りは迷いなく寝台――鈴音の方へ。
足音もなくやってきた虎は、寝台へ頭を乗せてみせた。
「この世界では、動物が喋ることくらい普通だぞ? それくらいで驚いていたら、君の身が持たなくなるぞ」
「はぁ……」
「お、信じてないな? まあ、君は異世界から来たのだから信じられなくて当然か」
ちょっとま待って欲しい。鈴音が異世界から来たということを知っているのは、保護してくれた張本人である玄武だけ。今までずっと一緒にいた玄武が、他の誰かに話したと考えるも、情報が回るのが早すぎる。
他には、鈴音をこの世界に連れてきた――白蛇くらい。
「貴方は……私をこちらへ連れてきた、あの……?」
「………………いや、それは違う。君は、自分をこの世界に連れてきた存在を知っているのか?」
神妙な顔をして首を横に振られた。虎は、何も知らないらしい。
白蛇の事を言うか否か。悩み、口をつぐむ。何者かもわからない存在に軽々しく話せる話題ではない思った。
「私をこの世界に連れてきた存在があってもおかしくないと思っただけです。それより、貴方は」
「俺? あー、白虎とでも呼んでくれ。この世界では、軽々しく名前は名乗れないからな」
「でも、玄武さまは何も……」
「それなら覚えておくといい。自分の名前――真名を他人に知られてはいけない。一歩間違えると隷属させられるからな。これからは、他人に名乗るな」
玄武は、名前に関しては何も言わなかった。警告も、そういう事実があることも、教えてくれなかった。
考え始めた鈴音を横目に、虎はカラカラと笑ってみせた。
「まっ、玄武については忘れていただけだろ。あいつは真名を知られた所で、困るような存在じゃない。あいつを隷属させられる奴なんてそうそういないさ」
なんてことない、と虎は笑う。その様に、鈴音はほっと息を吐いた。
保護してくれた人を、疑いたくなかった。
「さてと。その話を踏まえて、君をどう呼べばいいか聞こうか。どうする?」
「…………リン、でいいと思います」
「思いますって……君なぁ。自分の呼び名だろう?」
「だって」
「だってじゃないだろうよ……まあいいさ。リン、仲良くしてくれよ」
呆れが混ざっているものの、虎改め白虎の声音はひどく楽しそうだ。
表情も心なしか嬉しそうで、思わず笑みが漏れた。
「お、笑ったな? それじゃあ、もう俺は帰ろうかな。笑えるようになったら、大丈夫だからな!」
「……あれでも慰めているつもりだったんですか」
「一応な」
あれは慰めるではないだろう、と鈴音は笑う。
くすくす笑う鈴音の様子にむくれた白虎は、鼻面で身体を押した。突然掛けられた力に逆らえず、仰向けに倒れる。
「そろそろ寝るといい。さぁ、お休みの時間だ」
「……え……?」
ふかふかとした毛並みを、額で感じる。額同士を合わせられていると気がついたのは、至近距離にあった金色の瞳に気がついたからだ。
「いい夢を……リン……」
金色の瞳に文字の螺旋が揺らめいたのを、眠りに溶けていく意識の中、見つめていた気がする。